2014年10月31日

赤瀬川原平、逃げる!――誰も知らないここだけの話

 赤瀬川原平さんが亡くなりました。
合掌。

 これは、私が直接に赤瀬川さんに会ったという話ではないけれど、おそらく誰も知らない話だと思うので書いときます。

 70年代後半のこと。
大学の学園祭で、友人のデンコさん(男ですけど)が、赤瀬川さんを呼んで座談会をやりたいと面会を申し込んで、藤沢だったか、あの辺の国鉄の駅で待ち合わせをしたそうな。
列車を降りて駅前に出てみると、広場の隅っこに、風采の上がらないどこかおどおどした人が自転車にまたがって人を待っている風情。
赤瀬川さんかな、と思って駆け寄ると、その人は、一目散に自転車をこいで逃げ出したそうな。
デンコさんは、逃がしてなるものかと全力疾走。
信号かなにかで止まっている赤瀬川さんに追いついて、
「赤瀬川さんですよね。なぜ、逃げるんですかぁ?」
と少し非難がましく尋ねると、
「いや、あなたが追いかけるから・・・」

デンコさんは「けったいなオッサンやで、赤瀬川原平は」と楽しそうに報告してくれました。

 それまでは、紙幣偽造裁判などでしか知りませんでしたから、なんだかめんどくさそうな左翼の前衛芸術家だと思っていましたが、このエピソードで、なんだかいい人だなぁと思って、いっぺんに赤瀬川さんが好きになりました。

 で、結局、そんな人だから、大学で座談会なんかできない、ということでその企画は断られ、代わりに(?)田中小実昌氏を呼んで、「一升瓶座談会」とか何とかいうのを、デンコさんは実現にまでこぎつけました。
どんな座談会かは、忘れましたが、「田中小実昌が一澤帆布店の前をタクシーで通りかかった時、あのバッグに目を留めて買って、それが雑誌に載って、一澤帆布店が全国区になったんやで」というのがデンコさんの自慢でした。

 えーと、赤瀬川原平さんのことでした。

 私の場合は、それから10年以上もたってから、KAPPA BOOKSから出た『名画読本』という名画案内の本で、絵の見方を教えていただいきました。(現在は「知恵の森文庫」に入っているようですが、やはり新書版のカラーの図版をいっぱい使った美しいけど気取らない装丁のカッパ・ブックス版が好きです)

 赤瀬川さんはこの本で、美術展で時間がないとき、ザーッと見て、「あ、これ、買って家に飾りたいな」と思う絵が、自分にとってはいい絵だ、というようなことを書いておられました。
美術館で一つの絵の前で、難しい顔をして「鑑賞」するのは、なんだか違うよな…と思っていた私は、「なるほど、そのようにして絵を使うのか」とひどく納得したのでした。
また、モネやセザンヌを画家の立場から論じておられるページは、何度も何度も読み返したものです。
(ちなみに、現代芸術に関しては、赤瀬川さんのお友達の南伸坊氏の『モンガイカンの美術館』(美術出版社のち朝日文庫)に見方を教えていただきました。この本は当時、美術手帳の編集部にいた高校時代の友人S崎くんに教えてもらいました。)

 何気ない日常に「オモシロイ」を次々に発見して生きた赤瀬川さんが、自分の死に何を発見したのか…永遠の謎です。
posted by CKP at 23:56| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月29日

窮鼠、マウスをつけてもらうーー新しいパソコンで書いてます

 今までのKPパソコンがなんだか妖しい動きをするようになってきたので、ついに、新しいのに買い換えました。
いつの日か、授業でも使えるようにノート・パソコンです。
セッティングはもちろん支援課のN澤さんにしていただきました。
「はい、わからないことがあったらまた聞いてください」
とりあえず、起動と終了の仕方を添いえていただく。

 それで、快適なパソコン・ライフが始まるはずでありました。
のだが、このパソコン、マウスがついていない。
そんな横暴が許されていいのかと思うが、付いていないものは仕方がない。
きっとタッチパネルが使いやすくなったということであろう。
しかし、パネルの上を指先でズルズルと動かしても、矢印はなかなか思うところに動かない。
おまけに、今、紙で指先を切って絆創膏をまいての作業だから、すっごくイライラする。

 マウスつけたいなぁ・・・とは思うのですが、なにせ、新しいパソコン、ウインドウズ8.1か8.2とかいうモデル。
かってにマウスをつけたらどんな動きをするかわからない。
還暦のおじさんには、パソコンというのは凶暴な意志を持った生き物なのである。
で、ここ2,3日、なかなか思うように動かぬ矢印にストレスフルな時間をすごしていたのでありまた。

 そこに、わが研究室に現れた(藤)先生。
今の窮状を訴えると、
「その今までのパソコンのマウスをつなげればいいんじゃないですか」
と軽くおっしゃる。
内心、そんな乱暴なことをして、パソコンが暴走しだしたらどうするんだ・・・と思ったが、ま、責任は(藤)先生にある。

 ということで、ちょっとおどおどドキドキしながら、マウスのUSBを新しいパソコンに付け替える。
そして、恐る恐る動かすと、な、な、なんと、画面の矢印がこちらの思い通りに動くではありませんか!?
ほんと、極楽とはこのことです。
仰ぎ見る(藤)先生のお顔は、まるで菩薩さまのように光り輝いているのでした。
ほんと、(藤)先生は、私のパソコン菩薩であります。

 しかし、この数年ごとに買い替えを強要してくるパソコンというのは何とかならんものかね。
毎日やってくるアップデートの指示がうるさくてしょうがない。
私のアナログ・プレーヤーはもう30年近く、黙って回っているぞ。
posted by CKP at 17:48| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月25日

やっぱりお前はいいやつだな、ともお――でもお墓の前で踊るのはヘン?

 本日は、わが寺の「お磨き」。
目前に迫った報恩講に備え、仏具を磨くのであります。
尼講のおばちゃんたちとゴシゴシと真鍮の仏具をピカピカに磨きあげます。
そのあとは、恒例のアブラゲ飯。

 で、そのあと、私は、奥さんが録画しておいてくれた「団地ともお」を鑑賞。
今日のともお君は、生き物係。
いつも乱暴にやっていたから、「死んだ金魚」や「枯れた花」の処分係になってしまいました。
が、そこはともお君。
ちゃんとお墓をつくって、手を合わせていたのでした。
お前はいいやつだな、ともお。

 が、そのあと、ともお君は、今まで楽しませてくれたお礼にと、お墓の周りで踊るのです。
ほかの生き物係も一緒に踊るのです。
やっぱ、少しヘンだな、ともお。

のようなのですが、実は、フロイトの『トーテムとタブ―』によく似たシーンが出てくるのです。
踊る理由はちょっと違うのですが。

 というわけで、ともお君はフロイトを読んでいるのかもしれません。
posted by CKP at 20:55| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月24日

哲学関係・助教2名募集――大谷大学の学生諸君とともに学ばんという同志よ!!

 大谷大学の総合研究室では、学生諸君と共に学ぼうという哲学関係の助教2名を募集します。

募集分野は、哲学科の全コース(日本哲学・西洋哲学、倫理学・人間関係学、宗教学・死生学)のうちどれかに対応する研究に邁進してきた方から2名。
2年間という限られた期間ですが、これまでの研究成果を学生諸君と学びながらより深めたいという方、ぜひともご応募ください。

詳しくは、こちら!
http://www.otani.ac.jp/recruit/nab3mq000002ciow.html
posted by CKP at 17:53| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月21日

陰謀論を超えて――ちょうちょ結びができなくてもヘイッチャラ

 いつもは「この子、演技がポンコツやな」とか「アタマ、悪そう」とかテレビを見ながら毒づいているのに、女子高校生のイクちゃんは、O渕大臣の辞任にはいたって同情的です。
「靖国に参拝しなかったから、誰かに辞めさせられたんやないの?」
などとつぶやいているのです。
ちょっと根拠が弱いと思ったのか、、
「この前、NHKでは、このニュースの後に、『女性閣僚、靖国参拝』のニュースをやっていたのは、NHKもそれに気がついている証拠や」。
なんとか、世界の出来事をイクちゃんなりに理解しようとしています。
いわゆる「穿った見方」というやつです。
こんなややこしいニュースの見方を誰に教わったのでしょう。

 そのイクちゃんのお父さんはお父さんで、
「イスラム国が『奴隷制復活』なんてアナクロな方針を掲げるのは、アメリカのスパイにそそのかされてやってるんやないの?
これで、アメリカも多くの国を誘ってイスラム国を攻撃出来て、中東に存在感しめせるし・・・」
とこれまた、ややこしいニュースの見方をしています。
「南北戦争の時、リンカーンがいち早く「奴隷解放」を掲げたから、人権意識が既に確立されていたヨーロッパ列強が、ともに自由貿易を推進しようとしていた南部と共闘出来なくなってしまった、という政策の裏返しや」
などとアメリカの陰謀を想定して、自分の見方を保持しようとしています。

 ひとは、世界が自分の思うように理解できないとき、その世界の背後に、「世界の作者」を想定して、世界を理解しようとします。
いわゆる「陰謀論」です。
もちろんは、その元型は、「神が世界を創った」という一神教ですが、それをベースにした哲学も、「陰謀論」が大好きです。

 ヘーゲルのエンチクロペディーの序論の42節の補遺1(いわゆる『小論理学』におさめられている)に次のような記述があります。

「そもそも人間の努力は、世界を認識し、世界を我がものとし、世界を我に服従させることへと向かいます。そして最後には、世界のリアリティがあたかもジュースが絞り出されるように理念化されねばなりません。」(ズーアカンプ版選集、8巻118ページ)

 世界が私のもとに統合され、私のアタマの中でイデア化されるのです。
「睥睨するヘーゲル」というだれかの本のタイトルを思い出します。
が、これはヘーゲルがカントの世界の見方を述べたものです。
ヘーゲル自身は、このあと「しかし」と奇妙な説を展開します。

「しかし、同時に注意しなければならないのは、多様性のうちに絶対的統一をもたらすのは、自己意識の主観的な活動ではないということです。むしろ、このような同一性が絶対者であり、真なるものなのです。個別者をその自己享受へと解き放つのは絶対者の善意であり、絶対者は個別者を絶対的統一の内へ連れ戻すのである。」(同)

 出ました!「絶対者」です。
この絶対者が、世界の背後で陰謀を企てていた・・・という話のようですが、この絶対者、実は世界のうちに登場します。
世界に登場してしまう「陰謀者」はいません。
世界のうちに現象してしまうのは、陰謀者としては間抜けです。
というわけで、ヘーゲルの世界の見方は、「陰謀論」ではなく「現象学」なのです。

 そのとき問題になるのが、「事柄そのもの」「事象そのもの」。
これを媒介にして、絶対者たる精神が現象するのです。
これが「騙し合い」で精神が現象するという訳の分からない話でして・・・という論文を10月いっぱいに書かねばならない・・・

 ところで、イクちゃんとお父さんは「団地ともお」のともお君が、ちょうちょ結びができなくても、ボタンかけができなくて、ぜんぜんへいっちゃらで、毎日全力で遊んでいるのを見て、先週もゴキゲンでした。


posted by CKP at 18:32| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月15日

台風一過 タヌキもセーター着るころか――無茶

 台風が過ぎて、京都も少し涼しくなりました。
学生諸君は、待ちかねたように、お気に入りのセーターで授業に出てきています。
この秋はじめてのセーター。
タヌキも、お気に入りのシェットランドの丸首セーターを、チョトがそごそ出して着ているころでしょうか?

 この前の会議の後、わしばっぱが、なんだかわけのわからにことをごちゃごちゃ言ってくるので、
「何が言いたいいんですか」
とお訊きしたら、
「いや、タヌキの代わりをしようと思ううて・・・」
言下に
「無理です」
とお答えしました。

「愛想が一番!」のわしばっぱに、タヌキのように「にべもなく、身も蓋もなく」何事かについて論評するという技は無理です。
たとえ、タヌキ風のセーターを着ても。

 「タヌキ」とか「わしばっぱ」が何を意味しているのか、分からん人には、分からん文章でしょうね。
スミマセン。
4コか5コ前の記事を読むと分かりますけど・・・
posted by CKP at 15:03| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月14日

「新世界秩序/旧世界秩序」――エボラ出血熱とマララ・ユスフザイのノーベル平和賞と御嶽山

 世界がごちゃごちゃしています。
いろんな事柄がどこかでつながっているような気がしますが、それがどこかは分からない。
エボラ出血熱とマララ・ユスフザイのノーベル平和賞それに御嶽山の噴火で多くの死者が出たこと・・・何かがつながっているなぁ・・・とぼんやり考えていたのです。
「マララに対してはあれほどの治療が行われたのに、エボラ出血熱という病気はなぜ今までほうっておかれたのだろう」
これに御嶽山の惨劇がどう関係するのでしょうか?

 で、たまたま、田中真知という人のブログ「王様の耳そうじ」の「タリバーン幹部からマララへの手紙」という記事を拝読して、上の三つのパタパタパタと事柄がつながりました。
http://earclean.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-bf6a.html

 その「マララへの手紙」というのは、2012年10月にタリバーンに狙撃されたマララ・ユスフザイが奇跡的に回復して2013年の7月に国連本部でスピーチをする数日前に、タリバーンの幹部から彼女に公開で出された手紙。

 殺したはずのマララが、瞬く間に反タリバーンの国際的なアイドルになっていくのにあせったタリバーンからの反論ということなのでしょう。
田中さんの翻訳抜粋を、それまた抜粋しながらご紹介すると・・・・

「タリバーンは教育そのものに反対しているわけでなく、あなた(マララのこと)のプロパガンダが問題だとされたがゆえに、あなたを襲撃した。」

「英国が侵攻してくる前、インド亜大陸の教育程度は高く、ほとんどの市民は読み書きができた。人々は英国人士官にアラビア語やヒンドゥー語、ウルドゥー語、ペルシア語を教えていた。モスクは学校としても機能し、ムスリムの皇帝は莫大な資金を教育のために費やした。ムスリム・インドは農業、絹織物産業から造船業などで栄え、貧困も、危機も、宗教や文化の衝突もなかった。教育のシステムが高貴な思想とカリキュラムに基づいていたからだ・・・・」

 そこに英国の政治家トマス・マコーリーが、英国式の教育体制を作り「英国かぶれのインド人という階級」を打ち立てるために全力を尽くした。
「それこそあなたが命がけで守ろうとしている、いわゆる‹教育システム›だ。」
「あなたが世界に向けて語りかけている場所、それは新世界秩序を目指そうとしているものだ。だが、旧世界秩序のなにが間違っているのか?」

そのあとまだまだ続くのですが・・・・

ムスリムつまりイスラム教徒には、彼らなりの教育システムがあった。
それが植民地支配によって破壊された。
そのようなムスリム本来の教育をタリバーンは復活しようとしており、マララにはそこに戻り参加するように呼び掛けている(そこでの教育は男女の区別はない)。

 ムスリムの旧秩序が相当に美化されてはいますが、確かに、教育カリキュラムは、様々な形であり得ると思います。
このブログの最後に書かれている、田中さんご自身が、マサイ族に嫁いだ日本人女性から聞いたというマサイ族の青年の教育システムが欧米式学校教育のために出来なくなってしまう、という話は衝撃的でした。

 しかし、マララがグローバルな教育のプロパガンダに利用されているからと言って、いきなり銃撃してしまうのでは、ムスリムの教育を残すべきという声が世界中で上がらないのも事実です。

 ただ、マララは旧秩序に属する人々からすれば、どこまでも新秩序つまりグローバリズムの英雄であり、それゆえ、イギリスで必死の治療が行われた、というふうに見えてきます。
タリバーンから見れば、アメリカの無人攻撃で重傷を負った少女たちは満足な治療を受けられず死んでいくのに対して、マララだけがどうしてあれほどの治療を受けられたのか・・・ということでしょう。
もちろん、それ以前に、少女を銃撃なんてことするなよ・・・という話ですが。

 しかし、エボラ出血熱がアフリカの森の中の小さな村での病気のあいだはほっておかれましたが、それが都市で広がり、欧米に広がって大騒ぎになっているのを見ると、私たちが日ごろ、当たり前に「世界」と思っている「世界」はタリバーン幹部の言う「新世界秩序」のことなのだな、ということがよく分かります。
アフリカの森の住民がエボラで死んでも構わない・・・そんなローカルな病気に対する新薬を発明しても、儲かりもしないしノーベル賞ももらえない・・・
「旧世界」などどうなってもいい・・・そういうことだと思います。

 「今までエボラ出血熱で死んでゆく人々に何の治療もされなかったのに、マラア・ユスフザイに対してなぜあれほどの治療が行われたのか」というと問いへの答は、マララという少女が、旧世界の中で立ちあがった新世界の正義のシンボルだからだということでしょう。
そして、タリバーンの野蛮なやり方がそのシンボルにことさら光を当てているのが皮肉です(もちろん新世界の先兵アメリカも相当えぐいことをやっているはずですが、そういう野蛮は報道されません)。

 日本の明治初期あたりにもこのような話はいっぱいあったように思います。
そこで、御嶽山ですが、これが新世界/旧世界に何の関係があるのか?

 この前の噴火の時、亡くなった方々の多くは、おそらくスポーツ登山、観光登山ということで登られた方々だと思います。
「六根清浄」と唱えながら行者の格好で登られた方はおそらくいない。

 日本は、山の緑が多く残っていますが、それは明治まで山は信仰の対象であって、行者と猟師とか樵しか入れない神聖な場所だったからです。
『もののけ姫』の世界です。
しかし、明治以降ヨーロッパ式の登山が輸入され、「大学の山岳部」(新世界教育秩序!)に所属する登山家が現れ、次々と山を「征服」していったのです。
つまり「山岳信仰」という旧世界がスポーツ登山という新世界秩序に呑みこまれてしまって、そのひとつの現象として、多くの人々が火山噴火に巻き込まれる惨劇ということになってしまった、ということなのだと思います。
おそらく、昔の行者たちならば、山の微妙な変化に対して「講中」の人たちに「お山が、怒っていなさる。もうすぐ爆発しなさるから、登ってはなんねぇ」とかなんとか言っていたのではないでしょうか(根拠なしの想像ですけど)。

 ほんと、これからどうすればいいのでしょう?
後戻りもできないけど、このまま旧い世界の伝統が破壊されていくのもまずいと思う。
ただ、「新世界秩序」がマネー・グローバリズムとして展開されている今日では、このグロ―バリズムに懐疑の目をもって向き合うことが必要に思います。
スティーブ・ジョブズが、自分の子どもはIT機器を制限し、お互いの目を見つめてのコミュニケーションを大事にした、なんて話を聞くとよけいそう思います。
ブログで言うのもなんだけど。

posted by CKP at 15:24| Comment(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月08日

人生がモンクのように謎にみちて不安だったら、それは素敵なことじゃないか――村上春樹編・訳『セロニアス・モンクのいた風景』に呼び止められた

 きのう大垣書店に入ったら、いきなり「俺を無視するのか」と本棚から呼び止められた。
声の主を本棚から手にとると、村上春樹編・訳『セロニアス・モンクのいた風景』(新潮社)。
表紙は、モンクと思しき人物がある男性から煙草をもらう図という、和田誠のイラスト。
裏表紙は、今年の三月に亡くなった安西水丸さんのモンクのスケッチ。
村上春樹のモンクに関する二つのエッセイに挟まれて、多くの人々のモンクに関する記事が翻訳されている。
これは、買いますよね。

 モンクというのは、ヘンテコなジャズ・ピアニスト。
ヘンテコな和音とつんのめるようなリズム。
ちっともスウィングしない・・・が、妙に気になるピアニストで、学生時代、けっこう熱心に聴いたものです。
しかし、その奇妙なジャズがジャズとしてよく分からなかったから、せっかく集めたLPの多くを、気がついたら手放していました。
その頃は、すべてを理解して生きていこうと思っていたし、すべての謎は推理小説のように解けるものだと思っていましたから・・・

 それから40年経って、アナログ回帰した私は、せっせとまたモンクのアナログ・レコードを集めていたのでした。
そう、人生って、モンクの音楽のように、謎だらけ・・・だから面白い、ということに気がついたのでしょうね、たぶん。
人生がモンクのピアノのように謎にみちていて不安だというのは、素敵なことじゃないか、と思うようになったのでした。

 相変わらずモンクのピアノは、いたるところで不協和音を叩き、つんのめるようなリズムで行ったり来たりしてるけど、人生ってこういうものだよな・・・モンクのピアノって、なんて優しいんだろう・・・そんなふうに聴こえるのでした。

 ハイデガーって、不安を克服しようとしていたのかしら・・・もしそうだったら、それは少し若い哲学なのかもしれないなぁ・・・人生には不安とか謎があって、それが解決できなくても、それはそれで面白いと思うには、それなりの長さを生きなければならない、そんな気がします。
posted by CKP at 15:43| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月07日

声を届ける――なかの綾とアニタ・オデイと「御文」の拝読

 なかの綾姐さんが、「北区花火大会」の野外ステージで臆することなく腐ることなく優雅に堂々と唄う姿を見て、もうひとり、野外ステージでカッコよく唄う女性歌手を思い出しました。
アメリカのジャズ・シンガー、アニタ・オデイです。
このステージです↓。



 これは『真夏の夜のジャズ』という映画のワンシーンなのですが、このあとにルイ・アームストロングなどの大物が控えているので、まだ真昼間。
人々は、まだステージに集中していません。
その中で、アニタ姐さん、「スウィート・ジョージア・ブラウン」を丁寧に唄いながら、徐々に聴衆の注意をひきつけてゆきます。
このとき、微妙な感情を歌に込めるという唄い方では通用しません。
なによりも聴衆に声を届けるということが第一のことになります。
アニタ・オデイという人は、この「声を届ける」という唄い方に関しては、とんでもない才能を持っていたように思います。
おそらく、この昼間のステージは、ヘレン・メリルでは難しかったと思います。

 日本の女性歌手には、青江三奈や八代亜紀のように、ヘレン・メリルを理想とした歌手がいます。
八代亜紀が、憧れのヘレン・メリルとニューヨークで共演して大喜びした、というニュースを聞いたのは最近のことでした。
青江三奈は、ヘレン・メリルとそっくりな髪形をして「あとはおぼろ・・・」と唄っていました。
どちらかというと、感情を込めて、雰囲気で聴かすという唄い方です。

 ヘレン・メリルは、クリフォード・ブラウンとの名盤では、編曲のクインシ−ン・ジョーンズに言われるとおり、ホーンライクに唄ったと言っていますが、他のアルバムでは、どちらかというと感情にうったえる唄い方です。
「あとはおぼろ・・」的な唄い方です。

 これに対して、アニタ・オデイは、いつでもあくまでもどこまでもホーン・ライク。
歌のこまかなニュアンスよりもあのちょっとハスキーな声を、ポ〜ンと聴き手に放り投げ、歌を届ける、という唄い方をします。
こういう唄い方は、あんまり日本の歌手では聴けなかった唄い方で、なかの綾姐さんで、このような唄い方が聴けて、激しく感動しているのでした。

 そういえば、グレゴリオ聖歌とかコーランの詠唱というのも、感情抜きで、とにかく届けようとする声の広がりが気持ちいいです。

 しかし、このような発声の伝統は、日本にもあります。
浄土真宗中興の祖・蓮如上人の残した手紙「御文」の拝読作法です。
手紙といっても、中世のことですから、みんなの前で読んで聞かすものです。
それで、その手紙を朗読する作法が伝えられているのですが、それがある意味では「棒読み」なのです。
感情を込めないで、とにかく声を前に出して、聴き手に届ける。
文章の切れのところで一音下げるだけで、あとはとにかく一つ一つの音を丁寧に発音して声を届けること。
この手紙の受け取り手は、あくまでも聴き手。
朗読者は、感動を届けるのではなく、言葉を届けることに集中します。

 アニタ・オデイやなかの綾姐さんの唄い方というのも、これに近いものがあるように思います。
だから、聴き手は、気持ちよく、届けられた歌に感動出来るのだと思います。

 いつだったか、竹内敏晴先生が、心を込めるな、声を届けろとおっしゃっておられたのは、こう言うことなのではないかと思うのでした。
posted by CKP at 19:06| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月05日

気分はもう純情――なかの綾「ちょっと待ってください」にアグネス・ラムを妄想する

 「気分はもう純情」
 このタイトルを掲げたいためだけのエントリーであります。
もちろん、このほど《なかの綾「わるいくせ」》のCDジャケットを描いておられる大友克洋画伯の「気分はもう戦争」からいただいております。

 以下は、付録です。

 アナログ・レコードにシングルカットされた「ちょっと待ってください」。
ホントに、いいです。
アナログで聴くと、ウクレレの音がホントにやさしいのであります。

 少しカタコト日本語がしゃべれるようになったハワイ娘が、去りゆく日本の男に向かって懇願するように言う「ちょっと待ってください」。
ホントは、「私を置いていかないで」と叫びたいのに、
マダ、アタシ、ニホン語、ヨク分カラナイ、ダカラ、チョット待ッテクダサイ、Never leave me クダサイ・・・

 島の娘の何と切なくいじらしい女ごころでありましょうや。
この切ない女心が、綾姐さんの素直な声でストレートに伝わってきますが、どういうわけか2年前の動画しかありません。
これです。↓



 「北区花火大会」というえらくローカルなステージがなんだか、切なくていじらしいです。
どこで見つけてきたのか、鷲田わしばっぱ清一先生も、この動画が気に入ったららしく、この間の池上タヌキの介哲司先生の集中講義歓迎会の時に、
「なかの綾さんが「ちょっと待ってください」をうとうてはる、あの《北区》って、京都の北区のことやろか」
えらくはしゃぎなら尋ねておられました。
わたしは、
「う〜ん、どうだろう」
たぶん東京だろうと思いまましたが、わしばっぱがあんまり嬉しそうなので、あいまいに答えたのです。
すると、横で聞いていたタヌキの介が、
「東京だろ」
とにべもなく断定しておりました(ちゃんとヴィデオみてるのね)。
すると、わしばっぱは、
「あ、そう・・・」
と、もう気の毒なくらい、シュンとなさってしまいました。
青菜に塩とはあの事です。

 しかし、どこかで「くそ!あのタヌキめ」と思っておられたのでしょう。
その週、集中講義の影響か、大垣書店で売り上げ第4位に返り咲いた池上哲司著『傍らにあること』(筑摩叢書)は、次週にはあっという間に鷲田清一『哲学の使い方』(岩波新書)に抜かれておりました。
げに恐ろしきは、「ちょっと待ってください」の恨みであります。

 なお、わたくしのばやい、この歌を聴くと、フラダンスのかっこうをしたアグネス・ラムが、若いころの草刈正雄に変身したわたくしに「ちょっと待ってください」と駆け寄ってくる図というのを、妄想しております。
ハイ、「気分はもう妄想」でした。


posted by CKP at 19:06| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月03日

宿題がいっぱい――学びに終わりはない

 松沢哲郎先生にインタヴューした夜は、あれを質問すればよかった、これを確かめればよかったと、頭がグルグルとまわって、夜明けまで眠れませんでした。
ホント、なんでいつもこうなんだろう。
しかし、いろんな新たな問題が出てくるということは、きっといいインタヴューだったんだ、と自らを慰めています。

 9月末日は、ある学術誌の論文締切で、締め切り間際に風邪をひいて、点滴をうって何とか完成させました。
えらい!
山田風太郎をマクラして、お釈迦様の「四門出遊」と吉本隆明の「転向論」と「最後の親鸞」を論ずるという、われながら無茶な展開で、掲載されるかどうかわかりませんが、それでも、そこからいろんなまだまだ考えてみたいことが出てきました。
これは、きっと、少なくとも、私にとっては、いい論文なのです。

 こんなブログでさえ、いろんな問題が出てくる。
今なら、「不安の音楽」があるとしたら、「不安の絵画」って、どんなだろう?
絵画の絵画性が前面に出てくる絵画って?
水墨画と西洋の19世紀までの絵画って、同じ絵画と言えるんだろうか?
・・・・

 だから、わたしが学生諸君に期待する卒業論文なども、そこから新たな課題が見えてくるような論文。
そのあと大学を離れるにしても、今後の自分の課題となるような問題を見つけ出す論文を期待しています。
卒業証書を受け取ったら「ハイ、これで終わり」じゃ、書いた甲斐がない。

 論文は、資格を取るために書くのではありません。
自分の大事な問いをクリアにしてゆくために、書くのです。
そろそろゼミの皆さんも、ジタバタしてきましたが、締め切りまで、思いっきりジタバタしてください。
ジタバタの仕方なら、喜んでご指導します。
posted by CKP at 10:45| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月01日

他者を助ける人間――人間て何だろう?

 京大霊長類研究所の松沢哲郎先生にインタヴューしてきました。
失礼な言動を吐かないか、気を使いながらのインタヴューなので、たいへん疲れました。
お膳立てくださったOスガさんFサキさん、ありがとうございした。
12月中旬発売の「同朋」新年号(!)に掲載予定です。

 なにせ緊張してネクタイしてのインタヴューですから、何が何だか分からなくなって、ともかく松沢先生に失礼をはたらかないことだけに集中しておりました。
池上哲司タヌキ之介のお友達・・・と考えてリラックスしようとするのですが、さすがに「つぐない」系の歌では何がお好きですか、などというふざけた質問はできませんでした。

 で、印象に残ったのは、どんな文脈か忘れたけど、「チンパン人は、自分の犠牲をいとわず人を助けることはない」という発言。
松沢先生は、チナパンジーと人間とは違う、という見方を徹底的に排除したところでチンパン「人」の研究というか、チンパン人と暮らしておられるというか、ともかくそうゆう活動をされている人です。
チンパンジーの真似(?)をやってくださいましたが、ホント、チンパンジーそのものです。
その先生が、「ここは人間とチンパンジー(このとき「チンパン人」と言われたかどうかは聞き逃しました)とは違う、たとえば池に溺れている仲間を、池に飛び込んで助けるということをチンパンジーはしない。そのような犠牲的行為をするのは人間だけ」と断言されたのには、ちょっと衝撃を受けました。

 人間は犠牲的行為をする!
持病のシャクを起こしたわたくしを見捨ててまでもワールカップを見る!と断言したどこぞのタヌキに聴かせたい!

 しかし、そのような犠牲的行為は教育の成果なのか、人間の本性なのかは聞き逃しました。
あ、じゃ、いじめの問題はどうなるんでしょう…などいろいろ今になってお聞きしたいことが浮かんできます。
ああ、やっぱり、インタヴューは難しいっす。

posted by CKP at 18:25| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする