というわけで、新春新企画『昭和語広辞苑』の始まりです。
ひょっとして、岩波の『広辞苑』編集部あたりから「広辞苑」の名前を勝手に使うな!と抗議が入るかも知れませんが、まあ、例によって「飽きたら止める」企画でありますので・・・
まず初回は「居候」。本家『広辞苑』では
「い‐そうろう【居候】 他人の家に寄食すること。また、その人。食客」とあります。
聞きませんね、最近。
高二の息子に尋ねたら「マンガの中で、昔のマンガの引用で出てくるし、夏目漱石の『こころ』に出てきた」ということで、すでに現実の存在ではなくっているようです。
昭和も後期では、さすがに「昔奉公した大店の若旦那が勘当されて、うちの二階に居候する」という落語みたいな話は実際にはありませんでした。
が、学生時代にちょいとまずいことがあって、友達の下宿に「居候」するなんてことが、ふつうにありました。
また、出戻ったおばさんが家に居る、なんてのも当時は当たり前ですが、よく考えると「居候」に近いものかも知れません。
「居候」なんて言葉をなぜ思い出したかというと、年末・年始にかけての「派遣村」のニュースを見ていて、「はて?なぜこの人たちは居候しないのであろうか」と思ったからです。
実家に帰らないのは、それなりの訳があるのだろう。ならば、そういう時は友達の家に「居候」すればよいではないか――というのが昭和感覚であります。
じっさい、ブラジルあたりからの移民労働者たちは、おそらく「派遣切り」されても、どこかに団子になって「居候」しているから、表に出てない。
それに比して、日本の派遣労働者の場合は、寮を追い出されると住むところがなくなるという現実。企業の「倹約主義」の犠牲者が、このような形で身に見えるようになったのは、「居候」という、セーフィティ・ネットが崩壊しているからなのでしょう。
そこでは友達関係も重要だが、居候側の「図々しさ」も必要である。つまり、その家の「倹約主義」を堂々と無視する図太さが必要なのである。
「居候、三杯目にはそっと出し」というのは、居候のくせに飯を二杯もパクパク食べて、さすがに三杯目は食べぬだろうと思ったら、そっと出してきやがった、という居候の図太さを言ったものである。
ところが「派遣村」で取材に応じるお兄さんたちはやたらと「恥ずかしい」「情けない」を連発するのである。「勝ち組/負け組」図式でしか自分をみれなくなっているのが、切ない。
そして、国の行政機関(厚労省の講堂)に居候することになる。
セーフティネットが、行政機関が介入しないと立ち行かない、というのは、よろしいんでしょうか?
これからどんどん安全が脅かされる時代、「ちょっと御厄介になります」というのを許容する民間のセーフティネットが生きていないと、すべて大企業と行政に振り回されることになりゃせんか?
企業の倹約主義と居候の消滅は、実は、同じ論理の帰結なのである。
「あの人、いつまでいるの?」という声を聞こえぬふりをして居続ける図太さというのは、いろんな場所でも必要だと思う。
だから「あいつはいつまで教員やってるの」なんて声は、わたしには聞こえないのであります。
2009年01月13日
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高校生にとって「居候」は今の言葉ではないんですね、びっくりしました。15年ほど前、伯父が私の家に居候していたのですが、それはもう大昔のことなんですね、はぁ〜。
私は、「あの人いつまで学生やってるん?」なんて声を聞こえないふりしています。