2017年01月31日

プロレス政治?――トランプはヒールか?

 トランプが暴れていますね。
まるで、プロレスのリングに上がったヒール(悪役)みたいに次から次への反則技。
どこかの国の議員が、中東7か国の入国拒否を「非人道的で馬鹿げている」と言っていましたが、ホント、馬鹿げていて、トランプの支持者もドッチラケになって引いているのではないですか?

 しかし、プロレスのヒールというのは、実は冷静な判断を行える緻密な頭の持ち主で、意外と紳士というのがふつうです。
が、トランプの場合はどうなんでしょう?
この馬鹿げた大統領令の連発の裏に何か緻密な計算があるのでしょうか?
わたしのようなボンクラには分からない、少なくともトランプ自身に利する何かがあるのでしょうか?

 それとも副大統領あたりが、トランプを暴走させてその後釜に座る、というシナリオを書いているのでしょうか?
得するものがいないように見えます。
いや、反対運動がやけに盛り上がっている。
反対運動を盛り上げるためにやっているのでしょうか?

 卒論を読む合間にチラチラとテレビを見ていると、文脈が追えなくなり、アタマが壊れそうです。
posted by CKP at 16:15| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

こうなるまで、よく我慢しましたね。――オイオイの言葉

 卒論の口頭試問の11/19が無事終了。
卒論を読むこと自体は、それほどしんどくはない。
むしろ、「へぇ、この学生はこんなことを考えていたのか」というような発見があって、それなりに楽しい。
が、いっときに11本の論文を読むというのはやはりつらい。
そして、11人の学生の口頭試問を次々とこなすのは、老化したアタマにはけっこうきつい。
ふらふらになって、第一週11人の試問を終えた。
背中がパンパンである。

 しかし、今まで頼りにしていた整体院がとつぜん閉鎖ということになり途方にくれました。
しかし、首から背中がもうガチガチで首が回らない。
で、苦し紛れにネットで大学近くの整体院を探し、評判のよさそうなところに行ってみました。

 わりと若い整体師さんでしたが、開口一番「よく、こうなるまで我慢しましたね」。
もう、この言葉だけで「オイオイ」と泣きそうになります。
営業的リップサーヴィスかもしれませんが、「どこが悪いんですか」と不思議がられるよりはよほどいい。
そして、ゴリゴリ指圧というのではなく、ちょいちょいと身体のゆがみをとっていくだけで、上がらなかった腕が上がったり、曲がらなかった首が楽に曲がったりするようになりました。
ひどく、感激!

 というわけで、この整体院に通ってみることにしました。
ホントにいい!と確信が持てたら、ちゃんと名前も公表します。

 ホント、こんなんなるまで、頑張って卒論読んでるんですよ!
posted by CKP at 12:09| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

今こそトランボ――2016年の映像ベスト5

 例によって、年末年始のバタバタで、昨年の映像ベスト5の記事を今ごろ書きます。
ベスト1は、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』。
今のアメリカを見ていて、この映画こそ今もう一度みられるべきと強く思いました。

 「赤狩り」という共産主義者弾圧の嵐が吹き荒れた暗黒の50年代に、投獄されながらも出所して偽名で映画を作り続けた男トランボ。
あの『ローマの休日』を友人名義で書いていたトランボ。
そのトランボが、その暗黒時代が過ぎて『ジョニーは戦争へ行った』という反戦映画をつくろうとしていた1970年、全米脚本家組合から功労賞をもらった。
そのときのスピーチが映画の最後に、ブルース・クックの原作からほぼそのまま引用されていた。

「おそらく、組合員の半数以上は、ブラックリストの時代が始まった当時、まだ子供だったか、生まれていなかったため、そのことを記憶していないのではないかと思います。そうした人たちのために、話しておきたいことがあります。ブラックリストの時代は悪の時代であり、どちらの側についても、あの時代を生き抜いた人たちはみな、悪の影響を被ったのです。個人の力ではどうにもならない状況で、みなそれぞれ、自分の人間性、必要性、信念、個々の事情に従って対応せざるを得ませんでした。どちらの側にも、誠実と不誠実、正直と不正直、勇気と臆病、利己主義と日和見主義、知恵と愚かさ、そして善と悪があったのです。巻き込まれた人々のほとんどは、どんな立場にあっても、自分自身や行いの中にこのような正反対の要素を併せ持っていたのです。
 私は常々、40代やそれより若い世代の君たちは、あの暗黒の時代を振り返るべきだと思っているのですが、そうした場合、悪漢やヒーロー、成人や悪魔を探しても、何の役にも立ちません。そんなものはいないからです。いるのは犠牲者だけです。味わった苦しみの大きさは人それぞれ違います。得をした人も損をした人もいるでしょう。しかし、最終的には、私たちはみんな犠牲者なのです。ほとんどの人が例外なく、言いたくないことを言い、やりたくないことをやり、意に反して傷を追わせたり負わされたりせざるを得なかったわけですから。だから、右派だろうと左派だろうと中立だろうと、長い悪夢から目覚めた私たちの誰もが、罪の意識にさいなまれているのです。」(ブルース・クック『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』、手嶋由美子訳、世界文化社、432頁)

 「いるのは犠牲者だけです」というスピーチに反対する人もあったという。
弾圧者や裏切者に対して寛大すぎるというのである。
そう言いたくなるのも分かる、がそれだけだと前に進めない。
トランボは、「右派だろうと左派だろうと中立であろうと」、様々な人と一緒に仕事をしていこうとする本物のコミュニストなのでした。
もうぼちぼちヴィデオになる頃でしょう。

 さて、そのほかでは、昨年公開の『続深夜食堂』を見損なったので、それではと購入した『深夜食堂』のDVD。
これがよかった。
それでテレビ版の1・2・3も順々に、結局全部買ってしまった。
もう小林薫が前掛け締めて、カウンターに立つだけで、幸せになれるシリーズでした。
最近は、もうこればっかり。
 
 これで、ベスト5になってしまいましたが、ミュージックヴィデオとして、ローリング・ストーンズのハバナ公演の『ハバナ・ムーン』。
これを見て、彼らが自分たちの音楽を人々に届けることにホントに喜びを感じる連中なんだなぁ、とうれしくなりました。


posted by CKP at 13:32| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

卒論試問に向けて――頭の整理より部屋の整理

 先週、本年度の卒論が締め切られました。
 アメリカ留学中の(藤)先生のゼミの学生さんも含めて、なんと19名!
副査の先生のスケジュールや学生諸君のスケジュールを勘案しながら、なんと試問の時間割を黒板に作り上げました。
で、来週の最後のゼミまでに卒論で何が言いたかったのか、何がうまく表現できなかったかを、1000字以内にまとめておくよーに、と解散し、黒板を消しました。

 学生のいなくなったゼミ室でワーッと思わず叫んでしまったのはこの私です。
黒板にせっかく作った試問の時間割を消してしまったのでした。
薄く残った消し跡と記憶とそして問い合わせでなんとか復元。

 その時間割を教務に出して、論文のコピーを副査の先生方にお渡しして、やっと一息です。

 が、卒論試問を無事すすめるために、わが研究室を何とか試問のできる状態にせねばならないことに気が付いた。

 昨年までは、わが宗教学・死生学コースの卒論試問はぜんぶ(藤)先生のお部屋でやっとりました。
が、今年は、おられない。
アメリカで研修されておられる。

 というわけで、わが研究室の整理を始めたのですが、すぐ嫌になったのでこうしてブログってるわけです。
こんなことで、試問を進めることはできるのでしょうか?
整理しながら試問する・・・というのはあり得ませんね。
posted by CKP at 17:32| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

今年もよろしく――カドワキ坊の煩悩日記

 みなさま、明けましておめでとうございます。
本年も、この「哲学科教員ブログ」並びにCKPカドワキをよろしくお願いいたします。
(今年は(藤)先生もご帰朝なさるので、ブログも賑やかになると思います。)

 さてさて、除夜の鐘からお正月三が日の行事が終わり、やっとこさの寝正月です。
そこで、煩悩日記・・・というより、これはアナログ日記かな?

 それは、年の暮れのことでございました。
暮れの忙しいのにテレビを見ようとリモコンのボタンを押すも反応がありません。
どうも、チャンネルボタンの一部が効かない、死んでしまったようなのです。
リモコンのチャンネルボタン、こう並んでますよね。

  123
  456
  789
  101112

この一列目の1,2,3がいくら押しても反応しないのであります。
で、炬燵に入りながら、しょうがないので1,2のチャンネル、つまりNHKおよび教育テレビを見るのをあきらめて、民放の年末スチャラカ番組をみとったわけです。
炬燵からはいずり出て、画面の横のチャンネルをいじるなどという大遠征は死んでもしない、という体制で炬燵にかじりついておったのですね。

 すると、そのリモコンの不調を聞いたわが息子は、やれやれという風情でこうアドヴァイスしてくれたのでした。

「リモコンのチャンネルを上下したら」

25歳の息子のこのアドヴァイスに、62歳父は即座に反応したのであります。
おもむろにリモコンを手に取り、それを上下にふったのでありました。
リモコンを上下に振ったとて、チャンネルは変わらんだろうな、とは思っていました。
思ってはいましたが、ま、ことデジタル機器に関しては若いもんの言うことは聞くべし、と思っておりますので、25歳息子のアドヴァイスに62歳父は素直に従ったのでした。
とうぜんのごとく、リモコンをいくら上下に揺らしても、チャンネルは微動だにいたしません。

 皆さんにはすでにお分かりのことと思います。
そうです。
息子はリモコン上にあるチャンネルの上下スイッチを操作したらと提案したのです。

「あ、そういうことか・・・」とこの時点で気が付いたひと、好きです!

ま、アナログ以前という気もしますが、ホント、昔、くるべという哲学科教員のボスがコピー機をうまく操作できなかったのをあざ笑ったバチが今ごろ当たってますな・・・

というわけで、今年もよろしく。
posted by CKP at 15:35| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする