2015年05月29日

近田春夫にドッキリ!――9条の「お照らし」

 午後から、勉強会で福井に向かう。
今日の講師は一楽真先生。
この前の日曜日に、一楽先生のご本からわしばっぱの「折々のことば」に「お照らし」という言葉が採用されていましたね。

 で、福井に向かうクルマを運転しながら、NHKの「近田春夫の歌謡曲って何だ?」をカーラジオで聞いていたら、いきなり近田春夫がむかしむかし属していた羅生門というバンドの曲がかかった。
日本国憲法の第9条にロックな曲につけて唄う、という単純と言えば単純な曲。
しかし、めちゃめちゃなインパクト。
聴いているこっちが、いいの?こんなのかけちゃって・・・とドキドキしている。
わが日本国憲法の一つの条を唄っているだけなのにね。

 そして改めて思いました。
なんだかんだと言っても、この70年、他国の人々を戦争で殺すことなく、そして戦争で殺されることなくこれたのも、この9条の「お照らし」のおかげだったなぁ・・・。
戦争したくてもできない、ならばなんとか別の方法で・・・という9条は、思っている以上に有難い足かせなんだな・・・・というより、お天道さまのように見てござったんだなぁと改めて思ったのでした。

 今の時期に、この曲を断固としてNHKで放送した近田春夫を断固支持!
posted by CKP at 20:52| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月27日

和紙インシュレーター―― 下り坂での拾い物

 我が寺の大きな行事が終わって一週間過ぎて、ようやく疲れが出てきて、ぼーっとしております。

 で、その法要の後始末をしている時に目についたのが相当な量の和紙。
お勤めいただいたお坊様方からいただいた「ご香儀」と墨書された和紙だけが大量に残った(中身はなんだかんだでどこかへ消滅)。

 これを眺めてふと思いました。
この厚手の和紙を小さく厚く折りたたんでインシュレーターにしたらどうだろう・・・・
というわけで、レコードプレイヤーの下に敷きました。
そしたら、低音が「ずん」という感じで深くなり(「ボン」という感じではなく)、中高音が透明で軽やかになりました。
最近お気に入りのピエール・モントゥーのハイドンのシンフォニーのレコードが、ぐっと深くそして軽やかに聞こえます。
(ハイドンのユーモアとおおらかさが表現された素晴らしい演奏だと思うのですが、1959年の古い録音のためかあまり名盤扱いされてないのが不思議です。トスカニーニに「最高のバトンテクニック」と激賞され、かつどのオーケストラのメンバーにも慕われたモントゥーおじさん、わたしは好きです。)

 調子に乗ってスピーカーの下にも敷きましたが、これは失敗。
全体に音がおとなしくなってしまいました。

 和紙は、振動を吸収する働きがあるらしく、音を取り入れる箇所では余計な振動を抑制して効果的ですが、音を出すところでは必要な振動も抑制してしまうということでしょう。
アンプやCDプレーヤーではどうなるか・・・・

 和紙のインシュレーターというのは製品化されていないようです。
どこか効果的な接着技術でもって製品化するところはありませんか。

 というようなマニヤックなことをしながら、下り坂を下ってゆくリハビリ中です。
posted by CKP at 15:09| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月20日

たいへんですね――はい、たいへんでした、そしてまた・・・

 先週、この間の日曜日の御遠忌の準備で、大学にいても寺からジャンジャン電話があってもうヘロヘロになっていたとき、先回のブログを読んだ人から、
「御遠忌ですか、たいへんですね」
とお声をかけていただいた。
それだけのことですが、それだけのことで涙が出るほどうれしかった。
何気ない一言が、元気を届けてくれるとしみじみ感じました。
ありがとうございました。

 で、その御遠忌も、好天に恵まれ、盛大に厳かに、瞬間的風速的には善光寺の御開帳に負けないくらいの賑わいのうちにお勤めできました。
親鸞聖人の御遠忌でほかの寺と比べちゃいけませんのですが・・・・

 んで、あとはゆっくり休んでぼちぼち後片付け、と思っていたら、昨日は、おばさんが危篤!という連絡が入り、授業もそこそこに大阪へ。
集中治療室に寝かされている叔母の手を握って、
「順番がちがうよ!」
と手を握ったら、昔、進駐軍の通訳をしていた叔母さんは、
「How did you know?」
と応じてくれた。
つまり、この状況をどのように知ったのか、ということらしい。
いとこによると、
「さっきまで死にそうだったのに、ケンちゃんが来たら、いきなり生き返った」
のだそうであります。
わたしはゴッド・ハンドの持ち主だったのか、知らなんだ。
それとも「順番が違う」という言葉が効いたのか?

 手を握る前に、ベッドの近くの洗面所で手を石鹸でごしごし洗ったら、看護師さんに「そこは医師が手を洗うところです!」と二度も怒られました。

 その順番の筆頭であるうちの90歳の母親は、ときどきとぼけた顔してババンバンなのですが、入退院を繰り返しながら、御遠忌に「あわせてもろた」と元気にしております・・・・
ホント、いつなんどき、何が起こるかわかりまへん。

でも、とにかく、50年に一度の大法要、終わりました。
あとは、人生、下り坂、最高!でわっしょい!です。
posted by CKP at 18:28| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月13日

ケアのあと先――掃除の効用

 先の日曜日は、地元のご門徒さん総出で寺の大掃除。
来る17日(日曜日)の親鸞聖人750回御遠忌をお迎えするためです。
50年ぶりの大法要だから、ふだん掃除しない本堂の高い梁の上のほこりを男衆がふき取る。
本堂の裏、書院もみんなでわいわい、ガラス拭きもやっていただく。

 最初は、みんな、機嫌よく参加してくれるかどうか、不安でした。
が、17日当日の役割分担会議というより「寄り合い」、御遠忌をお迎えするための法話会などを経て、みなさん、張り切って参加していただき、明治時代に建てられた本堂そして境内を掃除して、それなりの愛着がわいてきたらしく、休憩のときには、今度の御遠忌の当日の「段取り」に関して、いろいろ提案いただきました。

 掃除をしながら、だんだん明るい雰囲気になってゆくご門徒のみなさんを眺めていると、どうも、愛着があるから掃除をする、という因果関係ではなく、掃除をする→愛着がわくという流れであるのではないか、と思えてきます。
一概には言えませんが、人に対しても、愛があるからケアをする、というよりもケアをするから愛が育まれる、という流れもあるのでありましょう。
このあたりは、微妙な問題ですが・・・

 ところで、17日の御遠忌には稚児行列があり、わたしなども「朱傘」を差しかけられても行列します。
うちの寺では50年に一度ということだけども、7年に一度の善光寺の行列ほどゴージャスではありません。
だから、ドローンなんか飛ばさないよーに。
posted by CKP at 12:25| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月07日

おいおいの言葉――孫は来てよし、帰ってよし@池上タヌキ之介

 連休中、まだ小さなお孫さんがやってきて賑やかだった…でも、帰ってしまうと急に静かになって……というお宅もあるかと思います。
それを池上タヌキ之介先生は「孫は来てよし、帰ってよし」と表現なさいました。
けだし、名言であります。
池上先生のタヌキ柄いやお人柄がうかがえる至言であります。

 わしばっぱ、秋の連休あたりの「折々のことば」にどうですか?
タヌキの名言として・・・
posted by CKP at 14:13| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月06日

人生、下り坂、サイコー!――ただし、あと少し胸突き八丁、そのあとは「下り坂、ワッショイ!」

連休中に61歳になってもたがな。
いよいよ、人生、下り坂。
もう、えっちらこっちら自転車こがなくても、下り坂で楽ちん!

 が、5月17日にうちの寺で親鸞聖人750回御遠忌という50年に一度の大法要を控えているので、も少し、ぜいぜい、こぎあがらねばならないのです。
それが終わったら、ぴゅーっと下り坂だよ〜ん。
「人生、下り坂、サイコー」(@火野正平)

 ところで、今日、その御遠忌のご案内をクルマで配っていたら、カーラジオから、「あまちゃん」の大友さんと「純音楽家」エンケンがスタジオで怒涛の「夜汽車のブルース」を演っておられるのが聴こえてきました。
午前のNHKラジオから、とんでもない過激なデュエット!
あれを聴いちゃうと、「楽ちん」なんて言ってるとエンケンに怒られるかな、とビビッてしまいました。
下り坂はサイコーだけど、気をつけなきゃね。
というわけで「下り坂、ワッショイ!」で行こうと思います。
不滅の男、エンケン!サイコー!
(エンケンとはあの名曲「カレーライス」「東京ワッショイ」の遠藤賢司でありますよ)
posted by CKP at 19:00| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする