2015年03月31日

(久しぶりの)じぇじぇじぇ!!!――毎朝わっしぃ

 久しぶりに「じぇじぇじぇ」と驚いてしもたがな・・・
明日4月1日から京都市立芸術大学の学長となられるわっしことわしばっぱ又の名を鷲田清一先生は、その4月1日より、朝日新聞の「折々のことば」というコラムを担当なさるそうな。
以前は大岡信が「折々のうた」で担当していたコラム。
ということは、365日、毎日のコラム。
毎朝、わっしぃが朝日新聞に登場するということです。
つまり、朝日新聞では、毎朝、いしいひさいちとわっしぃが、そして『それから』の夏目漱石が読めるということであります。
なもんで、久しぶりに「じぇじぇじぇ!!!」とスリーjで驚いてみました。
(「じぇじぇじぇ!!!」とは今は昔「あまちゃん」という朝ドラで流行った驚き語です)
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2015年03月25日

浪人が決定してしまったキミへ――落ち込むのはもう少し先で

 大学受験に失敗し浪人が決まってしまったキミは、春めいてきた明るい日差しがかえってうとましく感じられる日々を過ごしていることかと思います。
まさか自分が受験に失敗するなんて・・・。
布団をかぶって「ばかやろー」って叫びましたか?
ホントに誰が「ばかやろー」なんでしょう。
とりあえずは、センター入試の配点の不合理さを「ばかやろー」として恨みましょう。
そして、来年への受験体制を整えましょう。

 まだ、今の時点では、落ち込もうにもうまく落ち込めないと思います。
おそらく、大学に合格した連中が帰省する5月の連休頃にそれはやってきますから、その時になったら深く落ち込みましよう。
そうして、今回の失敗の反省をしましょう。
自分はどこかで受験をなめていなかったか・・・
そして、ほんとにこの志望校でいいのか、自分は大学に行っていったい何を学びたいのか、じっくりと考えましょう。
これは浪人生に与えられた特典です。
このことをきちんと考えておかないと、夏の終わりごろにエネルギーが切れてしまいます。
やはり、浪人でつらいですからね。
つらいですから、その分、5月中にはきちんと目標を確かめておきましょう。

 しんどいですね。
つらいです。
こればっかりは誰も代わってくれません。
しかし、多くの人の力を借りることはできます。
いろんな人の力を借りて、このつらい一年を乗り切ってください。
健闘を祈ります。

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2015年03月18日

贈りうたーービリィ・ホリデイ「君微笑めば」

 今日は、京都・北大路の大谷大学の卒業式。
卒業生のみなさん、おめでとうございます。
というわけで、卒業生諸君に贈りうた。
今聴いてもピンと来ないかもしれないけど、将来、ホントいい歌だなぁ、と思い出してくれることがあると思います。

 もう今となっては90年ちかく前の唄ですけど、でも、やっぱり生きることを応援してくれる素敵な唄なので、これを贈ります。
ビリー・ホリディが、のほほんとしたベニー・モートンのトロンボーンに導かれて唄う「君微笑めば」。
こんな歌詞です。

When you’re smiling

When you’re smiling
When you’re smiling
The whole world smiles with you
When you’re laughing
When you’re laughing
The sun comes shining through
But when you’re crying
You bring on the rain
So stop your sighing
Be happy again
Keep on smiling
Cause when you’re smiling
The whole world smiles with you

 ビリー・ホリディのチャーミングなさりげない歌声にはトンデモナイ説得力があります。
それに、テディ・ウイルソンやレスター・ヤングのソロがいかしている。
これを聴いて、思わず微笑めば、ほんとに全世界がにっこり微笑み返してくる。




 この心震わすテナーサックスを吹くレスター・ヤングについて、村上春樹がこんなエピソードを紹介しています。

「見事な音楽だったが、その楽器は見るに耐えない代物だったね」とある人はレスターについて回想している。「安物の楽器を、輪ゴムやら糊やらガムなんかでくっつけ合わせているんだ。でもそこから生まれる音楽は、ほんとうに素晴らしかった」(村上春樹・和田誠『ポートレート・イン・ジャズ』新潮文庫版、166ページ)

「そう、それでなくちゃ、と思う」と村上春樹は書いているが、ホント、「そう、それでなくちゃ」と私も思います。

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2015年03月17日

サヨナラは別れの言葉じゃなくて・・・・わっしぃ講演とか美術出版社とか

 昨夜は、鷲田清一先生の福井でのご講演。
ワタクシの悪口を言ってないかを探るため諜報部員を派遣。
すると、な、な、なんと、「この講演が最後の講演になります」とのこと。
今後、個人的な講演はお受けしないとのこと(大谷大学での講演とか京都市立芸大学長としての講演は別。これは「お仕事」のうち)。
というわけで、このブログであの講演に参加された方は大変貴重な機会に居合わせたことになります。
良かったですね。

 が、それほど、芸大移転のお仕事に全力を注ごうとしておられるということなのでしょう。
確かに、京都駅の東隣に「芸術大学」がやってくると、街の雰囲気が相当変わります。
京都の空気が変わります。
しかし、どう変わるか問題です。
考えてみれば大変なお仕事です。
その合間をぬって大谷大学で客員教授のお仕事を続けていただくということは、ほんと、いくら感謝しても感謝しきれません。

 さて、昨夜、その講演に馳せ参じていた友人から聞いた話ですが、美術出版社が倒産したとか・・・
美術関係ではそれなりの伝統があった出版社のはずですが、もう、美術では出版社が成り立たないということでしょうか。
私は1980年代の初めの数年間、この出版社の『美術手帖』という雑誌で、記事を書いて原稿料をいただく、というはじめての経験をさせていただきました。
高校時代の友人S崎君がその編集部にいて「音」というコラムをつくった時に「書いてみないか」と誘われて書き始めたのでした。
ただし、某シンガー&ソング・ライターの名前を少し変えたペンネームで書いてます。
音楽とか音について考えたことを、読者に伝わるように文章にするということを、編集を担当してくれたS崎君に徹底的に叩き込まれました。
ほんと厳しかったぞ・・・
で、ま、こんな文章書くようになったわけですが・・・
でも、その頃も途中から原稿料は「現物支給」になっていたなぁ・・・
おかげでふつうではとても買えない数万円もする画集を数か月分の原稿料の代わりにいただきました。
いろんなメディアが発達して、もう、画集なんかでは商売にならないということでしょうか。
さびしいですね。
もちろん、「倒産」といっても「民事再生」の手続きに入るということで、出版社は何とか存続するのでしょうけど、もうっと儲かる出版ということになるのでしょうね。

 が、いずれにせよ、拙い文章を何とか読める文章に鍛えてくださった美術出版社に感謝です(今、読み直すとトンデモナイ事実誤認があったりして冷や汗が出ます。これは私の責任ですが)。
posted by CKP at 15:52| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月13日

ごめんね!わっしぃ――鷲田清一先生の直近の講演会は16日福井で(たぶん)

 京都・北大路、大谷大学の今学期の最後の大学院哲学専攻のゼミの後、タクシーで打ち上げコンパ会場へ。
そのタクシーの中でわっしぃこと鷲田清一先生つまりわしばっぱがなんだか妙にしみじみしておられます。
「今日の講義が人生最後の講義やった・・・」
「何ゆうてはるんですか!来年からも大谷での授業ありますやん」
と京都的ため口で応ずるのはワタクシCKPカドワキであります。
「それはゼミ,演習や。黒板を背にして講義するのは今日が生涯で最後やった」
・・・・・・・
たしかに・・・
来年度からはわしばっぱは京都市立芸大の学長ということで、この4月からの大谷での客員教授としての授業は大学院の演習授業に限定したのでした。

お聞きすれば、40年ほど前、鷲田青年は、とある宗教系大学での非常勤講師として初めて学生を前に講義をされたのでした。
いったい、どんな講義をされたのでしょう。
栴檀は双葉より芳し、と言いますから、最初から「わっC」調だったのでしょうか?

 それから40年、ついに教員としては最後の講義となったのでした。
ぜんぜん気が付きませんでした。
最後の講義ということで、ワッシィ・ガールズからの花束贈呈など予想なさっていたのでしょうか?
しかし、それではほんとに最後という感じになってしまいますから、大谷大学での花束贈呈の「最終講義」は、客員教授を引退なさる時まで「チョット待ッテクダサイ」です。

 しかし、わしばっぱはいろんなところで、発言されています。
新聞や雑誌はもとより、文庫の解説や新書などでもそれほど長くない文章を書いておられます。
山際寿一著『父という余分なもの』(新潮文庫)の解説。
納富信留著『ソフィストとは誰か?』(ちくま学芸文庫)の解説。
桐光学園+ちくまプリマー新書編集部・編『中学生からの大学講義1 何のために「学ぶ」のか』で〈「賢くある」ということ〉という講義を担当。
それに10年あまり前の『老いの空白』が岩波現代文庫に入って新たに発刊されたのですが、最後のページを見ると「大幅に加筆・訂正を行った」とあります。
ホントに、なんてことしてくれるねん!
弘文堂版を読んでいても、こりゃ、また読まねばと買ってしまいましたがな。
カントの『純粋理性批判』みたいに、A版B版と読まれることになりそうです。

 そして、この3月16日月曜日、午後6時半より福井の真宗大谷派福井別院で講演されます。
こりゃ、行かねばと思って「聴きに参じますよ」とお伝えしたら「こんといて!しゃべりにくい」とのこと。
わたしに聴かせたくないことでも話されるのでありましょうか?
「タヌキとカドワキはなぜGPで夕食を一緒に食べていたのか」とか・・・・
まさかね・・・
はい、講演タイトルは「弱いということの意味」。
6時半からまずは仁愛女子高校の合唱部のコーラスがあって、講演は7時ごろから8時半ごろまで。
たぶん、この講演会が直近のものだと思います。
どうぞ、暖かくしてお出かけのほどを!
posted by CKP at 12:55| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月11日

大谷大学有志震災復興ボランティア第16便(2015.3.6.から3.9)

 いつもはボランティアバス便が出発する前後に記事を書いているのですが、今回はバタバタしていて、帰ってきてからの投稿になりました。

 いつもどおり、12時間のバス旅ののち、7日(土)朝に東本願寺現地復興支援センターに到着。
 すぐに、仙台市若林区荒浜、名取市閖上(ゆりあげ)を視察に行きました。両方とも海岸線を目の前した平地で、沢山の方が亡くなり、建物が流されたところです。

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(荒浜地区。慰霊碑の後ろで、護岸工事をする重機)

 閖上では、震災記念館「閖上の記憶」http://tsunami-memorial.org/で、館長の話を聞くことができました。
 この記念館で紹介されている様々な活動のなかでも、とくに、小さな子どもたちが経験した津波の記憶を無理に封じ込めたりせずに、順番を追って丁寧に引き出し表現させることによって、子どもたちが受けた心の傷をいやしていくという試みは、とても大事なものでした。
 支援センターに戻り、午後は、翌日の炊き出し交流会の食材や、ゲーム大会の景品を仕込む準備。

 8日(日)、仙台市若林区日辺(にっぺ)の仮設住宅で交流活動開始。おにぎり・粕汁の調理とともに、大学の多くの方々から預かってきた提供品を賞品としたビンゴゲーム大会を開催(非常に盛り上がった!)。
 抹茶・お菓子でお接待をし、落研の学生が落語「宿屋の富」を披露し、食事をいっしょにとり、また、入居者の皆さんもコーヒーや漬け物、おかずやデザートで我々をもてなしてくださいました。
 そうした活動を一緒に入居者の皆さんとやっていくなかで、震災の話や現在の生活の話などをうかがいました。

 この日辺の仮設には大谷大学から何度もうかがっていて、しかしその度に入居者の方が減っている様子は感じ取られれていました。そしてついに来年5月には閉鎖されるとのことでした。
 新しい生活が始まるという期待と共に、ここで築いたおつきあいがこれからどうなるのか、という不安感を口にした方もいらっしゃいました。

 夜に支援センターを出発し、ふたたび12時間のバス生活を経て、9日(月)07:00に大学に帰着。たくさんの方々の協力を得て今回も無事に活動を終えることができました。ありがとうございました。
 今日は2015年3月11日。これからどういう復興支援をつづけていくことができるか、考えたいと思います。

今回の詳しい活動の様子は、大学有志ボランティアのFacebookをご覧ください。
https://ja-jp.facebook.com/otani311
posted by (藤) at 18:45| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月04日

黒ヤギさんは何故お手紙を食べちゃったんだろう?――「やぎさんゆうびん」の謎

 昨年亡くなったまど・みちおさんが作詞された童謡「やぎさんゆうびん」は謎の歌だ。
お互いに届いたお手紙をむしゃむしゃと食べてしまう黒ヤギさんと白ヤギさんは、いったいいつまでお手紙を出し合っていたのか・・・・
しかし、それ以前に問題とされるべきは、なぜ、白ヤギさんからお手紙を届いたとき、黒ヤギさんはその手紙を「読まずに食べた」のでしょうか?
ヤギさんたちがスパイかなんかだったら、読んでから食べるということはありうる。
しかし、おそらく黒ヤギさんも白ヤギさんもおそらくスパイではなかろう。
童謡にスパイはあり得ないし、それに第一「読まずに食べた」ではスパイ失格である。
――と考える奴はいまへん、ふつう。
ふつうは「お腹がへっていたんだ」ということでしょうが、それだとそのあと、どこかでお手紙で満腹したヤギさんたちは手紙の交換を止めてしまう。
それでは、この歌のシュールさが消失してしまう。

 というわけで、わたしは「黒ヤギさんはお手紙をもらった嬉しさのあまりそれを食べちゃった」説を提唱したいと思う。
自分宛のお手紙、うれしいですよね。
誰かが私をメッセージの宛先としている。
メッセージの内容よりもまず「宛先」になっていることを享受すべく黒ヤギさんは食べちゃった。
宛先という贈与の問題と、食べるという欲望の問題がシンクロしているから、おそらくこの童謡は、謎をはらんだ歌として、私を刺激するのだと思う。
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2015年03月02日

國森康弘・写真/文『恋ちゃんのはじめての看取り』――そしてみんな笑顔になった

 奥さんから、國森康弘というフォト・ジャーナリストの『恋(れん)ちゃんのはじめての看取り』(2012年、農文協)という本を「読んでおくよーに」と渡されました。
越前市の仁愛大学の谷出千代子先生のご紹介だそうです。

 琵琶湖の東にある東近江市の甲津畑(こうづばた)という集落に住む小学5年生の恋ちゃんが大好きだったおばあちゃんの死を看取る様子を、ドキュメンタリータッチの写真と簡潔な文章で綴ったフォト絵本(と言うのでしょうか?)。

 92歳で静かに亡くなったおばあちゃんを看取る様子がすがすがしく写真に収められていて気持ちがいい。
そのすがすがしさは、最後の2葉の写真が、亡くなったおばあちゃんを家族が笑顔で眺めていたり、学校での恋ちゃんが笑っていたりする姿を写しているからだと思います。
遺体の周りで「笑っている」なんて不謹慎!と不快になる人がいるかも知れませんが、看取りの写真と文の流れは、その笑顔をとても自然なものとして表現しています。

 最後のページの、学校での恋ちゃんの笑顔の写真には次の文章が添えられています。

「おおばあちゃんは心のなかにいる。

 これからも毎日、
 お話できるような気がする。」

 イラクやソマリヤの戦場を取材してこられた國森さんが「あたたかで幸せな死を伝えたい」と私たちに贈ってくださった贈りものです。
posted by CKP at 20:16| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする