2016年10月31日

butの法則ふたたび――後出しジャンキーより

 え〜、今年も自暴の――じゃなかった自坊の報恩講が無事終わりました。
年々、寺中を掃除して荘厳(しょうごん)を整えるのがつらくなります。
もうへとへとですぅ〜。
で、この報恩講が終ったら、わたくしは、「ボブ・ディランは、すくなくとも
ノーベル文学賞は拒否しない」に一票・・・と書こうと思っておったのよ、ほんとに。
したら、日本シリーズとうちの報恩講という忙しいときに「言葉を失っていた。ノーベル文学賞は光栄だ。授賞式にも行けたら行く」とディランは述べたそうな。
もう少し持ってくれたら、「後出しジャンケン」にならずに済んだのに・・・

 で、この受諾声明にあのノーベル賞選考委員の「無礼で傲慢」発言がどう関係したか?

 あの発言はスウェーデン語で英語に訳されるときゴチャゴチャしたようですが、問題は「but」。
どうも、あの発言はディランの無視について聞かれた委員が
「そりゃ、無視するってのは無礼で傲慢だってことになるよね。でも、それがディランじゃないか」というニュアンスで答えた、というのが真相らしい。
次のような英語訳をみつけました。

One can say that it is impolite and arrogant, but he is who he is.

この「but」を見落とすと、妙に「無礼で傲慢」が強調されて、ノーベル賞委員会こそ無礼で傲慢ということになる。
「あなたはとってもいい人です。でも、お友達でいたほうがいいと思います」というラヴ・レターの返事を「いい人って書いてあるからまだ希望はあるよな」としか読めない頭の悪い青年と同じになってしまいますね。

わたしも、最初、この報道に接したとき、そう思いました。
しかし、真相は違ったようで、それで、ディランも、ちょっと安心して受賞オッケーということになったのではあるまいか。
また、賞を拒否するのがディランらしい、という声にウンザリしていたのもあるかもね。
posted by CKP at 19:55| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

読むとためにならんぞ!――カドワキ、ワキコシ痛し!

 10月のはじめ2週間ほどブログをさぼりました。
そのころ世間で「役に立つ」という言葉が取りざたされていたので、柄にもなく、「役に立つ」ということについて「役に立つ」文章を書かねばと思ってしまったのでした。
毎朝わっしぃの『折々のことば』を拝読していると、自分もひと様の生活に役立つような文章をしたためねばと思ってしまうのでした。
身の程知らずのことを考えてしまいすみませんでした。

 そんなわたしが、いま書きたいことと言えば、タヌキから教わった吉行淳之介のくだらないエッセーの話。
ホント、くだらなくてためにならない、間抜けな話。
これを書こうかなと思っていたら、腰の右わきがぎっくり腰みたいに痛くなってきた。
タヌキがわが腰を呪っているのではないか・・・ということで、その話は書くのを止めます。

 で、ど、どんな話?
と興味のある方は直接ワキバラいたいカドワキにお尋ねください。

ね、ためにならんブログだったでしょ!
posted by CKP at 14:00| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月15日

『栄光のランナー 1936ベルリン』――いよいよ京都みなみ会館で公開

 1936年のベルリン・オリンピックに出場したアメリカの黒人陸上選手ジェシー・オーエンスを主人公にした映画『栄光のランナー 1963ベルリン』がいよいよ京都のみなみ会館で公開となりました。
http://kyoto-minamikaikan.jp/

 なぜ、「いよいよ」なのかというと、その映画のパンフレットに「人生こそ本当のオリンピック」という文章を寄せておられる古川哲史先生からそのパンフレットをいただいていたからなのでした。
そのパンフレットを読むと、この映画は貧しい家庭に生まれたオーエンスが人種差別を乗り越えてオリンピックに出場した――という単純なお話ではなく、ナチスのユダヤ人排斥のオリンピックにどう対応するかというところで若き日のブランデージとゲッペルスが裏取引をしたり、差別オリンピックをオーエンスが拒否したり迷ったりとドラマとして面白そうなお話になっているようです。
「お話」といっても基本線は史実に忠実に作られているようです。

 また、オーエンスに関しては『走ることは、生きること』という本が古川先生そして三浦誉史加先生、井上摩紀先生の大谷大学の先生方によって翻訳されて、昇洋書房から刊行されています。
たいへん美しい本ですよ。
posted by CKP at 13:37| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月13日

ね、やっぱり、ボブ・ディランでしょ!――今年は来ると思ってたんだ

 ボブ・ディランに今年のノーベル文学賞が決まりました。
今年は、きっと、ボブ・ディランと思っていたのでした。
ホント、そうおもっていたのですよ、後出しジャンケンみたいですけど。
というのは、イギリスの予想屋のオッズで村上春樹が強く、ボブ・ディランは全然注目されていなかったから。
うん、これは今年はディランに来る、と思ったのです。
と、いまさら言っても遅いけど。

 で、ディランについては、わたくしの『死ぬのは僕らだ!』(角川SSC新書)のカミュを扱った章に引用しているから、お持ちの方は見直してくださいね。
そんな本知らんぞ!という人はぜひお求めになってください。

 カミュの「自殺は認識の不足である」という言葉を、ディランの「Like a rolling Stone」を使って説明しています。
ディランの最高傑作、いやロック史上の最高の名曲です。

 と、何とかディランにあやかってわが本を売ろうとするセコイ門脇でした。
posted by CKP at 22:35| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする