2017年05月10日

悟性と理性――連休中に小人、閑居して不善をなした

 はい、こんんちは。
皆さん、お元気でしょうか?
わたくしは、連休の後半、お休みを満喫し、危うく不登校教師になるところでした。

 さてさて、どのようにお休みしていたかというと、することも無いので、ヘーゲルの『精神現象学』の序文の訳を暇に任せて作っておりました(べつに出版するとかの予定は、まったく爪のアカほどもない)。
それに飽きると、雑誌の付録のスピーカーを組み立てたり・・・

 で、そのとき、ひらめいたのでした。
要するに、思いついたのです。
悟性と理性の違いの説明。
カントあたりで、悟性だの理性だの、摩訶不思議な言葉が使われますが、あれはどこで区別されるのか。
悟性は、ドイツ語でVerstand, 英語だとUnderstanding、まぁ理解力とか知性と訳した方がよろしいような能力。
理性はドイツ語で Vernunft,英語で Reason、つまり推理する力とでも訳せる能力。
が、この区別、カントやヘーゲルの解説書にそれなりに書いてあるのですが、どうもしっくりこない。
で、ヘーゲルの『精神現象学』の序文を訳していて、ひらめいたのが「悟性は一人称、理性は三人称」。

 ヘーゲルというより、村上春樹の『騎士団長殺し』を読んだせいかもしれない。
つまり、悟性というのは、語りが一人称単数であるハードボイルド小説的な主体の知性。
それに対して、理性は、全体を見渡せる三人称的語り手の知性。
となると、悟性は対話を通じて三人称的理性に達する。

 とまあ、よけい分からないですな、このような説明では。
というわけで、小人、閑居して不善をなしたのでありました。
posted by CKP at 17:35| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする