2016年04月26日

薗田坦先生のお通夜にお参りしてきました―みんな歳とっていたなぁ

 昨日、私にとっては宗教学の大先輩にあたる薗田坦先生のお通夜に行ってきました。
3年ぐらい癌を患って、今年の1月ヤコブ・ベーメのご本を出されてのご逝去でした。
79歳。合掌。

 わたしのはじめての学術誌論文の編集担当委員が薗田先生でした。
たしか百万遍の学士堂という喫茶店で、真っ赤になった原稿を示して、直しを指示くださいました。
まだ手書き原稿の時代です。

 それなりに自信をもって書いた文章を、とことん校正されて、たいへん悔しい思いをしたのです。
しかし、後に自分が編集委員になってみると、「ああ、薗田先生はホントにきちんと読んで細かいところまで赤ペンを入れてくださった」ということに気が付きました。
あそこまで、キッチリ読むということは、私にはなかなかできません。
ホントにありがとうございました。

 ところで、久しぶりに多くの先輩方とお通夜の席でお会いしましたが、みなさん、見事にじいさん・ばあさんになっておられえました。
かく言う私も、その一人でありました。
「こういう席でないと、なかなか会えませんね」と松○さんと別れました。
posted by CKP at 17:53| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月20日

そろそろお酒なんかも・・・『対象喪失』を読みながら

 今年の3回生のゼミでは、小此木圭吾著『対象喪失』(中公新書)を読んでいます。
今日読んだところには、大切なものを喪失したときの心の痛みが、心臓の病気を誘発するという調査結果が報告されています。
今回の地震で、大切な家族、そして住処を喪失した方々の心の痛みを想像すると胸が痛くなります。
エコノミー症候群で亡くなられる方が多いのも、心の痛みが心臓の機能低下を招くことと関係があるのでしょうか。

 そんな心のストレスを少しでも和らげるために、生活に必要なものはもちろんですが、それが行き渡ったら、お酒やコーヒーあるいはカラオケセットなどの嗜好品も届けられていいように思います。
とにかく少しでも心のストレスや緊張が和らぐことを祈ります。

 が、地面が揺れ続ける、というのはたまらないでしょうね。
想像するだけでも、胸が痛くなります。
最近、「救心」を愛用する我が心臓は、冗談抜きで、ホント、キューとなってしまいます。
ホント、お大事に。
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2016年04月14日

「ただの通りすがり」@タヌキ――「オイオイの言葉」

 昨日、学食で一緒になったN塚先生から聞いた話。

「(京都の岡崎の)S学院の卒業式が終わってK玉さんと話してたんや。
そしたらその向こうをイケガミ君がすーっと通ってゆくんや。
こんなところで何してんの、て聞いたら
『ただの通りすがり』やて。
ほんま。びっくりしたでぇ」

 浅草に生息しているはずの池上タヌキ之介が、うららかな春の一日、京都は岡崎に出没していたという話。
「ただの通りすがり」とそんなところで、タヌキは何をしていたのでしょう?
だから、「ただの通りすがり」だって・・・
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2016年04月12日

ストーンズってサンダーバードじゃないの?――とくだらない事を考えられるくらい元気になりました。

 ローリング・ストーンズのキューバでのフリー・コンサートの写真をネットで眺めておったのです。
70歳過ぎた爺さんたちは、2時間以上のコンサートを平気でこなしている。
「鶴のように痩せた老人」という言い方があるが、ストーンズの面々の体形はまさにそれ。
しかし、頑固爺さんというのではなく、陽気な・・・
・・・には、「サンダーバードの人形」がふさわしいことに、今更ながら気が付きました。

 イギリスの人形劇『サンダーバード』。
あの人形たちは、目が大きく眉毛が太く、口がでかい。
ミックもキースもチャーリー・ワッツもロン・ウッドも、まさにこの顔。
初代リーダーもブライアン・ジョーンズも、次に加入したミック・テイラーもその方向の顔ではなかった。
で、その手の人形顔のロン・ウッドが入って、ストーンズは死なないバンドになったのか・・・

 と、まあ、このようなくだらない事を考えられるくらい元気になりました。
ご心配いただいた方、ありがとうございました。
ただ。このようなことしか考えられない、というのが相変わらず問題ではありますね。

 そういえば、ボブ・ディランも今日は大阪で旅芸人ですね。
シナトラの曲が中心とか・・・これもディランなりの年の取り方です。
posted by CKP at 17:57| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月05日

爆走老人?ショボクレ老人――ソクラテス爺さんはどっちだったか?

 作業中に転倒しアタマにケガをしてから、すっかり老人が板についてきました。
ケガ自体は大したことなかったのですが、転倒してケガをしてしまったという事実は身体の衰えを自覚させるには十分なインパクトがありました。
アタマの「ゴルバチョフのアザみたい」(@うちの奥さん)なかさぶたをはがしながらしょげかえっていたら、そんなにショボクレていないで、内田樹先生の講演会の案内をしなさい!という激励のコメントをいただきました。

 4月16日(土)に内田樹先生が京都で講演なさるそうです。
詳細はこちら↓

http://shogoin.or.jp/_src/11448/%E6%88%A6%E5%BE%8C70%E5%B9%B4%2B1.pdf

 うっちーも元気なら、わっしーも元気です。
あ、わっしーって、京都市立芸大の学長で大谷大学の客員教授、というより『折々のことば』の鷲田清一先生のことです。
わしばっぱ、とも呼ばせていただいてます。
じぇじぇじぇですね。
そのわしばっぱの、この間の京都市立芸大の卒業式の式辞がアップされております。

http://www.kcua.ac.jp/information/?mp=72926

そのうち入学式の式辞もアップされるでしょう。

 それにしても、みなさん、お元気です。
もう70歳をとっくに超えたボブ・ディランやローリング・ストーンズもコンサートで世界中を飛び回っています。
まさに爆走老人です。

 ストーンズのキューバでの無料コンサートの写真を見ながら思い出したのですが、キース・リチャーズが60歳を過ぎたころ、木に登っていて落っこちて大けがをし、再起不能というニュースが世界を駆け巡ったことがありました。
60過ぎたおっさんが木に登って何をしようとしていたのでしょうか。
常人を超えたキース様のことですから、なにかのっぴきならない理由で木登りをなさっていたのだろうと思います。
が、木から落ちて、天下の秋ではなくわが身の老いをいやおうなしに自覚しただろうと思われます。

 キースは、木から落ちることを想定して木登りしたのではないでしょう。
今までの身体能力なら問題なく安全に登り降りることができる木登りだったはずです。
(それにしても、ホント、なんで木に登ったのでしょうね)
しかし、おそらく一瞬ふらったとして落っこちてしまった。
ワタクシと同じく、キースもアタマから落ちたと報道されていたように記憶します。
ケガも大変でしたが、落ちてしまったというショックも相当なものであったかもしれません。

 老いというのは、若い時には想像できなかった事実としてやってきます。
少なくとも私の場合、一瞬ふらっとする身体感覚は初めてでした。
今まで知らなかった感覚です。

 それで思うのですが、ソクラテスが『弁明』で「みな、死を知らないのに知っているかのように思っている」と言うのは、70歳の老人ソクラテスが、どこかの時点で、知らなかった老いを、老いてみて初めて知ったということがあったのではないか、と思うのですがいかがでしょうか。

 老いというのは、若い時には知らなかった。
老いは老いてみなければ分からない。
ゆえに、死というのも、死んでみなければ分からない・・・
だもんで、ソクラテスは死に向かって、悠々と向き合うことができたのではなかったかと・・・
そのようにして、悠々老人ソクラテスではなかったかと・・・

posted by CKP at 15:05| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月01日

さよなら、ト一食堂ーー京都で過ごした青春やさかい・・・

 本日は、大谷大学の入学式なのですが・・・

 昨日、2016年3月31日午後9時をもって、京都は四条・富小路の「ト一食堂」が閉店となってしまいました。

 わたしは、たまたま、北陸のお魚の刺身が食べたいなぁと昨日ふらりと立ち寄ったのですが、「本日で閉店」の貼り紙にびっくり。
接客のお兄ちゃんに「ほんとに閉店するの?」と確かめたら、やっぱりホント。
これで最後かと、予定の「造り定食800円」に思わず「湯豆腐600円」を追加して、贅沢をしてしまいました。

 学生時代、河原町の京都書店で本を買って、十字屋でレコードを探して、ちょっと北陸の魚が恋しくなったとき立ち寄りました(「ト一」のトはたぶん富山のト)。
気取らない定食屋兼居酒屋。
音楽は流れず、お客さんの賑やかな話し声がBGM。
学生の身分での「造り定食」や「ト一定食」は、ちょっと贅沢な食事でした。

 そのト一食堂が、41年の歴史に幕。
なんだか、あの頃、学生の頃が、また遠くに行ってしまったようで、オジサンはちょっと涙ぐんで、お刺身を食べておりましたよ(べつに「踊りつかれたディスコ」の帰りに寄ったのではありませんが)。

 あの頃、お刺身を食べながらどんな未来を予想していたんでしょうね。
こんなはずじゃなかった、ような気もするが、そう思うことも含めて、こんなのがわたしの人生なんだなぁ、としみじみ思ってしまいました。

 頭にけがをしてから、ちょっとセンチメンタル・ジャーニー・カドワキです。

 学生時代における定食屋の位置というのは案外大きなものです。
本日、入学された学生さんたちもよい定食屋が見つかるといいですね。

 おかみさん〔?〕によれば、ビルの老朽化での閉店なのだそうです。
いつも、それなりににぎわっていたのに・・・

長い間、ありがとうございました。
posted by CKP at 14:07| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする