2016年11月14日

風が吹けば桶屋がノーベル賞――ボブ・ディランと大谷大学、ついでにジョン・ケージも

「風が吹く」と「桶屋が儲かる」が関係あるように、ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞と大谷大学が「関係がある」と言えないことも無い(ちょっと無理があるけれども)。

 ボブ・ディランに音楽と詩の両面で強い影響を与えたのはウディ・ガスリーである。
が、詩作においての影響では、ディラン・トマスはもちろんのこと、ジャック・ケルアックやアラン・ギンズバークの名も挙げられる。
じっさい、『NO DIRECTION HOME』というドキュメンタリー映画でディラン自身がそう発言している。

 このケルアックやギンズバークが、実は鈴木大拙に相当影響を受けているのである。
ケルアックとギンズバークは、1958年のある夜、そのころブロウドウェイにあった大拙の家を訪ねている。
ケルアックもギンズバークもこの夜のことを回想していて、ケルアックが大拙に金剛経や禅の問答について問うたこと、大拙から抹茶をふるまわれたこと、帰り際に大拙から「お茶のことを忘れないように」と言われたことを記している。
大拙が次のように書いているは、おそらくこの来訪のことであろう。。

「近ごろアメリカに、ビートニックの一人として、統領株のものに、四十ばかりの男が出た。その名をギンズベルグという詩人である。自分も一遍会ったことがある。日本的に俳句式の英詩も作る。先月、かの『ライフ』誌国際版を見ると、髯も髪も生え次第にして、無茶苦茶風采で、米国中を漂浪してあるく。カンサス州では大もてにせられておるとのこと。この人の理想はシナ唐代の詩人、寒山・拾得の風を慕い傚うことである。これら千年前の詩人生活を米国で近代化したものといってよい。破れ袈裟を風の吹くままにして、山奥に住んだという自由人の寒山・拾得を、今に写したギンズベルグ氏は誠に近来の破天荒漢である。孔子はこのような人を、「個々の欲するところに従う」とはいわぬと信ずる。」
(鈴木大拙『東洋的な見方』岩波文庫版(上田閑照編集)所収「老人と小児性」266頁)

 ケルアックもギンズバークも大切に会ったことを大切な思い出として書いているのだが、大拙の方は、少々、批判的で困り気味である。
別のところでは、禅の自由の境地が彼らにおいては「放埓」となってしまっていることに注意をしている。
いささかこのアメリカのカウンター・カルチャーの展開に大拙は責任を感じていたらしく、どこかで「LSDでは悟りの境地は得られない」とわざわざ書いている。
大拙チルドレンを叱っていたんですね。
彼らビートニクは、仏教に興味を持ち、そこから新たなカウンター・カルチャーを形成したのであるが、その一方でドラッグにのめり込んでいたのである。

 ボブ・ディランはそのビートニクの詩人たちから大きな影響を受けている。
おそらくドラッグの経験もあるだろうが、それほどのめり込むことはなかったようだ(あまりその話題を聞いたことがない。)
つまり、ディランは大拙の孫弟子と言えないこともないのである。
もちろん、大拙はディランをほとんど知らないだろうし、ディランもそんなことは自覚していないだろう。
いや、「ラヴ・マイナス・ゼロ」なんて曲名には禅的な「無」が直接意識されているようには思う。
しかし、宗教的には、ディランは仏教というよりユダヤ教とキリスト教のあいだを揺れ動いている人である(現在形?)。
仏教の思想的影響を直接論ずるのは難しいだろう。

 しかし、「LIKE A ROLLING STONE」などを聞くと、そこには仏教的な世界観がそこはかとなく感じられる、ように思う。
どのような世界観?
それはどうぞご自分で確かめてくだされ・・・

 が、とにかく、鈴木大拙は大谷大学で長らく教鞭をとっていた人だから、「ディランのノーベル賞」と大谷大学は関係があると言えないことも無いのでありました。

 ついでに、この間、わっしぃの『折々のことば』に登場したジョン・ケージも大拙に多大な影響を受けた人で、例の「4分33秒」なども、それがなかったら登場しなかった「作品」でしょう。
というわけで、ケージも大谷大学と関係がないこともない(く、く、苦しい〜)。
posted by CKP at 10:56| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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