2015年10月30日

カメムシ撃退法――カメムシもそろりそろりの報恩講

 今週の水曜日、わが寺の報恩講、無事お勤めいたしました。
少し寒い日となり、今年は遅かったカメムシが暖を求めて本堂に集団参詣。
10名あまりの坊さまのお勤めそっちのけで、カメムシ採集にいそしんでおられるオバサンもいたりして、煩悩が活動する報恩講となりました。
 
 というわけで、隣の寺のご住職が発案したカメムシ撃退法をお教えしませう。

 まず、ガムテープを用意いたします(なるべく紙のものが良い)。
それを10センチぐらい引っ張り出し、そろりそろりとカメムシの上にかぶせます。
何が起こったのかわからないカメムシは、ガムテープに背中をくっつけて呆然としています。
そのすきに、ガムテープにカメムシを包み込み、周囲に隙間が空かないように、カメムシを密封いたします。
まことに罪深く、気の毒なことではありますが、これでカメムシのあの強烈な臭いを嗅ぐことなく、カメムシを撃退できるのでした。
ナムアミダブツなのでした。
posted by CKP at 19:39| Comment(2) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月23日

小論文の心得――感想を述べるのではない

 昨日、哲学科の一回生のゼミで、デカルトの『方法序説』を読んでいたら、ある学生が質問をした。
「なぜ、この授業では感想を言い合わないんですか?」

 虚を突かれました。
おそらく私は、文字通りハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていたと思います。
思わず「感想を言い合って、このテキストがうまく理解できるの?」
と、聞き返してしまいました。
 
 大人げない反応でした。
そうか、許せ、先生が悪かった。

 君たちは、あるテキストを読んだとき、元気よく感想を述べるのが素晴らしい読み方だと教わってきたんだよね。
「この人の考え方は素晴らしいと思います」「このお話の主人公は、かわいそうです」
でもね、そんな感想を100年言い合っていても、テキストを理解することにはならないんだよ。

 このゼミで『方法序説』を読むのは、感想を言い合うために読むのではなく、テキストを理解するために読むのだよ。
だから、理解できないところ、疑問に思うところを取り出して、それをどのような手続きで解決して行くかを考えようとしているのだよ。
だから、もし感想を述べるとしたら、「ここんところ、よくわかりません」という感想から、「じゃ、そこをわかるためには何を調べたり、考えたりしたらいいんだろ?」と研究が始まるのだよ。
そして、新たな考え方、今まで夢にも思わなかった考え方を身に着けることもできるのだよ。

 受験生諸君!受験の時の小論文も同じこと。
問題文の感想をいくら書いても、評価されません。
「私は、この文章を読んで、素晴らしい考えだと思いました・・・」
そうではなくて、問題文のわかりにくいところを疑問として取り出して、それを理解するため、問題文の文脈や他の箇所を参照しながら、その疑問を解決したり、さらに別の問題につなげたりすると、それなりの評価を得られます。
「著者は、なぜ、このような分かりにくい主張をするのか。それは、・・・・であるからであろう。しかし、そのような考え方では、このような問題も出てくるのでないか」という展開でしょうか。
(おそらく「読書感想文」というものも、感想を述べるものより、読んで疑問に思ったことを解決してゆくような文章が評価されていたのではないかと思います。「感想文」という名前が誤解のもとかもしれません。)

 「私の感想」ではなく、「著者の考え」を中心に書く、ということを肝に銘じるべきです。
まずは、主語を「私」から「著者」にしてみましょう。
posted by CKP at 12:03| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月21日

悲しいほど能天気――The Gallery in My Heart

 先週、いやもう先々週になるか?友人かつ私のメガネ製作者の辻岡君が、学生時代のお仲間と作品展をやっているというので、京都は三条にあるギャラリーをのぞいてみました。
教育大の美術専攻の卒業生8人が、卒業後、40年近くなって作品展をしていたのです。
名付けて「8ABヘルスプロダクション展」。
おそらく美術の先生をしていた人もいたのでしょう、定年退職した61歳の人たちの集まり、つまり私と同学年の人たちの作品展でした。

 1970年代の美術学生でしたから、昔はそれなりにとんがっていたのでしょうが、そこに展示されている作品は、生活から生まれて、生活の中におくと、少しだけど毎日が豊かになり、しんどい日々がちょっとだけど和らぐような作品でした。
友人の辻岡君は、メガネはもちろん、焼き物や昆虫のオブジェを展示していました。
たしかに、彼の作ってくれたやじろべえメガネは私の毎日を、少しだけ楽しく豊かにしてくれます。
彼の焼いてくれたコーヒーカップは、コーヒーの苦みとしんどい日々を少しだけまろやかにしてくれます。

 しかし、学生時代に創作仲間がいると、こんな再会ができるのだな、と少しうらやましくもありました。
ユーミンの「悲しいほどお天気」という歌を思い出します。
あの名曲「卒業写真」の美大生版のような作品です。

 拝啓。今はどんな絵 仕上げていますか
 個展の案内の葉書きがうれしかったの
 臆病だった私は平凡に生きている
 ・・・・・・
 ・・・・・・
  いつまでも
  私の心のギャラリーにある
  あなたの描いた風景は
  悲しいほどお天気

 この歌の感じが今までもひとつ分からなかったのですが、今回、ギャラリーに出かけてみて、何となくしっくりきました。
ユーミン25歳のころの作品ですが、美大生だった晴れやかな日々を、すでに遠い未来から唄っていたのでした。
すごい時間感覚です。

 翻って、我がビラと立て看づくりに明け暮れたデモと集会の青春を思い出すと、ホント、悲しいほど能天気としか言いようがない、と気づきました。
能天気だったみんな、どうしてるのかな?

posted by CKP at 15:30| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月20日

どれ、やいとや!ーー『昭和語広辞苑』

 私が小学生だった昭和30年代には、悪さした子どもに「やいと」をして懲らしめる、という習慣がまだ残っておりました。
「お灸をすえる」ってやつですね。

 我が家には、私の祖父の妹さんが出戻っていて、庫裏の片隅で、近所の娘さんにお裁縫を教えることをなりわいとして暮らしていました。
私たちは「ちくちくおばちゃん」と呼んでおりました。
「おばちゃん」といっても、私の知っているのは、白髪で腰の曲がった典型的な老婆の「ちくちおばちゃん」でした。
一人で生きてきたから、なかなかきついところがある老婆でした。

先日、この「ちくちくおばちゃん」の50回忌を勤めて、へんなことを思い出しました。

 いつだったか、となりのシンジさんが何か悪さをして、ちくちくおばちゃんに「どれ、やいとや!」と庫裏の囲炉裏端に引っぱってこられたことがありました。
シンジさんは、悪ガキというよりもいじめられキャラの男の子。
私より一歳下。
確か、彼が小学一年生ぐらいの時でした。
「もう、せ〜ん、もう、せ〜ん」と泣き叫んでいたのを思い出します。
妹のユミちゃんも、あんちゃんを心配して、横にぼんやり立っていた映像が残っています。
シンジさんが、いったい何をやらかしたのかは、まったく覚えていません。

 線香が持ち出されたのは覚えているのですが、「やいと」が実行されたのかどうかは記憶にありません。

 しかし、いまだったら、「やいと」「お灸」なんて、幼児虐待ということになってしまうような気がします。
「うちの子に何をするんですか!」となります。
わざわざ他所の子に「やいと」を据える・・・・・・ちくちくおばちゃんは、何を思ってシンジさんを引っ張って来たのでしょうか。

 この「ちくちくおばちゃん」は私が11歳の時、亡くなりましたが、生きることについて多くのことを教えてもらった気がします。

 となりのシンジさんは、二人目の孫ができたということで、家の中ではタバコが禁止され、外に出てタバコを吸っている、優しい爺ちゃんになっています。
posted by CKP at 16:12| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

やっぱハサバで干したコメはうまい!――久しぶりの「おいおいの言葉」

 先日、あるお宅のご法事のとき、「昔は、ハサバで稲を干したもんや」という話になりました。
今では、もう、竹を組んで田んぼにハサバを組み立て、そこに稲を干すなんて面倒なことをやる人はいません。
台風が来ると、ハサバにかけた稲を少しずつとって風が抜けるようにして、ハサバが倒れるの防いでいた風景を思い出したりしていたら、ある人が、
「やっぱハサバで干したコメはうまいんやわ」

 その人は、田んぼの近くのガードレールをハサバ代わりにして稲を干すのだそうです。
コンバインで刈り取るのではなく、自分ちで食べるコメは、ちゃんと天日に干して食べる。
やっぱ、うまい!
出荷するコメは、コンバイン。

 おいおい、という感じですが、天日干しなんかしていたら、とっても採算が合わないということでしょうが・・・
都会では、「天日で干したコメ」って売っているんでしょうか?
posted by CKP at 19:14| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月13日

感動的文章の書き方――火野正平さんの「こころ旅」のお手紙はなぜ感動的なのか?

 火野正平さんの『こころ旅』を見ていて感動するのは、どのお手紙もたいへんに美しい文章になっていることです。
うまい、とか、名文とか、語彙が豊富というのではないけれど、ホント、こころに迫ってくる文章なのです。
なぜなんでしょう。

 多くの人がそう思っているらしく、以前、こころ旅の道中に出くわした、別の番組のロケ中のきたろう氏が「あの手紙、番組で手をいれてるの?」と、火野さんに尋ねていました。
もちろん、火野さんの答えは「そのまま、何も手をくわえてない」でした。

 なぜ、あんな美しい文章になっているのでしょうか?
ひとつには、大切な思い出について書いているということもあるでしょうが、夕方の「とうちゃこ」版では、番組の最初と最後に二回も火野さんに読んでいただく、ということが大きいように思います。

 つまり、火野さんを宛先にしたお手紙ということ。
実際にそのこころの場所に行っていただく火野さん宛ての手紙。
そして、その火野さんに全国放送で二度も音読される手紙。

 どうも、そのあたりにあの素晴らしい手紙の秘密があると、にらみましたよ。

 まずは、宛先がはっきりしていることが最大のポイントということでしょうか・・・
「こころ旅・お手紙集」というのが発刊されたら、買います!
posted by CKP at 20:08| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月12日

「朝ドラ」のおかわりぃ!――お仏壇

 わたくしが、近年、朝ドラを一生懸命みるようになったのは、『ちりとてちん』が面白かったからである。
女性落語家のたまごの物語でしたね。
わっしーのお孫さんみたいに「おかわりぃ!」と再放送まで一生懸命みました。

 以来、「おかわりぃ!」して再放送までみていと思ったのは『カーネーション』、そして『あまちゃん』。

 と並べてみると、何か気づきませんか?
そうですね。
これらの物語には、お仏壇がけっこう大きな役割を果たしていたのでした。
(って気が付くのは、仏壇屋の倅か、ぼんさんぐらいか?)

 映画では『男はつらいよ』も、仏壇抜きでは成り立たない映画でありました。
が、ホームドラマの原点、小津安二郎の映画、向田邦子のテレビドラマではどうだったでしょう?
どこぞの仏壇屋の倅に訊かねばわかりますまい。

 さあ、今度の朝ドラにお仏壇は出番があるか?!

 仏壇屋さんの前で講演してから、妙に仏壇が気になるのでした。
posted by CKP at 19:14| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

なぜ会社に仏壇がないんだろう?−−「全宗協」で一席

 「全宗協」・・・全宗教の誤植ではないですよ。
全日本宗教用具協同組合、略して「全宗協」なのでした。
で、その実体は・・・要するに、仏具屋さん、仏壇屋さんの集まりなのでした。
その仏壇屋さんたちが集まって、これからの時代、どうやって仏壇を売っていくかということで勉強会をなさっているんですね。
二日間で一時間半の講義を6つか7つ、そして締めのディスカッション。
そこいらの学会よりもハードなスケジュールで、現在の苦境(?)を打開していこうと勉強なさっているのでした。

 そんな真剣でハードな勉強会に、どういうわけがわたくしにもお座敷がかかり、一日目の3番目に一席伺ってきたのでした。

 大学での学生諸君相手の講義とも違う。
お寺でのご門徒の皆さんにお話しする法話とも違う。
いったいどこにツボがあるのかわからず、しどろもどろになりながら、地雷だけは踏まないように、何とか1時間半、ブログなどに書き散らしていることをお話ししたのでした。

 ここで笑いがとれるかな、というところではシーンと静まり返り、あら、こんな話に身を乗り出してこられる、という一時間半で、終わったらへとへと。
しかし、そのいつもとは勝手が違う反応の中で、思わず、「皆さんは、会社にお仏壇を納入されたことがおありですか?」と、今まで考えもしなかった質問をしてしまいました。
100名くらいの仏具屋さんたちは、目を空につけてう〜んと考えてくださいましたが、どうも会社にお仏壇を納入されたことはないようでした。

 会社には小型神社は屋上なんかにあるけど、仏壇はない。

 これは、社会と家庭ということを考えるうえでとても面白い切り口だと思います。
この問題、少しずつ考えてみたいと思ってます。
というわけで、いつもと聴衆が違うと、話も違ってきてしまうわたくしでした。
posted by CKP at 16:28| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

鏡としてのシューベルト――津村記久子さんの「読書日記」拝読

 今朝、サンダーバードのなかで毎日新聞を見ていたら、津村記久子さんが「読書日記」で、シューマンの『音楽と音楽家』(吉田秀和訳、岩波文庫)をとりあげておられるのに、目が止まった。。
まことに渋い選択で、学生時代、この本をと途中で放り出したことを思い出した。
めんどくさい読後感かな・・・と読んでいたら、あのめんどくさいシューマンが津村流に読みやすくまとめてある。
そして、津村さんご自身が「いちばん好きな」シューベルトとシューマンの交流に感動されていたりする。
シューマンがシューベルトの死を悼んで、そして多くの人々がその死を悼んでいるのを受けて、書き付けた文章が感動的と引用されている。

「シューベルトと同じような人々が生きているのであるから、人生はまだ生きる価値が充分あるのだ」

 津村さんご自身は、シューベルトの音楽を次のように表現しておられる。

「弱さを照らす光に向かってもがくような感覚」

 津村さんがシューベルトに対してもともと持っていた感覚なのか、シューマンを通しての新たな感覚なのかは、わからないが、なんだか、それは津村さんご自身の姿のようにも思えてくる。
シューベルトの音楽に「もがく」という感覚をあまり感じたことがなかった私にとっては、この津村さんのシューベルトへの言葉は、津村さんの自画像のように思えてきたのだった。

 ひょっとしたら、シューベルトの音楽は、聴く人に鏡のように作用するのかもしれん。
posted by CKP at 16:11| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月03日

社会より家庭が大事、と思いたい――「核家族」(久しぶりの『昭和語広辞苑』)

「核家族」って言葉、最近、聞きませんね。
いつ頃から聞かなくなったのでしょう、「核家族」。

 昭和の終わり、「自分探し」とか「個人消費」ということが盛んに言われたころからでしょうか?
家庭から「茶の間」が消え、家族がそれぞれ個室で過ごしたり、一人で「個食」するようになってからでしょう。
そのうえ、「男女参画共同社会」ということが言われ、「会社は株主のもの」という世の中になり、男も女も低賃金で働かねばならなくなって、ますます、家族で「共食」するということがなくなり、家庭が崩壊してきています。
そして、「一億総活躍社会」
ますます家庭の崩壊が進みます。

 それでいて、一握りの金持ちはしっかりファミリーを維持している。

「貧しい方々は、死ぬまで社会で『活躍』しなきゃならないから、ほんと、お気の毒だわ」。

「男女共同参画社会」というところを「男女共同参画家庭」と言えば少しは、「狭いながらも楽しい我が家」に「愛の光」がさしたかもしれない。
社会でのうっ憤を家庭でのDVで晴らすのではなく、家庭の暖かさで癒されたかもしれない。

 もともと、社会は家庭の仕事のアウトソーシングでしかなかったはず。
家庭の仕事が、分業化されて社会の経済活動が成立した。
山に柴刈りに行っていたおじいさんの代わりに、出光がタンカーで石油を運んでくる。
川に洗濯に行っていたおばあさんの代わりに、白洋舎が洗ってアイロンがけしてくれる。
家庭を維持するために社会があったはずですけどね。

 それが、今では、社会だけが偉くなって、家族とか家庭が見る影も無くなってしまいました。
どこかでこの逆転を逆転せねばなりませぬ。
大家族とは言わない、核家族でいいから、暖かい家庭が大事、という世の中の到来を考えねばなりません。

 昭和へのノスタルジーというのは、家庭へのノスタルジーなのでしょう。

 という我が家も、私が京都にいる場合、家族5人、見事に全員バラバラ。
みんな一緒に住める日を目指して、父ちゃんも頑張るからね。

posted by CKP at 13:25| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする