2016年11月06日

ギターのちから――哲学のギター?

 犬小屋の間借り人から、ジェフ・ベックの『ロックン・ロール・パーティ』というDVDを貸していただく。
ジェフ・ベックが、主に50年代のロックン・ロールを弾きまくるというヴィデオ。
なかでもレス・ポールの楽曲を中心に弾いている。
この場合、レス・ポールとはギター名ではなく、そのギターを開発したおじさんの名前。
この人は、エレキギターを開発し、多重録音を思い付き、そして「ハウ・ハイ・ザムーン」や「モッキンバード・ヒル」を作って唄ったアメリカのエレキ・ギター音楽の父のような人。
そして、そのエレキ・ギターの求道者ジェフ・ベックが、ホントに楽しそうに古い曲を弾きまくる楽しいヴィデオです。
なんと、シャドウズの「アパッチ」も弾いています。
ジェフ・ベックってイギリスの人だったんですよね。

 しかし、このレス・ポールが開発したエレキギターによって、20世紀という世紀は、どこでも誰でも音楽表現ができる時代になりました(もちろん電気が必要ですが)。
そして、レコードの発明で、どこでもだれでも、いろんな音楽表現に接することが可能になりました。
エレキ・ギターとレコードというのはすごい発明だったのだと、このヴィデオを観ながら、改めて思いました。
レス・ポール偉い!
ジェフ・ベック、いい奴!

 となると、哲学にギターの役割をするメディアはあっただろうか・・・などと考えてしまいます。
ブログとかツイッターとかはそんな役割を担えるのでしょうか?

 もちろん、メディアがか変化すれば、そのコンテンツも変わる。
エレキバンドでブルックナーはあり得ない。
チェンバロでラフマニノフは迫力不足。
オーケストラあってのブルックナー。
ピアノあってのラフマニノフ。

 もちろんギターあってのボブ・ディラン・・・

 哲学は活字であれば、デジタルでもアナログでもよろしい、ということでよろしいのでしょうか?
posted by CKP at 20:42| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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