2011年02月28日

自信をはぐくむ――戦闘モードを解除する勇気

 「●●力」とか「××する力」という表現が、本屋の新書棚に並んでいる。
最初、この表現に接したときは、たとえば「表現能力」が「表現力」となって新鮮な感じがしたものだが、こう何でもかんでも「●●力」と言われると、そろそろ新味がなくなってきたような気がする。
中教審や文科省さえも「学士力」ですもん。
そのうえ、そこには単なる「開発されるべき潜在能力」としての「●●力」というニュアンスよりも、「装備すべき武器としての力」という意味合いが濃厚になって来ているのが、なんだか嫌な感じがする。
社会は戦場であり、学生はそこに「学士力」という武器を携えて出て行かねばならない・・・そんなニュアンスを読み取るのは読み過ぎなのでしょうか?
過度は危険?

 中教審・文科省は卒業生の「質」を保証せよと、4分野・13項目「学士力」の練成を各大学に求めてくる。

1.知識・理解
 (1)多文化・異文化に関する知識の理解
 (2)人類の文化、社会と自然に関する知識の理解
2.汎用的技能
 (1)コミュニケーション・スキル
 (2)数量的スキル
 (3)情報リテラシー
 (4)論理的思考力
 (5)問題解決能力
3.態度・志向性
 (1)自己管理能力
 (2)ティームワーク、リーダーシップ
 (3)倫理観
 (4)市民としての社会的責任
 (5)生涯学習能力
4.総合的な学習経験と創造的思考力

「グローバル化する知識基盤社会」にあって必要な能力ということだそうです。
わたしの場合、ずいぶん×のがつく項目があるのですが・・・

 これらの能力は、冷静に読めば、人間として当たり前のあり方を表現しているとも読めないことはない。

しかし、その言い方がなんだか強迫的で、戦闘状態にあるグローバル世界へ学生にきちんと武器を持たせて卒業させよ、と言っているように感じる。
たしかにこれらの基準は「国が各大学に強制することを求める」のではなく、「参考指針」として示すだけで、各大学の自主性を尊重するとおっしゃるのだけれど・・・
しかし、これらの「力」を学生につけさせないと、学生もおたくの大学も勝ち残れないよ、知らないよ、と言っているように聞こえるのは考えすぎなのだろうか。

 いや、「学士力」は武器というよりも鎧とかモビル・スーツやパワード・スーツとイメージしたほうがピッタリ来るかもしれない。
また、一般的な動向としても「資格で武装せよ」というイメージが強くなっているように思う。
そのような「資格」や「力」で身を固めていないと生きていけないというような強迫観念で、みんな前のめりにあせっている。
その一方、そのようなモビル・スーツを手に入れることができなかった者は、引きこもるか、別世界をつくるか、あるいはまた社会に復讐するしかないという信憑がそうとう広く蔓延しているように思う。

 中教審や文科省が使う「グローバル化した知識基盤社会」という奇妙な語彙はそのような社会傾向を促進する。
グローバル化した社会は自由競争の戦場である。
そこでは「力」のない者は、勝ち残れない。
また「知識基盤社会」という言葉は、知識つまり資格や十全な学士力を持っていないとこのグローバルな戦場から敗退せねばならないぞ、という警告を常に発している。

 確かに、社会というのは、「万人の万人に対する闘争」の場という見方もある。
そこでの前提は、個々人の能力が平等であるということである。
したがってそこで「勝ち残る」には、その「平等」からぬきんでた「力」が必要となる。
しかし、個々人の能力・資源に差があるとき、足りない資源を交換しあい、欠けた資質を補い合って、共に支えあうという社会観もあるはずだ。
社会は資源争奪の場ではなく、資源を効率よく合理的に配分する場と考えるのである。
「勝ち残る」ことよりも、「共に生き延びる」ことに精力を傾けるのである。
もともと「経済」というのはそのような営みであるはずだ。
そこでは、武器やモビル・スーツよりも「愛嬌」や「気配り」が必要になってくる。

 わたしは、マジンガーZやガンダムというモビル・スーツで戦うマンガの結末をよく知らないのだが、もし、それが普遍的な深みを持つ作品ならば、最後はモビル・スーツを脱いだ生身の人間の和解の物語でなければならないような気がする。
モビル・スーツで固められた自我を守るだけでは、ホッブズの言う「万人の万人に対する闘争」の果ての相互の破滅しかないからだ。

 しかし、そのモビル・スーツを脱ぐのは、勇気のいる行動である。
自分の生身の弱々しい側面をもさらすこと二なるからである。
そのような勇気を支えるのが、自信とか覚悟である。
根拠のない自己の過大評価が自信ではない。
また、やたらと勇ましく突撃するのが覚悟ではない。
自分の能力を冷静に見究め、その限界を知り、そのような自分を受け入れることが自信であり覚悟である。
もちろん、鍛えるべきは鍛える。
しかし、とりあえずは平気で他人に頼る。
また、他人を助けることができれば助ける。
鍛えられた能力はそのために発揮される。
ひとり勝ち残ることが目指されるのではなく、共に機嫌よく暮らして生き延びることが目指されるのである。
内田樹先生の合気道でいう「天下無敵」状態である。
すべての敵をやっつけて「天下無敵」になるのではなく、敵のいない状態をつくってそこで機嫌よく生きるのが「天下無敵」状態である。
そのとき、そこには既に、今ここでこれらの人々と共に生きそして死んでゆくということを受け入れるという確固たる信念が形成されている。
仏教的に言えば、偶然を「有り難き」縁として受け取るということである。
が、別に仏教を持ち出さなくてもいい。
支えあって生きるのが人間だよな、というセンスが開かれればよい。
そのようなメッセージを受信する能力こそがはぐくまれなければならないのだろう。

 大学に限らず学校や家庭あるいは企業で開発されるべき能力は、「勝ち残るぞ」という勇ましい戦闘能力ではなく、共に支えあって生きていくときに自分の役割を見据える自信であり覚悟であろう。
また、争っている人がいたら「ツマラナイカラヤメロ」といえる勇気と知性であろう。

 ところが世の中、なんだか勇ましく「力」による「武装」をあおる政治家や評論家が受けたりするんですね。
が、そういう方々も敵にまわすのではなく「あんたは偉い!」とにっこり笑いかけていろいろ助けてもらいましょう。

 という訳で「頼る力」というのが大事です。
あ、また「力」を使ってしまった・・・・
posted by CKP at 18:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月25日

公開講演会のお知らせ

科学研究費研究(「日本における西洋哲学の初期受容―清沢満之の東京大学時代未公開ノートの調査・分析―」)関係の公開講演会のご案内です。

本研究では、来る2月25日(金)に、埼玉大学名誉教授の山口静一氏を講師としてお迎えし、ご講演いただくこととなりました。講演では、日本におけるフェノロサ研究の第一人者である山口氏に、日本で最初の哲学系の外国人教師であったフェノロサの東京大学における活動についてご講演いただき、フェノロサから多大な影響を受けた清沢満之との関係についても言及いただく予定です。

参加費などは必要なく、どなたでもご来聴いただけます。
ご来聴をお待ちしております。

日時: 2月25日(金) 15時30分より
会場: マルチメディア演習室(響流館*3F)
講題: 東京大学におけるフェノロサ
講師: 埼玉大学名誉教授 山口静一氏


*響流館は北大路通りに面した北門から入ってすぐの建物です。
posted by pilz at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月24日

「一家」没落――アラブの「仁義なき闘い」

 落ち込みついでに、どういう流れか、『仁義なき戦い』を観る。
1973年の、もう今となっては40年ほど前の映画である。
ついこの間と思うのだが・・・。
しかし「チャララ〜、チャララ〜」という効果音的なサウンド・トラックは今でもよく耳にする。

この映画は、「仁義」つまり親分と子分を結ぶ絆である「仁義」が崩壊してゆく過程を描いていた。
「仁義」が成立しているところでは、親分は子分の面倒を見る。
そしてテリトリーつまり「しま」の住民の商売の安全を確保する。
一方、子分は親分を支え、「しま」の住人は礼金を納め、それが子分に分配される。
そこに利害関係を超えた「仁義」という関係が成立している。
ところが、その仁義が崩れる。
仁義より利害関係のほうが優勢になってくるのである。
親分は私腹を肥やし、子分はほかの組のめざましい儲け仕事に親分を裏切る。
金子信雄演ずる「親分」、ホントに姑息で悪いやつです。

 これを観てると、いまのアラブ世界で起こっている事態にあまりに似ているのに驚く。
(というか、いまのアラブって何かに似ている、と思って観たのでした。)
映画の終盤、若頭の松方弘樹が、私腹を肥やしにかかっている親分に詰め寄る。
「おやじさん、言うとってあげるが、あんたは初めからわしらが担いどる神輿じゃないの。組がここまでなるのに、誰が血流しとるんや。神輿が勝手に歩けるようなら歩いてみないや、のう」
こんなセリフ、覚えて、いったいどこで使うつもりなんでしょうね?
(ラストの菅原文太の「テッチャン、こげなことしてもろて満足か?」というのも覚えましたね。)

 この脚本を書いた笠原和夫は、「このセリフには、先の戦争のときの神輿が敗戦の責任を取らなかったため、何を信じてよいのか分からないという戦後のニヒリズムが反映している」というようなことを述べていた。(『昭和の劇』)
カダフィに「謀反」を起こしているかつての「子分」の心中も、まさにこれであろう。

 アラブ社会の政治の単位は「部族」つまりファミリー=一家である。
そのような「一家」、限られた領域で、親=族長が子の面倒を十全に見ている間はうまくいく。
しかし、広い「国土」で経済的に豊かになり、その富が、子分や住民を犠牲にしながら、親分に集中してくると子分たちの間に不公平感がつのってくる。
その富の集中は『仁義なき戦い』でも、『ゴッド・ファーザー』でもいわゆる「薬物」による莫大な利益がきっかけとなっていた。
いまのアラブでは石油である。
その富が、族長やその一族だけに集中する。
そして、その富の使い方が、悲しいまでに成金的なのであった。
砂漠を緑化するとか、何か別の産業を興すという発想が見事にない。
ほんとぜんぜんない。
バカみたいに超豪華な建物建てたり、高級車揃えたり、美女をはべらしたりするだけ。
ただ、あの地域だと、西欧型の「労働」というのは遊牧以外に考えられないのかも知れないが・・・・

 とにかく、この間の混乱は、国家元首が「族長」としての「仁義」を自ら崩壊させてしまったがゆえのファミリーの没落なのであろう。
その後に「民主主義」が来るのかどうか分からない。
別の族長が覇権を握るだけなのかもしれない。
西欧型民主主義の理念と身体にしみこんでいる族長政治がこんがらがる。
あるいはまた、親米政権の崩壊の後を、別の国が狙っているのかもしれない。
が、部族とか一族というのは、欧米型民主主義の世界でも、ブッシュ・ファミリーとかカーネギー・ファミリーとか、それなりに強固なものであるから、それらがどう絡まるのか予測がつかない。
( 世界史でも、わたしはいまだにハプスブルク家というのがよく分からないのです。)
そのうえ、アラブ世界では、一部族の族長がかつてのヨーロッパ列強の植民地分割の残滓である直線の国境線で囲まれた国家を統治するという、根本的な不幸が根っこにある。
ホント、地図上のあの直線の国境線をみると胸が痛みますね。

 が、結局のところ、現在のアラブで起こっていることは、インターネットという新しい「武器」の登場で、ニュー・タイプの革命と論じられることが多いが、その実、けっこう古い型の「謀反劇」なのかも知れない。
たとえば、「本能寺の変」のような・・・
誰が、いの一番に「親方様」の後を継ぐか・・・
すべてとは言わないけれど、そんな側面もありだと思います。
我ながら、アタマの古さにあきれますけど。

 しかし、ファミリー政治のタテ型社会のエートスである「仁義」に対して、民主主義の平等社会のエートスとは何だろうか?
うそ偽りのない透明な等価交換ということになるのだろうか?
果たして、そのような透明性に人間は耐えられるのだろうか?
どこかにうまい具合の中間点はないのだろうか?

 などと、『仁義なき戦い』を久しぶりに観ておもったのでした。
しかし、あまりにもすさんだ気分になったのでユーミンの『悲しいほどお天気』から「DESTINY」を聴いてから、寝ました。

  つめたくされて いつかは見返すつもりだった
  それからどこへ行くにも着飾っていたのに
 どうしてなの 今日にかぎって
 安いサンダルをはいてた
 今日分かった 空しいこと
 結ばれぬ 悲しいDESTINY 

人生、なかなか思い通り行きません。
posted by CKP at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月23日

ち、力が出な〜い――さあ、落ち込むぞ!

 実現すればなかなかのプロジェクトだ、ふ・ふ・ふ、と取らぬ狸を皮算用していたチョット大きめの企画がポシャッてしまいました。
とほほ・・・
まるで「顔がぬれてて力が出な〜い」のアンパンマン状態です。

 こうゆう時は、キチンと落ち込まねばならない。
落ち込むときには落ち込む、というのが大事です。

 さて、どうやって落ち込むか?
買おうかどうか迷っている故浅川マキのCDを買うか。
それとも、藤圭子でも聴くか。
それとも、スクリァービンのロシア的憂鬱のなかに溺れるか。
それとも、モーツァルトのむやみに透明な諦念に身を浸すか。
それとも、もっとややこしいヘーゲルに難解に巻き込まれるか。

 どうやって落ち込むかで、悩んでどうする?
posted by CKP at 13:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月19日

覚悟がすべて――文学部で学ぶこと

 記憶があいまいで申し訳ない。
鷲田清一先生がどこかで、文学部での学びの定義について、「死ぬと分かっている人間がいかに生きてゆくかを学ぶこと」というようなどなたかの言葉を引用しておられたのを思い出す。

 なぜ、そのようなことを今ごろ思い出したのかといえば、このところ、文科省から学士の質保証を明文化せよというご命令があるので、「本学文学部を卒業すると読解力が、表現力が、コミュニケーション能力が、社会人基礎力が・・・・・身につきます。」とか「この授業はこの能力獲得を目標にします」というようなことを表に作って眺めているからである。
なんだかね、薬の効能書きを書いているような気分になってきて、だんだん滅入ってくるんです。
「文学部というお薬は、コミュニケーション力不足、表現力不足の症状を緩和します。」
いっそ、健康食品のCMのように「効能には個人差があります」って但し書きをつけようか、という気持ちにもなったりする。

 そのうち就職先から「お宅のあの学生ね、欠陥商品じゃないの?表現力ぜんぜんついてないよ。まともなのに交換してよ」なんてクレームが当たり前になってくるかも知れない。

 そのくせ、「就職活動は、3学年の12月以前は止めましょう」なのである。
大学の授業を邪魔するだけ邪魔しておいて、そして、「最近の学生はなってない、大学は何を教育してるんだ!」と企業側は言っているのである。
文科省も大学にだけいろいろ言うだけでなく、企業にもバシッと言うのならば分からんでもないが・・・
なんか、だんだん腹たってきた・・・

 なんかおかしい。
ヘンテコである。
おかしいと思いつつも、効能を明らかにしないと、「仕分け」されるご時勢であるから、できるだけわかりすい「効能」を言葉にしているのだが・・・

 しかし、冒頭に引いた鷲田先生の文学部の定義じゃいかんかね?
文学部に学べば、死ぬと分かっている人間が、その死まで充実した人生を生きる力がつきます!
ただし、自分が死ぬとリアルに理解するのは、大学を出て相当年数がたってからなので、その効能はすぐには現れないことが多いので、ご了承ください。

 もともと文学部で勉強しようという学生は、過去に生きた人々、つまりこの世に生まれその喜怒哀楽・四苦八苦を生き、そして何かを「文」として表現しそして死んでいった人々のメッセージを、自分への贈り物として受けとろうという人間である。
それらの人々は死者である。
しかし、確かに生きていた人々である。
そのような人々から自分へむけて何かメッセージが贈られている、そのような直感が、学生たちを文学部へと誘うのである。
そして、そのメッセージを解読しながら「死ぬと分かっている人間がどのようにいきてゆくのか」を考えることになるのである。

 それは唯一の正解を要求する問いではない。
いろいろな考え方があるであろう。
しかし、どこかで「覚悟」というような言葉や概念に触れることになるはずである。
ゆえに、文学部というのは「覚悟」をもった人間を育てる、という言い方もできる。
学士力とは覚悟である。
学士力とは、覚悟ができていて、胆力がある人間、つまり腹の据わった人間として振舞える力である。
文科省は困っちゃうでしょうけど。
しかし、よく考えたら、今の日本で一番必要なのはある覚悟を持って事に当たる胆力のある人間であろう。
民主党を見ていると、あるいは本屋に並んでいるビジネス本を眺めていると、心底そう思う。
小賢しい人間ばっかりだもん・・・

「肝心なのは覚悟だ!」
そう言い切ったのはハムレットでした。

『ハムレット』の劇も終盤。
レアティーズとの剣の試合の前のせりふ。

「雀一羽落ちるにも天の摂理がはたらいている。いま来るなら、あとには来ない。あとで来ないなら、いま来るだろう。いま来なくても、いずれは来る。覚悟がすべてだ。」(松岡和子訳)

原文は「the readiness is all」
死への心構えがすべてだ、という意味合いのせりふ。

 つまり、ハムレットは鷲田先生の文学部を定義する問いに対してthe readiness is allと答えるわけである。

 最近、ある友人が『真昼の決闘』に『ハムレット』からの引用があったよ、と教えてくれたが、おそらくここのセリフだろうと思う。(ぜんぜん違ったりして・・・)
わたしら昭和中期に子ども時代をすごした男子は、けっこう「決闘ごっこ」をやっている。
保安官ワイアット・アープやビリー・ザ・キッドの真似をして、バキューン、「やられたぁ」バタリ・・・
スミス・アンド・ウェッソンとかデリンジャーとかコルトとか拳銃の名前もいつの間にか覚えていた。
それに保安官バッジも必須アイテムでした。
ちゃんばらでは白馬童子や鞍馬天狗、隠密剣士、赤堂鈴之助などになって、やられたぁとやっていたのである。
こんな昭和な子どもって今時いるんかいな?

 そのとき、打ち合い、斬り合いの前に「覚悟しろ」なんて言っていたわけである。
わたしら昭和小僧の「覚悟はすべて」は幼少の頃からの筋金入りなのである。
で、覚悟と文学部の話ですが・・・

 そのような「覚悟」を過去の人々からメッセージとして受け取るには、読解力が必要だし、表現力が必要だし、また批判を受け入れるコミュニケーション力も必要である。
つまり、文科省などがもとめる学士力とか社会人基礎力というのは、目的ではなく、手段として鍛えられる力なのである。
それを目的にしてしまうから、なんだかヘンテコだなあと気鬱になっていたのである。
そういうことなのだな。
なるほどとそれが分かると、前向きにいまの仕事に取り掛かれるのでした。
よかった!
めでたし、めでたし。
posted by CKP at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

「謄写版またはガリ版」――お久しぶりの『昭和語広辞苑』

 アフリカや中東の民主化革命運動におけるインターネットの力が高く評価されている。
大絶賛と言ってもよい。
ウィキリークスの反権力活動も礼賛されて
「これからはインターネットの時代だ!」
ということが言われる。
確かにそれはそうなのだろうけど、こうなってくると、生来天邪鬼のわたしはチョット違うことを言いたくなってきてしまう。
インターネットのブログで言うのもなんだけど・・・

 なんだかね、謄写版つまりガリ版でシコシコとビラを刷って、「××闘争委員会です」とひとりひとりにビラを手渡ししていた昔が懐かしかったりするのです。
今の時代に、カリカリと蝋原紙に鉄筆で「●●を打倒せよ!」などというアジ文を書き、わら半紙を謄写版においてローラーにたっぷりインクをつけて刷ったビラを配ったら結構読まれるかも知れない、などと思ってしまう。
「おお」と言って熱心に読む人もいれば、ビラを受け取ったとたんビリビリと破いてゴミ箱に捨てる人もいる。
最初から受け取らない人もいるし、「君ら、毎日ようやるなぁ」と感心しているのかあきれているのか、とにかく声をかけてくれる人もいたりする。
いろんな反応があり、わが思いは、なかなか「我々」という共同性を構築できないなぁという現実と向き合ったりもする。
そういうコミュニケーションが懐かしかったりするのである。

 わたしは自慢じゃないけど、蝋原紙を破らずに2千枚ほど印刷する技術を持っている。
ふつうは千枚が限界(とウィキペディアに書いてある)。
ふつうは紙をめくる人とインキをつけたローラーを押す人の二人で印刷する。
それをわたしの場合、ひとりでひじをインクで汚しながらもクイックイッと2千枚刷っていくのである。
我ながらなかなかのアルチザンである。
これが、大学の最初の4年間での我が学習の成果である。
が、そのような技術はどこにも活かす場所がなく、その後4年間かけて勉強し直し大学院に進んだわけである。
ほんと、自慢になりません。

 そんなビラに比べてネットでの呼びかけは圧倒的な波及効果を持つようだ。
しかし、直接に知らない発信源からの情報に多くの人が一斉に動くというのは、なんだかね、チョット、怖かったりもするのです。
民衆の生活状況がそれほどひどいことになっているということなのでしょうが。
しかし、エジプトのあれだけのデモが一斉に引き潮のように消えて、今度はみんなで街を清掃します、というのも、なんだか不気味です。
「ひどい生活状況」はひとまずおいといて・・・というなんでしょうが。

 それに、今回の革命(未完ですけど)で利益を得たのが確実と推測されるのは、おそらくアメリカのインターネット産業というのもどうも気に入らない。
パソコンやスマートフォンはこれからアフリカや中東でも売れるでしょうね。
インターネット関連のソフト・ハード関連の企業は、大宣伝ができたわけです。
それを通じて、欧米の商品もどんどんアフリカや中東に入っていくんでしょうね。

 それにあのムバラクという人物も極悪非道の独裁者のように言われるけれども、よく考えたらあのくらいのデモとアメリカと軍におどされて未練たらたらで退陣する「極悪非道の独裁者」というのもなんだかよく分からない。
誇り高きアラブの族長が大きな国家の首長になり欧米風の贅沢を覚えて「独裁者」になってしまったんでしょうね。

いったいネットのなかで何が起こっているのか、誰が何をしているのか、よく分からないのは気持ち悪いなぁ、とおじさんは思ってしまうわけです。

 その点、謄写版つまりガリ版で印刷されたビラというのは分かりやすくてよろしいなぁ、といまさらながら思うわけです。
生身を呈して革命を訴える。
それに共感はするが、やはり今の生活があるからね、という人もいる。
「革命ごっこなんぞくだらねぇ」という人もいる。
お前たちにビラは撒かせない、という人もいる。
こういう生のコミュニケーションというのは、もうあり得ないのでしょうか?
インターネットのブログで言うのもなんだけど。

 わたしも退職したらこのブログも引退だし、そしたら「寺報」をガリ版でやってみようかな。
コピペできない貴重品で、ほとんどアート作品かも知れないし・・・
ああ、むかしの山ほど刷ったビラ、一枚も残ってないなぁ。
ビラというのは読み捨てられるものだから、ビラなんでしょうけれど。
残っていたらアート作品で値段付いたかも・・・ということはあり得ない。絶対にない。

posted by CKP at 16:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月15日

無理やり村が見張る木――村上春樹の「柄谷行人」論?

 村上春樹『雑文集』(新潮社)は、なかなか読み応えのある「雑文」集である。
和田誠と安西水丸のイラストもかわいいし・・・

 大庭健先生の『私という迷宮』(専修大学出版局)に寄せられた「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」やエルサレム賞受賞のあいさつの「壁と卵」、あるいはオウム問題や音楽についての、そして自著についての文章を読むと、村上春樹の小説が読みたくなってくるのであった。

 なかでも、読み応えというか、考え応えというか、アタマを抱え込んでしまったのが、3ページにも満たない「柄谷行人」。
つまり、村上春樹が柄谷行人について書いた文章。
読みたくなりますね。

 ところがこれがなんともヒトをくった文章なのである。
村上春樹ご本人は、この文章を超短編小説集『夜のくもざる』に「入れてもよかったんだけど、担当の女性編集者が柄谷氏のファンで「こんなの冗談にもなりません、まったくもう!」とあっけなく却下されてしまった」という文章。
要するに柄谷ファンを怒らすような文章なのである。
で、どんな文章かというと・・・。

ご隠居と熊さんの会話というか、いちおう落語風のお話。いや、お噺か?

 ご隠居が「隣の空き地の塀が囲いになったのを知っているか」と熊さんに問う。
小咄の超定石を少しひねった出だしなのである。
すると、熊さん妙な答え方をする。
「それは何かこう、平均的じゃない話題であるような気がしますね」
二人は「・・・・」としばし無言で向き合った後、ご隠居がイントネーションに作為を感じたとしてもう一度言ってくれと要請する。
「それは何囲う塀均的じゃない話題であるような気がしますね」
洒落だったのだが、熊さん自身「かなりこじつけで苦しいですが」と自己批評する。
  
 で、その塀が囲いになったのは飼っていた馬を見せるため、しかもその馬が読書する馬、しかもしかも、ただの読書じゃない。
その馬が読むのは柄谷行人である――とご隠居が説明。すると熊さん、すかさず
「参ったな。それは身体にこう、尋常じゃない行為ですよ」
しばしの沈黙の後、「もう一回言ってみろ」とご隠居。
「それは柄谷行人常じゃない行為ですよ」と熊さん。
隠居「なんか、疲れるなあ」
熊「どうもすみません。人格の一部なんです、これが」
 と、微妙なやり取りの後、ご隠居が言うには、いくらポスト・モダニズムが理解できても馬は所詮馬。
馬の分際でへんにむずかしいことを言うものだから、持ち主が気味悪がって処分されて挽肉になった。
それを受けて
熊「パニクって、反駁しようがなかったんだ」
隠居「……それ、もう一度言ってくれないか。濁音がちょいと不明確だった」
熊「だから、えーと、馬肉ってハンバーグ、しようがなかったと」

 とまあ、駄洒落の連発の「柄谷行人を読む馬」の小咄なのであった。
ね、何じゃ、これわぁー、と松田優作風に叫びたくなるような文章でしょ?

 村上春樹ご本人は「でも僕だってなにも柄谷氏をからかうつもりでこの文章を書いたわけではない。柄谷氏の本を読む馬がいたら面白いだろうなと思っただけです。それって、からかってるのかな?いや、そんなことは断じてない。」とマクラで書いておられるのですが・・・

「断じてない」という強い否定がかえってあやしいなぁ、と思って読んでいると、この駄洒落、ふつうの駄洒落、たとえば「当たり前田のクラッカー」という駄洒落とは少し性質が違うことがだんだん見えてくる。
洒落が、文章のなかに「隠し絵」のように埋まっているのである。
あるいはゲシュタルト心理学でいう「図と地」のように、視点をずらすことによって別の意味が前景化するというような洒落なのである。
視点をずらすことによって新たな意味を見出すなんて言い方もできる。
つまり、ポスト・モダンな洒落なのである。
ということは、この「柄谷行人」という文章、ポスト・モダンの実践小咄ということなんでしょうか?
となると、この小咄は「柄谷行人賛江的」なニュアンスをもつのであるが、こうゆう小咄でポスト・モダンするというのは「冗談にもならない」という可能性もある。
という訳で、どうも読む人の視点の取り方を批評するような小咄になっていて、そこが「柄谷行人」であるという、めんどくさい文章なのかな?とめんどくさく読んでみるのでした。

ああ、なんか疲れるなあ。
で、最後の熊さんの発言。
「いや……、その、つまりですね、……ははは、ご隠居それ素敵なシャツですね、ギャップですか?」

 これにどんな洒落が隠れているのか、ここ何日か、いろいろと視点をずらしたりしてアタマかかえてポスト・モダンしているわたしなのでした。
ホント、なんだか疲れるなぁ・・・
それに角は危険だし・・・
posted by CKP at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月14日

「親鸞フォーラム・仏教と生命」――録画配信開始

去る2月6日東京六本木ヒルズで開催された「親鸞フォーラム・仏教と生命――いのちのゆくえ」の録画(完全版)の配信が開始されています。
養老孟司・福岡伸一・織田顕祐の各先生の発言を木越康先生がコーディネートされています。

 養老先生の一人でごにょごにょ言って一人で受けている発言も、ビデオのほうが聞きやすかったりします。
2時間たっぷりの録画です。
寒い夜のお伴にどうでしょうか?

http://www.youtube.com/watch?v=SGZXb4UWTbs
posted by CKP at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月09日

立て!立つんだ・・・――ちばてつやに教わったこと

 各地から寄せられるお見舞いの暖かいお言葉により、わたしのぎっくり腰もだいぶおさまりました。
「立て!立つんだ・・・ジョー」とお声をかけていただければ、わたしはジョーではないけれど、なんとか腰をかばいながら立つことができるようになりました。
ありがとうございました。

 その(?)『あしたのジョー』が映画化されたり、また「ちばてつや漫画家生活55周年」ということで、ちばてつや先生のことが何かと話題になっています。

 思い返せば、わたしが小学生の頃、いちばん熱心に読んでいたマンガは『少年サンデー』では赤塚不二夫『おそ松くん』と横山光輝『伊賀の影丸』、『少年マガジン』では、ちばてつや『ちかいの魔球』(1961年〜62年)と同じくちばてつやの『紫電改のタカ』(1963〜1965)でした。
毎号買って読んでいたわけではないが、街に出たとき買ってもらうと、もうボロボロになるまで何度も読んだものです。

 『ちかいの魔球』は、あとの『巨人の星』などにつながる野球マンガ。
親元を離れてけなげにがんばる二宮投手が魔球を生み出してゆく物語。
川魚ハヤの動きを魔球に取り入れるのを、真剣に読んで、お寺の境内での三角ベース野球に応用しようとしていた小学生はわたしです。
今思うと、このマンガで「親元を離れる」ことの必然と心細さを学んだように思う。
それと「カツ丼」というものが、とてもおいしそうであったことが妙に印象に残っている。

 『紫電改のタカ』は、太平洋戦争時の戦闘機「紫電改」のパイロット滝城太郎の物語。
かっこいい戦法に胸をわくわくさせて読んだが、また戦争の悲惨さも強烈であった。
人が死ぬ、それもあっけなく死ぬということをこのマンガで学んだ。
しかし、このマンガは戦争における死を単なる勝ち負けではなく、一人の現実に生きてきた人間が死ぬ、という面を強調して描いている――最近、読み直してその思いを新たにした。
おそらく小学生のわたしは、このマンガから人間が死んでしまうということがどういうことかを教わったのだと思う。

 現在、日本のマンガが世界中で読まれる。
それは、それらのマンガが死をめぐる物語だからだ、というのがわたしの持論である。

 その日本マンガにおける死の描写ということで現在の作者に大きな影響を与えたのが、ちばてつやではないか?
『あしたのジョー』における「まっしろに燃え尽きた」ジョーや、実際に葬式まで行われた力石徹の死は、既に『紫電改のタカ』において描かれている多くの死を基礎としているように思う。

 なぜちばてつやは、小学生のわたしに死生学を授けることができたのか?

 『KAWADE夢ムック・ちばてつや』に収められているちばてつや自身の満州引き上げを描いた『家路1945〜2003』という自伝マンガを読むと、その秘密がたちまちに解ける。
のだけれども、その内容を文章で伝えるのは難しい。
戦争の愚かしさと悲惨さ、人間の死のあっけなさが、たとえば衰弱した子どもや老人をその家族がみずから殺したりした現実を描くことによって伝えている。
また引き上げ船での「カンパン」がどんなにおいしかったか・・・
その経験が、マンガでの食べ物の描写をリアルにする。
今まで何度も書いているけれど、このような「引き上げ者」であるちばてつや、赤塚不二夫そして佐野洋子というような人たちの死と生に対する覚悟というのは、何かとてもはっきりしたものがある。
からりとした諦念というか・・・

 そういう死生観があって、はじめて「あしたのジョー」は、原作者とケンカしながら『あしたのジョー』になったのだろうな、と思うばかりである。

というようなことはなかなか伝わらないと思います。
ちばてつや先生の『家路1945〜2003』や赤塚不二夫先生の自伝『これでいいのだ』(文春文庫)などを直接読まれることをお薦めします。
そして、佐野洋子先生の『シズコさん』(新潮文庫)、そのうち発刊されるだろう「死ぬ気まんまん」も。
posted by CKP at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月07日

腰痛し故に腰在り――思考のぎっくり腰としての哲学

 ぎっくり腰になりました。

 土曜日に、雪が日陰で氷になっているのを、ツルハシで「えいやっ」と割っていたら、ギクッと来て、どうにかこうにか家に入って横になったらもう動けない。
支えてもらたり、タンスに手を添えたりして起き上がり、食事するものやっと。
パンツなどとても脱げない。
靴下など遠い彼方である。
ひたすら天を仰いで寝るだけである。
「重い!」と言われながらの要介護状態。
それでも、トイレまでヨロヨロと到達しウンコしたときは、なんとか脂汗をながしながら慣れぬ左手で拭きました。
シャワレットでよかった!

 ほんとに、腰が自由になっている日常生活がどんなにありがたいものなのかが、いやがおうにもわかります。
ふだんの日常の在り様が、ぐっと前景化してくるわけです。

 寝返りもうてず、じっと天を仰ぎながら考えましたね。
哲学というのが、そのような日常を前景化することであるのならば、それは「思考のぎっくり腰」と言えるのではありますまいか?

 たとえば、日常なにげなく使っている言葉ついて考えるということは、言葉が自由に使えないような「ギックリことば」状態で言葉を考えるということである。
ギックリ腰のとき、「寝返りをうつにはふつうはここの筋肉を使って・・・」と確かめながら、普段のなにげない行動を改めて吟味する。
そのようにして、言葉がどのような働きをしているか考える・・・

 そのように人間がふつうに生きることを吟味することが哲学ならば、哲学は「思考のぎっくり腰」と言えるわけである。

 哲学は思考のぎっくり腰である、と言えたからと言って、何がどうなるものではないが、ギックリ腰になっても、タダでは起きなかった、ということでよろしいんじゃないでしょうか。
posted by CKP at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月04日

人生の味わい――わが友みな世を去りて

 先日、ゲーリー・カーというコントラ・バスをチェロのように弾く人のフォスターの歌曲と黒人霊歌を演奏するCDを流していた。
すると懐かしき「オールド・ブラック・ジョー」が聞こえてきた。
それは歌なしの演奏であったが、アタマの中では日本語訳がたちどころに流れていた。

若き日はや夢と過ぎ/わが友みな世を去りて
あの世に楽しく眠り/かすかに我を呼ぶ オールド・ブラック・ジョー
・・・・・・

などてか涙ぞ出(い)ずる/などてか心は痛む
わが友はるかに去りて/かすかに我を呼ぶ オールド・ブラック・ジョー
・・・・・・・

 緒園涼子という人の訳した内容は、おそらく元の詞とはニュアンスが違うのだろう。
しかし、初老のわたしにとってはまことにリアルな「訳詞」で、まさに「などてか涙ぞいずる」なのである。

 タヌキ先生とGPで食事しているときに、ちょいと森繁ふうに口ずさんだら、あのクールなタヌキ先生が「やめてくれよ、涙腺がゆるんでるから」と反応されていた。

 それにしても、こんな歌詞がいつ私のアタマに刷り込まれたのだろう?
中学か高校の音楽の時間なのだろうと思う。
こんな歌詞を唄わされたニキビ面の少年は何を思っていたのだろう。
が、ともかくも覚えたのである。
そして、50代も後半になってこの歌に再会して激しく心を打たれたのである。

 ありがたい教育だと思う。
この歌を学んで40年後に、はじめて、ありがたいと思う。
そんな教育が、人生の味わいを深めてくれるということもあるのである。

 ということを考えていたら、この一月に武生第二中学校時代の同窓生と武生高校時代の同窓生が、二人とも脳血栓で相次いで亡くなったというニュースが飛び込んできた。
ほんと、ただ茫然と「わが友この世を去りて」と口ずさむ外はないのであった。
旧友には、会えるときには会っておこうと思う初老のわたくしなのであった。
posted by CKP at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月03日

2月6日「親鸞フォーラム」――「仏教と生命――いのちのゆくえ」

 2月6日(日曜日)13時50分より、東京は六本木アカデミーヒルズで大谷大学の後援(真宗大谷派主催)で「親鸞フォーラム…仏教と生命――いのちのゆくえ」が開催されます。

今回のパネリストは、
 養老孟司先生と福岡伸一先生、それに本学の仏教学・織田顕祐先生。
コーディネーターをこれまた本学の木越康先生(真宗学)。

 理科系と文系でどんなお話になるのか?
あるいは解剖学者と生物学者と仏教学者でどんなお話になるのか?

 東京方面の方は是非是非ご参加ください、と書いて気がついた。
事前申し込みでもう定員に達してしまったのでした。
当日申し込みが可能かどうかは、03−5393―0810(真宗会館・親鸞フォーラム係)に問い合わせてくださいね。

 スミマセン。もっと早くに告知すべきでした。
反省。
posted by CKP at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする