2011年03月30日

人知の傲慢を断罪する傲慢――あるいは、なぜ哲学者はエラソーなのか

 みるみるうちに水位が下がってゆくのであった。
福島原発のトレンチの水が減ってゆくのである。
よかった!と思ったらマクラもとでケータイがブーブー鳴っておりました。
夢の中でも原発が出てくるのでした。

 ほんとに毎日気鬱である。
原発をなんとかして抑え込んでくれ!と祈るしかない。
今、原発政策や東京電力を批判しても、事態の好転にはなんら貢献しない。
原発に対するどんな意見を読んでも、今は気持ちが晴れない。

 なかには「原発事故は人間の傲慢が招いた人災である」と科学や人間知を断罪して、何がしかのことを言った気でスマしている宗教者もいる。
都知事の「津波は人間の我欲への天罰」と大同小異であろう。
というのは、「人間の傲慢」を言った人も、「天罰」を言う人も、どうも自分は勘定の外に置いているようだからだ。
人間の傲慢に気づいている私は、原発事故には責任がない。
我欲に気づいている私には、天罰はくだらない。

 このような発言形式、事態とのスタンスの取り方自体が「傲慢」なのだろうと思う。
自分は、人間の側にいるのではなく、天とか神とか仏の側にいる。
そこから人間の傲慢や我欲を批判して、何がしかのことを人間世界にむけて言ったような顔ですましている。
人間を批判し、同時に人間としてその批判を甘受し、そこから事態に向き合うというのが、ある事態のなかにいる人間のありかたであろう。

 確かに原子力を人間の力で制御できると考えるのは人間の傲慢である。
しかし、それを言ったら、空飛ぶ飛行機だって、急に止まれない自動車だって人間の傲慢である。
自動車で毎年どれだけの人が亡くなっているのか?
飛行機や自動車やそして原発の電気の恩恵を享受するだけ享受しておいて、それらを発展させた人間知の傲慢を言うのは勘定が合わない。
今は人知を結集して、原発を抑え込まねば一歩も進めない。
その後、人間の知を結集して今後のエネルギーのことを考えねばならないのだろう。

 おそらく「傲慢」は、知恵の木の実を食べた、あるいは言葉という不自然な音声を操る人間の基本的な属性なのである。
言葉を発する私は、常に既に言葉で表現された世界の外にいるのだから。
「私は傲慢です」と発言する私は、その「傲慢」を免れているように見える。
が、そういうポジショニングが傲慢だったりするのである。

 が、よく考えたら、人間をなんだかんだと批判するのは、哲学者の常である。
まるで、神のポジションに立ったように、人間の在り方を論じたりする。
だから、傲慢でエラソぶっていながら「人間の傲慢」を断罪していたりする哲学者がいたりするのである。

 鷲田清一先生が、ご自身の哲学においても「愛嬌」と「気配り」と言われるのは、ひょっとすると、哲学というのはチョット油断すると「傲慢」と「独りよがり」に陥りやすいという実例をたくさん見てこられたからかもしれない。
気をつけねばね。
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2011年03月25日

ぐずぐずに落ち込んで――シンディ・ローパーはなぜ東京公演を強行したのか?と考えていたら久しぶりに憂歌団が聴きたくなった


 震災直後の節電が叫ばれている東京でシンディ・ローパーがコンサートを強行したというのがニュースになっていた。
けしからん!という論調ではなく、おおむね好意的な記事が多かったようだ。
そのコンサートが、とんでもない困難に遭遇した日本人を励ますというようなものだったかららしい(大阪でもコンサートがあり、久しぶりにロックのコンサートに行きたかったが、なんだかんだと忙しく行きそびれた。もう30年ほど前の初来日の大阪公演で「しんでぃ〜」とひらがなのぶっとい声で叫んでいたのは私です。)。

 しかし、そのコンサートは応援ソングが何曲も唄われたというものではなそうだ。
コンサート・ツアーのタイトルは、「メンフィス・ブルース・ツアー」。
どうも最新アルバムの古典的ブルースを中心としたコンサートだったらしい。
(アンコールでは、やっぱりデビュー・メガ・ヒット「Girls just want to have fun」が唄われたでしょうが・・・)

 ブルースというのは、はっきり言って「がんばれよ」という応援ソングではない。
もうぐずぐずに落ち込んで、何も出来なくて、「神も仏もないのかよ」というような情けない歌のオン・パレードである。

彼女の最新アルバムの中から歌詞をひろっていくと、

Early in the morning, and I ain’t got nothing’ but blues
「Early in the morning」より
 朝はちっともさわやかではなく、もう「朝っぱらから、やってらんねぇ」という状態。

夜は夜で、
Rolled and tumbled, cried the whole night long
When I woke up this morning, didn’t know right from wrong
「Rollin’ and Tumblin’」より
一晩中のお酒でフラフラになって、朝起きたときにも、何がなんだか訳わからねぇ、という感じ。

分かれ道に立てば
I’m standing at the crossroads, baby,
See the rising sun going down
I believe my soul , now poor me is sinking down
あの!「Crossroads」より

と、朝日が落ちるのが見えて、自分の惨めさに落ち込んでしまう、もうずぶずぶに落ち込んでいる。
が、このI believe my soulというのはどう訳したらいいんだろう?

 昇る太陽が沈むのを見て「ああ、これが今の俺だ」って感じか?

先回書いた「死者にあわせる顔」という文脈で言えば、「とても死んだ父ちゃんや母ちゃん、友だちにあわせる顔じゃねぇ」というような状態が唄われるのがブルースだ。

 確かに、死者のみならず「とても人さまに見せられる顔」じゃないんだが、しかしこれもおいらの顔であり、この状態を通らなければなんともならない。
こんな状態じゃダメなのは、よく分かっている。
先に逝っちまった母ちゃんに見せられる顔じゃねぇのは百も承知だ。
でも、今はなんともならねぇ。
少し経てば、ちっとはしゃっきっとして、そして死んだ時には母ちゃんから「お前も、つらいときがあったね」と笑って迎えてもらえるさ。
だから、今はちっとばかし大目に見てくれよ、と死者に、そして将来の死んだときの自分に懇願するのである。

 ブルースって、そういう唄じゃないかと、行けなかったコンサートの変わりに『メンフィス・ブルース』のCDを聴きながら思った。
シンディが「ブルースってあらゆるポピュラー音楽のルーツであり、あらゆるものの基盤なのよ」と語っている付録のDVDを見て思った。

「死者にあわせる顔がないような顔を死者に向かって歌とギターで表現する」というのが、めんどくさいですが、ブルースの定義ではあるまいか。
と、めんどくさいことを言うより、シンディの『メンフィス・ブルース』いいっす、ということである。

 久しぶりに憂歌団も聴きたくなりました。

 被災地には、お酒は届いているのでしょうか?
被災された方々も、いつもいつも力強く前向きに生きておられるわけではないであろう。
ときには、自分の不運をのろいたくなることだってあるはずだ。
そんなときの魂を支えるのが、ブルースであり、それはいのちの基盤でもある。
シンディはそんなブルースを届けたかったのではないか、と『メンフィス・ブルース』を聴きながら思ったのでした。

ただ、シンディ・ローパーってもう57歳になっていたんですね。
わたしよりイッコうえの姉ちゃんだったんですね。
いつもパッパラパーのカッコしてたから、てっきり年下だと思っていました。

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2011年03月22日

いのちの大地――死者にあわせる顔

 堅固で揺るがぬものを大地という。
私たちの生活は、その大地の上に築かれる。
だから、大地が今回の地震のように大きく揺れると、生活の基盤が失われることになる。
そのようなとき、ひとは何を生活の基盤として生きるのか。
何をいのちの大地として生きるのか――今回の地震・津波で被災され、ほとんどすべてを失いつつも粘り強く生きてゆこうとされている方々に向けて、こう問うて、その力強い生命の秘密をお聞きしたい気持ちに駆られる。
しかし、その問いはすぐさま自分自身へも跳ね返ってくる。

 避難所でお互いに慰めあい励ましあいながら一歩でも進もうとしている方々の姿に接すると「支えあい」ということが人間のいのちの根本かとも思う。
確かに、それも基本である。
しかし、一人で、あるいはご夫婦で途方にくれつつ見当たらない身内を探しておられる姿を見ると、絶対的喪失体験というのは「支えあい」だけではうめられない、とも思う。
どんなに慰められ励まされても死んだ者は帰ってこないからだ。
しかし、ようやく身内のご遺体を捜し出し、死を確認された方が言っておられた言葉が、もう一つの「支えあい」を指し示しているように思った。
「ちゃんと生きていかなきゃ、死んだ人にあわせる顔がない」

 死者ときちんと顔を向けて向き合うこと、それはもう一つの次元の違う大きな「支えあい」となるのではないだろうか。
死者からの問いかけにいかに応答するか、それがいのちをその根本で支えているのではないだろうか。

 今は春のお彼岸の期間である。
つまり、西方浄土にお日様が沈む季節である。
沈む夕日に向き合うとき、先に逝かれた人々に照らされた私の顔は、「あわせる顔」になっているだろうか。
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2011年03月18日

卒業式に当たって――太陽の輝く日を待ちながら

 本日は大谷大学の卒業式。
卒業論文という今まで経験したことのない課題をなんとかやり遂げて本日卒業される皆さん。
おめでとう。
それは外から見れば小さな困難かもしれないが、それに向かうときはとてつもない困難に見えたはずだ。
それを乗り越えたことは誇っていいことだと思う。
だからおめでとうと言いたい。
しかし、これからもそういう困難は次から次へとやってくる。
もっともっとハードになって押し寄せてくる。
そのときには、その経験を思い出して欲しい。

だから、ブルース・スプリングスティーンのこんな歌を紹介したい。
(オジサン趣味で申し訳ない)


It’s raining but there ain’t a cloud in the sky 雨、でも空には雲ひとつない
Must have been a tear from your eye         君の涙だったんだね
Everything will be O.K                みんなうまくいくさ
Funny, thought I felt a sweet summer breeze    変だね、夏のそよ風を感じた
Must have been you sighing so deep         君の深いため息だったんだね
Don’t worry we’re gonna find a way       心配するな、きっと道は見つかる

I’m waiting, waiting on a sunny day       太陽が輝く日を待っている
Gonna chase the clouds away            雲を追い払い
Waiting on a sunny day               太陽が輝く日を待っているんだ

・・・・・・・・
・・・・・・・・
Hard times, baby, well they come to tell us all 幾度の困難、でも
Sure as the ticking of the clock on the wall   きっと壁の時計のチクタクのように
Sure as the turning of the night into day     きっと夜が明けて朝が来るように
Your smile, girl, brings the morning light to my eyes 君の笑顔が僕の目に朝の光を届けてくれる
Lifts away the blues when I rise         朝起きる頃には憂鬱を追い払ってくれる
I hope that you’re coming to stay       そんな君に戻ってきて欲しい

I’m waiting, waitig on a sunny day
Gonna chase the clouds away
Waiting on a sunny day
From “ Waitin’on a sunny day”
 
 生きることは、次から次へとやってくるトラブルとの戦いである。
私なんかにも、次から次へとトラブルがやってくる。
それらは、小さなトラブルでしかないけれど、非力な私は歯をくいしばって毎日向き合わねばならない。
時々、折れそうになる。
しかし、的確にフォローしてくれる仲間のおかげでなんとかしのぎ、時折の穏やかな時間にほっとしている。
 今、被災地ではとんでもないトラブルと多くの人が支えあいながら向き合っている。
卒業生の皆さんも、その戦いの後方支援に今までの経験をつなげて欲しい。
そのように支えあうことは、困難が次から次へとやってくる人生を、より豊かなものにしてくれるはずだ。

私は、折れそうになるとき、スプリングスティーン兄貴のNo Surrender(降伏するもんか)を聴く。




ラストはこんな歌詞です。

・・・・・・
Now on the street tonight the lights grow dim 今通りの明かりは薄暗く
The walls of my room are closing in      部屋の壁がせまってくる
There’s a war outsides still raging      外では戦いがまだ激しい
You say it ain’t ours anymore to win     君はもう僕らに勝ち目はないという
I want to sleep beneath peaceful skies    僕は穏やかな空の下で眠りたい
In my lover’s bed                恋人のベッドの中で
With a wide open country in my eyes      広々とした大地を見ながら
And these romantic dreams in my head     ロマンティックなこんな夢を見ながら

We made a promise we swore           僕らは誓い合った
We’d remember                  忘れずにいよう
No retreat, baby, No surrender         決して退却せず、降伏しないことを
Like soldiers in the winter’s night      守り抜くとちかった
With a vow to defend               冬の夜の兵士のように
No retreat, baby, no surrender         決して退却しない、降伏しないと
From“ No surrender”

という訳で、健闘を祈る。

posted by CKP at 14:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

受験に失敗したキミへ――決断のとき

 東北地方の震災・津波災害で大変な事態になっている。
被災していない者は、被災した方々の支援を第一に考えるべきときである。

 しかし、それとは別の困難な状況に個人的に立ち至って人もいるであろう。
たとえば受験に失敗し、呆然と立ちすくんでいる受験生。
一浪あるいは二浪(あるいは三浪・・・)しようか、「滑り止め」で手を打つか迷っているかもしれない。
そんなときに、「もっと気の毒な人もいる」という言葉は慰めにも、ましてや励ましにもならない。
客観的には、身内をなくされた方、家や職を失った方々の「途方にくれ方」と、大学受験に失敗した受験生の「途方にくれ方」は、比べ物にならない。
身内や家を失い、かつ受験に失敗した人さえおられるかも知れない。

 しかし、「それに比べて受験に失敗したくらい・・・」と言われても、当の本人は片付かない気持ちであろう。
それはそれ、これはこれなのである。

 「受験に失敗して、これからどう生きていこう」という苦悩は、本人自身が悩むしかない問題である。
被災者の「これからどうしたらよいのか」という苦悩と比べるべき問題ではない。
また、被災者の苦況に他人は支援の手を差し伸べることが出来る。
( もちろん究極的にはご本人の悲しみを抱えながらも生きて行こうという意志にかかっているが。)
しかし、受験失敗という個人的苦況は、自分自身で乗り越えるしかない。
だが、周りに相談することが出来るし、経験者のアドヴァイスを受けることは出来る。
( 家族や友人は心配している。しかし、静かに見守ることしか出来ない――それはそれでつらいことだが。)

 という訳で、私は、大学院入試ではあるが、三浪した身であるので、一言アドヴァイスしておきたい。
(この間、『週刊現代』の記事で、内田樹先生も院入試に三度失敗されていることを知った。どうりで同じ臭いがするはずである。クンクン。)

 まず、自分と相手の大学(院)との相性の問題を考えるべきである。
大学の入試問題というのは、基本的にその大学の学びのスタイルを反映したものである。
その試験に合格しないということは、その大学との相性が悪いということである。
偏差値やブランドに惑わされて「自分にふさわしい」と思い込んでいるだけかもしれない。
その大学が要求する「学びのスタイル」とは、まったく違う形で準備をしていたのかもしれない。
そこのところを点検すべきである。

 私の場合、二度目に受験に失敗したときそのことに気がついた。
それまでは、このように勉強している俺を入学させるのは当然というような傲慢な勉強の仕方をしていた(というかまともに勉強していなかった)。
が、二度落ちてみて、相手がいったい何を要求しているのかを考えるようになり、それにあわせて勉強のスタイルを変えた。

 しかし、そこで相手の要求することと自分のスタイルが相容れない場合は、潔く撤退すべきである。
これまでの苦労を無にしたくない、というだけで浪人するのならば、傷口を広げるだけであろう。

 日本軍が、アメリカと戦うのは負けだと知りつつ、それまで中国戦線で払った犠牲を無にするにしのびず、ズルズルと対米戦争進んでしまった愚を他山の石とすべきである。

 したがって、勇気ある撤退つまり第二(三)志望で手を打つという手もあるのである。
その大学を、第二(三)志望にしたのは、それなりの相性を感じたからであろう。
そこのところを今一度思い出して、決断して欲しい。
後から考えると「不思議なご縁」ということもある。
背水の陣で志望校一本で受験に臨み失敗した人も、「勇気ある撤退」を考えてみるべきである。
やたらと初志貫徹すればよいというものではない。

 いろいろとアドヴァイスはあると思う。
「若いときの2.3年、あとになってみればどーってことない」とも言われたりする。
しかし、まだ「あとになって」いないのだから、悩みは深いと思う。

 その大学に進学せねば今後の人生を生きていけない――今直面している問題がそういう問題なのかどうか、そのあたりを考えて悩んでください。

 入試を実施し、かつ不合格者を出しているのは大学である。
その大学関係者の一人として、今、言っておかねばならないと、書き記しておきます。
posted by CKP at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

大谷大学卒業式――募金の用意も

 3月18日、大谷大学の卒業式は、予定通り行われます。
そのとき、今回の地震被害への募金箱が設置されますので、よろしくお願いします。
もちろん、それ以降も。
我々も年度末の「慰労会」などを中止して、その費用を含めて募金したいと思っています。

 というような状況なので、夕方に予定されていた全学挙げての卒業パーティは中止となりました。
被災して卒業式に出席できない学生もいます(ご家族が無事かどうかは確認が取れていません)。

 とにかく、今、出来ることをやっていきたいと思います。
posted by CKP at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月11日

3月13日の東本願寺公開シンポ「老といういのちの相」中止

 この前ご案内した東本願寺の公開シンポジウム「老といういのちの相」(鷲田清一先生が参加される回は、こうゆう事態ですので、中止となりました。
 また、大谷大学、龍谷大学、仏教大学で同じ日開催予定であった「共走駅伝」も中止です。

 あまりの凄さにただぼう然とテレビを見ています。
posted by CKP at 22:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月09日

トトロはなぜカサをサスのか―あるいは、陽水はなぜ「傘がない」と嘆くのか

 狂言の「末広がり」に次のような歌があるそうである。

かさをさすなる春日山 かさをさすなる春日山
これも神の誓いとて
ひとがかさをさすなら
われもかさをさそうよ
げにもさあり やようがりもさうよの

木村紀子著『日本語の深層』(平凡社新書)の序章「カサをサス」に紹介されている歌である。

 春日山に雲がかかり、雨が降り出す。
あの人がカサをさすなら、わたしもさそう。
あなたも私も、あの人も、カサをさしているという風景を、神の誓いによる不思議な縁として詠んでいる。
(ぱっぱっと色とりどりの雨傘がひらく『シェルブールの雨傘』のタイトル・バックを思い出しますね。「ね」と言われてもそんな古い映画知らないと言われるかも知れませんが・・・)

著者の木村先生はこの歌を次のように解説されている。

「歌詞の意味は、口承の歌の常で今一つ曖昧だが、「ひとがカサをさすなら われもカサをさそうよ」とは、小雨の降り始めの時など、誰でもふとするさし方だろう。「げにもさあり やようがりもそうよの」とは、当時の決まり文句の囃しだったらしいが、「ほんとにそうだよ 妙といえば妙だのう」といったあたりだろうか。
 見ず知らずの道行き人に、つい誘われてともに「カサをさし」てしまう、「神の誓い(誓願)」とは、あるいはそんな、ささやかな縁のことを言ったかと思われる。カサの歌は、古来それぞれによい歌が多いが、私は、とりわけこの歌に心曳かれる。」( 27ページ)

 古来、「カサをサス」という行為は、どこか神聖さを伴った行為であるという。
飛鳥時代、大陸や半島から貴人や仏像に柄をつけた蓋(かさ)をさしかける荘厳(しょうごん)の風が伝来した。
それまで「カサをサス」という姿は日本にはなかったようだ。
もっぱら笠をかぶった。
雨の日、草の葉をアタマに乗せるトトロのように。
そのうち、その笠を長柄に「さして」頭上に広げることが広まる。
それが「カサをサス」という行為である。
雨の夜、さつきから傘を貸してもらったトトロのように。
したがって、傘を差して頭上に広げると、古の貴人や仏像の心持ちがどこかに残ることになるのである。

 傘の下は、聖なる世界なのである。
何か特別な世界のである。
その特別な世界を開くのが、日差しや雨という「神の誓い」なのである。
そのような心持ちがあったからこそ、
「雨、雨ふれふれ母さんが、蛇の目でお迎えうれしいな」
と唄われたのであり、
陽水は、「傘がない」ことを激しく嘆くのであった。

 さらに思い出すのは、インドの田園地帯で、女性たちが黒い雨傘を差しながら強い日差しの中で、のんびり農作業をしていた風景。
そして『となりのトトロ』の元ネタともいわれる『冬冬(トントン)の夏休み』で、イカレタ女が田舎道をこれまた黒い雨傘をさして歩く風景。
とても不思議な風景なのでありました。

 なんだか『シェルブールの雨傘』や『雨に唄えば』、あるいは健さんと池辺良が一つの傘で殴りこみに行く唐獅子牡丹シリーズの映画を観たくなりました。
posted by CKP at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

なれあいの宇宙――八百長問題と規制緩和など

 大相撲の八百長問題に関して文化人類学の今福龍太氏が次のように述べておられた。

【「競技」の原理に対抗して「演技」の豊かな消息がある。
前者が近代スポーツ特有の公正な勝敗決着を目指す原理だとすれば、後者は象徴的・儀礼的目的の成就を優先する原理である。
競技が個の肉体の可能性を追求するとすれば、演技は伝承された集団的な身体性の瞬間的な発露を愛でる。
相撲は、真の意味で「演技」的な儀礼文化によって支えられてきた。
その意味で今の大相撲の窮地は、私たちが社会の深い「演技」的領域を失いつつあることの証である。(読売新聞3月7日朝刊)】

 そして「なれあい」という儀礼文化に、古語「均れあふ」の「一つにする、互いに情を通じ合う」という意味から、儀礼の宇宙の「真剣ななれあい」を読み込んでおられた。

 この記事を拝読したとき、わたしの中で、最近の社会事象の多くの事柄がカチカチと音を立ててつながった。

 八百長問題、規制緩和・TPP問題、政治資金のクリーンさ、ウィキリークスの秘密暴露、カンニングの過剰反応などなど。

 たとえば、アメリカから見た場合、日本の規制や関税制度は、日本の文化を保護する「八百長」なのである。
米を輸入するとき、もとの値段の何倍もの関税をつけて日本の農家を保護するのは「八百長」でなくして何であろう。
不透明な政治資金を放置するのは政治における「八百長」である。
政府が国民に情報を秘匿するのは、政治における「八百長」である。
試験におけるカンニングは「八百長」である。

 試験は「個の(身体的ではなく)知的能力の可能性を追求する」場であるから、カンニングは許されない。
その場から退場してもらうしかない。
が、ただそれだけのことである。

 政治はもともと「まつりごと」というくらいだから、儀礼的側面がある。
したがって、そこには「おめでとさん」とか「がんばりや」というようなご祝儀的な資金援助もあるであろう。
そのようなものも賄賂的なものもすべて「政治資金」としてしまうから奇妙なことが起こる。

 外交というのも「まつりごと」の重要部分であるから、「儀礼」的側面をもったものである。
でなければ、軍事的に圧倒的な差のある二つの国が、見かけだけでも対等につき合えるわけがない。
とすれば、外交という「なれあいの儀礼的宇宙」にはあっては、表に出ない秘密もあるはずである。
それをすべて暴露するということは、外交という儀礼文化の崩壊につながるであろう。

 規制と関税は、ある国・ある地域の産業文化を保護する側面を持つものである。
したがって、そこには儀礼的宇宙が展開される。
それを、ただただ近代的な勝敗決着の原理だけで運営することは、文化破壊をともなうであろう。

 大相撲が近代スポーツならば、ただただガチンコで勝敗を決めればよい。
しかし、それはもはや相撲ではないであろう。
だがしかし、そこに金銭による勝敗の等価交換が持ち込まれることも、儀礼文化ではなかろう。
儀礼的世界には、むき出しの現金は登場しないからである(そこでは必ず水引をつけた「包み」となる)。
 
 要は、儀礼的文化と近代的競争文化の住み分けの問題であろう。
社会的には、部族社会と近代市民社会の住み分けの問題である。
あるいは、家族と社会の問題である。
(親方の居る社会=族的社会と親方が居ない市民社会)
そのあたりの区分が一昔前は、微妙な阿吽の呼吸で分けられていたが、21世紀になって、この二つが極端化し、互いに排除しあうということになりつつあるように思う。
その「阿吽の呼吸」という身体的なふるまいが、インターネットの現代において激しく劣化しているのであろう。(とブログで言うのもなんだけど。)

 また、上に述べたことと別なことだが、作家の高橋秀実氏が「相撲は勝負だけでなく、『食べる、寝る、掃除する』という人間にとって最も大切なことを象徴する祭事だと思います」と述べておられた。

 確かに、小さい頃、テレビで呼び出しさんが土俵を掃き清めるほうきの使い方をうっとりとして眺めていたのを思い出す。
あのほうきのこね具合がたまらん、と思ってみていたのですが、こういう感想って変ですか?
posted by CKP at 18:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月04日

愛嬌と気配り――ただし過度は危険

 先ごろ、大阪大学総長の鷲田清一先生と大学のあり方についてお話する機会があった。
わたしは、「大谷大学が、学生も教員も職員も、機嫌よく学び働ける場になればと思っています」と申し上げた。
この「機嫌よく」というのが最近のわたしのキーワードである。
それに対して鷲田先生は、
「わたしのキーワードは『愛嬌』と『気配り』です。大学でのふるまいのみならず『哲学』においても」
と応じられた。
そうか、鷲田哲学は「愛嬌と気配り」の実践理論なんだ・・・

 というわけさっそく「愛嬌と気配り」を実践したのは、大阪は天王寺、寺院建築の金剛組にご挨拶に伺ったときである。

日本最古の企業「金剛組」さんには、これまで4年間仏教建築に関する寄附講座を大谷大学に提供していただいていた。
それが今年でひと区切りついたので御礼に伺ったのである。
教務課長のK山さんとわたしで伺ったのだが、あちらは社長・部長そして学芸員の資格を持った女性社員さんの3人が並ばれた。
恐縮の体で御礼を申しあげる。
時々トンチンカンなことを言うと、K山さんがすばやくフォローしてくれる。
そのうち、その女性社員がどうもうちの哲学科の卒業生のような気がしてくる。
お声をかけるべきかどうか迷ったが「愛嬌と気配り」の鷲田キーワードを思い出し、思い切ってお声をかける。
「確かうちの卒業生の方では・・・」
「違います」ときっぱり。
思わず「わ、スミマセン、なんだか居酒屋でのおっさんみたいなことを言ってしまいました。わははは・・」
しばし沈黙。
「・・・・・・・・・」
K山さん必死に「テレビにでておられましたね」
「そ、そ、それでそう思ったんだ」
あ、あ、ありがとう、K山さん!
しかし、フォロー効果は定かでないが・・・

 という訳で、「愛嬌と気配り」も、過度は危険ということでした。
posted by CKP at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月02日

人間といういのちの相(すがた)――公開講演会・シンポジウムのご案内

 親鸞聖人750回御遠忌記念ということで東本願寺で「人間といういのちの相――生老病死――」という講演会・シンポジウムが4回に分けて開催されています。
大谷大学が主催するわけではないのですが、本学の一楽真先生やワタクシ・門脇もコーディネーターとしてお手伝いするのでご案内いたします。

 第一回「生」の部は昨年終わっていて、「老・病・死」の三部門がこれから開催されていきます。
場所はいずれも東本願寺(無料で椅子席)。

「老いといういのちの相」
3月13日日曜日午後1時より4時半まで
講演者:鷲田清一先生(ご存知、大阪大学総長)
パネリスト:小沢牧子氏(心理学研究者)・藤川幸之助氏(詩人)
コーディネーター 浅野玄誠氏(同朋大学教授)

「病いといういのちの相」
4月17日日曜日午後1時より4時半まで
講演者・徳永進氏(医師)
パネリスト:あの!最首悟氏(和光大学名誉教授)・田口弘氏(真宗大谷派僧侶)
コーディネーター:大谷大学真宗学科教授の一楽真先生

「死といういのちの相」
5月15日午後1時より4時半まで
講演者:田口ランディ氏
パネリスト:帯津良一氏(医師)・藤原新也氏(写真家)
というけっこう過激な方々の発言をコーディネートするのは、不肖わたくし気の弱い門脇であります。

 ぎっくり腰になったり物忘れがひどくなったり、最近すっかり「老人力」がついてきたわたくしですので、鷲田先生がお話になる「老いといういのちの相」あたりを司会したかったのですが、最近「お葬式」のことばかり言っていたから、最後の「死といういのちの相」のお鉢が回ってきました。
なんだかみんな好き勝手言いそうな方々で、どうなるか知りません。

 ところで今気がつきましたが「●●力」を一番最初に印象的に使ったのは、「老人力」の赤瀬川原平さんでしたね。
これは、「老」と言うネガを見事にポジに変換させた見事な使い方でした。
posted by CKP at 18:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする