2016年08月27日

肩がとってもベラフォンテ――サイテーな日常

 右肩が上がらない。
もうこれからは右肩上がりでは生きられないということか。

 というわけで、整形外科に行く。
まずはレントゲンを撮りましょう。
「もう60歳過ぎてるのに、50肩というやつですかね」
と冗談をかましながらレントゲンの前に立つ。
「・・・・」
医者はその冗談を完全無視。
で、出来上がったレントゲン写真を見ながら
「ま、50肩みたいなもんですね」
ちゃんと冗談、通じていたんですね。

 23日には奈良の同窓会訪問。
しかし、そこでの講演会のタイトルが見覚えがない。
え、こんなタイトルだっけ?
あまりに暑いからぼけちゃったのかな、と焦る。
で、そのタイトルに合わせてしどろもどろになって講演一席。
帰りの電車で別の書類を観ていると、ちゃんと提出したタイトルが書いてある。
良かった。
ホント、心底、良かったと思いました。

 で、ベラフォンテとはどういうことかというと・・・

ハリー・ベラフォンテと言えば、1950年代60年代にアメリカで活躍したカリプソ歌手。
「バナナ・ボート」があまりにも有名。
その一節が「イテテ・イテテ・イテーヨ」と聞こえたので、「肩がとってもベラフォンテ」。

 はい、今日27日は、大学へ出てきて、教員免許講習で一席うかがってます。
posted by CKP at 12:45| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

ユルチェンコ三回半ひねり――「オイオイの言葉」

 昨日から京都に出てきています。
暑いというよりも熱い!
脳ミソがウニになっている。

 オリンピックも終わりであるが、こう暑いと頭がぼーっとして、出てくる単語は1964年東京オリンピックの頃の選手名ばかり。

水泳のドン・ショランダー。
陸上100メートルのヘイズ。
体操のチャフラフスカなどなど。
ただ男子体操の「あん馬の神様」と呼ばれたハンガリー(?)の選手の名前が出てこない。
・・・と私はすっかり1964年の小学4年生になってしまっているのでありました。

 しかし、その小学4年生男子、リオ・オリンピックに登場した「ユルチェンコ」という名前は見逃さないのであります。
この小学4年生男子は、新学期が始まると学校で「ユルチェンコ」という名前に少々手を入れて連呼するのであります。
つまり、ユルチ○コとかフルチ○コとか・・・まことに正しい小学4年生男子の姿ではありますまいか?!
ポケモン・GOなんぞにうつつをぬかす今どきの小学生よりよっぽど正しい。
べつに偉くはないが、正しい。
が、なにゆえそのような言葉遊びがあれほど楽しかったでしょうか。
「男子ってサイテー」とか女子に言われながらも、ね。

 ホント、サイテーですね。
posted by CKP at 11:19| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月17日

汗まみれの読経終われば空に秋風――無茶

 はい、今年も無事に旧盆の行事が終わりました。
ご協力、感謝、多謝。

 汗をダラダラ流しながら阿弥陀経を読みながら思ったのが・・・・

 オリンピックの陸上競技のゼッケン、あれなんとかならないの?といことでした。
シャツやパンツは、空気抵抗を考えてけっこうぎりぎりまで工夫してあるように見えるのに、ゼッケンはわたしらの中体連の時や放送陸上のときのゼッケンの同じで「安全ピン」で止めてある。
そのうえ、コース番号のシールを太ももとかパンツに貼っている。
とても百分の一秒を争うようには見えない。
あのゼッケンやコース番号シールはなんとかならないのか!と訴えても家人は取り合ってくれない・・・・
というわけでここに大書してるのですがね・・・

 しかし、夜中にオリンピック観るほど体力はなくなってきましたな。
夜はもうぐっすりです。

 ああ、ドン・ショランダーは遠くになりにけり
posted by CKP at 17:42| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

避暑地の出来事――オイオイの言葉

 「避暑地の出来事」・・・なんか、イイですね。
なんか、こう、いろいろと妄想しちゃいます。
避暑地で毎朝散歩すると、子犬を連れた上品なご婦人といつも会う。
いよいよ避暑地を去るというその日・・・・

 「避暑地の出来事」というのは1959年のアメリカ映画「A Summer Place」の邦訳題名。
A Summer Placeという英語の語感はちょっとわからないけど、これを「避暑地の出来事」と訳したワーナー・ブラザーズの宣伝部は偉い!
そしてまた、このこのテーマ(Theme of A Summer Place)を「夏の日の恋」と訳した人も偉い!
避暑地の木漏れ日にさわやかな風が吹いてゆくような、パーシー・フェイスの名演奏ですね。



 と「避暑地の出来事」を妄想しながら、昨日今日はあっしは本堂の障子張り。
これだけ暑いと皺が寄っていけねぇや。
明日は、ご門徒の婆ちゃんたちと仏のお磨き。

 一生で一度でいいから、「避暑地」とやらで夏を過ごしたいじゃあ〜〜!
posted by CKP at 19:52| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

『同朋』8月号発売中!――渡辺啓真副学長登場!

 ただいま、『同朋』8月号が絶賛(たぶん)発売中!
今回の特集は「憲法9条と仏教」ということで、少しだけモヒカン憲法学者・木村草太氏が登場。
ホント、鋭い人ですね。

 また、シリーズ「対話・宗教と現代社会」では、「仏教と生命倫理」というテーマで、われらがナベちゃんこと渡辺啓真大谷大学副学長が龍大の鍋島直樹先生と対談しておられて、なかなかの読物となっています。

 そして、愚僧はやね、最後のページにちょこんと『男はつらいよ』について書いているのでした。
posted by CKP at 20:13| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月04日

号泣する準備はできていた――『トランボ』、また観てきてしまいました。

 『トランボ――ハリウッドで最も嫌われた男』、また観てきてしまいました。
先回観たとき、ラストのトランボのスピーチ、そしてエンド・ロールの途中に出てくる本物のトランボのインタビューで号泣してしまって、ティッシュが底をついてえらい目にあいました。
だもんで、今回はティッシュを十分に用意して臨んだのであります。

 トランボ、かっこええなぁ。
もう一回観たいくらい、いい映画です(が、きょうから福井に帰っているので、観ることができません。福井では上映していないのです、トホホ)。

 ホント、この人はcommunistだった。
共に映画をつくり、共に生きるという意味での、本当のcommunist。
だから生活のため仲間を裏切った友にも、「時代の犠牲者」という大きな視点で接することができた。
かっこええなぁ。

 それと、カーク・ダグラスが意外に好漢なのに驚いた(カーク、ごめん)。
ブラックリストなど無視して、トランボに『スパルタカス』を書かせて、本名でクレジットさせたのである。

 それはともかく、ホント、ええもん観させてもらいました。
派手なアクションも、濃厚なセックスもない、ドキュメンタリータッチの地味な映画ですが、とてもリズムがよく、この映画を大切なものとして作った映画人たちの心意気が感じられる熱い映画でした。
posted by CKP at 23:01| Comment(2) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

☆☆☆☆☆の大推薦です――『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

 『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』、観てきました。
とっても佳い映画でした。
終わったとき、どこかのご夫婦でしょうか、「いい映画やったね」という会話が聞こえてきました。

 戦後から1950年代にアメリカを席巻した「赤狩り」。
トランボは、その赤狩りによって投獄という苦渋をなめた脚本家。
それはただの脚本家ではない、天才的な脚本家。

 しかし、その不正義に正義の共産主義者として敢然と戦う、というのとは少し違う。
生活のためということで、偽名や他人名義で脚本を書きまくる。
そしてオスカーまで獲ってしまう。
しかし、自分ひとりだけ抜け駆けするのではない。
食えなくなった共産党の仲間の映画人を巻き込みながら、金儲けの活動を進める。
それがかっこいい。

 また、裏切った友人に対しても、実に見事にふるまう。
絶交はしない。
その裏切りをなじるのでもない。
どこかで「裏切り」を受け入れている――うまく表現できないけど、格好いいのである。

 ブラックリストが消滅して、赤狩りが過去のものになった時も、英雄探し、悪人探しをやらない。
歴史の流れを受け入れるというのか、人間としての器が大きいというのか、人々が生きることに対するまなざしが優しいのである。
共産主義で自分の正義を主張するのではなく、人々の生きることへの応援が彼の共産主義ということなのだろう。
それゆえ、彼の書く脚本は面白いのであろう。

 今年一番の、いや21世紀に入って一番の映画でしたよ。
posted by CKP at 16:35| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする