2016年06月06日

フルトヴェングラーをめぐるもやもや――よい音楽、悪い音楽?

 中川右介『戦争交響楽』(朝日新書)が面白い。
1933年から戦後までのクラシック音楽家の動向を、当時のコンサートプログラムや手紙などを引用して、追った読物。
ほとんど年表を読んでいる感じだけれど、これがめっぽう面白い。

 とりわけナチス・ドイツによってドイツを追われたワルターやクレンペラー、ナチスと敢然と戦ったトスカニーニ、ポストを得るためナチの党員になったもののヒトラーに嫌われたカラヤン、そして党員ではなかったけれどヒトラーの隣席のもと、ハーケンクロイツはためく中で指揮をするフルトヴェングラーの動向が面白い。

この中で一番「困る」のは、フルトヴェングラーですね。
彼の指揮するベートーヴェンやワーグナーそしてブルックナーは、モノラルの古い録音だけだけれども、やはり今聴いても、すごい、感激する。
しかし、彼のナチスに対する煮え切らない態度――ハーケンクロイツのもとで指揮する姿を見てしまうと、なんだか困ってしまう。
素直に感激していいんだろうか、と困るのである。
少しハイデガーに「困る」のと似ているところがある。

 それで、いったいフルトヴェングラーとはどういう人物なのかという興味で読んでいると、次のような記述にぶつかった。
少し長い。
*          *
 ベルリンで活躍していた指揮者のなかで、ナチスの反ユダヤ政策によって、ワルターやクレンペラーが追放されるようにして出て行ったことは、彼(フルトヴェングラー)にとって衝撃だった。
 (1933年)4月11日、フルトヴェングラーがゲッペルスに宛てて書いた手紙と、ゲッペルスの返信が、「ドイチェ・アルゲマイネ・ツァイツング」紙に載った。
 フルトヴェングラーは「私は究極のところ、ただひとつしか境界線は認めません。すなわち、よい藝術か悪い藝術か、です」とした上で、「ユダヤ人か非ユダヤ人か」の境界線が「仮借のない厳密さで引かれている」が、それよりも「よい藝術か悪い藝術か」の問題のほうを重視すべきだと述べる。そして「もしユダヤ民族に対する戦いが、根無し草のような、いかさまや空虚な妙技によってお客に受けようとする人たちに向けられているのなら、それはすごく当然なことでしょう」と書く。つまりフルトヴェングラーはユダヤ民族の低俗な藝術であれば弾圧してもかまわないと言っている。
 しかし、「この闘争が真の藝術家に向けられるならば、それは文化活動の利益になりません」とし、「はっきり申し上げておかなければならないのは、ワルターやクレンペラー(中略)といった人たちには、将来ドイツでそれぞれ専門の仕事に従事できるようにしなければなりません」と訴える。
 (中略)
 ゲッペルスの返信は、フルトヴェングラーへの感謝と尊敬の念を述べることから始まる。本題に入ると、「真の藝術家は稀ににしかいません。だからこそ彼らは保護育成され保護されなければならないわけです」としたうえで、ワルターやクレンペラーが演奏できなくなることへの批判については、「過去14年の間に、真のドイツの藝術家がたびたび沈黙を強いられたことを思えば、適切を欠く」と退ける。
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 中川氏は、この後、「政治は藝術だ」というゲッペルスの発言を受けて、「ナチス・ドイツとは、藝術家としては成功できなかった三流藝術家たちが、一流の藝術家を支配することで、自らの藝術的野心を満足させるための巨大な玩具だったという一面」を指摘して、次のように結論付ける。

「プロパガンダの天才であるゲッペルスの前に、非政治的人間と自分でも認めるフルトヴェングラーは完敗した。いやフルトヴェングラーには自分が負けたという意識もなかったかもしれない」(50頁から52頁)

「よい藝術と悪い藝術」という区分が、フルトヴェングラーにははっきりとあった。
ゆえに、よい藝術であるベートーヴェンやワーグナーは、渾身の力を込めて指揮をする。
そして、それに、この私は感激してしまう。
のだが、その一方で、ユダヤ民族の「根無し草のような、いかさまや空虚な妙技に酔ってお客に受けようとする」音楽は軽蔑する(マーラーなどもこれに入るのだろうか?)・・・というフルヴェンの態度には同意できない。
何かを低俗、下劣とし、その一方で自らを高く評価する態度って、なんだか嫌な感じ。
もっとも、アドルドなどもどこかで「ジャズは低俗」と書いていた。
いや、ワルターもどこかでヴェルディは指揮するが、低俗だったか、下劣だったか、とにかくプッチーニは指揮しない、と言っていた。
ゆえに、これはフルヴェンだけの芸術観ではなく、ベートーヴェンなどの教養的(!)19世紀音楽を高く評価する芸術観に広く見られる傾向なのだろう。
しかし、「よい藝術」まだ分かるとして、「悪い藝術」というのはなんぼ何でもというきがします。

 ちなみに、ベートーヴェンとフルトヴェングラーをこよなく敬愛したという丸山眞男は、フルトヴェングラーとナチスの問題に次のような発言をしている。( 中野 雄『丸山眞男 音楽の対話』(文春新書)より孫引き)

 丸山は、第一にフルトヴェングラーは、「ナチズムの実体について」「全く、あるいはほとんど無知」であったことを第一として次のように言う。

「第二には、フルトヴェングラーは、個々のユダヤ系の芸術家に対する迫害、あるいは個々のナチの文化統制にたいしては、その都度、実にはっきりと抗議し、また懸命に人助けの活動もしたのでありますが、幸か不幸か、ナチ当局者が……非常に低姿勢をとって彼のそういう努力がかなり功を奏したということが、かえって、起こっている事態を全体的に掴んで見抜く眼を曇らした、ということが言えるんじゃないかと思います」。(189頁)

 おそらく中川氏が指摘している同じ問題を扱っているのだろうけど、フルトヴェングラーへの尊敬のせいか、丸山の分析はフルトヴェングラーに甘すぎる。
おそらく、丸山自身もフルトヴェングラー的「よい・悪い」芸術観に同意する傾向があるのではないか?

音楽の二分法と言えば、デューク・エリントンの「素敵な音楽」と「それほど素敵じゃない音楽」があるが、これは「よい・悪い」とは違う。
エリントンのは「素敵」の量の問題だが、よい・悪いは質の問題なのである。
藝術における、よい・悪いをフルヴェンやアドルノは、何を基準に考えていたのだろう。
・・・ということを考えざるを得ず、フルトヴェングラーを聴くのがますます「困る」ことになるのでした。

 そのうえ、フルトヴェングラーの「よい・悪い」を考えるうえで、次のようなエピソードもさらなる混乱をもたらす。
*         *
 (1935年)4月10日、ベルリンではゲーリングと女優エミー・ゾンエマンの結婚式が盛大に執り行われた。その直後にヒトラーはフルトヴェングラーと面談した。
 フルトヴェングラーが求めたのはドイツでフリーランスの指揮者として活動することと、外国でも指揮したいのでパスポートを発行してくれということだった。フルトヴェングラーはベルリン・フィルハーモニーや歌劇場の仕事がなくても外国へ行けば稼げるとふんでいたのに、パスポートを更新できず、出国できなくなっていたのだ。
 ウィーン・フィルハーモニーの関係者によると、フルトヴェングラーの出演料は、ベルリン・フィルハーモニーからのものは妻の口座へ、ウィーンからのものは愛人たちの口座に送金されたという。フルトヴェングラーには多くの愛人がいて婚外子がたくさんいた。その数は本人にもよく分からないらしいが、確認できるだけで13人という。彼にはこの子どもたちの養育費を稼がなければならない事情もあった。国外での仕事がなくなれば、愛人とその子供たちは生活できない。この大指揮者が亡命できなかった理由のひとつが、この扶養家族の多さにあった。(143頁)
*         *
 同情していいのやら、尊敬していいのやら・・・
愛人たちや少なくとも(!)13人の子供たちの面倒を見るというのは、えらいと言えば偉い!
が、「本人にもよく分からない」13人以外の子どもはどうなったか?
また、世俗的倫理観と芸術的倫理観は違うのか?って問題も出てくる。
いったい、どの口が「よい・悪い」を言うの?って。
しかし、愛人をいっぱい囲っているような人物だからこそ、ワーグナーを魅力的に演奏できたりもする。
しかし、愛人や子ども、多過ぎ!

 このフルトヴェングラーが亡命しなかったことについて、丸山眞男の弁。

「最後に重大な理由としまして、フルトヴェングラーは、自分の主張を貫いて亡命の道をとるには、あまりにドイツ人とドイツ文化への愛着が深かったということを考えなければなりません。勿論、偏狭な国家主義の意味ではなく、彼は自分の芸術がドイツの国土との結びつきを離れてはあり得ないという自覚をもっておりました」。(193頁)

 丸山先生にとっては、どこまでもフルトヴェングラーは偉いのでありました。

結局、わたくしのアタマのなかでは、『マクベス』の魔女たちが「キレイは汚い、汚いはキレイ」と踊りまわり、チャック・ベリーが「Roll over the Beethoven」を奏でるのでした。
そんなお下劣なロックンロールなんか聴いてると、丸山先生に叱られちゃうかもね。
posted by CKP at 12:09| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いかなる理由があっても、鉤十字の旗のもので指揮をすることは決して許されるものではないと思います。ましてやヒトラー生誕50周年記念で「ベートーヴェン第九」を振るなんて、ベートーヴェンが泣いています。
Posted by Nao at 2016年08月06日 12:05
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