2017年01月19日

今こそトランボ――2016年の映像ベスト5

 例によって、年末年始のバタバタで、昨年の映像ベスト5の記事を今ごろ書きます。
ベスト1は、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』。
今のアメリカを見ていて、この映画こそ今もう一度みられるべきと強く思いました。

 「赤狩り」という共産主義者弾圧の嵐が吹き荒れた暗黒の50年代に、投獄されながらも出所して偽名で映画を作り続けた男トランボ。
あの『ローマの休日』を友人名義で書いていたトランボ。
そのトランボが、その暗黒時代が過ぎて『ジョニーは戦争へ行った』という反戦映画をつくろうとしていた1970年、全米脚本家組合から功労賞をもらった。
そのときのスピーチが映画の最後に、ブルース・クックの原作からほぼそのまま引用されていた。

「おそらく、組合員の半数以上は、ブラックリストの時代が始まった当時、まだ子供だったか、生まれていなかったため、そのことを記憶していないのではないかと思います。そうした人たちのために、話しておきたいことがあります。ブラックリストの時代は悪の時代であり、どちらの側についても、あの時代を生き抜いた人たちはみな、悪の影響を被ったのです。個人の力ではどうにもならない状況で、みなそれぞれ、自分の人間性、必要性、信念、個々の事情に従って対応せざるを得ませんでした。どちらの側にも、誠実と不誠実、正直と不正直、勇気と臆病、利己主義と日和見主義、知恵と愚かさ、そして善と悪があったのです。巻き込まれた人々のほとんどは、どんな立場にあっても、自分自身や行いの中にこのような正反対の要素を併せ持っていたのです。
 私は常々、40代やそれより若い世代の君たちは、あの暗黒の時代を振り返るべきだと思っているのですが、そうした場合、悪漢やヒーロー、成人や悪魔を探しても、何の役にも立ちません。そんなものはいないからです。いるのは犠牲者だけです。味わった苦しみの大きさは人それぞれ違います。得をした人も損をした人もいるでしょう。しかし、最終的には、私たちはみんな犠牲者なのです。ほとんどの人が例外なく、言いたくないことを言い、やりたくないことをやり、意に反して傷を追わせたり負わされたりせざるを得なかったわけですから。だから、右派だろうと左派だろうと中立だろうと、長い悪夢から目覚めた私たちの誰もが、罪の意識にさいなまれているのです。」(ブルース・クック『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』、手嶋由美子訳、世界文化社、432頁)

 「いるのは犠牲者だけです」というスピーチに反対する人もあったという。
弾圧者や裏切者に対して寛大すぎるというのである。
そう言いたくなるのも分かる、がそれだけだと前に進めない。
トランボは、「右派だろうと左派だろうと中立であろうと」、様々な人と一緒に仕事をしていこうとする本物のコミュニストなのでした。
もうぼちぼちヴィデオになる頃でしょう。

 さて、そのほかでは、昨年公開の『続深夜食堂』を見損なったので、それではと購入した『深夜食堂』のDVD。
これがよかった。
それでテレビ版の1・2・3も順々に、結局全部買ってしまった。
もう小林薫が前掛け締めて、カウンターに立つだけで、幸せになれるシリーズでした。
最近は、もうこればっかり。
 
 これで、ベスト5になってしまいましたが、ミュージックヴィデオとして、ローリング・ストーンズのハバナ公演の『ハバナ・ムーン』。
これを見て、彼らが自分たちの音楽を人々に届けることにホントに喜びを感じる連中なんだなぁ、とうれしくなりました。


posted by CKP at 13:32| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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