2017年02月28日

「死と乙女」のほうへ――西田幾多郎、オルカーニャ、コパチンスカヤ

 西田幾多郎は「『国文学史講話』の序」(『思索と体験』所収)というエッセイで、その『国文学史講話』の著者・藤岡作太郎と西田自身の子どもを亡くした経験について書いています。
ちょうど『善の研究』を書いていたころの文章です。

 そこに「オルカニヤの作といい伝えている画に、死の神が老若男女、あらゆる種々の人を捕え来りて、帝王も乞食もみな一堆の中に積み重ねているのがある、栄辱得失もここに至っては一場の夢に過ぎない。」という文章があります。
今年の講義でこの文章をとりあげたとき、「このオルカニヤの画というのはどんなんでしょうかねぇ。誰か調べてくれませんか」とつぶやいたら、それを調べてきてくれたレポートが3篇ありました。
3人とも、図書館では「オルカニヤ」では調べられず、ネットで調べて「オルカーニャ」なる人物に行きついていました。
オルカーニャことアンデレア・ディ・チョーネ・ディ・アルカンジェロという人物で、1308年ごろ生まれ、1344年から68年までフィレンツェで活躍した画家にして彫刻及び建築家。
例の画は「死の勝利」というフレスコ画であろうというのが、3人の共通した結論でした。

 なるほど、ネットとはこうゆうふうにして利用するのか・・・ネットにうとい怠け者の教師は感心してそのレポートに「S」を付けてしまいました。

 このオルカーニャの活躍した時期は、ヨーロッパで黒死病つまりペストが流行り、ヨーロッパの人口が半減したといわれる時期に重なります。
その「死の勝利」という絵も、おそらくペストの大流行と関係があるのでしょう・・・

 なんてことを考えていたら、タワーレコードで、パトリツィア・コパチンスカヤの『「死と乙女」のほうへ』という奇妙なタイトのCDが目に止まりました。
英語のタイトルは「DEATH AND THE MAIDEN  SCHUBERT」つまり「シューベルトの死と乙女」なのですが、邦題では『「死と乙女」のほうへ』と妙な言葉がくっついています。
なんじゃろ?と曲目を見ると、シューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」の4つの楽章のあいだに、「死の舞踏」と呼ばれた中世の曲や現代の死を扱った曲がはさまっているのでした。

 何たる偶然と即座に購入を決定。

 冒頭の妙に明るい「死の舞踏」という曲が、なんだか人間の無力さ、そして「一場の夢」という感じで妙に納得させられます。
しかもシューベルトは弦楽四重奏ではなく、もう少し規模の大きな弦楽合奏。

 今まで、「死と乙女」という曲はシューベルトにしては激しい曲であまり得意ではなかったのですが、こうして「死」のヨーロッパ的伝統の中で聴くと、たいへん説得力があります。
死に対するシューベルトの怒りともやけくそ的な諦めともつかぬ激しい感情が、コパチンスカヤの率いる弦楽合奏でストレートに伝わってきます。

わたしは大変に気に入っています。
posted by CKP at 16:49| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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