2011年01月31日

雪は降る〜列車は来ない

 土曜日・日曜日と屋根の雪下ろしをして安心したのがいけなかったのか。
今朝起きたら、さらに60センチくらい積もっている。
越前市は116センチの積雪と伝えられているが、私の家の周りはどう見ても180センチくらいはある。

 雪の中を泳ぐようにして車庫にたどり着き、そこから境内をラッセルする。
クルマが途中で亀の子にならないように、広くラッセルしなければならない。
奥さんとほぼ一時間、やっと道路まで開通。
やれ出発と思ったら、北陸線は一本も列車が動いていないという報道。
疲れがどっと出る。

 昨日までの雪下ろしのときは、リズムよく、あせらず雪の性質に合わせてスコップを動かしていたのだが、急いで出かけねば、と力任せにラッセルしたのがいけなかった。
背中の筋肉痛が頭痛へと連続しだす。
寒気もする。
昼からからは、終日北陸線運休も決定したことだし、風邪薬を飲んで寝る。

 実は、昨晩、京都へ向かおうとも思ったのです。
が、その列車は24時間立った現在も今庄で立ち往生。
明日は、列車はどうなるか?
私が大学を休んだくらいで困る人は居ない(のがちと寂しい)。

 明日は明日の雪が降る。

 ゆーきは降るぅ〜カドワキ来ない
 ゆーきは降るぅ〜
どんな心に降るのかしらね。
posted by CKP at 22:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月27日

XはX――ゴム長おじさんのレトリック

 ゆえあって、ここ二,三日、雪の越前と京都のあいだを往復している。
雪の越前では、ゴム長が必需品である。
サンダーバード号に乗る前に短靴に履き替えるのが面倒で、昨日は、ゴム長のまま京都駅に降り立った。
さすがに他にゴム長の人物はいない。
列車から降りるのが少しためらわれた。

 とホームを見渡すと、ロング・ブーツの女性が歩いている。
それに勇気を得て、「ゴム長はブーツである」と思い、地下鉄にむかったのであったが・・・

 いや、やはり「ゴム長」を「ブーツ」と言いくるめるのは無理がありました。
ゴム長は、やっぱり「ゴム長」です。
大学に着くと、企画課のO田課長が面白がって写真を撮ってくださった(「くださった」と言うのとはちょっと違うと思われるが)

 彦根から通っておられるP先生は、軽蔑気味に「列車の中で履き替えるでしょう、ふつう・・」とのたまわれる。
「そのゴム長、どうするのさ?」
「袋に入れて持ってくる」
「ほー、イギリス帰りのジェントルマンはさすがに違いますな。そこまでファッションに気をおつけになる」
と、なんだか剣呑な雰囲気になってくる。
みんな、仲よくしなきゃね!

 しかし、「ゴム長はゴム長である」というトートロジーは、何故、かくも雄弁であるのでしょうか?
「XはXである」という同語反復は何も新しい情報をもたらさない。
ゆえに、沈黙の表現、つまり言語を絶した状態の表現のレトリックとして使用される。
「悲しいことは悲しい」(@西田幾多郎)
「本願は本願」(@曾我量深)
しかし、「ゴム長はゴム長」というのは、別に言語を絶した状態を表現しているわけではない。
ぜんぜん沈黙の表現ではない。
なぜ、このような違いが生起するのであろうか?

 というようなことを考えるのは、論理学というよりもレトリック論や記号論という分野。
わが哲学科ではそういう分野も視野に入れとりますので、興味のある方はぜひ!
「ゴム長はゴム長」に興味のある奴はおらんか?やっぱり・・・
posted by CKP at 18:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月24日

ヴォーリズの教育的建築とビーバーの巣――内田樹先生の最終講義拝聴記

 昔から川の中ほどに作られたビーバーのダム状の巣の断面図を見るのが無性に好きだった。
あるいは地底にどこかとつながっている湖がぽっかりと開けている空間が出てくる冒険小説が好きだった。
なんでだろうとずーっと思っておりました。

 先週末の土曜日、内田樹先生の最終講義を神戸女学院大学の講堂、ヴォーリズ設計の講堂で拝聴して、その長年の疑問が解けました。

 これは内田先生が今まで何度も書いておられたことです。
ヴォーリズの設計した学校建築は薄暗く、秘密の部屋が偏在している。
自分でそのような場所に出かけて行った者だけが、その秘密の場所や薄ぐらい建物から出た時の眩しい光のもとに広がる眺望に出会うことができる。
それは胎内から外へと出てゆくことだ。

 このようなお話ををヴォ―リズの設計した建物の中で拝聴し、そしてその静かな薄暗さの中から外へ出て眩しい光のなかに立ったとき、はじめてそのお話の内容がたちどころに腑に落ちたのでした。

 つまり、ビーバーの巣や地底湖が広がる空間は母の胎内。
そこから息をつめて水をもぐって、そして外の世界へ生まれ出る。
そんな感触をビーバーの巣の断面図を眺めながら反芻していたんですね。

 学校も社会に対しては胎内であり、産道であり、息をつめて外の世界に出る時間が必要なところということでしょう。
外に出るには、息をつめて思い切って進んでゆく体力と勇気が必要ということでしょう。

 日本の宗教的建築もそのような側面がある。
「戒壇廻り」などもその類だと思います。
小学生の頃、近所の浄土宗のお寺にありましたが、怖くて絶対に近づかなかった児童はわたしです。
だから、ずーっと学校のなかに生息しておるのでしょうか。
posted by CKP at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月22日

オオカミ少女、咆哮す――エレーヌ・グリモー神戸公演

 昨日は、神戸文化ホールでのエレーヌ・グリモー来日最終公演に行ってきました。
やはり、コンサートは一人で行くものではないですね。
帰り道、信号待ちしていたら中年男性二人連れが
「リストのソナタって、あんなに短かったか?」
「長さ、ぜんぜん感じなんだな」
思わず、その会話に入りたくなってしまいました。

 リストの30分以上もかかる一楽章形式のピアノ・ソナタが、まったく退屈することなく、あっという間に終わってしまったのでした。

 しかし、スタートはちょっとアブなかったです。
モーツアルトのイ短調のソナタ。
ホールの音響のせいもあるのでしょうか?
音がダマになって濁り、ミスタッチも目立ちます。
アジアカップの予選リーグの香川選手みたい。

 それでも第2楽章あたりから立ち直り、ベルクのソナタではその叙情的な側面が深く歌われていました。
そして圧巻は、休憩後のリストのロ短調のソナタ。
咆哮と沈黙、攻撃と慰撫といった感じで大変起伏にとんだ30分ほどかかるピアノ・ソナタ。
それが圧倒的な音量と鋭いタッチで、まったく飽きさせず一気に弾かれる。
昨日のカタール戦の香川みたい。

 そして、バルトークの農民舞曲集では不思議な陰影が味わえました。

 ニューヨークの郊外でオオカミと一緒に暮らしているグリモーの「魂の飢え」から発せられる声が聴こえたように思いました。
近代市民社会で抑圧された何かに対する「飢え」のようなものが訴えられているのではないかと。

 そう言えば、当日のファッションもコンサート・ドレスではなく、黒いズボンにトックリのセーター、その上に短いチャイナ・ドレス風のシャツをはおって颯爽と登場。
写真では小顔で華奢に見えるから小柄な人かなと思っていたら、けっこう背が高く肩幅もがっちり。
がくっと肩を落とすようなご辞儀が独特でした。
やはりあれだけの身体がないと、あれだけの音は出ない。

 それにしても、クラシックのコンサートって、あんなにお客さんが入らないのでしょうか?
グリモーに申し訳ないほど、ガラガラ。
関西での唯一のコンサートなのに。
 
 わたし自身、クラシックのコンサートは、20年前のアバド=ロンドン・フィル、ピアノ・リサイタルは30年ほど前のアルゲリッチ以来。
その頃は、お客さん一杯で、もっと熱気があったけど・・・
クラシックも、大学と同じで人集めに苦労してるのかなぁ、と妙なところで共感してしまいました。

 とにかく、今度またグリモーが来たら、絶対誰かを誘って行きたい!と思うコンサートでした。
そうだ、O木君を誘おう!
クラシックのコンサートって、ずーっと座っていて聴けるんですね、あたりまえだけど。
もう、ロック・コンサートの立ちづくめというのはきついわ、オジサンたちには・・・
posted by CKP at 13:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月20日

パーヴォとブレーメンの音楽――パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマー:フィルのベートーヴェン交響曲全集DVD

エストニア生まれ( 1962年)アメリカ国籍のパーヴォ・ヤルヴィが指揮するドイツ・カンマー・フィルハーモニー演奏のベートーヴェンの交響曲のDVDがよい。

昨年の暮れ、たまたまテレビで見たこの組み合わせの来日公演がよかった。
第5番つまり「運命」の第2楽章の途中にチャンネルが合って、「?」と思ったのがきっかけ。

諸君!運命交響曲である。
あだやおろそかに聴いてはならん!
と、ふつうは偉そうに説教くさく演奏される。
だから、わたしはベートーヴェンの交響曲が苦手で、この30年で一回しか聞いたことがない。
なんで、あんな大きな音で「苦悩を経て歓喜へ」と説教されないかんのや?

――ところが、そのとき聞こえてきたベートーヴェンは実に溌剌とした軽快な演奏だったのです。
なんだ?このベートーヴェンは・・・・と結局、最後まで聴いてしまいました。

 それで、京都から帰るまえ四条の十字屋さんでチラとみたパーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンのDVDボックス( 12,600円也!)を思い出したのでした。

「よし!これを、奥さんに内緒で自分自身へのお年玉にしよう!」

 それで、一晩一曲と決めて聞き出したのですが・・・。
第4番でたまらなくなり、一晩2曲になってしまいました。

 ドイツはボン、つまりベートーヴェンの生誕地での昨年の音楽祭で4日間での全交響曲演奏を収めたもの。
会場がだんだん熱気に包まれてゆくのがよく分かる。
軽快でユーモアにとんだ演奏なのに、聴衆は一晩ごとに興奮している。
演奏者ものってきている。

 第8番まで聞いたところで、付録のメイキング・ヴィデオを観た。
これが大変よくできた面白い作品。
指揮者とブレーメンの音楽隊が独自のベートーヴェン像を作り上げてゆくのが分かる。
カーンマー・フィルがフランクフルトの補助金を絶たれ、ブレーメンで自主運営の団体として出直し、自分達でお金を出し合いリスクを負って、演奏活動をする。
しかし、かえってそのことによって、独自の音楽観を持った音楽隊ができた。
演奏しているときの彼等の表情が実に生き生きしているんですね。
 
 ヤルヴィとこの楽団の演奏を聴いていると、また観ていると、難聴に襲われた作曲家が、それを苦悩の種として単純に否定するのではなく、かえってそこからモチーフの徹底的な展開という構造的な作曲という「歓喜」へと進んだ、つまり、難聴という音楽家にとって決定的不幸も作曲活動の要素に取り入れたのではないかと思えてきてしまう。
そこに、ベートーヴェンの時には少しグロテスクなまでのユーモアがあるのではないかと。

 そうやって、第9交響曲『合唱つき』を聴きました。
わたしは大変気持ちよく聴きました。
終わったときのヤルヴィと楽員たちの表情がいい。
もっともっと拍手の場面を見ていたい!と思ってしまうのでした。

 このコンビは、次はシューマンを手がけているようですが、それが終わったらモーツアルトへ逆戻りして欲しいと思っているのは、私一人ではないと思います。
また、そのときのヴィデオは、手元よりもう少し楽員の表情を映して欲しいと思うのはわたし一人ではありますまい。
posted by CKP at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月17日

センター試験「国語」問題を読む――鷲田清一「身ぶりの消失」より

 大学入試センター試験も終わりました。
お疲れ様でした。
国語の第一問は鷲田清一先生の文章でした。
こんな風に始まります。

 わたしは思い出す。しばらく前に訪れた高齢者用のグループホームのことを。
 住むひとのいなくなった木造の民家をほとんど改修もせずに使うデイ・サーヴィスの施設だった。もちろん「バリア・フリー」からはほど遠い。玄関の前には石段があり、玄関の戸を引くと、玄関間がある。靴を脱いで、よいしょと家に上がると、今度は襖。それを開けてみなが集っている居間に入る。軽い「認知症」を患っているその女性は、お菓子を前におしゃべりに興じている老人たちの輪にすぐには入れず、呆然と立ち尽くす。が、なんとなくいたたまれず腰を折ってしゃがみかけると、とっさに「どうぞ」と、いざりながら、じぶんが使っていた座布団を差し出す手が伸びる。「おかまいなく」と座布団をおし戻し、「何言うておすな、遠慮せんといっしょにお座りやす」とふたたび座布団がおし戻される……。
 和室の居間で立ったままでいることは「不自然」である。「不自然」であるのは、いうまでもなく、人体にとってではない。居間という空間においてである。居間という空間がもとめる挙措の「風」に、立ったままでいることは合わない。高みから他のひとたちを見下ろすことは「風」に反する。だから、いたたまれなくなって、腰を下ろす。これはからだで憶えているふるまいである。からだはそんなふうに動いてしまう。
 からだが家のなかにあるというのはそういうことだ。からだの動きが、空間との関係で、ということは同じくそこにいる他のひとびととの関係で、ある形に整えられているということだ。
・ ・・・・・

と、これでだいたい四分の一。
難しい哲学用語は使われていません。
すらすらと読めるのですが、しかし、そうとう微妙な問題を扱っているので、入試という緊張した場面で、この文章を読むのは大変だろうと思います。
それに内容に関する5択の設問を解くというのは、問題作成者の意図を読み取ることだから、この文章とは違う難しさがある。

 以前、鷲田先生ご自身が、ご自分の文章が使われていると問題を解いたところ「間違った!」ということをお聞きしたことがあります。
設問を解くのと、文章を読み取るのとは少し違うのでしょう。

 さて、ここまでの文章は、ある「暮らし」が営まれてきた「空間」での、別の暮らしを憶えている「からだ」のふるまいを論じた文章です。
概念的に明確に区切られた主体のあり方ではなく、「暮らし」とか「身ぶり」とかいうリアルではあるが、定義があいまいな言葉で論じられています。
また主体中心ではなく、「空間の中」という場面での「からだ」の動きが論じられています。
急いで読むとそのあたりが読み取りにくい。
また、今の受験生にとって、「木造の民家」での「挙措」というのも、なかなか想像しにくいだろうと心配になります。
今の18歳に、座布団をやり取りする、という光景が分かるかどうか・・・

 おそらく、鷲田先生は現代の読者のそんな戸惑いを予想されたのでしょう。
まるで映画の導入のキャメラのように書き出しておられます。
石段―玄関の戸−玄関間−襖・・・そして、読者は「その女性」といっしょに呆然と立ちすくむことになります。
(わたしは最初ここで、一瞬、誰が立ちすくんでいるのかわからなくなりました。)
そのようにして、いつのまにか、鷲田先生の文章の「風」に応ずる読み方で読み進む・・・

 こういう文章を、55万人の受験生が時間制限のなかで眼を血走らせて読むというのは、なんだか胸が痛くなります。
そして、内容をチャッチャッと、5択で片付けるのは、あまりにもったいない。

 しかし、あとで、予備校や高校で、多くの受験生にじっくり読まれ、「暮らす」「住む」という具体的な生き方が反省される機会が訪れるのを喜びたいと思います。

 「生きる」とか「主体」という抽象的な領域にとどまるのでなく、「暮らす」「住みつく」「身ぶり」というような具体的な場面を含めて考えてゆく。
それが「臨床哲学」的思考なのでしょう。
わたしも、常にそのような思考を忘れないようにしたいと思いました。
posted by CKP at 20:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

好きだから好き――哲学はなぜむずかしいのか?

 哲学はむずかしい。
それにはいろいろと理由があるだろう。
たとえば、言葉の難しさ。
ノエマとか絶対矛盾の自己同一とか・・・
しかし、これらは「慣れればおいしいクサヤの干物」であって、何年かこれらの言葉につきあっていればなんとかなる。

 ややこしい理屈も、じっくりとたどっていけばこれもなんとかなる。

 なんともならないのは、理屈が成り立たないところを理屈で理解しようとするということであろう。
これがおそらく哲学の難しさ、ややこしさという急所であろう。

 たとえば、「僕は彼女が好きだ」というところに理屈を立てようとするようなものだ。
気がついたら好きだったのであるから、理屈もへったくれもない。
そこでは主体的に判断・選択する中枢的機能は失われている。
ゆえに、「好き」から逃れることができない。
この事態をどのように考えたらよいのか?
要するに「悲しき片思い」をどのようにしたら乗り越えられるのか?
そこを理屈で考えようとするのが、哲学者つまり愛知者である。


 哲学者って、きっとモテなかったんだなぁ・・・

 気がついたら「私は私であった」のに、そこを理屈で説明しようとする。
こんな私じゃイヤ!
そこを理屈で突破しようとする。

「私はなぜ私であり、そしてその私はなぜ死んでゆかねばならないのか」
これを理屈で納得しようとする。
するとそれはとんでもなく難しくなるのである。

 そして究極は、どうゆうわけか理屈を好きという状態をどのように乗り越えるか。
理屈好きという人間の病気をどう突破するか?
言葉を話す限り突破できないこの病気とどのように共存するか?

 そこを理屈つまり言葉で考えるというところに哲学の難しさがあるのではあるまいか?

 そう思って、哲学をやると、哲学がいっそう面白くなるんだな、これが。
posted by CKP at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

スミマセン事始め――休講のお知らせ

「ヒデキ!カンレキ!!」とあほな事を書いて、一人でうけて、ゲラゲラと笑っていたらバチが当たりました。
明日の8日の土曜日は、10日の月曜の振り替えで授業をする予定だったのですが、お葬式に参列せねばならないことになって、休講します。
いきなりのスミマセンです。

 地元の坊さん仲間の長老が91歳で亡くなったのです。
いろいろとお世話になった方なので、お葬式に参列させて下さい。
お葬式のあと急いで帰洛すれば授業できないことはないと思っていたら、今度は妊娠6か月の早産で亡くなった赤ちゃんのお葬式をせねばならなくなりました。
妊娠6か月だと「死亡届」が出るのかどうか微妙なところですが、とにかく内輪の「お葬式」をしたいとのこと。

 91歳の大往生と、母親の胎内での6か月の命。
なんだか複雑な気持ちです。
とりわけ、待望の赤ちゃんだっただけに、若い夫婦の悲しみを思うと、何と言って慰めていいのやら、気が重いです。

 91年のあいだ娑婆で四苦八苦されたから「大往生」というのも、よく考えたら妙なものです。
娑婆に縁がなく、お母さんの胎内で命を終えた赤ちゃんが可哀そうだ、というのも、生きている人間の驕りかもしれません。
しかし、その赤ちゃんの命の感触を6ヶ月のあいだ育んだ若いお母さんの悲しみは、やはり悲しみです。
その子と娑婆の四苦八苦を共にしたかった―ーなのに、いきなり死別の「苦」「愛別離苦」に直面してしまったのですから・・・。

 今できることは、悲しみを尽くしてゆくことしかないように思います。
それを通して、生きることの「有り難さ」を受け取っていくことだろうと思います。
おそらく、それがその赤ちゃんからのメッセージにだろうし、無限の生命からのメッセージなのだろうと思います。
posted by CKP at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月06日

しんしんと雪しんしんと里の春――無茶

 新年明けてちょっと経ちましたが、おめでとうございます。
本年も哲学科教員ブログ、とりわけCKPをよろしくお願い申し上げます。

 三が日の年頭行事でちょっとバテて、新年のご挨拶が遅れました。

 わが寺の新年は、除夜の鐘とともに、村中の人々が本堂にお参りにこられて明けます。
雪の中、白い息を吐きながら、村中のお寺や神社を回ってこられます。
わたしは、本堂に座って、お参りにこられた方々一人一人と「あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりました。本年もよろしくお願いいたします」と型通りのご挨拶を交わします。

 久しぶりに会った方とは、少しお話もします。
マサハルさんは今年は還暦だとか・・・
とするとわたしもあと3年で還暦。
とすると、西城秀樹氏はあと4年で還暦。
確実に予言できるのは、その年、西城氏は「ヒデキ!カンレキ!!」と言うにちがいないということである。

 本年、最初に到来した観念はこの「ヒデキ!カンレキ!!」でした。
きっと、良い年になると思います。
posted by CKP at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする