2009年01月09日

ハムレットは今日もデブだった――メタボデブの執念は年を越えて

 ついにメタボデブの執念は、年を越えてハムレットさえデブの仲間に入れるところまで至ったのである。
 げに恐ろしきはデブの執念である。

 というか、シェイクスピアは『ハムレット』の台本にきちんとハムレットが太っていたことを書きこんでいるのである。

『ハムレット』の最終幕でハムレットはオフィーリアの兄レアティーズとフェンシングの試合をする。それを傍らで見ていた母ガートルードの台詞。

He’s fat, and scant of breath.(第五幕第二場)

これを松岡和子さんは「あんなに汗をかいて、息まで切らして」(ちくま文庫版)と訳しておられる。
 ハムレットをこの翻訳で演ずるのは真田広之。「あの子はデブだから、息まで切らして」とは訳せない。
 実はこの「fat」は、『ハムレット』の上演史上、18世紀ごろから常に問題となっていた。どういうわけか、これをもってまわって解釈して「汗かき」あたりに落ち付いて、ハムレットはすらりとした青白き悩める青年ということになっているのである。

 デブは悲劇の主人公になれない――これが西洋近代の約束事であった。ゆえに、その西洋近代を模範とするわが国でも、新劇や文学の悲劇においてはデブは否定され、そして現在は医療費削減ということで国家を上げて、デブをメタボデブとして弾圧しようとしているのである。

 私はこのような弾圧に断固として戦うものである!
 万国のデブよ、団結せよ!

 我が国には、デブに対して「恰幅がいい」という美しい言葉があるではないか!
 おりしも書店には「東映時代劇傑作DVDコレクション」というシリーズが並び、その第一回が『赤穂浪士』。主演・片岡千恵蔵である。
 時代劇の悲劇、それもハムレットと同じ復讐劇の主人公は、「恰幅のいい」大石内蔵助なのである。

 ということは、ハムレットも太っていてもかまわないのではないか。
 恰幅のいいハムレット――これでfat問題は解決できるのではないか?

 もともとハムレットはプロテスタント的倹約の世界の人間ではない。
 先王の葬儀に来たという親友ホレイショーに、葬儀の後ひと月も経たぬうちに母と叔父の結婚式が挙行されたことについて、「倹約、倹約だ、ホレイショー。冷めた葬式用の料理が、結婚披露のテーブルを飾ったんだ」(第一幕第二場)といまいましげに語る。
倹約はプロテスタントの美徳であり、ビジネスの基本となっていく。
すべてをリストラする新しい道徳観に、「恰幅の良い」ハムレットは我慢ならないのである。そして、彼は最後の最後まで、個人的な復讐とデンマークという国家をどのように維持していくかを考えるのである。
 それは恰幅の良い王の仕事である。

 と思って、以前から気になっていた河合祥一郎著『ハムレットは太っていた』(白水社、2001年)を繙く。
 この本はシェイクスピアの劇団の役者と当時の体型観を詳細に調べ上げた本だが、先の「fat」について、次のようなまとめがある。

 当時は、太った身体は肉体的な強さを連想させた。ジョン・リドゲイトは『トロイ記』(1412〜20)の中で、「背丈が高くすごく太っていて(fat)、とても強かった」王のことを書いているし、トマス・ドラントによるホラティウス英訳(1567)でも、「こんにちは、コモーダスさん、いかがお過ごしですか」と言われたコモ―ダスが「いやなに、ごらんのとおり、太って肥えて力がみなぎっています」と答える。さらに、リチャード・ゾーチの戯曲『ソフィスター』(1614〜20)二幕一場にも「あれほど肥えて(fat)美しく(fair)強く元気な人たちがいるか」という台詞が出てくる。イギリス・ルネサンス文化では、「太っている」身体こそ、男女を問わず理想的な身体だったのである。(199ページ)

 そして、当時、ハムレットを演じた(1600ごろ)リチャード・バーベッジがfat and fairであったことを実証されていく。
 河合氏のfatという語に対する執念がこの本全体にみなぎっている。ひょっとして河合氏は、「恰幅の良い」方なのか?

 それはともかく、この本を見ても、いかに私たちはfat=デブ・肥満という否定的観念に18世紀ごろから金縛りになっていることがよく分かる。

 それはおそらくプロテスタント的倹約道徳、リストラ至上主義と結合しているのではないか――と、デブは、いきなり自己防衛のために、そこまで論理を飛躍させるのであるが、まあ、いいじゃないですか。太っていたってということですね。

 ミック・ジャガーもいつまでも、スマートでいなくてもいいです。
 ミック・ジャガーを見るたびに、何となく後ろめたくなるのは私だけでしょうか?

 その点、ニール・ヤングは偉い!
 すっかり恰幅が良くなって、その上、アタマのてっぺんだけが禿げて、見事にかっぱ頭!
 恰幅の良いロックンローラーだっていいじゃないか、オジサンだもの――つみを、である。
 ミック・ジャガーもとんだトバッチリでした―――というわけ、今年もCKPの哲学科教員ブログをよろしく!」

posted by CKP at 18:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あんまり可笑しくて思わず書き込んでしまいました(爆)。いつも愛読させていただいています。今年もよろしくお願いします(^^)。
Posted by magnoria at 2009年01月09日 21:04
fatは汗かきの、という意味の単語ですね。対象となる箇所ではデブという意味で使われていません。
Posted by ugo solenza at 2016年10月17日 13:58
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