2010年05月30日

されど「我々わぁー」の日々――こんなこと書いてる場合じゃないのだけれど

 「されど『我々わぁー』の日々」というタイトルを思いついて、一人で受けているのはもったいないので、タイトルだけでもとブログしました。
どこが面白いかとゆーと、という解説はさておき、いしいひさいちのマンガの「我々過激派わぁー」という一シーンを久しぶりに思い出して、ついでにホンモノの「我々過激派わぁー」というシーンを思い出したのである。

 あれは京大文学部新館前、昼休みいつもの通りせこい集会をやっていたときのこと。
Y君が、ハンドマイクでいきなり「我々過激派わぁー」とアジテーションしたのであった。
その前に体育坐りをしていた「我々」はずっこけましたね。

 カンちゃんだったか、デンコさんだったか、「自分で言うんじゃねぇーよ、ばーか」と言っていた。
「ばーか」と東京言葉だからカンちゃんか?それともO木か、タニカワか?

 これがいしいひさいちのマンガのシーンの前だったか、後だったか、思い出せない。
デンコが「いしいひさいちって、オレらの生態をどっかでスパイしているんちゃう?」とか言っていたように覚えているから、Y君の「我々過激派わぁー」の方がさきだったのかな?

 高校の同窓会では「カドワッ君て、大学行っておかしなったと聞いた」とか「河原町でデモしてたでしょ?」と話かけられたり、柄谷先生の組合活動のお話を聞いたりで、まったく忘れていたことを思い出してしまった。
いったいどこにこんな記憶があったのだろうと思う。

 てなことを、懐かしそうに書いている場合じゃない。
明日締め切りの論文は半分も書けていない!
ところがだ、中間部分の資料を大学に忘れてきているのに先ほど気がついた。
エーイ、資料なしで書いたるか?!
(それともサッカー見ちゃおうかなー)

 あ、学生諸君はこんな真似しないよーに。
アタマのいろんなところに訳の分らん記憶が地雷のように埋め込まれているおじさんにだけ許されることだからね。
ということで、明日は爆発しているかも知れません。
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2010年05月28日

「我々わぁー・・・・ねばならない」――倫理の挫折

 昨日の池上哲司・柄谷行人両先生の講演会は予想通り、池上先生は「兄弟げんか」という日常場面から問いを立てられ、柄谷先生は交換モデルによる世界史の検証というヘーゲルもびっくりのビッグ・ピクチャーを開陳された。
日ごろ、大学内の細かい問題にアタマを抱えている私のような小人には、柄谷先生のお話は大きすぎて、なんだか遠い世界の出来事のようでよく分からなかった。
スミマセン。
6月23日(?)に出るという『世界史の構造』(岩波書店)でよく勉強します。

 それに対して、日常場面から説き起こされる池上先生の話は、それを我流にセコクして聞いていたので、いろいろ考えさせられる刺激的なお話であった。

 いきなり「要するに」と、まとめてしまうけど、60年代から70年代にかけて「我々わぁー・・・断固として・・・せねばならい」が挫折した後、どうなったかという問題として、考えたのであった(先生ご自身のお話の内容は、それとはまったく関係ない)。

 この「我々わぁー・・・・断固として・・・せねばならない」という言い回しは、お若い方には分からないかも知れないが、1970年前後の学生運動の、それも自称「新左翼」、他称「過激派」の学生運動のアジテーションの基本的な言い回しである。
これは、哲学的に見れば、カントの定言命法を採用した言い回しと言える。
「君は、君の格律が普遍的法則となることを、当の格律によって同時に欲し得るような格律に従ってのみ行為せよ」(岩波文庫版『道徳形而上学原論』、85ページ)

 つまり、私の行動原理が「我々」という普遍の行動原理と重なるようにと意欲して行動せよ。
さらに、つめて言えば、「我」と「我々」が重なるように行動すべし、ということである。
ゆえに、我々は常に「我々わぁー」とハンドマイクで連呼したのである。
したがって(?)、この輩は健さんの、つまり高倉健さんの東映やくざ映画が大好きである。

 池上先生が講演の中で、
「今、『我々は』と言いましたけど、『勝手に我々の中に入れるな』という方がおられるかもしれません。ですから、少なくとも「私は」といいましょう」
と、注釈を入れるのをお聞きしながら、私の場合は、こんなことを思い出していたのである。

 「我々わぁー」と連呼するのは、自由であるが、しかし、このようにその「我々」が普遍的「我々」であることを保障するものは何もない。
もちろん、論文においては、我と我々が重なるように、論理展開するからこそ、「我々」という主語で進めるのである。
しかし、その論理に同意しないものは、「ナーニが我々だぁ?」という態度でその論文を読むことになる。
学生運動の「我々わぁー」の場合はもっと悲惨で、世間一般からは「過激派」というレッテルを貼られ、きわめて忌避すべきグループとして、世間から排除されていた。

 いしいひさいちの『バイトくん』で安下宿共闘会議の面々が集会を開いているとき、
「われわれ過激派わぁー」
とアジ演説する場面があった。
仲間からは「こら、自分で言うんじゃない」という突っ込みが入ったのであるが、そこには、バイトくんたちの「我々」は世間一般の普遍的我々とは隔絶しているという苦いに認識がコミカルに描かれていた。
安下宿共闘会議の主張は、永遠に受け入れられないのである。

 池上先生がボンへッファーを引いて指摘されていたように、「我々は・・・すべきである」という「「当為」が現れるのは、交わりが破られたり、秩序が脅かされるときであり、秩序が戻れば当為は沈黙する。」
逆に言えば、安定している秩序を破壊し新たな秩序を構築しようとするとき、新たな「我々」で現在の「我々」を解体しようとするのである。
 しかし、その新たな「我々」はついに普遍的な「我々」にはならなかったのである。

 こうなってくると、この歩みはカント、昨日池上先生も柄谷先生も言及されていたカントの道ではない。カントの「我々」の彼方には最高善があるが、「我々わぁー」の挫折は、その彼方を夢見ることはできないのである。
しかし、「仁義なき戦い」をいつまでも続けるわけには行かない。

 会場からの質問に池上先生がクリアに答えておられた。
「倫理が挫折したとき、二つの道がある。倫理を放棄するか、それとも、それでも倫理を追及するか。私は、倫理を追及したい」(言葉通りではない)。
このときの池上先生は、ちょっとカッコよかった!

 しかし、その、ついに完成しない倫理の追及を促す力は何なのか?
あくまでも、「我々」を希求する力はどこから来るのか?
共に生きようとする意欲はどこから来るのか?

 柄谷先生もおそらくそこを考えようとしておられたように思うが、残念ながら、私の場合、今、「ヘーゲル流の我々の導出」ということで論文を書いており、そのことで頭がいっぱいで、柄谷先生のカント的論理にはついていけなんだのです。

 そのヘーゲル的我々の導出とは・・・・
ふふふ、書けたときのお楽しみ。
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2010年05月24日

池上哲司VS(?)柄谷行人――大谷学会春季講演会

 今週の木曜日、つまり5月27日の午後1時より、大谷大学講堂において大谷学会春季講演会が開催されます。

 講演は、本学哲学科教授の池上哲司先生の「倫理の場所」、そして評論家の柄谷行人氏の「世界史の構造について」。
時間は、質疑応答も含めてそれぞれ1時間半ぐらい。

 別に対談するわけではないが、思考方法がおそらく真逆のお二人の講演を続けて聞けるのは、なかなかスリリングな講演会ではあるまいか。
どのように「真逆」であるのかは、聴いてのお楽しみである。

 池上哲司って誰?柄谷行人って何者?というお方は、「院生ブログ」を参照してくださいね。
posted by CKP at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

帰らぬ日々――福井県立武生高校同窓会

 昨日は、わが母校福井県立武生高校の1973年卒業の同窓会に出席した。
10クラス400名余りのうち、半数近くが参加。

 クラス同窓会は卒業後何度かあったので、同級生の老け顔にそれほどおどろかなかった。
私のクラスは理数科で女子が2名だけの男臭いクラス。
3年間ズーっと一緒で、おそらくそのあいだ一度も女子と口をきかなかった奴もいたはずである。
その連中が、ちゃんと結婚してそしてやたらと雄弁になって今の仕事にについて語るのには感慨深いものがあった。

 しかし、問題はほかのクラスの女子である。
学年全体の同窓会は卒業以来初めてである。

 パーティ会場ではクラスごとにテーブルを囲むのであるが、我々のクラスはクラス仲間と談笑しつつも、目はほかのクラスの女子を追っている。
しかし、女子というより55・56歳のおばさんたちに昔の面影を見いだすことができない。
というより誰が誰だかさっぱり分からない。

 かろうじて、生徒会(!)で一緒に活動していて、私のクラスの男子と当時付き合っていたWさんを見つけて挨拶した。

 「わ、カドワキ君、ふけたねー」というような反応を期待したのだが、Wさんはいたって冷静に、
「さきほどもМさんからもお声をかけていただきました。お覚えていただいてありがとうございます」
と挨拶を返される。

 37年の月日が流れるということはこういうことか、と思う。
高二の頃だから38年ほど前、生徒会室で夜遅くまでワイワイやっていた日々というのは、遠い遠い過去の彼方。
一気にそんな日々まで戻れるはずもない。
イヤ、時間をかけても戻れないのだろう。
なんだか妙にさびしくなったが、それだけに懐かしくもあった。

 ましてや振られた女子に声をかけるなんて出来やしない。
ユーミンが唄うように「夢はさわらぬほうがいい」(@「むかしの彼に会うのなら」)ということである。

 寺の用事で行けなかったが、第一部では松原君、ユーミンのバックでずいぶん長くギターを弾いていた松原正樹君のスペシャルバンドが「卒業写真」も演奏したようだ。
やっぱり、思い出は卒業写真の中だけなのかもしれない。

(余談であるが、今私がこうしているのも松原君のおかげである。
高校時代、S君とI君と私の3人でブラザース・フォアのコピーバンドを作り、I君の家で練習して、「女子にもてる」という状況を夢見ていたのである。
しかし、文化祭で松原君が、ギターをギンギンに演奏して、女子が憧れの目をして聴き入っているのを見て、ミュージシャンで「もてる」という道はすっぱりとあきらめたのでした。
というわけで、今の私になったのです。
ホント、松原、カッコよかったよなぁー、悔しいけど)
posted by CKP at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

発見の喜び

全体を見て「ここは誤りである」と指摘した場合、この言葉はどういうことを意味しているのだろうか。まず、「ここは誤りである」という表現は、「ここ以外の部分に誤りはない」「これ以外の部分は正しい」ということを前提しているのではないだろうか。だとすれば、「ここは誤りである」という表現は、「ここを修正さえすれば、それは全体として正しくなる」「ここを修正さえすれば、それはさらによくなるだろう」ということを志向しているのではないだろうか。

だがぼくたちは、というか少なくともぼくは、自分よりも年若い者と接するとき、とりわけ学問にかかわるときには、そうしたニュアンスをすっかり省いてしまって、「誤り」の部分にのみ目を向けてしまいがちなのだ。そしてやっかいなことに、“学問的な厳密さ” を口実にしてそういったアンバランスさを大目に見てもらおうと甘える。

「誤り」にこだわる理由は簡単だ。全体のなかにわずかに見え隠れする誤りを探し出すことは、“発見の喜び” の相を呈するからだ。曖昧に隠れているもの、不明確なままであったもののなかから明確なものを見つけることが学問の喜びだとすれば、こうした “誤りの発見” は学問の喜びと境を接しかねない。学生と対峙するとき、ぼくたちは上のような削ぎ落としてしまいがちなニュアンスを掬い上げ、表現するようつとめることも大切だと思う。
posted by pilz at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月21日

閑照なる声――上田閑照先生講演会

 来たる5月29日(土曜日)午後、大谷大学メディアホールで上田閑照先生の「世界における「無の思想」――西田幾多郎、鈴木大拙、西谷啓治」というご講演がある。
日本学士院の講演会で先生の講演は、3時ごろから。

詳しくは、
http://www.otani.ac.jp/news/nab3mq000000lryq.html
を参照。
ただし、当日席には余裕があるので、事前申込がなくてもオッケーとのこと。

 しかし、かく言うわたし自身は、大学の用事があってご講演を拝聴できない。
実は、昨日も上田先生は大谷大学のある研究会で、こちらでは清澤満之についてのお話をなさっている。
これも大学の用事があって聴けないと思っていたのだが、その用事が案外早く終わったので、後半40分ほど、お話を聴くことができた。

 途中から会場の演習室に飛び込んだので、お話の流れはよく分からなかったが、しかし、そんなことは気にならなかった。
講演というよりも演習という感じのお話。

 テキストを明晰に鋭く分節しながら読み進めていかれる。
こんな読み方ができるのか、とびっくりするような読みをさらさらと風のように話される。
学生時代の演習を思い出しながらお聴きした。
しかし、ノートを取ろうという気にはならなかった。
深く静かに話を進めていかれるそのお声を聴いているだけでよかった。
どこかに、漱石的なおかしみもあって、なんだか、小三治師匠が10年後だとこんなふうに話すかな、というそんな感じだった。

 もう「芸」になっているんですね。

 というわけで、先生にとって一番大事な西田幾多郎・鈴木大拙・西谷啓治について、どんな語りの芸が展開されるのだろうと思うと、29日の講演が拝聴できないのがホント悔しいのです。
もちろん、録音であとで拝聴しようと思いますが、やっぱりライブは凄いです。
というわけで、昨日はナマのライブを拝聴できたので幸せでした。
posted by CKP at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

学ぶ力が就業力――大学をヴァージョン・アップ?

 中教審や文科省が次から次へと大学にヴァージョン・アップを求めてくる。
たとえば、この4月に発表された「大学生の就業力育成支援事業公募要領」には次のように述べられている。

「現在の厳しい雇用情勢において、新卒学生の就職率向上、学生の資質能力に対する社会からの要請や、学生の多様化に伴う卒業後の職業生活等への移行支援の必要性等が高まっている。
 これまで、文部科学省では、キャリアカウンセラーの配置など進めてきたところであるが、根本的な解決に至っていない。
 これらを踏まえ、就業力の育成に主眼を置いて、全学的に教育改革を行おうとする意欲を持つ大学に、競争的な環境の下、国として緊急かつ協力に支援することにした。」

「競争的な環境」と述べられているが、昨年12月の中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』では、次のような文言が見える。

「従来の改革の背景には、新規参入を促進し、学生獲得の競争を活発化させることが、教育の質を向上させる有効策であるという考え方もあった。今後の大学改革に向けても、そうした主張が依然として見受けられる。
 しかし、このような、いわば市場化した改革手法のみでは、教育の質の向上について十分な成果を期待することはできない。大学の多様化が単なる無秩序に陥り、日本の大学全体の国際的な信用や信頼性を失墜させるような結果を招来してはならない。」(第1章の4)

 12月には競争はまずいと言っているじゃないか、と怒っていると、その文章の数行あとに
「学士の質の保証を図るために必要なのは、第一に、大学間の健全な競争環境の中で、各大学が自主的な改革を進めることである」とある。

 文科省はどうあっても「競争」を大学間に持ち込みたいようである。
大学間で競争させて、何を期待しているのであろうか?

 さて、その競争で育成しなければならない「就業力」とは何ぞや?

 中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』には次のように述べられている。
「大学が学生に身につけさせようとする能力と、企業が大学卒業生に期待する能力が乖離しているとの指摘もなされている。近年、「企業は即戦力を望んでいる」という言説が広がり、学生の資格取得などの就職対策に精力を傾ける大学が目立っている。
 しかしながら、実際に企業の多くが望んでいることは、むしろ汎用性のある基礎的な能力であり、就職後直ちに業務の役に立つような即戦力は、主として中途採用者に対する需要であると言われる。
 こうした例に示されるように、大学は、企業の発する情報を必ずしも正確に理解していると言えず、企業も、自ら求める人材像や能力を十分に明確に示し得ていない。」(第2章。第1節)

 「企業は即戦力を望んでいると資格取得をすすめる大学は企業の情報を理解する能力がなく、企業も自分の望む大卒者像を明示できない」ということである。
なんだか、大学も企業も踏んだりけったりですね。

 そして、答申は次のように続ける。

「こうした中、国としては、基礎力の養成を求める産業界の意向を踏まえた政策的な対応も始まっている。」

そして注記に、厚生労働省「若年就職基礎能力」、経済通産省「社会人基礎力」という提起は「産業界の期待・要請を簡明に表現したもの」であると賞賛している。

 どうもこのような「力」が、文科省では「就業力」と表現されているように思われる。

つまり、「国」としては、そのような「力」が大卒者に、あるいは若者に欠けている現状を憂いておられるのである。
それはどういう状況であるのか?
文科省のお役人は次のように述べておられる。

「約6割の高校生が大学、短大に進学しているという状況の中で見ると、その個々人に、全部あなたの頭と心の中で、大学で教えてもらったことや大学の交遊活動や部活動で学んだことを統合化しなさいというのは、やはりなかなか難しいだろうと。そういうことで結局は、企業の求める人材とマッチングしない。あるいは、せっかく就職しても、すぐにやめてしまうというような問題になるわけです。」(『大学と学生』2010・4、p.3)

 要するに、就職してもすぐにやめないで、明るく朗らかにそして粘り強く働く学生を求めているのである。

 しかし、それって、キャリヤ教育とかなんとかとか言うよりも前に、大学なら大学における学生の本務遂行がきっちりできていれば、自然と身につく力じゃないのか?
大学での本務が遂行できないものが、企業でなら本務が遂行できるということにはならないだろう。
とりわけ、本学においては卒業論文に真剣に取り組めば、自然と学びが統合されて、結果として身につく能力じゃないのか、就業力とは?

 なんだかんだと競争に振り回されるよりも、そしてそれで何か精力的にやっても、それは「正確に理解していない」などといわれるのがオチであるのなら、何よりも、現在の教育研究体制をより深化してゆくのが王道であろう。
 つまり学生のworkを深めることによって、社会人のworkにつなげるのである。
もし大学においてキャリア教育というものがありうるとすれば、それは学生のworkも社会人のworkも、その根本においては違いがないということを自覚させることであろう。
 もちろん、文学部の学ぶ力がなぜ「働く力」に直結するのかについては、少し説明が要るであろうが・・・しかし、今日はこれまで!
 
posted by CKP at 13:13| Comment(0) | TrackBack(1) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月14日

プロジェクトI――遂行の文法

 そもそも無理筋のプロジェクト、つまりプロジェクト:インポッシブルが破産したり遂行されたりするとき、3つのパターンがあるのではないだろうか。

 その1
 ノーテンキなオヤジが、夢のようなプロジェクトを語る。
たいへんなロマンチックなすばらしいプロジェクトなのだが、いかんせん現実味がない。
それが語られるだけなら罪がないのだが、時としてこのオヤジがそれなりの権力を持っているときがある。
すると、そのプロジェクトが実行に移されるのだが、周りは最初から無理と判断しているから、その判断の正しさを証明すべく、プロジェクトが失敗するように行動してしまう。
よって、そのプロジェクトは夢幻に終わる。
坊ちゃん首相に対するマスコミなどこのパターン。

 その2
 とにかく新しいプロジェクトが提案されると、即座に「無理です」と反応する官僚パターン。
現場をよく知っている者からすると、新しいプロジェクトは常に、現場に無知な者の夢物語にしか見えない。
冷静な判断ではあるが、常に現状維持にしかとどまらない。

 その3
 茫洋とした指導者のプロジェクトに「それは、この問題とあの問題をクリアすれば実現します」とその実現に向けて動く懐刀パターン。
無理という判断はパターンその2と同じなのだが、表現が違う。

 「ここをクリアすればオッケー」というのと「これが障害となって無理」というのでは、事態は同じだが、気持ちの向きが正反対となる。

 そのカミソリのよう懐刀は、茫洋としたプロジェクトを意義を言語化し、無理かなと思っている現場を説得し実現に向けて動く。
それを見て、茫洋とした指導者も「このプロジェクトにそんな意味があったのね」などとビックリしたりする。
このような指導者は深い洞察力と動物的な勘で動くのだが、それを一般人に分るように表現できないのであるし、自分でも実はよく分っていなかったりするのである。
故に、懐刀を必要とする。
というか、懐刀を得てはじめて、歴史的な指導者となったのであろう。
毛沢東に対する周恩来みたいなものである。

 首相に対しての「懐刀」は官房長官なのであろうが、そのあたりが坊ちゃん首相の不幸なのかな?
いや、あの官房長官はとんでもない「昼行灯」なのであろうか?
posted by CKP at 23:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月08日

戒律の現在――古くて新しい問題

 学監などというエラソーな役につくと、学内でパワハラやアカハラそしてセクハラなどややこしいことが起こるなよ、と毎日過ごさねばならない。
また、この立場で暴言を吐けば、パワハラと告発される可能性もあるから、あまり上品な口をきくことの出来ぬ私は、気の休まる暇がない。

 が、よく考えれば、古くは仏教のサンガの「戎律」から現代の教育機関でのハラスメント防止策に至るまで、修行者集団・教育機関では常に問題になっていた事柄である。
そのような集団の維持運営には、皆さんそれぞれ苦労なさっていたのだな、と身にしみて分かるのである――こういうことを、身体で理解できるのも学監の役得である(と思わねばやってらんない)。

 プラトンの『饗宴』なども、おそらくアカデメイアの運営において、真実へのエロスを人物に向けるべきではない、という「戒律」的側面もあるのではなかろうか。
「医師としての分別」を強調するフロイトも、そのような問題に苦労したのであろう。
カトリックの「懺悔」では、その辺が緩んでしまって、現在ボロボロになっていおる。

 浄土真宗の場合はどうだろう。
たしかに、親鸞は無戒の道を選んだ。
しかし、それゆえにこそ「わが弟子ひとの弟子」というアカハラ・パワハラ状態を回避するため、「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」と宣言したのであろう。
「わが弟子ひとの弟子」という表現には「あいつの弟子になるのなら・・・」というパワハラ・アカハラ的側面が感じられる。
逆に言えば、師・弟子の関係がはっきりしている禅宗などでは、「戒律」的な自己陶冶がなされていなければならないということである。
そのような戒律がないところでは、弟子たちの激しい内ゲバが展開される。
思い当たる事象に事欠かないですね。

 つまり、このような問題は真理への欲望が活気づくところでは、常に問題になることであり、しかし、それゆえに、きわめて本質的な問題なのであろう。
また、「戒律」的なものが「洗脳」とセットになってカルト教団を形成したりもするから、ややこしい。
「戒律」というのは、決して古臭い問題ではないのだな、今さらながらと思うのであります。




posted by CKP at 17:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月05日

パリの大谷人――日仏シンポジウム

 今頃、告知しても遅いのであるが・・・
本日5月5日と6日、パリはフランス国立高等研究院で、そこの宗教社会学部門の先生方と、大谷大学真宗総合研究所の国際仏教班の先生方とで、「宗教と国家のアイデンティティー」をめぐるシンポジウムが開催されている。
わが哲学科からはPILZ先生と(藤)先生が、真宗学のI上先生、フランス語のBB先生らとともに参加されている。
今現在、パリにおられる方がいましたら、ちょいと覗いてみてください。

 4年前に大谷大学で開催された日仏シンポの第2回目である。
あちらも文教予算がなかなか採れないらしく、延び延びになって4年後の開催になってしまった。
つまり、ワールドカップと同じ周期ということである。
が、あちらのメンバーにジダンがいるというわけではない。


 という訳で、それにちなんだ話題をと思っていたのだが、連休はお寺の仕事が昨日まで忙しく、今日はひたすらボーっとしているので何も思いつかない。
それでもフランスといえば、フランソワーズ・アルディなどと考えて、先ほどネットで調べていたら、「さよならを教えて」を唄うフランソワーズの動画があった。
http://www.youtube.com/watch?v=s7wIzUOaJ4I&feature=related
いい時代ですね。

 ところがその近くに「まちぶせ」の動画もある。
なんで?と思って調べると、ユーミンの「まちぶせ」はフランソワーズの「さよならを教えて」を下敷きにしているそうな・・・
なるほどねぇ・・・「さよならを教えて」の印象的なイントロから「まちぶせ」へすっとはいれるんだなぁ・・・と今頃感心しているこどもの日でした。
posted by CKP at 14:12| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする