2016年06月13日

大拙忌は7月7日――上田閑照先生のご講演

 今年も大拙忌の時期となりました。
今年は、鈴木大拙没後50周年に当たります。
というわけで、ご講演を上田閑照先生にお願いしたところご快諾いただきました。
講演タイトルは
「分別と無分別――而して「無分別の分別」妙
             大拙先生に学びつつ」

 上田先生は、電話でのお声はお元気でしたが、なんといっても今年90歳。
このようなテーマでのお話は貴重なものとなると思います。

7月7日午後4時20分より6時ごろまで
大谷大学響流館(図書館棟)3階メディアホール
聴講無料の公開講演です。
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2016年06月11日

うれし恥ずかし写真入り――ネット毎日ではさらにでかい面

 え〜、昨日の毎日新聞「くらしナビ ライフスタイル」という欄お読みいただいたでしょうか?
たぶん、いただいていないと思いますので、ここでネットに出た記事をご紹介。

 新聞では、不肖カドワキの顔の写真が切手大で載っています。
ところが、ネット毎日では、ずっ〜とでかい面で出ています。
あれだけのコメントで顔写真が出るとは思わなかったのでびっくり。
ま、とにかくここです。
http://mainichi.jp/articles/20160610/ddm/013/040/015000c

蒸し暑くなってきたところに、暑苦しい顔写真でスミマセンでした。
posted by CKP at 16:46| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月09日

明日6月10日は毎日新聞――ホントの名前で出ています

 明日の毎日新聞の朝刊にわたくしCKPカドワキが、ホントの名前でコメントする記事が掲載されます。
「くらしナビ」か宗教に関するのページかは不明ですが、最近、坊さんの悩み相談というのがトレンドなんだそうで、それについてのコメントを求められました。

 インタヴューされて、かれこれ一時間ぐらいお話ししました。
途中で何を話しているのやら自分でもよく分からなくなっていたのですが、担当の花澤記者がポイントを10行ぐらいにきっちりまとめてくださいました。
それを読んではじめて、なるほどおいらはこういうことが言いたかったのかと分かった次第。
また、それを読んでさらに浮かんだアイデアでまとめていただいた文章を修正したら、はいはいと応じていただきました。
改めて、スミマセン。

 というわけで、明日の毎日の朝刊(ただし、関西版と東京版のみ)、ウォーリーを探せの要領で、目を皿のようにして小生の名前を探してみてください。
わたくし自身は、そのコメントを読んで、なるほどなぁ、納得いたしました。
自分のコメントなのだから、当たり前田のクラッカーなのですが・・・
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2016年06月07日

めちゃくちゃかっこよかった――シモーヌ・ヴェイユも津村記久子さんも

 本日6月7日の毎日新聞の「読書日記」は津村記久子さん。
とりあげるのは、シモーヌ・ヴェイユの『工場日記』(田辺保訳、ちくま学芸文庫)。

 この組み合わせは、やばい。
以前、津村さんがヴェイユについて書いていた文章を紹介しようとして、結局、全文紹介してしまった前歴がおいらにはある。
今日の文章は、かいつまんで紹介しようとしたが、そうするとやっぱり全文引用したくなる。
が、それはまずかろうね。

 なんかヴェイユについて書く津村記久子は、めちゃくちゃかっこいいのである。
本気なのである。
「わからないだろうな」と思いつつ、突き進んでゆくのである。

 今日の文章は「本気だった。めちゃくちゃかっこよかった。」と、終わるのであるが、津村さんの写真を含めて、めちゃくちゃかっこよかった。
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2016年06月06日

フルトヴェングラーをめぐるもやもや――よい音楽、悪い音楽?

 中川右介『戦争交響楽』(朝日新書)が面白い。
1933年から戦後までのクラシック音楽家の動向を、当時のコンサートプログラムや手紙などを引用して、追った読物。
ほとんど年表を読んでいる感じだけれど、これがめっぽう面白い。

 とりわけナチス・ドイツによってドイツを追われたワルターやクレンペラー、ナチスと敢然と戦ったトスカニーニ、ポストを得るためナチの党員になったもののヒトラーに嫌われたカラヤン、そして党員ではなかったけれどヒトラーの隣席のもと、ハーケンクロイツはためく中で指揮をするフルトヴェングラーの動向が面白い。

この中で一番「困る」のは、フルトヴェングラーですね。
彼の指揮するベートーヴェンやワーグナーそしてブルックナーは、モノラルの古い録音だけだけれども、やはり今聴いても、すごい、感激する。
しかし、彼のナチスに対する煮え切らない態度――ハーケンクロイツのもとで指揮する姿を見てしまうと、なんだか困ってしまう。
素直に感激していいんだろうか、と困るのである。
少しハイデガーに「困る」のと似ているところがある。

 それで、いったいフルトヴェングラーとはどういう人物なのかという興味で読んでいると、次のような記述にぶつかった。
少し長い。
*          *
 ベルリンで活躍していた指揮者のなかで、ナチスの反ユダヤ政策によって、ワルターやクレンペラーが追放されるようにして出て行ったことは、彼(フルトヴェングラー)にとって衝撃だった。
 (1933年)4月11日、フルトヴェングラーがゲッペルスに宛てて書いた手紙と、ゲッペルスの返信が、「ドイチェ・アルゲマイネ・ツァイツング」紙に載った。
 フルトヴェングラーは「私は究極のところ、ただひとつしか境界線は認めません。すなわち、よい藝術か悪い藝術か、です」とした上で、「ユダヤ人か非ユダヤ人か」の境界線が「仮借のない厳密さで引かれている」が、それよりも「よい藝術か悪い藝術か」の問題のほうを重視すべきだと述べる。そして「もしユダヤ民族に対する戦いが、根無し草のような、いかさまや空虚な妙技によってお客に受けようとする人たちに向けられているのなら、それはすごく当然なことでしょう」と書く。つまりフルトヴェングラーはユダヤ民族の低俗な藝術であれば弾圧してもかまわないと言っている。
 しかし、「この闘争が真の藝術家に向けられるならば、それは文化活動の利益になりません」とし、「はっきり申し上げておかなければならないのは、ワルターやクレンペラー(中略)といった人たちには、将来ドイツでそれぞれ専門の仕事に従事できるようにしなければなりません」と訴える。
 (中略)
 ゲッペルスの返信は、フルトヴェングラーへの感謝と尊敬の念を述べることから始まる。本題に入ると、「真の藝術家は稀ににしかいません。だからこそ彼らは保護育成され保護されなければならないわけです」としたうえで、ワルターやクレンペラーが演奏できなくなることへの批判については、「過去14年の間に、真のドイツの藝術家がたびたび沈黙を強いられたことを思えば、適切を欠く」と退ける。
*            *
 中川氏は、この後、「政治は藝術だ」というゲッペルスの発言を受けて、「ナチス・ドイツとは、藝術家としては成功できなかった三流藝術家たちが、一流の藝術家を支配することで、自らの藝術的野心を満足させるための巨大な玩具だったという一面」を指摘して、次のように結論付ける。

「プロパガンダの天才であるゲッペルスの前に、非政治的人間と自分でも認めるフルトヴェングラーは完敗した。いやフルトヴェングラーには自分が負けたという意識もなかったかもしれない」(50頁から52頁)

「よい藝術と悪い藝術」という区分が、フルトヴェングラーにははっきりとあった。
ゆえに、よい藝術であるベートーヴェンやワーグナーは、渾身の力を込めて指揮をする。
そして、それに、この私は感激してしまう。
のだが、その一方で、ユダヤ民族の「根無し草のような、いかさまや空虚な妙技に酔ってお客に受けようとする」音楽は軽蔑する(マーラーなどもこれに入るのだろうか?)・・・というフルヴェンの態度には同意できない。
何かを低俗、下劣とし、その一方で自らを高く評価する態度って、なんだか嫌な感じ。
もっとも、アドルドなどもどこかで「ジャズは低俗」と書いていた。
いや、ワルターもどこかでヴェルディは指揮するが、低俗だったか、下劣だったか、とにかくプッチーニは指揮しない、と言っていた。
ゆえに、これはフルヴェンだけの芸術観ではなく、ベートーヴェンなどの教養的(!)19世紀音楽を高く評価する芸術観に広く見られる傾向なのだろう。
しかし、「よい藝術」まだ分かるとして、「悪い藝術」というのはなんぼ何でもというきがします。

 ちなみに、ベートーヴェンとフルトヴェングラーをこよなく敬愛したという丸山眞男は、フルトヴェングラーとナチスの問題に次のような発言をしている。( 中野 雄『丸山眞男 音楽の対話』(文春新書)より孫引き)

 丸山は、第一にフルトヴェングラーは、「ナチズムの実体について」「全く、あるいはほとんど無知」であったことを第一として次のように言う。

「第二には、フルトヴェングラーは、個々のユダヤ系の芸術家に対する迫害、あるいは個々のナチの文化統制にたいしては、その都度、実にはっきりと抗議し、また懸命に人助けの活動もしたのでありますが、幸か不幸か、ナチ当局者が……非常に低姿勢をとって彼のそういう努力がかなり功を奏したということが、かえって、起こっている事態を全体的に掴んで見抜く眼を曇らした、ということが言えるんじゃないかと思います」。(189頁)

 おそらく中川氏が指摘している同じ問題を扱っているのだろうけど、フルトヴェングラーへの尊敬のせいか、丸山の分析はフルトヴェングラーに甘すぎる。
おそらく、丸山自身もフルトヴェングラー的「よい・悪い」芸術観に同意する傾向があるのではないか?

音楽の二分法と言えば、デューク・エリントンの「素敵な音楽」と「それほど素敵じゃない音楽」があるが、これは「よい・悪い」とは違う。
エリントンのは「素敵」の量の問題だが、よい・悪いは質の問題なのである。
藝術における、よい・悪いをフルヴェンやアドルノは、何を基準に考えていたのだろう。
・・・ということを考えざるを得ず、フルトヴェングラーを聴くのがますます「困る」ことになるのでした。

 そのうえ、フルトヴェングラーの「よい・悪い」を考えるうえで、次のようなエピソードもさらなる混乱をもたらす。
*         *
 (1935年)4月10日、ベルリンではゲーリングと女優エミー・ゾンエマンの結婚式が盛大に執り行われた。その直後にヒトラーはフルトヴェングラーと面談した。
 フルトヴェングラーが求めたのはドイツでフリーランスの指揮者として活動することと、外国でも指揮したいのでパスポートを発行してくれということだった。フルトヴェングラーはベルリン・フィルハーモニーや歌劇場の仕事がなくても外国へ行けば稼げるとふんでいたのに、パスポートを更新できず、出国できなくなっていたのだ。
 ウィーン・フィルハーモニーの関係者によると、フルトヴェングラーの出演料は、ベルリン・フィルハーモニーからのものは妻の口座へ、ウィーンからのものは愛人たちの口座に送金されたという。フルトヴェングラーには多くの愛人がいて婚外子がたくさんいた。その数は本人にもよく分からないらしいが、確認できるだけで13人という。彼にはこの子どもたちの養育費を稼がなければならない事情もあった。国外での仕事がなくなれば、愛人とその子供たちは生活できない。この大指揮者が亡命できなかった理由のひとつが、この扶養家族の多さにあった。(143頁)
*         *
 同情していいのやら、尊敬していいのやら・・・
愛人たちや少なくとも(!)13人の子供たちの面倒を見るというのは、えらいと言えば偉い!
が、「本人にもよく分からない」13人以外の子どもはどうなったか?
また、世俗的倫理観と芸術的倫理観は違うのか?って問題も出てくる。
いったい、どの口が「よい・悪い」を言うの?って。
しかし、愛人をいっぱい囲っているような人物だからこそ、ワーグナーを魅力的に演奏できたりもする。
しかし、愛人や子ども、多過ぎ!

 このフルトヴェングラーが亡命しなかったことについて、丸山眞男の弁。

「最後に重大な理由としまして、フルトヴェングラーは、自分の主張を貫いて亡命の道をとるには、あまりにドイツ人とドイツ文化への愛着が深かったということを考えなければなりません。勿論、偏狭な国家主義の意味ではなく、彼は自分の芸術がドイツの国土との結びつきを離れてはあり得ないという自覚をもっておりました」。(193頁)

 丸山先生にとっては、どこまでもフルトヴェングラーは偉いのでありました。

結局、わたくしのアタマのなかでは、『マクベス』の魔女たちが「キレイは汚い、汚いはキレイ」と踊りまわり、チャック・ベリーが「Roll over the Beethoven」を奏でるのでした。
そんなお下劣なロックンロールなんか聴いてると、丸山先生に叱られちゃうかもね。
posted by CKP at 12:09| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

出でよ!暗闇!――生活に闇を!

 北海道の「しつけ」のために山の中に置き去りにされた少年が無事見つかったということで、まずはよかった!よかった!

 が、「置き去り」というのは、現代的しつけとしてポピュラーなのでしょうか?
私はあまり聞いたことがないのですが・・・

 私ら田舎もんのお仕置き的しつけは、「土蔵の中に閉じ込めらる」か「夜、庭に立たされる」が代表的なものでした。
わたしは、「土蔵の中に閉じ込められる」型でした。
何をやったのかは覚えていないのですが、泣こうが喚こうが、母親は断固として私を土蔵に閉じ込めたのでした。
甥っ子たちも、うちに来たとき、時々、閉じ込められておりました。

 しかし、都会のモダンな住宅では、そのような怖い暗闇がなくなってしまいましたね。
庭があったとしても、「恐い」と感じるほど暗くはない。
モダンな家でも、ご遺体を置く空間と、閉じ込められると怖い!という空間が必要ですね。
そのうえ、妖怪たちも「妖怪ウォッチ」で見ると、ゲゲゲの鬼太郎の時分よりも、恐くなくなっているし・・・
posted by CKP at 19:52| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

いいこだねぇ〜――岩合光昭の臨床現象学

 「いいこだねぇ〜」とはBSプレミアムの『世界ねこ歩き』で岩合光昭さんが、猫たちにかける挨拶言葉である。
しかし、見ていると、ケ小平じゃあるまいし、別に悪い猫と良い猫がいるわけではない。
岩合さんは、どんな猫にも「いいこだねぇ〜」と声をかけ、まるで岩合さん自身が猫になりつつ、世界中の猫たちの路地裏や原っぱをでの生態をカメラに収めている。

 なんで、あれほど、岩合さんは猫に信頼されているのであろうと、岩合さんの『生きもののおきて』というカラー写真も楽しい文庫本をパラパラと読んでみました(ちくま文庫)。
こんなおいらでも猫には信頼されたいのだにゃ〜。
これは、主に、1982年8月から84年3月までの一年半、ご家族とともに、タンザニアのセレンゲティ国立公園というサバンナに滞在したときの記録。
 
 「見たままのこと……分からないことがあれば、それを分からないままに、ヒトの見方を加えずに、どうしたら伝えられるだろうか。」(61頁)

おそらくこれがこの本のテーマなのだと思う。

 ライオンを近くで撮影しながら一度も襲われたことがない岩合さんは次のように書いている。

「多くの場合、野生動物を見るとき、最初に結論を出してしまっているような気がしてならない。その結論に導くには、目のまえで起きていることをどういうふうに解釈したらいいか。頭の中でそれを確認している。現実があとからついてくる。
 それでは、野生動物は見えてこない、とぼくは思う。考えるよりも、まず見る。「ヒトが見る目」をはずし、まったく別個の生きものとして、虚心坦懐に見る。そうしなければ、いつまでたっても野生動物とヒトとの関係は変わらないのではないか。」(40頁)

 「まったく別個の生きものとして、虚心坦懐に見る」とは、ライオンになってライオンを、シマウマになってシマウマを見るということなのだろう。
ただし、「ライオンってこんな感じ」という「ヒトの見る目」ははずしながら。
だから襲われないのだろう。
シマウマになってライオンを見たら、たぶん、襲われるだろうし、人間のままで見ても襲われるのだろう。

 だから、きっと世界中の猫をカメラに収めると岩合さんは猫になっている。
その時の変身の呪文が「いいこだねぇ〜」なのであろう。
それは同時に「ヒトが見る目」を捨て去る判断停止の合図でもあるのではないか。

 果たしてフッサールにはこのような「いいこだねぇ〜」というエポケーは出来ただろうか?
エポケーを論ずることは出来ても、エポケーすることは出来ただろうか?
フッサールが「いいこだねぇ〜」と猫の信頼を得ようと工夫していたら、現象学もまた別の展開があったかもしれんね。
 
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2016年05月30日

The Riot of Spring――recommended by わっしー

 先週の大谷大学哲学会の前、わっしーが少し興奮気味に
「クルレンツィスというギリシア人の指揮者のriot of springというヴィデオ知ってる?」と訊いて来られた。
クルレンツィスは知っていたけど、そのヴィデオは知らなかった。
これです。

https://www.youtube.com/watch?v=ZIFmzP-b9Pw

オーケストラの音合わせを劇場全体つまりオーディエンスも巻き込んで、みんなで「盛り上って大騒ぎする」ライオットするという趣向である。
その大騒動の最後は、まるでThe Who的なのであるが、わたしにはちょっと????。
が、「レコード芸術」3月号のクルレンツィスのインタビューを読み返して納得。

「私には、華麗なオペラのディーバが人を泣かせることができると思いません。
農村の老人が一本弦の楽器で弾いたほうが、ずっと心を打つのです。
この純粋なサウンドこそが、われわれの本来の血です。
音大でピカピカに磨き上げられた、アカデミックなサウンドは、ジュースにすぎません」
アカデミックなサウンドがぶっ壊されたのですね。

(この同じ号の伊東信宏氏のクルレンツィス×ムジカエテルナのケルンでのコンサートの報告が抜群に面白い。
そのステージと同一かどうかは分からないけど、おそらくこんな感じ。
https://www.youtube.com/watch?v=t_YBqqMXvtU
ケルンのコンサートではアンコールがなかったので、それこそ会場は暴動寸前だったそうな )

 とにかく、いま、クラシックのCDで聴きたいと思うのは、クルレンツィスのものだけ。
私は、彼が彼の仲間たちムジカエテルナと作った『フィガロの結婚』があまりに面白くて、今年はじめに出た『rite of spring』やラモーのオムニバス盤(これはヘーゲルの言う「ラモー的音楽の混乱」をイメージするのにありがたかった)、そしてチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を次々に買って聞いている。
チャイコフスキーのバイオリン協奏曲は、じゃじゃ馬バイオリン弾きのコパチンスカヤとの共演で、まるで民族音楽のような展開が圧倒的に面白い。
今年中にいよいよダ・ポンテ三部作の最後『ドン・ジョヴァンニ』が出るらしい。
わくわくどきどきです!

 というわけで、クルレンツィスについてはけっこうファンだったりしたので、わっしーは「なんで知ってるのぉ」となんだかご不満のようでした。
けっこう負けず嫌いなのですね。
しかし、riot of springのヴィデオのことは知りませんでしたよ。
(これは、ラストが違う別のヴィでもあるようです)

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2016年05月25日

もう一つ別のスター・ウォーズ――ジェダイはつらいよ

 水曜日2限目の哲学科3回生ゼミ(宗教学・死生学)では小此木圭吾著『対象喪失 悲しむということ』を読んでいるのであります。
本日は、失ってしまった対象に対するアンビバレントな愛憎ということを、あれこれと考えました。
当然、ルーク・スカイウォーカーとダーズ・ベイダーの愛憎劇も議論されます。
まだ失ってないけど・・・
その時に、「おお、これは新発見だ!」と、私は叫んだのであります。

 何を発見したのかというと・・・
 ルーク青年が、両親を失い叔父夫婦に育てられるという設定は、『男はつらいよ』の寅さんとおんなじ設定である、という発見であります。
よって、ルークの叔父夫婦が帝国軍に殺されることなく健在であれば次のような展開が考えられるのでした。

 ルークがぐれて家出をしてフーテンのルークとして、つまりハン・ソロのように流れ者になって、時々、叔父夫婦と妹レイアの待つ星に帰ってきてはひと騒動・・・・という連続活劇が考えられるんであります。
裏のタコ社長は、本物のタコ星人。
「おいちゃん、それを言っちゃおしまいよ」と星を出ていこうとすると、そこに銀河系で出会った謎の美女・・・今度こその期待が盛り上がりますが・・・
(正確には父方の親戚の、ルークとは血のつながりはない夫婦ということらしいですが・・・)

 ちなみに、ヴィム・ヴェンダースの『パリ・テキサス』のハンター少年も、叔父夫婦に育てられ・・・という設定でした。

 というわけで、このゼミでは突拍子もないことを思いつく能力を鍛えます。
鍛えられているのは教師だけ?
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2016年05月18日

しらけですけどなにか――世代で俺をくくるな!

 クドカン脚本の『ゆとりですがなにか』が面白い。
最初の二回を見逃し、3回目から見たので、最初いつもより速いセリフ回し、複雑な人間関係について行けなかったが、この前の日曜日の放送はバッチリであった。
今どき、「バッチリ」という評価もいかがなものかと思うが、要するに面白い。

 で、考えたのであるが、1954年生まれ、1973年高校卒業の私らは、どのような世代と呼ばれたか?
私らの上は「団塊の世代」というより、この呼び方から「××の世代」という言い方が始まった。
私らのすぐあとが、シラケ世代あるいは共通一次世代、そのあとバブル、氷河期ときて、ゆとりということでしょうか?

 1973年連合赤軍事件の次の年に大学に入学した私らは、しいて言えば「シラケ世代」のハシリだったと言えるかもしれない。
学生運動もアングラもトレンディではなかった(もちろんトレンディなんて言葉もなかった)。
トレンディでなかったかもしれなかったが、ガラパゴスのごとく、学生運動もアングラも続いている場所はあった。
だから、私らを「シラケ世代」と一言でくくられるのは迷惑なのである(って、今頃だれもそんなこと言ってないって・・・)・

 だから、「ゆとり」にせよ、「団塊」にせよ、一言で語るのは暴力的言論なのである・・・というようなこととは関係なく、『ゆとりですけどなにか』は、なんだか切ない話に突入していて目が離せません。
もちろんお仏壇、出てます。
posted by CKP at 12:47| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月11日

辞書は両手で引かなきゃダメだよーータン・タン・タヌキの金言葉、風に吹かれてゆ〜らゆら

 今年も原書講読の時間に、ハイデガーの「Sein und Zeit」を読んでいる。
ドイツの細かなニュアンスを確認するために紙の辞書をもって授業に参加することを学生諸君に義務付けている。

 授業中にある言葉を引くように指示するのだが、引きなれていないのか、なかなか目当てのドイツ語を見つけられない。
見れば、その学生は片手にテキスト、もう一方の手で辞書をペラペラめくっている。
そこで思い出した池上タヌキ之介のお言葉。

「辞書は両手で引かなきゃだめだよ」
もっとつよく
「辞書は両手で引かなきゃダメじゃないか!」
だったかもしれない。

 それは私に向けた注意ではなかったが、リンゴが木から落ちるのが自明な如くの確信に満ちた断言であった。
私は、そのお言葉を拝聴してからは、辞書を引くときは片手で引くなどという横着をしないように気を付けている。

 たしかに両手でひいたほうが、スペル・発音も頭に入るし、速いし、辞書も傷まない。
タン・タン・タヌキの風に吹かれる金コトバであった。

posted by CKP at 18:14| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月05日

僕のおじさん――金沢でグループ展

 金沢まで出かけました。
おじさんが金沢の東山でグループ展をやっているというので見てきました。
桃組というしゃれたカフェの二階。
http://www.geocities.jp/syumihaba/eat/02-01momogumi01.html
一階の入り口には、苔やアザミ(?)が生えている、おじさんの焼いた物体がおいてありました。
自然回帰してゆく焼き物がおじさんのテーマなのでしょうか。

 カフェでフレッシュ・ジュースを飲んでいたら、おじさんのことを感じのよいお嬢さん方が「モンさん」と呼んでいました。
門脇のモンなのか、文雄のモンなのか・・・
いずれにせよ、あのひょうひょうとしたおじさんらしい呼ばれ方でした。

 「おじさん」とは言いながら、実は、父の従兄。
それほど、密な付き合いがあったわけではないけど、ときどき、妙なオブジェをもって我が家に現れていたその生き方は、微妙に私の人生に影響を与えているような気がします。
あんまり、いい影響ではないと思いますが・・・

「なかぬき5人衆」というグループ名で5月15日までやってます。
金沢近辺の方、ちょっと覗いてみてください。

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2016年04月26日

薗田坦先生のお通夜にお参りしてきました―みんな歳とっていたなぁ

 昨日、私にとっては宗教学の大先輩にあたる薗田坦先生のお通夜に行ってきました。
3年ぐらい癌を患って、今年の1月ヤコブ・ベーメのご本を出されてのご逝去でした。
79歳。合掌。

 わたしのはじめての学術誌論文の編集担当委員が薗田先生でした。
たしか百万遍の学士堂という喫茶店で、真っ赤になった原稿を示して、直しを指示くださいました。
まだ手書き原稿の時代です。

 それなりに自信をもって書いた文章を、とことん校正されて、たいへん悔しい思いをしたのです。
しかし、後に自分が編集委員になってみると、「ああ、薗田先生はホントにきちんと読んで細かいところまで赤ペンを入れてくださった」ということに気が付きました。
あそこまで、キッチリ読むということは、私にはなかなかできません。
ホントにありがとうございました。

 ところで、久しぶりに多くの先輩方とお通夜の席でお会いしましたが、みなさん、見事にじいさん・ばあさんになっておられえました。
かく言う私も、その一人でありました。
「こういう席でないと、なかなか会えませんね」と松○さんと別れました。
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2016年04月20日

そろそろお酒なんかも・・・『対象喪失』を読みながら

 今年の3回生のゼミでは、小此木圭吾著『対象喪失』(中公新書)を読んでいます。
今日読んだところには、大切なものを喪失したときの心の痛みが、心臓の病気を誘発するという調査結果が報告されています。
今回の地震で、大切な家族、そして住処を喪失した方々の心の痛みを想像すると胸が痛くなります。
エコノミー症候群で亡くなられる方が多いのも、心の痛みが心臓の機能低下を招くことと関係があるのでしょうか。

 そんな心のストレスを少しでも和らげるために、生活に必要なものはもちろんですが、それが行き渡ったら、お酒やコーヒーあるいはカラオケセットなどの嗜好品も届けられていいように思います。
とにかく少しでも心のストレスや緊張が和らぐことを祈ります。

 が、地面が揺れ続ける、というのはたまらないでしょうね。
想像するだけでも、胸が痛くなります。
最近、「救心」を愛用する我が心臓は、冗談抜きで、ホント、キューとなってしまいます。
ホント、お大事に。
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2016年04月14日

「ただの通りすがり」@タヌキ――「オイオイの言葉」

 昨日、学食で一緒になったN塚先生から聞いた話。

「(京都の岡崎の)S学院の卒業式が終わってK玉さんと話してたんや。
そしたらその向こうをイケガミ君がすーっと通ってゆくんや。
こんなところで何してんの、て聞いたら
『ただの通りすがり』やて。
ほんま。びっくりしたでぇ」

 浅草に生息しているはずの池上タヌキ之介が、うららかな春の一日、京都は岡崎に出没していたという話。
「ただの通りすがり」とそんなところで、タヌキは何をしていたのでしょう?
だから、「ただの通りすがり」だって・・・
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2016年04月12日

ストーンズってサンダーバードじゃないの?――とくだらない事を考えられるくらい元気になりました。

 ローリング・ストーンズのキューバでのフリー・コンサートの写真をネットで眺めておったのです。
70歳過ぎた爺さんたちは、2時間以上のコンサートを平気でこなしている。
「鶴のように痩せた老人」という言い方があるが、ストーンズの面々の体形はまさにそれ。
しかし、頑固爺さんというのではなく、陽気な・・・
・・・には、「サンダーバードの人形」がふさわしいことに、今更ながら気が付きました。

 イギリスの人形劇『サンダーバード』。
あの人形たちは、目が大きく眉毛が太く、口がでかい。
ミックもキースもチャーリー・ワッツもロン・ウッドも、まさにこの顔。
初代リーダーもブライアン・ジョーンズも、次に加入したミック・テイラーもその方向の顔ではなかった。
で、その手の人形顔のロン・ウッドが入って、ストーンズは死なないバンドになったのか・・・

 と、まあ、このようなくだらない事を考えられるくらい元気になりました。
ご心配いただいた方、ありがとうございました。
ただ。このようなことしか考えられない、というのが相変わらず問題ではありますね。

 そういえば、ボブ・ディランも今日は大阪で旅芸人ですね。
シナトラの曲が中心とか・・・これもディランなりの年の取り方です。
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2016年04月05日

爆走老人?ショボクレ老人――ソクラテス爺さんはどっちだったか?

 作業中に転倒しアタマにケガをしてから、すっかり老人が板についてきました。
ケガ自体は大したことなかったのですが、転倒してケガをしてしまったという事実は身体の衰えを自覚させるには十分なインパクトがありました。
アタマの「ゴルバチョフのアザみたい」(@うちの奥さん)なかさぶたをはがしながらしょげかえっていたら、そんなにショボクレていないで、内田樹先生の講演会の案内をしなさい!という激励のコメントをいただきました。

 4月16日(土)に内田樹先生が京都で講演なさるそうです。
詳細はこちら↓

http://shogoin.or.jp/_src/11448/%E6%88%A6%E5%BE%8C70%E5%B9%B4%2B1.pdf

 うっちーも元気なら、わっしーも元気です。
あ、わっしーって、京都市立芸大の学長で大谷大学の客員教授、というより『折々のことば』の鷲田清一先生のことです。
わしばっぱ、とも呼ばせていただいてます。
じぇじぇじぇですね。
そのわしばっぱの、この間の京都市立芸大の卒業式の式辞がアップされております。

http://www.kcua.ac.jp/information/?mp=72926

そのうち入学式の式辞もアップされるでしょう。

 それにしても、みなさん、お元気です。
もう70歳をとっくに超えたボブ・ディランやローリング・ストーンズもコンサートで世界中を飛び回っています。
まさに爆走老人です。

 ストーンズのキューバでの無料コンサートの写真を見ながら思い出したのですが、キース・リチャーズが60歳を過ぎたころ、木に登っていて落っこちて大けがをし、再起不能というニュースが世界を駆け巡ったことがありました。
60過ぎたおっさんが木に登って何をしようとしていたのでしょうか。
常人を超えたキース様のことですから、なにかのっぴきならない理由で木登りをなさっていたのだろうと思います。
が、木から落ちて、天下の秋ではなくわが身の老いをいやおうなしに自覚しただろうと思われます。

 キースは、木から落ちることを想定して木登りしたのではないでしょう。
今までの身体能力なら問題なく安全に登り降りることができる木登りだったはずです。
(それにしても、ホント、なんで木に登ったのでしょうね)
しかし、おそらく一瞬ふらったとして落っこちてしまった。
ワタクシと同じく、キースもアタマから落ちたと報道されていたように記憶します。
ケガも大変でしたが、落ちてしまったというショックも相当なものであったかもしれません。

 老いというのは、若い時には想像できなかった事実としてやってきます。
少なくとも私の場合、一瞬ふらっとする身体感覚は初めてでした。
今まで知らなかった感覚です。

 それで思うのですが、ソクラテスが『弁明』で「みな、死を知らないのに知っているかのように思っている」と言うのは、70歳の老人ソクラテスが、どこかの時点で、知らなかった老いを、老いてみて初めて知ったということがあったのではないか、と思うのですがいかがでしょうか。

 老いというのは、若い時には知らなかった。
老いは老いてみなければ分からない。
ゆえに、死というのも、死んでみなければ分からない・・・
だもんで、ソクラテスは死に向かって、悠々と向き合うことができたのではなかったかと・・・
そのようにして、悠々老人ソクラテスではなかったかと・・・

posted by CKP at 15:05| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月01日

さよなら、ト一食堂ーー京都で過ごした青春やさかい・・・

 本日は、大谷大学の入学式なのですが・・・

 昨日、2016年3月31日午後9時をもって、京都は四条・富小路の「ト一食堂」が閉店となってしまいました。

 わたしは、たまたま、北陸のお魚の刺身が食べたいなぁと昨日ふらりと立ち寄ったのですが、「本日で閉店」の貼り紙にびっくり。
接客のお兄ちゃんに「ほんとに閉店するの?」と確かめたら、やっぱりホント。
これで最後かと、予定の「造り定食800円」に思わず「湯豆腐600円」を追加して、贅沢をしてしまいました。

 学生時代、河原町の京都書店で本を買って、十字屋でレコードを探して、ちょっと北陸の魚が恋しくなったとき立ち寄りました(「ト一」のトはたぶん富山のト)。
気取らない定食屋兼居酒屋。
音楽は流れず、お客さんの賑やかな話し声がBGM。
学生の身分での「造り定食」や「ト一定食」は、ちょっと贅沢な食事でした。

 そのト一食堂が、41年の歴史に幕。
なんだか、あの頃、学生の頃が、また遠くに行ってしまったようで、オジサンはちょっと涙ぐんで、お刺身を食べておりましたよ(べつに「踊りつかれたディスコ」の帰りに寄ったのではありませんが)。

 あの頃、お刺身を食べながらどんな未来を予想していたんでしょうね。
こんなはずじゃなかった、ような気もするが、そう思うことも含めて、こんなのがわたしの人生なんだなぁ、としみじみ思ってしまいました。

 頭にけがをしてから、ちょっとセンチメンタル・ジャーニー・カドワキです。

 学生時代における定食屋の位置というのは案外大きなものです。
本日、入学された学生さんたちもよい定食屋が見つかるといいですね。

 おかみさん〔?〕によれば、ビルの老朽化での閉店なのだそうです。
いつも、それなりににぎわっていたのに・・・

長い間、ありがとうございました。
posted by CKP at 14:07| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月23日

CKP、地球に衝突す――老いの衝撃

 CKPという隕石が地球に落下した、という話ではない。
ワタクシCKPことカドワキが、梯子状のものから地球に落下し、地面に激突したという話であります。

 雪国のお寺には、本堂の前に「雪割り」という三角屋根が組んであり、本堂の雪が落下してもそこをくぐって本堂に参拝できるようになっております。
その雪割りを解体している時、その三角屋根から降りるとき、もう大地であると判断した我が足は力強く空に踏み込み、我が体は宙に舞い、我が頭は地面に思いっきり頭突きをかましたのでありました。
しかし、我が軟弱なるアタマより地面の方が硬く、我が頭からは、ブラッシーに噛みつかれた力道山のごとくタラタラ血が流れているのでした。

 幸い大したことなく血はすぐに止まり、我がポンコツ頭にも致命的なダメージもなく、作業は無事終了したのです。
さすがに翌日は首筋や腰が痛くて曲げられませんでしたが、日を追うにつれて良くなっています。

 が、歳をとる、というのはこういうことなんですね。
アタマで考えることは、あまり歳をとってはいないのですが、体は確実に老いている。
そのことを強烈に教えてもらった事件でした。

 ホント、とにかく、ただ落ちるだけ。

身体は落ちるという事態になんの対処もできない。
声も出ない。
ばったりに地面にはいつくばるだけ・・・

 身体がこうなったのだから、アタマも少しは歳を考えねばならぬ、と思ったのでした。
お若い方には、いまは、関係のない話ですが・・・
posted by CKP at 16:05| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月18日

卒業、おめでとう――A spooonful of sugar

 本日は、京都は北大路の大谷大学の卒業式。
卒業生のみなさん、おめでとうございます。
楽々とか、なんとかとか、あぶないところだったとかいろいろあると思いますが、とにかく卒業できるということはめでたい。
であるからして、ワタクシ、本日はスーツにネクタイといういで立ちです。

 しかし、こうなってみると、もう少し、ねちねちと鍛えておいた方がよかったかな、と思わんではない。
が、しかし、4年前から見ると、それぞれ、それなりに得るものがあったように思います。
「それなりに」とあいまいなことを言うのは、それは本人にも今ははっきりと分からない、いや「これ」と分かるようなものなら、それはあんまり大したことはない。

 ただ、どうだろう?
あの、とりかかった時には、完成するのかどうかさえ分からなかった卒論がああして完成したとき、ちょっと、勉強というのも楽しいなんて思いませんでしたか?
やんなきゃいけないと始めたことが、ちょっと楽しい・・・これから山ほど押し寄せてくる「やんなきゃいけない」時に、「ああ、これがどうゆーわけか、ちょっと楽しくなるんだな」ということを思い出してくれると嬉しい。

 というわけで、「やんなきゃいけない」ことをなかなかやらない子供たちに、ジェリー・アンドリュース扮するメアリー・ポピンズが唄うお説教歌「A spoonful of sugar」を、卒業のはなむけににお贈りいたします。

「どんな仕事の中にも楽しいところがあるわ
その楽しみを見つけて、指を鳴らしましょう
そうすれば、仕事はゲーム
やらなきゃならないつらい仕事も楽勝よ
愉快!大騒ぎ!
とってもはっきりしてるわ」
(訳は浅井学「ひと匙のお砂糖で」から『メアリー・ポピンズのイギリス』野口祐子編著、世界思想社)
とお説教があって、「とてもはっきりしている」次の歌詞がリフレインされるのでした。

That a spoonful of sugar
Helps the medicine go down,
The medicine go down
The medicine go down
Just a spoonful of sugar
Helps the medicine go down
In a delightful way

 ディズニー映画なので、動画を引用するとどんなおとがめを受けるか分からないので、歌だけ。


 もしなかなか楽しくならないいときは、もちろん「スーパーカリフラジリスティックエクスファリドシャス」と唱えてみましょう。
posted by CKP at 13:47| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする