昨年の暮れ、12月16日に哲学科の名誉教授箕浦恵了先生がなくなった。
癌を患われたというニュースを11月の末にお聞きしたばかりであった。
享年76歳。
箕浦先生のご専門はギリシャ哲学。
ドイツではハンス・ゲオルク・ガダマーのもとで学ばれた。
原典の精密な読みを大切になさる先生であった。
著書に『ギリシャ語古典文法T』(文栄堂)
訳書に『古典期アテナイ民衆の宗教』(ジョン・D・マイケルソン著、法政大学出版局)
『哲学のはじまり――初期ギリシャ哲学講義』(ハンス・ゲオルク・ガダマー著、同上)がある。
が、厳しいだけの先生ではなかった。
ものすごい読書量で専門外のさまざまなジャンルの本も読んでおられた。
沢木耕太郎の『深夜特急』なども「面白いですね」とニコニコしながらさらっとおっしゃっておられたのにはびっくりした。
ただ未だにうまく飲み込めないところがあったので、追悼の記事を書きたいと思いつつ、四十九日も近付いた今頃までぐずぐずしていたのである。
先生の大谷大学での大きなお仕事にドイツのマールブルク大学との仏教とキリスト教の学術的対話の推進ということがある。
そのときどういうわけか私を助手に指名してこられた。
ドイツ留学の経験もなくドイツ語会話も満足にできず、仏教学の専門でもない私はただひたすら荷物持ちをしていただけであった。
が、とにかく第一回目のマールブルクでのシンポジウムが無事終わって宿で打ち上げをしているときであった。
少しワインなどを飲んで、「箕浦先生はヴァイオリンをとるか哲学をとるかと若かりしころ悩まれたそうですね」という話になった。
そのとき、「どのようなヴァイオリニストがお好きですか」とお訪ねしたのであった。
ヴァイオリンを捨てて哲学の道を歩んでこられた先生であるから、ヨーゼフ・シゲッティあたりの精神性の強いヴァイオリニストかなと予想していたのであるが、先生から出た名前は意外にも、
「ジノ・フランチェスカッティ」。
あのパガニーニの直系つまり超絶技巧と美音の系統のヴァイオリニストなのである。
たまたま私も好きなヴァイオリニストだったので( というか他をあんまり知らなかったので)
「私も好きです」
とお答えしたら、「おお」とうれしそうに握手してこられた。
そのときの手の感触が今でも忘れられないのであるが・・・
そういう超絶技巧系のヴァイオリニストとギリシャ哲学というのがすんなりと結びつかないままであった。
それで、『古典期アテナイ民衆の宗教』を手にとって「訳者あとがき」を見ていたら次のような文章に出会った。
「ギリシャの悲劇詩人たち、そしてソクラテスはそれぞれどのような独自の宗教観、信仰を生きかつ死んだのか、その独自の思想を照明しようと考えるならば、かれらが生きた時代の市井の人々の宗教、その習慣を描き出しておくことは研究の手順として必須の前提であることは明らかである。
(中略)
ギリシャの碑文(Inscriptiones Graecae)とか弁論作家の作品などを検討しながら本書の訳業を進めたため、完成に長い期間を費やした。・・・・」
「研究の手順」とか「作品の検討」とか学問の基礎的作業を大切にしておられた先生のお姿が思い出される文章であった。
学問の基本的な作業をないがしろにして精神性だけで論ずることを許さない・・・そんなところがファランチェスカッティというヴァイオリニストとつながるかなぁ・・・
つまり学問のスタイルとしてフランチェスカッティの演奏スタイルを受け継いでいる。
チョット無理やりかなぁ。
先生、間違っていたらすみません。
「そんな、無理やりくっつけんでもええよ」
と先生の声が聞こえるような気もする。
合掌。
2012年01月31日
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『深夜特急』を読まれていたとは。お話してみたかったです。
合掌。
わたしにとってまったく新しいソクラテスとの出会いでした。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。