2011年09月30日

事件は現場で起こっている――鷲田清一先生ご講演拝聴記

 昨日( 9月29日)の鷲田清一先生の「震災と哲学」という講演会、凄かったです。
人手もすごかったですが、お話の展開が凄い。
最初はノリが悪いというか、話がどこに向かうのか不安になるような展開。
ところが途中からギアがグイーンと入って、怒涛の展開になった。
胸が熱くなるような感動が次から次へと押し寄せる。
そして最後は、シャレもまじえてやわらかく笑いのうちに終わる。

 学校帰りに参加した高校生も
「よく分かったし感動した。理系志望だったけど、文転して大谷受けようかな」
と言ってたそうな。
凄いぞ!わっしい!
センスいいぞ!文転高校生!

 お話の内容は、文明に依存しきった近代人、制度に依存しきった現代人、専門に閉じこもる研究者への批判。
しかし、依存に対して反対極に移行して、その極を正義として近代・現代を非難するのではない。
つまり、independent(自立、民営)を主張し、自己責任を主張するのではないのである。
そうなると、新自由主義つまり市場開放・規制緩和・社会的支出削減という方向となる。
そうではなくて、お互いに依存し依存され、お互いにリードしフォローしあうというinter-dependentなネット・ワークを形成するということ。
また、専門を放棄しろというのでもない。
自分のポジションを全体から見る賢者の目を持たねばならないということ。

 だから鷲田的怒りは二正面戦となる。
震災によって明らかになった今までの自分たちのあり方、それを見て見えていなかった自分たちへの怒り。
そして、またその対極を正義として称えればひとまずは自分の立場はよし、とする怠惰な「知的」態度への怒りである。

 まず身の回りから自分たちの生き方をどう変えられるか?
職場から考えよう、町内会の役割分担から考えよう、そこからなら可能だ――私は、先生の提言をそんな感じで聞いた。
これが現場の哲学、臨床哲学ということなのだな。
だもので、大学内の役割分担、リーダー‐フォロワーシップをどうしてゆくかというきわめて卑近で具体的な問題として聞いた。
そして、その現場が機嫌のよい関係の場となるように。

鷲田哲学は効き目があります。

講演の後は、神戸から駆けつけてくださった内田樹先生も加わっての懇親会。
鷲田先生は「なんで内田さん、大谷大学とご縁があるの?」
内田先生も「なんで鷲田先生、大谷大学に着任されたんですか?」
それぞれの疑問が解けたようでありました。
どう解けたのかはひ・み・つ。
また、さっそく鷲田先生の指導を受けるようになった学生さんのドクター論文に関して、内田先生が丁寧にレヴィナスの読み方を指導しておられました。
「大谷大学の愉快な皆さん(@ウチダ)」の楽しい懇談の夜はふけていったのでした。
posted by CKP at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月26日

「震災と哲学」――9月29日鷲田清一先生講演会

 新聞等の報道でも既にご存知のことかと思いますが、このたび大谷大学文学部教授にご就任された鷲田清一先生の公開講演会についてお知らせします。

日時:9月29日(木)午後4時20分より(開場は午後4時。午後6時までには終了)
場所:大谷大学講堂
   (大谷大学へのアクセスは地下鉄烏丸線が便利です。北大路駅下車、6番出口を左に曲がると10秒で大谷大学北門。そこから講堂までは南に構内を1分)
主催は大谷大学西哲・倫理学会
来聴歓迎・入場無料。

講題は「震災と哲学」
鷲田先生から以下のコメントをいただいております。

「『みえてはいるが誰れもみてないものをみえるようにするのが、詩だ』と、かつて詩人・長田弘は書いた。哲学についても同じことが言えるとおもう。このたびの東日本大震災と福島原発事故は、見えているのに多くのひとが見てこなかったさまざまの問題を浮き彫りにした。浮き彫りになったそれらを哲学の問題としてどう受けとめるかについて、考えてみたい。」

 どんな展開になるのでしょう?
よけいなお世話ですが、おそらくこのような展開にはならない、ということを思いついたので書き付けてとくと・・・

 私なんぞは、今、鷲田先生のコメントをカチャカチャと打ち込んでいて、井上陽水の「夢の中へ」を思い出しました。
「探すのを止めたとき、見つかることもよくある話で・・・」
というアレです。
探し物は目の前にある。
デ〜ンとある。
が、探しているときには全然目に入らない、というかおそらく見えているのに意識化されないという経験が誰れ視も一度や二度はあると思います。

 おそらく「思い込み」「予断・偏見」が視野を狭くしているのでしょう。
あるいは、それがそこにあるのを知りたくない、と見えてるものを意識下に抑圧しようとしている力。
意識では探しているのに、無意識は必死でそれを邪魔している。

 また社会的な領域では「裸の王様」というイデオロギー問題となる。
みんな王様が裸であるのは見えているのだが、その裸の男の上に「王様」という衣装を着せているという問題。
裸の男に「王様」という衣装を見させてしまう力。
ありのままを見させない力。
そのようなイデオロギーを成立させてしまう共同の欲望という問題である。

 したがって、見たままをそのまま受け取るには、見ている側の欲望・イデオロギーつまりメガネを分析し、「見たまま」に見えるはずものを「浮き彫り」にせねばならない。
というようなことを思うのですが、講演でいきなり鷲田先生が「夢の中へ」を歌いだすという展開はおそらくない(と思います)。

 さてさて、どんな展開になりますか、乞う、ご期待!
posted by CKP at 17:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月24日

「哲学科演習V―2b」履修予定学生へ(お詫び)

9月22日(木)、4限の授業では、オリエンテーションをおこなう旨の掲示をしていましたが、私のミスでじっさいにはなにもおこなわれないこととなってしまいました。当日、教室まで足を運んだ学生諸氏には、この場を借りて深くおわびします。

9月29日はこんどこそ予定どおり休講にし(なんか変な表現だな)、10月6日から授業(4年生の卒論中間発表、第1回目)をはじめます。
posted by pilz at 22:01| Comment(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夕日が泣いてる?――夕日の哲学はあるか

 昨日はお彼岸のお中日。
阿弥陀様がおられる西方浄土つまり彼岸に太陽が沈む日でありました。
その前後7日間も「彼岸」として、西方浄土に思いをはせる日ということになっている。
これは、いったいいつごろから、どの地方で始まり日本に伝わったのであろう。
少なくとも現在のインドでは、夕日にはあまり関心がないようである。

 わたしがインドに2週間ほど行っていたときの観察では、夕日に関心を示すインド人、ましてや手を合わせるインド人など一人もいなかった。
このたびインド研修の引率をされたI田先生のブログを見ても、どうもインド人の夕日への関心は希薄のようである。

http://blog.goo.ne.jp/geneve1992/e/46637eff5226c1d94ddee96970b5d801

 この記事の数日前には、学生がインド人の子どもを誘って一緒に夕日を拝んでいる写真もあるが、どうもインド人の子どもの表情は「?」のようである。

 中国あたりはいかがであろうか?
ヨーロッパでは?
たとえば、わたしはモネの「印象」という、海を太陽が低く照らす絵を夕日だの絵と思い込んでいて、それが朝日だと知ってショックを受けた記憶がある。
スパイダースの「夕日が泣いてる」を頭の中で歌いながらあの絵を見たのは私だけであろうか?

「夕陽のガンマン」ってのはたぶん原題は違うだろうな。
ニーチェの哲学書に「曙光」はあるが、「夕日」「夕焼け」はない。
ほかの哲学で探すと、しいて言えば、ヘーゲルの「たそがれ」ぐらいか?

 朝日から物事を考えるのと、「夕日」「たそがれ」から物事を考えるのでは、ずいぶん見方が変わってくるであろう。
もし、物事が「真昼」にあるのならば、少なくとも時間感覚が逆になる。
始めから考えるか、終わりから遡及的に考えるか?
ヘーゲルのあのふくろうはどちらへ向かって飛んでいったのでしょうか?
posted by CKP at 15:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月22日

死という身体の欲望――佐野洋子『死ぬ気まんまん』と鷲田清一『「ぐずぐず」の理由』

 フロイトは「快感原則の彼岸」で次のように述べる。

「生命は、発展のすべての迂回路を経ながら、生命体がかつて捨て去った状態に復帰しようと努力しているに違いない。これまでの経験から、すべての生命体が〈内的な〉理由から死ぬ、すなわち無機的な状態に還帰するということが、例外のない法則として認められると仮定しよう。すると、すべての生命体の目標は死であると述べることができる。これは生命のないものが、生命のあるもの以前に存在していたとも表現することができる。」(中山元訳、『S.フロイト自我論集』ちくま学芸文庫、162ページ)

 生命は死を目標にして、その目標に迂回路を経ながらも達しようと努力しているのだという。
生命体つまり我々の身体は死を欲望している。
となると、仏教で言う「生老病死」という四苦は、じつは我々の身体が「生→老→病→死」と死を欲望してひたすら死へと歩みを進めるのに対し、脳が抵抗していることの表現とみなすことができるであろう。

 確かに、脳つまり意識は、わりあいコマメに身体の欲望には対応している。
食欲・性欲などに関しては、意識はつべこべとえり好みはするけれど、欲望の充足に応じる。
逆に意識のほうが欲望して身体を動かそうとすることもある。
しかし、身体のほうが言うことを聞いてくれないということも起こる。
睡眠などはそれが頻繁に現れる。
しかし、基本的には脳と身体はその欲望の充足に向かう。

 ところが、この身体のおそらくいちばん奥底を蠢く死への欲望だけは意識は決して受け付けない、というかそのような「欲望」を意識は認知しない。
しないからこそ、フロイトはこの欲望を強調したのである。

 が、事実として、我々の身体は死に向かって刻一刻とその歩みを進めている。
その変化に脳は抵抗する。
思春期の身体の変化への戸惑い。
老いを感じ始めたころの驚き。
そして介護を必要とする自分の否定。
そこで我々は「ぐずぐず」するのである。
え?これが自分なの?そんなはずじゃ・・・とぐずぐずしながら、結局、その自分の身体の変化を受け容れてゆかねばならない。

「ぐずぐずしながらも、逡巡の果てにやがてある決断にたどり着く、いやたどり着くことをいやでも強いられる。その時間を削ぐことだけはしてはならないとおもう。その時間こそ人生そのものなのだろうから。」(鷲田清一『「ぐずぐず」の理由』、30ページ)

そして、最後は「病→死」という変化である。
そこで最後の「ぐずぐず」をやる。
親鸞の「なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、力なくして終わるとき、かの土にまいるべきなり」などは、ぐずぐずの果ての述懐であろう。
良寛の「死ぬときは死ぬのがよきに候」は、どうだろう?
まことにきっぱりとしているが、ぐずぐずを無理やり断ち切っている感じもないではない。
身体の変化に意識をねじ伏せるように合わせるのである。

 そこへゆくと佐野洋子さんの遺著『死ぬ気まんまん』というのはどうなんだろう。
身体の欲望と脳が一致しているというよりも、身体の欲望を脳がぴゅ―っと追い越してしまったように見える。
ぐずぐずなんかしてらんないわよ、というような風情である。
『100万回生きたねこ』のオートバイに颯爽とまたがった佐野さんの写真を思い出す。

 ぐずぐずするのと、そのぐずぐずを追い越して「まんまん」となるのは、哲学者・宗教家と絵本作家の違いなのだろうか?
それとも男と女の違いなのだろうか?
あるいは日本育ちと大陸育ちの違いなのだろうか?

 しかし、佐野さんの「死ぬ気まんまん」は、わたしのぐずぐずを勇気付けてくれるものであるのは確かで、決して「ぐずぐず」を否定するものではない。
いや佐野さんだって、『あれも嫌いこれも好き』とか『神も仏もありませぬ』というような著作でずいぶんぐずぐずと死について考えておられた。

「私は、あの世があるとは思っていない。
 あの世はこの世の想像物だと思う。
 だから、あの世はこの世にあるのだ。」(『死ぬ気まんまん』68ページ)

という見事な「あの世観」は、『あれも嫌いこれも好き』で確か自分のお墓を見に行ったときにひらめいたアイデアが深められたものだと思う。

いやいや、『100万回生きたねこ』とは、100万回ぐずぐずしたねこのことだったのかも知れない。
 
 やっと今夕は涼しくなりました。
ぐずぐずには絶好の季節です。
posted by CKP at 18:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月20日

服とは○○!――案外知られていない鷲田清一監修『シリーズ・服と社会を考える』全3巻

 服とは「第二の皮膚で」である。
 服とは皮膚のコピーである。
 服は社会的記号である。
 服は「現実の鏡」である。
 服は「魔法の鏡」である。 
 服は入れ物。
 服は他人のために着るもの。
 服には、自分のイメージを演出する力がある。
 服には、人のイメージを調整する力がある。
 服は他人の視線をデコレートする。
 服はコミュニケーションの手段だ。
 ・・・・・ 
以下省略。

 これは鷲田清一先生が監修されている『シリーズ・服と社会を考える』全3巻(岩崎書店)で論じられている「服と社会」についての命題の一部です。
鷲田先生にはいくつかのファッション論の著作がありますが、この小中学生に向けて鷲田先生が監修して「こどもくらぶ」というグループが編集した大型絵本(?)は、案外知れれていません。

 というか、わたしは知りませんでした。
うちの奥さんが、地域図書館でのボランティアのブックトークに取り上げるということで、わたしもはじめて知りました。
写真やイラストが満載で、優しい言葉で説明されていて読んで眺めて楽しい本です。
要所要所に似顔絵の鷲田先生がコメントを入れておられます。

 この本から授業の進め方のヒントなどももらえそうですし、何よりも鷲田ファッション論の基礎が楽しく学べるので、もっと知られるべき本かと思い、老婆心ながらお知らせする次第です。
ただし、大変きれいな本なので一冊2,800円というのがいたい!
図書館で探すか、入れてもらいましょう。
posted by CKP at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

大学・高校の選び方――社会と学校

 高校・中学では、とうとう学園祭や運動会も終わってしまい、いよいよ受験の準備、受験校選びの季節である。
さてさて、何を基準に選ぼうか?

 学校の社会における役割とは、よき社会人、成熟した市民を育ててゆくことである。
が、学校教育そのものが、眼前の社会のあり方を無謬としていると、社会そのものが不調をきたした場合、修正ができない。
だから、学校は社会の外に通じていなければならない。
つまり、他者に開かれていなければならない。

 しかし、「社会」とは、その概念の成り立ちからすると、「他者」を拒否するところで成立している。
あの『アメリカのデモクラシー』(第1巻1835年、第2巻1840年)の著者であるフランス貴族アレクシス・ドュ・トクヴィル(1805〜1859)にとっての1848年のフランスの二月革命の意味を菊谷和宏氏は次のようにまとめておられる。

 「神の摂理から独立した人間の世界としての「社会それ自体」が発見されたということであり、またこの社会の中では、人間の平等性はもはや神的超越的本質によって――現世における平等・不平等を不問にしつつ――規定されるのではなく、それまでは「自ら働いて生活」せねばならない貧しい下層階級に過ぎなかった人民(peuple)の名において規定されることであった。」(『「社会」の誕生 トクヴィル、デュルケーム、ベルクソンの社会思想史』講談社選書メチエ、35ページ)

 つまり、「社会」とは神が創りたもうた「世界」から剥がれ落ち、「人民」によって形成される「閉じた」領域なのであった。
それは現世的な平等をもたらすはずものではあったが、結局は資本主義社会へとなだれ込んでいってしまった。
現在、その資本主義社会が競争社会として、勝者を次々に交代させながら進んでいるのは誰の目にも明らかである。

 したがって、そのような競争社会の「勝者」になれますよ、という旗を揚げている教育機関もあるであろう。
その社会の内部でのみ生きようとすれば、そのような学校に進むことは正しいであろう。

 しかし、社会にはその外がある、他者が存在する、ということを教育の前提としている学校は、それとは違う仕方で社会と関わる人物を養成する可能性がある。

 資本主義競争社会とは現代の別の社会や歴史上の社会、社会と対称的に捉えられる家族・親族、あるいは資本主義的には価値のなさそうに見える芸術の領域、そして死者や超越者と交流するような領域、そのような領域への開けを当然とするような学校に学ぶことは、おそらく、あなたの人生を、少し遠回りになるかも知れないが、より豊かなものにするのではないだろうか?

 そんなこともアタマの片隅に、チラッとでも置いて学校選びをするということも必要ではないかと思うのであった。

posted by CKP at 18:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

介護と人間ドッグ――ぐずぐずの理由

昨日、今日と大学は事務休止でお休み。
昨日は、このごろとみに歩行に困難を訴えるようになった86歳の母親を介護用品店に連れてゆく。

 ご本人の希望であったが、出かけるときには「別に今日でなくても・・・」と言い出す。
それでもなかなか日がとれないからと、でかける。
親戚に寄って、77歳のおばさんも誘う。
店に着くと、親切そうな店員さんから介護保険を申請していると安くなる、場合によっては1割の値段になると告げられる。
が、なんだかその言葉にカチンと来るところがあったらしく、申請のことはあまり聞きたがらない。
歩行器が目当てで合ったはずだが、横目でチラッと見るだけであまり関心を示さない。
結局、シャワー用の椅子を買う。
が、家に帰ると「まだ使う必要はないから、片付けておいて」と言う。

 鷲田先生の『「ぐずぐず」の理由』の一節を思い出す。

「人間の、人間としての基礎にかかわることがらは、すぐには答えの出ぬものが多い。人間にはついに答えられないもの、あるいは答えが出ぬままそれを問いつづけることに意味のあるものも少なからずある。じぶんの人生の意味、じぶんが存在することの意味などというのは、その最たるものであろう。ここでは、すかっと噛み切れる論理より、いつまでも噛み切れない論理のほうが、重い。滑りのよい言葉には、かならず、どこか問題を逸らせている、あるいはすり替えているところがある。ぐずぐずしながらも、逡巡の果てにやがてある決断たどり着く、いやたどり着くことをいやでも強いられる。その時間を削ぐことだけはしてはならないとおもう。その時間こそ人生そのものなのだろうから。」(鷲田清一『「ぐすぐす」の理由』30ページ)

 介護用品を必要とする自分を受け入れる――そこで「ぐずぐず」する。
いくらぐずぐずしても、いやでもある決断にたどり着く。
介護するほうは、その「ぐずぐず」がなかなか待てない。
どうせそうなるのに・・・と思ってしまう。
しかし、「その時間を削ぐことだけはしてはならないとおもう。その時間こそ人生そのものなのだろうから」。

 そうは思うが、これからこの「ぐずぐず」と向き合うのは、なかなか辛いだろうと思う。
いずれは「我が身」なのだろうけど・・・

 その「我が身」の人間ドッグに本日行って参りました。
ウエストが3センチ、身長が3ミリ大きくなり、この一年の成長のあとが伺えました。
おじさんは57歳になっても成長します。
若い先生と看護士さんのお姉さんから、太りすぎ、要するにデブであるとの指摘を受けました。
しかし、私はジュリーのように人間が大きいのでデブと言われて動揺するような器ではございません。
もちろん、「それじゃ、なんですか、中年男性はみんな、すべからく●ひ●みのような体形を維持すべし、とおっしゃるんですか」と無体な反論も致しませんでしたけどね。

 まあ、とにかく、これで「どうせ」死んでしまうまで、当分はぐずぐずしていてもよさそうである。
もちろん、介護用品など必要とせずいきなり死んじゃうということはありうるのだが、「もう死ぬのかな」と決断せねばならぬまでのあいだ、当分はぐずぐずしていたいと思うのである。
posted by CKP at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月12日

「リンダ・ロンシュタットはアメリカの都はるみである」――それは日本の常識でしょう@内田樹

 昨週の金曜日は、内田樹先生、釈徹宗先生そして文藝春秋社の今泉さんと内田先生のレヴィナス本文春文庫化の打ち上げ会。
今泉さんとはもちろん、釈先生とも初対面。
中沢新一先生の仏教講座をプロデュースしながらのお忙しい日々なのに、飄々とこともなげにこなしておられる風情の方でした。
次から次へと力の抜けた仏教書を書ける理由が実際にお会いしてよく分かりました。

 内田先生からは「楽しい解説ありがとうございました」というお言葉をいただき、「あ、あんなC調な展開にも怒っておられなかった」と一安心。
安心したところで「『リンダ・ロンシュットはアメリカの都はるみ』『J.D.サウザーはアメリカの荒木一郎』というようなノリで書いてしまって・・・」と申し上げたところ、その言葉が終わらぬうちに、
「『リンダ・ロンシュタットはアメリカの都はるみ』というのは日本の常識でしょう」
と力強く断言された。
え?そうなんですか?
それは、わたしとO木とタニカワの三人だけの常識だと思っておったのだが・・・

 そうなのである。
内田先生はどうもわたし等と同じようなロック文化圏に棲息しておられたようなのである。
J.D.サウザーとか、ユーミンとか大瀧詠一とか・・・先生ご自身の言葉で言えば「微温的」なもの、(つまり軽薄)そんな音楽とレヴィナスとかどう関係しているか、を考えてみたくてあの「解説」をお引き受けしたのであった、と今にして思う。

 その結果は読んでのお楽しみであるが、もともとわたしはジジェクの参考書として先生の『映画の構造分析』を拝読し、そしてブログ(そのころはそんな呼び名ではなかったが)を覗いてみたら、そのタイトルが「Simple Man, Simple Dream」でビックリしたのだった。
J.D.サウザーの名曲のタイトルをブログ自体のタイトルにしておられたのである。
というわけで、この人は信頼できると『ためらいの倫理学』などを集中的に読んで、『他者と死者』の一部分をドイツでのシンポジウムに使わせていただくべく仁義を切ったときに「メル友」にしていただいたのであった。

 それだけの関係しかないのであるが、そんな私にライフ・ワークのレヴィナス本の文庫本の「解説」を書かせていただけたと言うことは、先生ご自身も「J.D.サウザーが好きというから、信頼できるだろう」ということだったのではないか。
J.D.サウザー様様である。

 一方、わたしはジュリーこと沢田研二のファンでもあるが、先日の京都のジュリーを中心とした「元タイガース」(ピーが参加したのだ)のコンサートには、高校時代のタイガースのライバル・鷲田清一大谷大学教授が観客としてご登場という情報が流れている(ご本人に確認したところ、「えっ?なんで知ってるの?」ということでございました。高校時代のライバル岸部一徳=サリー氏からのご招待だったそうです。この日はオール・タイガース・ナンバーのコンサートのはず。「おっどおりにゆこうよ!青い海のもとへ!ゴー・バウンド!」って鷲田先生、ノリノリだったんでしょうか?)。
若い頃の音楽の趣味というのは大事にせねばいけませんね。
どこでどうつながるか・・・(郷ひろみも好きです)

 ちなみに、内田先生
「荒木一郎は音域が狭いので、カラオケで歌いやすいんですよ。
『真っ赤なドレスをキミーにー』って」
ということでした。
内田先生は、鷲田先生大谷大学就任イベントをせねば、とおっしゃっておられましたが、あれはひょっとしてカラオケ大会のことか?
posted by CKP at 20:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月07日

大谷大学インド研修第2班、全員無事です。

 本日、インドのニューデリーの高等裁判所付近で爆弾テロがあったようです。
現在、大谷大学のインド研修第2班が2週間近くの仏教遺跡の見学を終え、最後の旅程に入っているので一瞬ヒヤッとしました。
本日第2班は、デリーから200キロ離れたタジマハール見学でした。
当然、全員無事との連絡が取れました。
関係者の皆様、ご安心ください。

とツイッターみたいなブログになりました。
posted by CKP at 19:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わたし、文春文庫にホントの名前で出ています――といっても内田樹『他者と死者』の「解説」ですが・・・

 このほどCKPが「門脇健」という本名で文春文庫に書きました。
といっても、今まで一冊の単著も出していない私の幻の著書が文庫化されるわけがない。
当たり前田のクラッカーである。
で、なんでこういう事態に立ち至ったかというと、実は、内田樹先生の『他者と死者』の文庫版に「解説」を寄稿するというオハチがまわってきた、ということです。
「解説」ですけど、文春文庫に拙文が掲載されるというのは、わたしにとって一生に一度の慶事でありますゆえ、ここに大書してご報告する次第であります。
ちなみに、同じ文春文庫の内田樹シリーズの『東京ファイティングキッズ・リターン』の解説は鷲田清一先生。
鷲田先生と同じ場所でお仕事ができたことがうれしい。

 が、改めて活字になった我が「解説」を読むと、これでいいのかな、と不安になってきます。
内田先生からは、解説を書いた事実に対しては御礼を言っていただきましたが、内容に関してはノーコメント。
ひょっとしてお門違いのことを書いて、怒らしちゃったのではないかと不安なのです。
なにせ内田樹はブライアン・ウィルソンだ、いやフィリップ・マーロウだ、と訳のわかんないこと書いてしまったんですから。
自分でもなんであんな展開になったのか、今考えてみるとヘンテコな「解説」になったなあ、とあきれています。
(要するに「ウィリー・ネルソンは田端義男だ」とか「J.D.サウザーは荒木一郎だ」的なロジックがアタマの中を走っているのでしょうね。)


 この『他者と死者』をゼミで学生諸君とアタマを抱えながら読んだころを思い出します。
「存在するとは別の仕方で」どうなるんだ!
こら、ウチダ!分かりやすく説明せんかい!
ほとんど怒りに震えて発表していた人もいましたね。
ほんとなら、ゼミで一緒に読んだ学生諸君に献本したいのだけど、何年にもわたって読んだから相当数の学生数になって、しかも連絡のつかない人もぼちぼち出てきてるので、ごめんなさい。
懐かしいなあ、と思った人は、立ち読みでも「解説」を読んでみてください。
でも、買って本文を読むと、当時よく分からなかったことが、あれ?なんで分かるんだろう、ということがありますから、線のひっぱてないテクストで読むのも楽しいですよ。

posted by CKP at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

本日、鷲田清一先生、大谷大学に文学部教授として着任されました

 本日9月1日午前10時より、鷲田清一先生の大谷大学着任の式が無事つとまりました。
よって、本日から正式に鷲田清一先生は大谷大学哲学科教授となられました。

大学のホームページの教員紹介の欄には以下のように自己紹介(研究領域・テーマ、研究内容について)されておられます。

http://www.otani.ac.jp/kyouin/nab3mq000001kvuo.html
posted by CKP at 12:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする