2012年03月28日

喜劇の誕生まで――マルクス(ただしグルーチョ)のヒゲ

 頭髪で悩んだりさらにいじめられたりしている方には不愉快な話題かと思いますが、もう少し髪やヒゲの話題を続けさせてください。

 江戸時代の武家社会においては「老」ということは「偉い」ということと直結していた。
大老、老中、家老という偉い人の役職名がそのことを示している。
月代(さかやき)を剃って、剃りあげた頭にチョンマゲをのせるという髪型も、「老」即「偉い」という思考と関係しているのだろう。
もともとは冑をかぶるために月代を剃ったと言われるが、江戸の太平の世では冑をかぶる必要はない。
むしろ前髪があるのは「若造」でしかなく前髪を落し月代を剃って一人前という思考は、「若い」より「老」が「偉い」という思考の現れであろう。
若者の理屈より老人の知恵が政治において尊ばれたということである。
「血気にはやるは匹夫の勇、さればとてご了見が若い、若い」と言ったのは大石内蔵助であった。

 江戸時代の武家の奥方の「おはぐろ」という、現代の我々の美意識を超越した化粧も歯の抜けた婆さまが偉いという文脈で理解することができるかも知れない。
が、花魁もおはぐろをしていたというから、この解釈は少し無理かもしれない(いや、江戸の男は年増好みであった、と頑張ることもできるが、そこまでして無理を通す必要もなかろう)。

 したがって、明治になり西洋風にザンギリ頭にしたとき、それは単に髪型が変わったということだけではなく、老人の知恵の世界から若者の理屈・合理性の世界への転換ということができる。
老人は古いから間違っていて、若者の新しい理屈が正しい、という新しいものに価値を見出す思考は、このときから現在まで暴走している。
ただ、明治の若者つまり指導者たちは、ザンギリ頭のみならずヒゲをたくわえるというファッションを取り入れたことも注目すべきだろう。

江戸時代というのは、ヒゲの目立たない時代であった。
戦国武将にはヒゲが見られるが、江戸になるとヒゲの武士を思い出すことは難しい。
ところが、明治の政治家そして軍人は立派なヒゲをたくわえている。
欧米列強に対抗できる強い日本を建設するためには、ヒゲが必要だったのである。
ヒゲは男を強調するものであり、それは情に流される女性性を拒否することを示すものである。
多少の犠牲もいとわず戦争に突き進む日本は、ヒゲをつけた男を必要としたのである。
そして、そのヒゲに真っ向から対立したのが、与謝野晶子の「みだれ髪」であった。
髷をしない乱れた髪は、情にうったえて、「君死にたもうことなかれ」と戦争に対抗する。
そのような「情」を跳ね除けて、非情の戦争を遂行したのがヒゲをつけた男たちであった。

 というマクラをふってニーチェのヒゲである。

 フランス革命以前の欧米、つまり宮廷的秩序が支配する欧米の思想家・音楽家の巻き毛の鬘は、その下になにかを隠している。
生の髪の毛で示されるなにかを隠しているのである。
その隠されたものとは、鬘を投げ捨てた革命以降に全開となった市民的欲望であり、ロマン主義的な感情であろう。
鬘を捨てた音楽家の音楽は秩序よりも感情の爆発を優先したし、思想家たちは欲望の充足を追及した。
ヘーゲルは何よりも欲望から人間を考察した。
ベートーヴェンやシューベルトの音楽は、何よりも市民的な感情の表現であった。
ところが、19世紀も半ば過ぎることから、ヒゲをつけた思想家が、欲望や感情の開放を批判するようになる。
欲望や感情の奥に別のものの論理を見出してゆくのである。

ヒゲをたくわえたカール・マルクスは、ブルジョワジーの欲望の開放がプロレタリアートを搾取していることを、下部構造の非情な分析で明らかにする。
たっぷりとした口ヒゲをしたニーチェは、キリスト教徒のルサンチマンというゆがんだ感情を徹底的に抉り出し、歴史の古層を掘り起こし強者の自己肯定を謳う。
ニーチェのあのヒゲは、自分のうちに見出される「情」を抑圧し、非情な強者であらんとする意志の確認の為に生やされたように見える。
鏡を見るたびに「情に流されるもんか!俺は強者なんだ」と確認していたように見えるのである。
そうでなかったら、あのような生活しにくいものを顔の前面においておく理由がわからない。

 しかし、我々はもう一人、不必要なまでに立派な口ひげを強調している人物を知っている。
マルクスはマルクスでもマルクス・ブラザースのマルクス、つまりグルーチョ・マルクスである。
(志村けんと加藤茶の「ひげダンス」のもとになった20世紀前半のアメリカのユダヤ人コメディアンですね。)
ユダヤ人であるグルーチョのヒゲは、どういうわけかニーチェのヒゲとよく似ているのである。
意識的であったか偶然であったかは分からない。
しかし、そこには「私を入れるようなクラブには入りたくない」という、グルーチョ独特のアイロニーが隠れているように思える。
ヒゲを生やして尊大にしている男に対する、何らかの揶揄が隠されている。
つまり自己否定それも他者を巻き込んだ形での自己否定という、面倒な形での自己確認があるように思う。

このような面倒な自己確認つまりアイデンティティーの確認は、チャップリンの「放浪紳士」のスタイルにも、あるいはチャップリンのヒトラー的ヒゲにも見出すことができるかも知れない。
つまり、直接的な自己肯定ではなく、他者を介してそこで自己を否定することによって自分を確認するという、面倒だけれども社会で生きるためには必要な手続きが表現されているように思う。
また、そのようなところに「笑い」が招来され喜劇が誕生してくるということも興味ある問題であります。
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2012年03月26日

ホントの名前で出て来ます――駅前仏教講座「仏教からみる『葬式』〜人間は葬送する存在」

 え〜、わたくしCKPカドワキがホントの名前で講演するのが、もうあさってになっているのに気がつきました。
3月28日(水)午後6時半から8時半
場所は阪和線の鳳駅前の西文化会館というところです。
講演タイトルは「仏教からみる『葬式』〜人間は葬送する存在」。

 髪の毛を気にするのも人間ならば、葬送するのも人間の独特の生き方です。
その葬送によってどんな生き方が展開されるのかを、ご一緒に考えましょう、という講演になると思います。
80名限定ですが、きっとまだたっぷり余裕はあると思います。
どのようにお話したら面白いかいろいろ考えております。
どうぞ、お近くの方はご参加ください。

http://civilite.blog118.fc2.com/blog-entry-10.html
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髪の哲学――人間とは何か

 友人でハイデガー研究家で詩人の神尾和寿君がいつも送ってくれる同人誌『ガーネット』の最新号を眺めていたら、ドキドキするする詩に出会った。
もちろん神尾君の詩である。

      *      *

いつもの茄子

いつもの優等生の あの娘(こ)が
今朝は 真っ赤に
髪の毛を染め上げている
卵焼きを食べてきたと言う
その点は
いつもと同じ
茄子の味噌汁も飲んできた
と言う
運命のようにチャイムが鳴る
ぼくは注目する
起立するのだろうか

     *   *

 ね、ちょっとドキドキするでしょ?
いったい「あの娘」に何があったんでしょう?
卵焼きも茄子の味噌汁もいつものと同じなのに、なんで髪は真っ赤?
いきなり「センコーなんかにあいさつできるかよ!」って不良になったのでしょうか?
茄子の味噌汁が好きなのに不良になったんでしょうか?

 髪の表現力は偉大なのです。
おじさんたちの世代は1960年代にそれを経験しています。
ビートルズやストーンズのような長髪は不良宣言だったのです。
高校では頭髪検査なんてのもありました。
今の高校では、金髪禁止!だったりするのでしょうか?

哲学の場合、デカルトからカントあたりまでは、「鬘」をつけています。
音楽室の掲げられていたバッハやヘンデルの肖像のあの巻き毛の鬘。
年表の流れでゆくと、後期のモーツァルトから鬘なしになってきます。
つまり、宮廷から独立した音楽家になったとき鬘をとり去ったのでした。
鬘をかぶったベートーヴェンというのは考えられません。
哲学ではフィヒテやヘーゲルから鬘なしになってきます。
そこから「市民」の哲学が始まります。

日本で頭髪で思想を表現したのは、なんと言っても親鸞です。
「愚禿」という名乗りで僧でも俗人でもないという生き方を、「かむろ=チョンマゲを結わない」頭髪で表現しました。
考えてみれば、チョンマゲというのを髪型にして、そこに生き方を反映させたというのも凄い発想だったと思います。
江戸時代になると、男装の女性の髪形が、武家の女性に広がって、いわゆる日本髪ができあがり、「奥方様」という生き方が表現されたわけです。
一方では花魁に広がりましたが・・・

 そもそも頭髪という独立した毛があるのは人間だけです。
したがって、頭髪のスタイルを気にするのも人間だけ。
しかし、人類はいつごろから頭髪を気にしだしたのでしょう?
このように頭髪の観点から人類を規定する場合は、ホモ・サピエンスにならってホモ・アデランスと言います(と言うのは嘘です)。
お坊さんはなぜ無理やりハゲにしてしまうのでしょうか?
また、江戸時代の男もみんな頭の目立つところを剃ってしまいます。
みんな、必死で爺さんになりたがっていたようです。
 
また、男性の場合、ヒゲも独特なものです。
ニーチェの肖像を見ると、なぜニーチェはあんなふさふさの口ひげをしたのかと思ってしまいます。
鼻をかむとき不自由しなかったのだろうか?
ヒゲに鼻くそがくっつくことはなかったのだろうか?とよけいな心配をしてしまいます。

 とにかく、頭髪とかヒゲというのは、人間ゆえの生き方と密接に関係しているということですね。

(最初に紹介した神尾和寿君はもう何冊も詩集を発表し、砂子屋書房から『神尾和寿集』を出版している「プロ」の詩人です。
詩集のタイトルがいつもなんとなくうれしいのですが、いちばんすきなのは『神聖である』というタイトルです。
なんだか、「鬼平犯科長」で長谷川平蔵つまり鬼平が「火付盗賊改長谷川平蔵である!」と盗賊の前に登場するような感じが、うれしいのです。
というような詩集のタイトルのうれしがり方が正しいのかどうかわかりません。
が、なんかね、うれしいのです。
『七福神通り』という詩集もうれしい。
が、いつかは、詩そのもののうれしさについて書いてみたいと思っています。)

posted by CKP at 17:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月22日

3月24日大谷大学オープンキャンパス――鷲田清一先生ご講演は10時30分から

 3月24日午前10時から、大谷大学のオープンキャンパスが開催されます。
もちろん、2013年度の入試に向けてのオープンキャンパス。
大学受験を考えている高校生の皆さんには、いろんな大学を見学して、なにか惹かれるものを見つけて欲しいと思います。
その惹かれるものが、大谷大学に見つかると、私たちもうれしいです。

 当日は、10時30分より鷲田清一先生の「ベンキョーって楽しい?」という1時間ほど講演があります。
大阪大学総長を終えられ本学に移られてからまだ日の浅い鷲田先生ですが、文学部での学びを大切にしたいと、一肌脱いでくださいました。

 しかし「ベンキョーって楽しい?」ってヘンテコなタイトルですね。
なんで「勉強」がカタカナで「ベンキョー」なんでしょう?
「楽しい?」の「?」は何を意味しているのでしょうか?

 多くの高校生の皆さん、ご父母の方々、そして高校の先生方のご来場をお待ちしています。
詳しくは

http://www.otani.ac.jp/nyushi/nab3mq000001p9jw.html

(このページで、鷲田先生と芥川賞作家・津村記久子さんの対談も読めます)

 うちは夫婦そろって鷲田ファンなんだけど、大学受験する子どもがいない・・・と言う方は、どちらかが高校生に変装して来て下されば、義経一行を通した安宅関の富樫のように、係員はその熱意にほだされて通してしまう、ということになるかもしれません。
そして、ご講演を聴いて、どちらかが受験してくだされば、言うことなしです。

 当日は、模擬授業を聴講したり、相談コーナーでいろいろ相談もできます。
クラブの紹介もあります。
また、教員志望の受験生の皆さんには、小学校の先生として活躍している卒業生から、大学時代にどのように準備してゆくのかについてのアドヴァイスもあります。
どうぞ、ふるってご参加を!
posted by CKP at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月19日

無限のいのち――「無量寿」ということ

 昨日は、午前も午後も檀家さんでのご法事。
午前中は、16年前に100歳で亡くなった婆さまの17回忌。
午後からは、昨年48歳で亡くなった、まだまだ若かったお母さんの1周忌。

 100歳の婆さまの17回忌では、みな、婆さんのように100まで生きられるかどうかだの、わしはこないだまで病院入っていただの、どれ姉ちゃん(といっても80歳の婆さまであるが)葬式用の写真を撮っておこう・・・などと、自分たちが死んでゆく話で「盛り上」がっておりました。
次の25回忌には、こん中の誰がお浄土に行ってるかの・・・考えてみれば、なかなか過激な会話が飛び交っておりました。

 午後からの1周忌では、旦那さんや子どもたち、そして実家のお父さんなどは、悲しみを新たにしてベソをかいておられる。
突然の病気だったのだから誰に罪があるわけではないが、やはり、ダンナさんは自分を責め続けておられた。
が、7日逮夜のお参りや百カ日のお参り、また月命日のお墓参りや東本願寺への納骨という具体的な儀式を勤めるなかで、少しずつ落ち着いてこられた。
奥さんの若すぎる死を納得したわけではないが、事実としては受け容れて、商売を今までどおりやってゆくことで、いわば死者と共に生きてゆく、そんな構えができてこられたように思われた。

 そのような二つのご法事を勤めて、あらためて、「無量寿」ということが思われた。
「無量寿」とは古代のインド語を音写した「阿弥陀」の漢語での訳のひとつ。
量りないいのち。
西洋哲学やキリスト教神学で言えば「無限」。
100年生きて亡くなった婆さまの命と48年しか生きられなかった若いお母さんの命。
人間の尺度では100年とか48年という有限の年数で測る。
しかし、ではそれらの命は100年分あるいは48年分の価値を持っていた、と言えるかといえばそうではない。
それぞれの命はそのような人間の尺度では測れない。
お母さんの命は48年分の価値を持っていた、と言われても納得できない。
そのような有限の価値を超えたなにかがそこに働いている。
そしてまた、それらの命は今生きている我々にも何らかの働きかけを行っている。
そこには人間的尺度が通用しているのとは別の次元が開かれている。
そのような人間の尺度では測ることのない「働き」を「無量寿」という言葉で呼んでおり、それを「贈り物」として「南無=感謝」する。
すると、またそこに無限なる何かが湧き上がってくる。

 仏という実体があり、それが「無限の命」という属性を持っており、それを人間が南無する、というのではない。
むしろ人間が生きる、というところに働いている何かが「無限」として取り出され、それが仏とされるのであろう。
この働きは「死」を媒介にして明らかになるものである。
だから、神を単に創造主としてのみ考えるとわかりにくい。

 1周忌でこんな話をストレートにしたわけではないが、こんなことを考えながらお話したら、ダンナさんが涙ふきながら頷いていてくれたから、そんなに的外れな話でもないだろうと思う。
posted by CKP at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月17日

いっぱい いっぱい――ご卒業おめでとうございます、イイネッ!

 昨日は我が大谷大学の卒業式でした。
ご卒業の皆さん、とりわけ哲学科ご卒業の皆さん、そのなかでもCKPカドワキ・ゼミを無事卒業された皆さん、おめでとうございます。

 わたくし、この2年間、ややこしい役職に就いていたため、十分な「指導」ができずすみませんした。
そうした状況で「こいつは頼りにならない」と見きわめ、自分で卒論を準備し、いろんな人に助けを求め、何とか完成させて無事卒業に辿りついたことは、皆さんの今後の大きな財産になるでしょう。
とりわけにっちもさっちも行かなくなったとき、「HELP!」と駆け込んできた諸君は、良い経験をしました。
さすがの私も一肌脱がせていただきました。
そういうときには助けてくれる人を見きわめて、「HELP!」と泣きつくことは大切なことです。
ビートルズは偉大ですね。
が、その「HELP!」が効果を発揮するためには、常日頃の態度が大切です。
いつもいっぱいいっぱい精一杯頑張っていることが大切です。
というわけで、ちょっと強引ですが、ご卒業のお祝いの唄です。

 東洋一いかがわしいサウンド・マシーン横山剣さん率いるヨコワケでハンサムなバンド、そうクレイジー・ケン・バンドCKBの力の入ったニュー・アルバムから「いっぱい いっぱい」。

 いっぱい いっぱい やることいっぱい
 自分のことでもう精一杯
 だけどね 涙の向こうに笑顔がいっぱい
 いっぱい いっぱい いっぱい

 いっぱい いっぱい やることいっぱい
 誰だって毎日が精一杯
 だけどね 夕陽の向こうに野望がいっぱい
 いっぱい いっぱい いっぱい

 三陸の海辺の町でも精一杯、フクシマの原発でも精一杯、新しい職場で精一杯、それぞれの精一杯が笑顔をもたらすぜ、という剣さんらしい優しいメッセージです。
イイネッ!

 卒業式当日はゆっくりできなくてすみませんでした。
(でも「新入り教員」鷲田清一先生のメッセージが聞けてイイネッ!)
卒業しても「HELP!」というときは、また駆け込んできてください。
別に「HELP!」じゃなくても、イイヨッ!
posted by CKP at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月14日

着物は着物――モノの力

 先回、「着物はほとんど他者」と書いた。
しかし、「他者」と言う前に、着物はなぜ「着物」なんだろうというところが気になりだした。
着物は着物、何の不思議があろうか。
そうなんですが、次のように問うてみたらいかがでしょうか?

 「和服は着物と呼ぶけど、洋服はなぜ着物と呼ばれないの?」

 いや、オレは洋服も断固として「着物」と呼んでおる、という方がおられるやも知れぬが、そんなあなたは日本のコウノトリのごとく少数派です。
ほとんどの人は「服」と言えば「洋服」を頭に浮かべ、「きもの」と聴けば「和服」を想像するのである。
古くは「着る物」と呼ばれていた日本の服が、「きもの」と短縮されたから、伝統的なの日本の服が「着物」と呼ばれる、ということはいちおう言える。
とすると、いにしえの人は「キルモノ」という音を聞いたとき、直ちに「着物」を思い浮かべたということなのだが、同時に「切る物」つまり刀や包丁を思い浮かべはしなかったのだろうか、とも思う。
そもそも「切る」と「着る」のそれぞれの「キル」はまったく別の言葉なのだろうか・・・
活用が違うから別の言葉なのであろうが、布切れの「キレ」は「切る」に由来しているのだから、微妙なところである。

 それはともかく、和服のみが着物と呼ばれるのは、モノを着るという感覚が、和服の場合ついてまわるということだと思う。
洋服は体に合わせて造られた衣服である。
だから、人間の肩の形のハンガーにかけておく。
ところが、着物の場合、折りたためばペッタンコの平面の布が重なったモノとして人間の目の前に存在する。
着るときは、その平面を体にまとい、腰で固定して立体化する。
しかし、着物を着た人間が動こうとすれば、着物は常に平面でしかない性質を露呈しようとする。
だから、それを着る人間はその布の動きに自分を合わせて、着崩れを防ぎながら動かねばならない。
この動きを「弁証法」と呼んだのは、『完本チャンバラ時代劇講座』(徳間書店、1986年)で、300メートルを全力疾走しながら斬りまくって裾を乱さなかった嵐寛寿郎の着こなしを分析する橋本治である。

「一歩足を踏み出そうすれば、そこに筒状になって足を包んでいる着物の裾がまとわりつく。それを無視して蹴飛ばせば、布には無理な力がかかって、ブザマにもつれる、はだけるということが起こる訳ですから、着物を着た人間が一歩踏み出すということは、それに反抗して別の動きをしようとする着物の動きを事前に察知して、それにあらかじめ合わせられるような第一歩を踏み出すという、実にメンドクサイ内実が着物には含まれているのです。人間が動く(正)→それの反作用で着物も動く(反)→従って、動くということはその収拾を考えながら動くということである(合)――という、正→反→合の弁証法がここには隠されていると言う厄介があるのが、着物というとてつもない衣服を着た人間の動きです。」(219ページ)

 橋本治は、着物を「とてつもない」衣服と呼ぶ。
それは、着物が単なるモノでしかないのに、人間の動きを変えてしまうからだ。
成人式のときに振袖を着た女の子を見れば、いつもと全然違うのが分かる。
ということは、その動きに沿って心の持ちようも変わってくる。
さらに橋本治は、着物は人間を規制してくる「世間」なのであって、「裾さばきがウットオシイ」というのは「世間がウットオシイ」ということであるという説を展開してゆく。
そして、どこへ行くのかと言うと、チャンバラ映画は、戦後の黒沢時代劇において裾さばき不要の「袴をはいた浪人」=「世間からのはみ出し者」の登場ということになる、というところへ行くのであった。
『椿三十郎』に出てくる「鞘に入っていない刀」である三船敏郎・黒澤明論へと行くのであった。
(ゆえに成人式で羽織・袴の茶髪のオニイチャンは世間を気にする大人にはなれないのであった。)

 話がだんだん分からなくなっているぞ。

 着物がモノという話であった。
この着物は人間の支配を逃れ、逆に人間の動きを制御する力がある。
ゆえにモノという名称が残っているのではないか。
モノというのは、どこか得体の知れないところがある。
化け物、魔物、着物・・・食べ物はちがうか・・・
あるいは、物狂いとか、物思いとか物の哀れとか・・
モノがモノとして現象してくるとき、そこには何か人間の支配を逃れる、そして人間の動きを制御してくるようなモノがあるのではないか?

 カントは認識の場面でそのような物自体と向き合ったが、橋本治は人間の動きのなかでモノをモノとして現象させている。
それは本居宣長が心の動きの中でモノを現象させているのに近いかもしれない。
なにか得体の知れない、異質の次元が開けてくる、そんな力がモノにはあるのではないか。
そして、着物には何かしらそのような力が備わっているから、服と単純に呼ばないのだろう。
ひょっとしたら、洋服でもそのような妖しい力を持つものは、密かに着物と呼ばれているのかも知れない。

『サザエさん』の長寿の秘密も、ひょっとしたら波平さんとフネさんの着物姿にあるのかも知れん。
posted by CKP at 18:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

ジャージを脱ぐとき――「着こなし」の始まり

 NHKの朝の連族ドラマ『カーネーション』をけっこう熱心に観ている。
下宿のテレビは地デジ対応しそびれたままなので、実家で土曜日の再放送をまとめて観ている。
これだけはまっているのは、『ちりとてちん』以来のことである。

 3月に入り、夏木マリが70歳を越えた主人公・糸子をつとめ、物語もいよいよ終盤である。
(いい味出していた尾野真千子さんが交代したのは残念ですが、さすが夏木マリ、存在感が圧倒的です。)
先週は、東京の孫娘が不登校になり、ジャージ姿で岸和田の糸子おばあちゃんのところに居つく話であった。
孫娘のジャージ姿について、「ジャージ姿は「私はヤンキー」と宣言しているようなもの」というナレーションがあった。
そして、じっさいその孫娘は地元の「ヤンキー」との喧嘩に巻き込まれ、その果てにジャージ姿から古着姿にいわば「脱皮」するという話であった。

 しかし、ジャージがなぜ「ヤンキー宣言」や不登校の服装になるのだろうか?
ジャージというのは動きやすい素材で動きやすくデザインされていて、スポーツ練習や作業するためにつくられたものである。
だからジャージを着るということは、私はスポーツ大好き人間です、活動的な人間です、というアピールになるはずなのである。
じっさいジャージ姿でチャッチャと動く人を見るのは気持ちがよい。
ところが、ふてくされた表情でジャージに手を突っ込んでタラタラ歩くと、「私はヤンキー」とか「学校なんか行きたくない」、というアピールになるのである。
考えてみれば不思議である。

 が、自分を振り返ってみれば、やっと完全オフとなった日曜日、世間様とも関わることなく、何もせずゴロゴロしているとき、ジャージほど楽なものはない。
何かしたくなったら着替えせずそのままチョット出かけてもそれほど恥ずかしくない。
というか、私はオフなので無視してください、というオーラを発散できる。
出かける気がなかったら、そのままゴロゴロしていても家人にとがめられることはない。
つまり、ジャージというのは「私の好きなようにする」をアピールする服装なのである。

 そして、ジャージは私が好きなように動かす私の体にフィットする。
服のことを気にせずいろんな姿勢が取れるのである。
つまり、私が中心の服なのである。
よって、生活も私がやりたいことだけをする。
学校なんか行きたくない。
クラブ活動なんかかったるい。
家族といっしょに食べたくない。
好き勝手といえば好き勝手し放題であるが、主体的といえばえらく主体的であったりするのである。
が、このような主体性が「下流志向」でしかないことは、内田樹先生の説くところであった。
そこに気がつくと、世間に対して、どのように自分を見せるか、という形で「着こなし」ということが始まる。
孫娘は、今はロンドンで活躍する「おばちゃん」の「古着」に興味を持つ。
(もう少し前の私らの世代は、選択の余地なく「お下がり」の古着を「着こなし」ておりましたが・・・)
孫娘のお古のジャージに半纏という姿は、まだまだ「着こなし」にはほど遠いファッションではあるが、とにかく素材を自分流に着て、世間とか他者に向き合うということになる。
自分を素材とすり合わせることによって、そこに自分を表現してゆくのである。
それが、ある種の「脱皮」のように描かれていたのが興味深かった。
ふてくされていた表情が、ぱっと明るくなったのである。

 この孫娘が今後どのように成長してゆくのか興味深いテーマである。
着物を着るなんてシーンがないのかしら、とひそかに期待しているのは私だけだろうか?
着物は平面でできていて、それを腰のところで身体にくくりつけ、それが着崩れしないように着こなさねばならない。
考えてみれば、とても「無理やり」な服である。
ジャージとは正反対の服装なのである。
しかし、アラカンなんて役者は、いくらチャンバラ映画で着崩れを撮ろうとしても、見事に着こなしてしまって、まったくすそが乱れなかったという。
着物の乱れる方向へ体を持ってゆくことで、乱れを収束してしまうのである。
そこには、「好き勝手」というのとは別の自由がある。

 つまり、ジャージというのはまったく自分の一部であるが、着物というのはほとんど他者なのである。
おそらく洋服でもそのような他者的な部分がある。
ゆえに同じ服でも「着こなし」で全然違って見えるということになるのだろう。
それがいかにもその人らしい着こなしということになれば、そこにこそ自由が実現されているということであろう。

 この『カーネーション』というドラマも、「服」という自分と他者の中間にあるものをもう一つの主人公にしているから、人間のありように微妙な深みが出ていて、面白いのかも知れない。
「と言う前に、お前の坊さんとしての着物の着こなしのほうはどうなんだ」と言われそうだが、それはオトッツァン言わない約束なのである。
posted by CKP at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月09日

チャック・ベリー&キース・リチャーズ『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』再視聴――鷲田清一『語りきれないこと――危機と傷みの哲学』を読みながら

 鷲田清一先生の新著『語りきれないこと――危機と傷みの哲学』を一気に拝読してしまった。
ちょっと不安になる。
鷲田先生の著書がこんなにグイグイ読めるなんて、ひょっとしたら読み方がまちがっているんじゃないのかしら、と不安になってきたのである。

 ふつう鷲田先生の文章は、漢語よりも和語が多用され読みやすそうだけれども、理解しながら読もうとするとけっこう考え込んでしまうことが多い。
たまにグイグイ読めても途中で思いがけない言葉が不協和音のように響き、読みは逆流し、もつれ、シューマンの楽曲に巻き込まれたように思考はめまいを起こしそうになる。
異様に思考の集中を要求する箇所があったかと思うと、脱力するほどの関西風への転調があったりする。
が、ひとしきりむずかる言葉と戯れてみれば、何かが伝わり難所を切り抜けることができたりする。
理解とは別の何かが読みの中に起こるのであろう。
おそらく鷲田文というのは、メッセージを理解するというよりも、音楽を「聴く」ように言葉に身をあずけ、共にリズムを刻みながら、自分のうちに湧き上がってくる何かを待ちながら読まねばならないのだろう。
だから、行きつ戻りつすることになり、「一気に読める」なんてことは稀なのである。
(というような鷲田文に受験問題で出くわす受験生は、ある意味、ほんとに気の毒だと思います。限られた時間内に「正解」を出さねばならないというのは、きわめて非鷲田的情況ですから。だから、試験問題では、鷲田先生ご本人ではなく、出題者が受験生に何を考えてもらいたくて、その箇所を出題したかを考えて解答すべきかと思います。)

 この半年、鷲田先生と「同僚」にならせていただいて(私ごときがスミマセン)、ある授業なんかでは同じ教員として学生諸君に向き合うなんてこともあったりして(ほんとに激しくスミマセン)、コンパなんかでもご一緒して(これは許せ!)、鷲田先生が若かりし頃ギター小僧であったことやいろんなジャンルの音楽に興味をお持ちであることを知った。
だから、鷲田文というのは「読む」というより「詠む」そしてそれを「聴く」という構えで読んでみると、あら不思議、「難しいなぁ」というよりも「面白いなぁ」「ぐっとくるなぁ」という感じで読めることがあったりすることを発見した。
だから、この『語りきれないこと』が一気に拝読できたのかな、とも思った。
(もちろん哲学のテクストに接するときの厳しさもお教えいただいておる。いつもの温顔が厳しい表情に一変するのである。がこちらのほうは、わたしに著しい効果を及ぼしていない。ひたすらスミマセン。)

 でもそんなことだけで「読める」わけないよなー・・・
やっぱり何か読み落としているのかなぁ・・・と不安は解消しないから、もう一度はじめから通読する。

確かに、この本は「『語りなおし』とそれに寄り添い待つこと」というテーマが、変奏曲のようにいろんな位相で変奏されていて、それを「聴く」ように読めばグイグイ進むことができる、と言えそうな気もする。
しかし、それだけではなくタイトルにもなっている「語りきれない」何かがグイグイと読みをひっぱって、ただ単に「理解しました」というのとは違う位相が開かれているように思う。
鷲田先生ご自身が今までの「臨床哲学」の試みを現在の情況に即して語りなおし、そして読む者がそれに寄り添うことで、自分自身も語りなおしゆくという臨床の現場に引き入れられる、そんな力が働いている。
この本の全体を貫く太い心棒のようなものが通っている感じがするのである。

そんなことを考えながら再読していると、しきりにチャック・ベリー&キース・リチャーズの『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』が観たくなったのはどういうわけだろう。
ちょうど終わり近く、鶴見俊輔『アメリカ哲学』田中美知太郎『哲学入門』が紹介されているあたりまで来たときである。
我慢できなくなって本を閉じ、DVDを取り出し久しぶりに観る。

 『HAIL!HAIL!ROCK’N’ROLL』というのは、1986年、ロックンロールの父、チャック・ベリーの60歳の記念コンサートをキース・リチャーズがプロデュースしてゆく記録映画である。
「ロックンロールの父」と言ってもチャック・ベリーはストーンズのようにスタジアム・コンサートをするような大物として扱われているわけではない。
単身でギター一本を持って地方のコンサート会場に現れ、プロモーターが準備したミュージシャンと顔を合わせ「俺の曲の知っている」ことを条件にその場でバンドを組み、ギャラを受け取りコンサートが終われば帰る、という生活をしている。
いわば「ドサまわり」的ミュージシャンでしかない。
しかもギャラはキャッシュでしか受け取らない。
金しか信用しない屈折したオヤジである。

ビーチ・ボーイズが「スゥイート・リトル・シックスティーン」から「サーフィンU.S.A.」をつくり、ストーンズが「キャロル」を唄い、ビートルズが「ベートーヴェンをぶっ飛ばせ」を唄って世界的なグループになっていた60年代前後、チャック・ベリーは刑務所を出たり入ったりして、また黒人ゆえに不当な扱いを受け、相当偏屈な人間になっていた。
その彼のコンサートのプロデュースをローリング・ストーンズのキース・リチャーズが務め、それを映画にもして、チャック・ベリーの音楽を映像に残そうというのである。
いわば、心を閉ざしてしまったチャック・ベリーのロックンロールの語りなおし、プレイなおしである。

 しかし、人を信用していないチャックとプレイすることは、いくらキースがチャックを尊敬しているといってもなかなか難しい作業である。
「俺のアンプに触るな!」
とチャックに怒鳴られもキースはじっと我慢の子である。
「あんたが死んでもこの音は残るんだぜ」
と言って、チャックに正確なギター・プレイを要求するキース。
「俺は死ない」と応ずるチャック。

練習ではじめてチャックといっしょにプレイしたエリック・クラプトンは言う。
「チャックは自分が愛されていることに自信が持てないんだ」
だから、コンサートではいつも観客に異様にサービスする。
キースは、そんなチャックがコンサートで音をはずしアドリブでごまかすことが許せない。
チャックの最高のプレイを辛抱強く引き出そうとする。

 それはチャック自身のロックンロールの語りなおしであるし、それに辛抱強く寄り添うキース自身の語りなおしでもある。
当時、40歳代も半ばに達していたキース自身の原点の確認作業なのである。
しかし、毎日毎日現金をめぐってトラブルを起こす偏屈なチャックに、なぜキースは寄り添うことができたのだろう。
チャックは、60歳記念コンサートで結局は今までの練習を無視してアドリブに突っ走る。
しかし、「チャックのことは嫌いになれない」と最後までキースはコンサートを仕切る。
チャックは俺の永遠のアイドルだぜ、というのでは説明がつかない寄り添い方なのである。
おそらく、チャック・ベリーへの敬意の向こうのロックンロールそのものへの敬意がキースを支えている。
それは、キース自身のロックンロール人生への敬意でもある。

 『語りきれないこと』で語られる「語りなおしとそれへの寄り添い待つこと」においても、今すべてを喪い新たに「語りなおし」に向き合っている人々への敬意と共に、「生きること」そのものへの敬意が通奏低音として奏でられているのではないか、と思い至った。
それが「臨床哲学」を形成しているのではないか。
臨床の現場とは生きることの現場である。
生きることの敬意がその現場を臨床の場にする。
そんなことを考えながら、途切れた2回目の通読に戻ったら、ジョン・レノンの「Power To The People」をもじった「Philosophy To The People」という鷲田語に出会った。
なんだ、ここでジョン・レノンへの言及があったから、『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』が観たくなったんだ。
というのは、この映画はチャック・ベリーを「ロックンロールの父」として紹介するジョン・レノンの映像の引用によって始まっていたからである。
すっかり忘れていたけど、身体は覚えていたのである。

 しかし、キースを読み込んだのは、少し読みとしては間違っていたかな、と思わないでもない。
が、「むすび」という最終章での「語りの文化」のところで触れられる自分の不幸を距離を置いて語るという部分を読むと、ストーンズの「It’s only rock’n’roll( but I like it)」という感覚もあるかな、と思う。
「たかが人生さ(でも大切な人生なんだ)」という感覚。
別にこれが「正解」でなくてもいいのだけれど。
ただ、妙に悲壮感に充ちて自分だけを正義とするというのとは違う感覚があるように読めたのでした。

 そして、
「ふつう体の動きは、つい隣の体の動きにつられるものです。うずくまっている人にそんなことは容易に起こらないでしょう。けれどもその「つい」に賭けることはできます」(最終ページ)
という文章に、私なんかはキースの「つい弾きだしちゃった」という感じで始まるイントロのギターの一撃を思い出すのでした。

 というわけで、いちいちロケンロールを経由しないと鷲田文が読めないという、なんだか有り難いのか面倒くさいのか分からない体質になっている自分を発見したのでありました。
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2012年03月05日

「木綿のハンカチーフ」の頃へ――帰れるものならば

 昨日、ご法事をお勤めした帰り道、カーラジオから「木綿のハンカチーフ」が聞こえてきた。
「松本隆・作詞、筒美京平・作曲、昭和51年太田裕美さんのヒット曲・・・」
正確には1975年12月発表で1976年にヒットしている。

「恋人よ、僕は旅たつ、東へと向かう列車で」と都会に向かう少年と「都会の絵の具に染まらないで帰って」と田舎での再会を待つ少女の歌である。
しかし、その少年は都会で「愉快に」暮らし、「僕は帰れない」ことを告げる。
そして、その少女は最期に「涙ふく木綿のハンカチーフください」とねだるのであった。

 椎名林檎もカバーしているので、若い方も知っておられるかもしれない。

 ラジオで珍しく一曲まるごとがかかったその曲を聴きながら、この歌のヒットした頃が最期の曲がり角だったかもしれない、と思った。

 田舎から都会へという流れは、それよりも10年前、つまり東京オリンピックの頃のほうが激しい。
「ああ上野駅」の頃である(と言われても、若い根っこの人々は知らんでしょうが)。
若狭の原発の灯が点った1970年の大阪万博を過ぎれば、列島改造もとなえられ、地方もだんだんと都会化してきた頃である。
だから田舎の地方都市に残った女性も、ねだるのは「木綿のハンカチーフ」であって、「木綿の手ぬぐい」なんかではない。
あねさんかぶりなんかはしていなく、アンアンやノンノでファッションの勉強をしている女の子である。
その頃はやったペザント・ルックのイメージ。

 だからこの歌は、「僕の恋人、東京へいっちち」と、都会対田舎の対立を歌うというより、日本全体において「木綿のハンカチーフ」的なものが「都会の絵の具」に吸収されていってしまうという情況を歌ったものであったのだろう。
あるいは、ここで引き返さないと、便利だけどしかし人間を堕落させてゆく生活に陥ってしまうぞ、という警告だったのかもしれない、とも思う。
しかし、一方で、土着的田舎を忌避しつつ自然回帰を志向する「木綿のハンカチーフ」的なものは、まだまだロマンティックな憧れの世界にとどまっていたように思う。

 今思えば、そのようなニュアンスを聴き取りながらも、結局、「便利」に流されてしまって、今の事態を招いてしまった。
――そんな反省をしながら、カーラジオから流れる「木綿のハンカチーフ」を聴いたのでありました。
ほんと、このごろは懐メロもうかつに聴くことができない。
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2012年03月01日

「先送り」はダメだぞ!――桃尻語訳ヘーゲル編

コ・ン・チ・ハ。

永遠の高校生・女子、榊原ナナ、お久しぶり登場です!
あのさ、叔父さんの大学に去年新しく赴任した哲学の先生が、おじさんに言ってたんだって。
「ヘーゲルって、桃尻語で訳すとどうなるの?」
なに考えてんだろ、その先生。
で、おじさんが「ナナちゃん、やってみるぅ?」て言ってきたんだ。
おじさんもなに考えてんだか?そもそも考えてないのかな。
でもチョット面白そうだから、少しやってみました。
それに(藤)先生もけっこうあたしのファンだったする。
ちゃんと知ってるんだから。
だもんで、「ヘーゲル、桃尻娘に変身の巻」なのだ!
なんか悪い夢見そう・・・うなされても知らないからね。
(そこのキミ、セーラー服着たヘーゲルを想像しないよーに)

というわけで『精神現象学』の「序論」から。
おじさんの訳ではこうなる箇所。
「真なるものは全体である。
その全体は、その発展によって完成した実在に過ぎない。」
何を言いたいのか、全然分からん。
笑っちゃうほど、分かりません。
ア・ハ・ハ・・・
ただ、なんかえばってる、というのだけは分かるけど。

 だから、おじさんに「これ、どーゆーこと?」って訊いてみた。
いつものごとく、なんだかごちゃごちゃと面倒くさいことを言ってたけど、どうもこーゆーことみたい。
例えば、どんぐりだったら、あの小さなどんぐりが、どんぐりの本当の姿というのじゃない。
どんぐりは、地上に落ちて芽を出して、どんどん大きくなって立派な樫の木になる。
でも、その立派な樫の木がどんぐりの本当の姿というのでもない。
どんぐり、芽、枝を伸ばし始めた木、葉っぱをいっぱいつけて風にそよぐ木、いっぱいどんぐりを実らせる立派な樫の木、でもいつか枯れて・・・というぜ〜〜んぶひっくるめてはじめてどんぐりの本当の姿が見えてくる。
へぇー、ヘーゲルって案外かわいいじゃん。
他にも、お花が咲いて・・・みたいな話しているみたいだし・・・
肉食系というよりも草食系だったのかね?(おっと平成語を使ってしまったぜい)
でも「食い尽くす」なんて言葉も出てくるらしいから、両方なのか?

 えーっと、何の話だっけ?
そうそう、ヘーゲルの「全体」の話。
まあ、当たり前だといえば、当たり前の話だよね。
私だったら、生まれて、そして大きくなって、今、女子高校生やってて、そいで、OLになって、そのうちケッコンとかして、お母さんになって、そしておばあちゃんになって、いつか死んじゃって・・・
(もっともあたしの場合、永遠に昭和の女子高校生なんだけどね)

だから、「全体」って言ってもそんな大げさな話じゃなく、どこにも、誰にもあるような話だよね。
だもんで、「過ぎない」って言ってんだろうな。

 というわけで、あたしの訳はこうなるのだ!
「本当のことって、ぜ〜〜んぶのこと。
でも、そのぜ〜んぶってのは、どんどん成長してって全部がそろってる、ってことでしかないんだ」

 でも、成長するってのは、どういうことなのかね。
あたしなんか、永遠の昭和の女子高校生ずーっとやってるから、だんだんわからなくなってきてるんだけどさ、少なくとも、あたし、小学生のときとは変わって来てると思う。
身体もそうだけど、考え方とか感じ方とかずいぶん変わってきた。
小学生のときの夢中になっていたアイドルの話なんて、今は怖くてできないもん。
忘れたい過去です!

 ということはだよ、どんぐりが大きくなるように、それを見てる「あたし」も成長して変わってゆくということで、きっと、それでヘーゲルって人の話はおそろしくややこしいんだろうと思う。
「知の体系」なんて偉そうな言葉で何を言いたいのかといえば、成長するにつれて考え方・感じ方も変わってゆく。
それが「体系」ということ。
変わらないで、いつも同じなのはバカ、ってことだと思う。
いるもん、特に男子。
いっつも同じこと言ってる奴。
死ぬまで言ってろ、って感じの男の子。
知だって、どんぐりのように成長するってことだよね。

 だから、この話、叔父さんがよく言っている「生・老・病・死」の話につなげることもできるんだけど、そうすると、叔父さんが「ナナも分かってきたじゃないか」とうるさいから、その話はやんない。

 ただ、ここまで書いてきた思ったのは、ぜ〜んぶを見ない頭の悪さって、ややこしいことを先送りにして、そしてその先送りにしたややこしいことに出くわしてアタフタしている今の大人の頭の悪さとおんなじだ、ってこと。
原発問題も、環境問題も、日本の赤字国債もみ〜んな全体を見ないこと、成長しないで全体を見ない自分に満足することから起こっているんだもん。

 なんでこうなっちゃうんだろう?
なんで大人が、バカな男子のように、成長を止めちゃったんだろう?
お金の問題?
それもあると思う。
だって、お金って、増えたり減ったりするけど、成長して変化するなんてことないもんね。
なぜなら、お金には身体がないから。
くしゃくしゃの千円札でもピンピンの千円札でも同じ千円というのは、千円にお金の身体は関係ないってことじゃん。
そんなお金だけを相手にしていたら、成長なんてできないと思う。
頭の悪い男子も、きっと頭だけで考えているから、成長がないんだと思う。
だから昔の人は、男子にバンジージャンプみたいなえぐい成人儀礼をやらしたんだと思う。
そこいくと、あたしたちは身体で成人式してるもん。
ああ、大人になっちゃったって。
隣のクラスの絵里の家なんて、赤飯炊いたんだって、いまどき。

 なんであたしがバカな男子の成長について考えてるんだろ。
バッカみたい。
そうか、ヘーゲルなんておじさん中のおじさんに手を出したのがいけなかったんだ。
くわばら、くわばら・・・なんて言うか?今の女子高校生が・・・
ほんと、おつかれさま。
じゃあね、また、いつかどこかで。

・・・と書いているのは、あと二ヶ月で58歳になるCKP,つまりCKP58な〜んちゃって(←「な〜んちゃって」つーのは昭和後期に流行ったギャグです。念のため)
posted by CKP at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする