2010年03月31日

ミッション・インポッシブル・イン・大谷大学――「自信教人信の誠を尽くす」

 明日4月1日は、大谷大学の入学式。

 この大学の開校の意義を初代学長・清澤満之は、今からおよそ110年前に次のように述べている。

「本学は他の学校とは異なりまして宗教学校なること、ことに仏教の中において浄土真宗の学場であります。即ち、我々が信奉ずる本願他力の宗義に基づきまして、我々において最大事件なる自己の信念の確立の上に、その信仰を他に伝える、即ち自信教人信の誠を尽くすべき人物を養成するのが、本学の特質であります。」

 明治も30年半ば、日清戦争にも勝利し、今でいう「右肩上がり」でイケイケドンドンを目指す「他の学校とは異なり」、大谷大学は「浄土真宗の学場」として発足した。
つまり浄土を真の拠り所とする学びの場として発足したのである。

 いきなり「浄土」といわれると引いてしまう人がいるかも知れないが、そんなに構える必要はない。
自分たちが立つこの現実世界を虚仮の世界として、そこから真実の世界を欲望することを学びとして位置付けたと考えればよい。
逆に言えば、お前は真実の欠けた者だということを照らしだす光によって、真実への欲望が喚起されるということであろう。
その欲望は、真実によってもたらされる。
「自己の信念」とはそのような自分を引き受けるということであろう。
したがって、そのような信仰を他に伝えることは、実は、大変困難なことである。
だって、他人に「あなたも愚かですね」と言って、そのことに同意を取り付けることであるから。
「私もバカだけど、あんたもバカだよね」と言われて、喜ぶ人はあまりいない。
ふつうは「あんたがバカなのは承知しているが、私はあんたと同類ではない」と反応する。
いやむしろ「あんたにだけはそういうことは言われたくない」となったりする。
ゆえに「自信教人信の誠を尽くす」ということは極めて困難なことなのである。

 親鸞は、この「自信教人信」という言葉についての善導の「往生礼賛」の文章を次のように読み下している。

「自ら信じ人を教えて信じせしむ、難きが中にうたたまた難し。大悲、弘く普く化する、真に仏恩を報ずるに成る」(『教行信証』信巻)

 自ら信じるところを人に教えて信じさせるというのは、そりゃもうめちゃめちゃ困難なことだと言うのである。
なぜなら、それは大悲の仕事であって、大悲という仏の恩に報いそれを知らせることによってはじめて可能となることだというのである。
つまり、私一人の仕事としては不可能なことなのである。
ミッション・インポッシブル。

 したがって、我々教師がやるべきことは一つ、真実の世界を激しく欲望する「愚者」として教壇に立つことである。
そのことによって、学生の中に真実への欲望を喚起することのみである。
そして、この真実への欲望が燃え盛る場所を「学場」というのである。

 明治以来、日本では物質的繁栄への欲望が燃え盛って来た。
そして、その欲望の火を消すまいとして、さまざまな対象が提示されてきた。
おかげで、こうやってインターネットで自分の意見を開陳するなどということもできる。
それはそれでありがたいことである。
しかし、そのような欲望が真実への欲望なのかどうか、一度、じっくりと考えなければならないときがきているのではないか?

 もはや大谷大学のような大学が「他とは異なる」ままではまずいのではないか?
今こそ、わが大学のミッション・インポッシブルをひろく述べ伝えねばならないのではないか。
みんな、トム・クルーズになって。

 などということを突然考えだすのは、明日から私、この大学の学監・文学部長という、まあ、クラスで言えば副級長みたいなことをやらねばならないことになったからです。
この歳になって、クラス委員をやらねばならぬとは・・・とほほであります。
明日、明後日なんて、一日中、予定びっちり。
というわけで、このブログも、今までのように書けるかどうかわかりません(案外書けたりして)。
しかし、きっとストレスフルな仕事だから、ストレス解消に書かないといられなくなるような気もする。

 もちろん、上の「自信教人信」の解釈は、私の解釈でしかない。
さらっと読んだだけではよく分からない清澤満之の文章は、さまざまの解釈を要請する文章である。
統一的な解釈を不可能な虚焦点として、常に我々を考えさせるように出来ている文章のように思う。
したがって、この文章自体がミッション・インポッシブルをさし示しているのである。

 というわけで、先日『ミッション・インポッシブルV』を観て、頭の中で激しくあのテーマが鳴り響いているわたくしなのでした。
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2010年03月30日

「そりゃまずいだろう」――西谷先生の思い出

 3月18日の記事のコメントに3月25日の京都新聞に上田閑照先生のインタビュー記事が載っていることを教えていただいて、あわてて探し出す。
お元気そうなお写真と、「それはいいことだ」という言葉とともに西谷啓治先生との出会いについて話しておられる。


 私の場合、西谷啓治先生との出会いは、「そりゃまずいだろ」というものであった。
大谷大学の特別研修員としての最初の仕事は、当時89歳の高齢ながらかくしゃくと講義されていた西谷先生の接待をすることであった。
先生は、講義の前に砂糖とミルクを山ほど入れたインスタント・コーヒーを飲まれる。
それをおつくりするのが私の役目。
講師控え室に先生をお迎えし、私はご挨拶もそこそこにコーヒーをおつくりして、差し出した。
後で聞いた話だと、先生は少し首をかしげながらお飲みになったそうな。
そして、講義室へとご案内する。
講義が終わり、先生をお送りしてホッとした時、大学院生のN島君がおもむろに口を開いた。
「門脇さん、さっきいれたコーヒー。お湯じゃなくて、お茶をいれてたで」
ゲッ、インスタント・コーヒーをポットのお茶でつくってしまったらしい。
「そりゃまずいだろう」

 お元気といっても89歳である。
前年には交通事故に遭われておられる。
コーヒーとお茶が妙な化学反応をして、お腹でも壊されて、急死なんてことになったらどうしよう・・・・それから次の講義まで生きた心地がしなかった。

 が、次の講義にも何事もなく登校されホッとしたのである。
先生が亡くなられたのは、それから2年後だから、私のコーヒー茶が原因でないのは明白であろう、と思う。
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2010年03月25日

受験に失敗した人へ――負けに不思議の負けなし

 この春、大学や大学院の受験に失敗した方々は、ぼちぼち次の一年の身の処し方が決まった頃だろうか?
大学院受験に3度も失敗した私の経験から申し上げると、「受験の失敗」という事実をどのように総括するかで、次の年の花見の可能性が決定されると言えると思う。

「ちょっとミスしてしまった!」
「ちょっと運が悪かった」
などという総括をしていると、私のように、何度も花見の機会を逃すということになる。
経験から申し上げるのであるから、確かである。

 野村克也監督が言っておられるとおり「負けに不思議の負けなし」なのである。
運が悪くて受験に失敗するということは起こらない。
実力が十分備わってないから、ミスをし、運にも見放されるのである。
だから、失敗には何の不思議もないのである。

 したがって、自分の実力不足を仔細し点検に次の受験に臨むべきである。
「ちょっとしたミスさ」などという自分を甘やかしたナメタ態度で次回も臨むと、私のように何度でも、サクラの花の鮮やかさが恨めしい春を迎えねばならない。

 しかし、その自分の実力の分析ができるくらいならはじめから受験に失敗しないのだから、その分析を他者の目を借りてすることをお勧めする。
大学受験なら予備校であろう。

 ただし、受験に失敗したからと言って、別に人間性が劣っているということではないから、妙に卑屈にならないように(逆に受かったからという優れているわけでもない)。
学力試験はあくまでも、アチーブメント・テストである。
別に人間性の優劣を試験するわけではない。
今までの学習課題をどれだけ達成しているかと判断しているだけであるから、まだ達成できていないなら、達成するよう努力するまでである。

 大学や大学院以外の場所で必要な課題が得意な人もいるであろう。
そのような人は、そちらの分野へと行かれた方がよい。

 おそらく人間性というのはは、それぞれの分野での課題を達成しようとする努力、またそれに失敗したときの身の処し方によってはぐくまれてくるのではあるまいか。

 その点では「不本意入学」という受験の失敗に対する身の処し方も大切であろう。
「ほんとならもっと偏差値の高い大学に入れたはずなのに・・・」と幻の自己評価にしがみついて、不満げな顔をしていれば、おのずと人間性は周りに評価されないものになるであろう。
そこで「負けに不思議の負けなし」と今の自分を受け入れ、そこから周りとともに自分を再構築するところに、人間性がはぐくまれるのであろう。
なかなか辛いことだけれども。
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2010年03月23日

32の瞳――こちらこそありがとうね

 卒業式の後の祝賀会のとき、ゼミの卒業生13名、体調を崩し卒業を延期していた学生2名、隣のゼミから聴講していた学生1名、計16名の学生諸君の寄せ書きをいただいた。
それぞれ私に感謝の意を表してくれた。
いつもコンパなどを仕切っていたK寺さんが、走り回って卒業式に間に合うように事前につくってくれたものらしい。
例によって、ほったらかしで大した指導もしていなかった私であるが、そのような私でも教師として認めてくれたんだなと、じーんと来てしまった。

 こちらこそ、ゼミや個人面談で様々な問題を一緒に考える機会を得たことに感謝したい。
一人では予測もつかないような問題もともに考えることができた。
本当に、ありがとう。
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2010年03月20日

バークリより

 
 考える人はほとんどいないのです、それなのに、だれもが意見をもつでしょう。だから、人々の意見というものは、表面的で、混乱しているのです。
         (『ハイラスとフィロナスの三つの対話』1713年)

 バークリ(George Berkeley, 1685-1753)はアイルランドの哲学者であり、聖職者。私の見る家、山、川、木々、私の触れる机、ペン、かすかに響く音、かぐわしい香り・・・、これらすべては私によって知覚されたものであり、私の心の中の観念にほかならない、と彼は大胆にも主張する。

 外的な「物質」の存在を否定し、外的な「世界」の実在を否定する非物質主義の立場は、1710年に出版された『人知原理論』で表明され、その立場を彼は、その後さらに『三つの対話』で説く。

 ハイラス(Hylas)という名はギリシア語の「ヒューレー」(素材、質料、物質)に、フィロナス(Philonous)は「フィロ」(愛する)および「ヌース」(知性)にちなむ。上記の引用は、バークリがみずからの立場を託したフィロナスの、第二対話での言葉。


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2010年03月18日

「それはいいことだ」――卒業式に際して

「西谷啓治先生のもとで私は哲学を学び始め、先生が生涯の師となった。四十代半ば、その二,三年来の経験に打ちひしがれて、先生に「すべてがいやになりました」と訴えたとき、一呼吸、間をおいて先生は言われた。「それはいいことだ」と。これはその弟子の存在を別調に転ずる一転語になった。」(上田閑照『言葉』、岩波現代文庫哲学コレクションV、2008年、10ページ)

 大谷大学に就職が決まって、大学を去ることになったとき、それまでご指導いただいた上田先生から御本をいただいた。
「コントワール」という喫茶店で先生と差し向かいで座っていた私はガチガチに緊張していた。
先生は「最近、新聞のコラムに書いた記事だけど・・・」と上に引用した文章のコピーを、少しはにかみながらその本に挿んでくださった。
人生それなりの苦難を乗り越えなんとか就職も決まったわたしには、そのコピー片につづられた言葉は、禅問答の如く、よく分からないものであった。
幼かったのだな、と今にして、思う。
1988年3月17日のことであった。

 それからおよそ十五年後、五十歳になろうというとき、「すべてがいやになる」という事態が到来した。
同僚の佐賀枝さんにカウンセリングを受けるように、いろいろ聞いてもらっているとき、「それはいいことだ」という言葉が、突然、聞こえた。
いそいで上田先生からいただいた本を探し出し、そのコピーをむさぼるようにして読んだ。
こういうことか、と思った。
もちろん、私が上田先生のように「別調に転ずる」ことができたというわけではない。
C調な私はC調なままである。
が、この「それはいいことだ」は、私にとっても、大切な言葉となった。

 本日、卒業された皆さんには、できれば、この言葉が必要となるような事態がないことを祈る。
しかし、「すべてがいやになる」というようなことに陥ってしまったときには、そんな言葉もあったなと思いだしてほしい。

 生きるということは、これからもますます大変になってゆくことであろう。
健闘を祈る。
posted by CKP at 12:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

山上たつひこといしいひさいち――砦の上に我らが世界

 だがしかし、山上たつひこの『半田溶介●狩り』の一場面(麻雀は儲かるらしいと、一晩中、パイをひたすらかき混ぜる)を、いしいひさいちの『バイトくん』の一場面として語っても、何の違和感もないということは、これらの二つの作品、あるいはこの二人のマンガ作家に共通する何かがあるということであろう。
故に、この二人の同質性を剔抉せねばならぬと思うのは私一人ではあるまい。
(「そんなあほな事を考えるのは、お前だけじゃ」という声が一瞬聞こえたような気もするが、そんな声は「八丈島のキョン」なので無視して続行。)

 山上たつひこの『がきデカ』において小学生警察官こまわり君の行状を堪能した後、いしいひさいちの時事マンガに描かれる権力者たち、つまりナベツネや隣国のキム君、歴代の首相たちの振舞いを見ると、権力者たちの幼児性が強調されているところに、共通した面白さがあることが分かる。
つまり権力を子供にすることで、すでに権力を大人として超えているのである。
したがって、権力を持った幼児に対するには、こまわり君に対するあべ先生やジュンちゃんのように、あるいはナベツネの取り巻きのように、大人が子供をあやすように接するのが正解なのである。
ゆえに、これらのマンガは、反権力こそ正義なり、というオールド左翼的なスタンスをも超えている。
あるいは、一昔前の風刺漫画的な漫画で権力に筆誅を加える、というような正義の立場を取らないのである。

 このような権力に対するスタンスは、『バイトくん』や『半田溶介●狩り』では、労働をいかに評価するかという問題となって表現されている。

 バイトくんたち安下宿共闘会議の面々も、半田電機商会の社員たちもビンボーなのである。
だから、バイトくんたちはアルバイトをして、半田電機商会の面々は電気製品を売ることで、いちおう働くのではあるが、その成果は見られず、ずーっとビンボーのままなのである。
これがオールド左翼的に表現されて、搾取する資本家階級が糾弾されるかと言えば、そのような悪の権化としての階級は登場しない。
ひたすらビンボー人たちの、思いっきりくだらない日常が描かれるだけである。
彼らがどれほど働いても交換価値を生み出すことはないのである。
労働は価値を産まないと、マルクスの労働価値説を軽ーく否定して、これらのマンガは何を訴えるのであろうか?
バイトくんや半田溶助氏の「労働」は何を生みだすのであろうか?

 それは「連帯」である!
と、まあ、なんとアナクロな言葉が飛び出してきたことであろうか?
ま、そんな力んで言うことでもないですけど、わぁわぁ働いて、なんだかんだと妙ちきりんな連中が喧嘩しながらも、仲よくビンボー生活を送っているというわけであります。
仲良きことは美しき哉、であります。
「働いて勝ち組になって・・・」などというイデオロギーが微塵もなかった1970年代の美しい物語であったなぁ、という「昭和語広辞苑(番外篇)」なのでした。

posted by CKP at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

C調ウチダにご用心――いしいひさいちは山上たつひこにあらず

 『atプラス』(太田出版)という雑誌の03号に内田樹先生の「大人になるための経済活動」というインタビュー記事が載っている。

「・・・金融ビジネスというのは、いかなる富も生み出さない。何も作らない。純粋な博打です。賭場のなかで決まった金額がやりとりされているだけで、賭場の外では何も起こっていない。賭場が経済活動の中心になるということは、人間の営みが非常にやせ細ってしまったということではないかと思うんです。」

 このことを先生は卓抜な例を引いて説明されている。

「いしいひさいちの四コママンガ『バイトくん』にこういう場面があります。金がなくてお腹も減っている安下宿共闘会議の四人のうちの一人が、「そうだ麻雀をやろう!」と言い出すんです。「麻雀をやると金が儲かると聞いたことがある」と。それで四人でじゃらじゃらと麻雀をやるんですが、少しも金が儲からないし、お腹も減る一方という笑い話なんですけれど、まさにこれが金融ビジネスの本質を衝いていると思います。」

 金融ビジネスが成り立つためには、金融ビジネスという賭場の外で物を作り移動させて儲けるという労働が行われなくてはならない。
全くその通りで、それをこの「空麻雀」の話は見事に言い当てている・・・・

 そうそう、こんな話「バイトくん」にあったよな、と私は一瞬思ったのでした。
しかし、いくらアタマのなかで、プガジャのページを繰ってみても、その場面が思い浮かばない。
ありそうなのに、出てこない。

 代わりに出てきたのは、山上たつひこの「半田溶助●●●」シリーズの一場面(「哲学科教員ブログ」においてはあまりに不適切な語彙でありますので、あえて伏字にいたします)。
半田電気商会の社員旅行の費用を捻出するために「あさすずめをやるのだ。・・・儲かるものらしい」と延々とパイをかき混ぜているうちに・・・という話である。

 内田先生に「山上たつひこでは・・・?」とお尋ねしたら「さうでした」とのお返事。
ほんとにC調ウチダにご用心です。

 しかし、ホントに、内田先生が語っておられる通りに「バイトくん」にもありそうですね。
posted by CKP at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

リンゴはなんにも知らないけれど・・・・――訂正とおわび

 ここ数回のエントリーでいろいろと間違いが散見されるので、まとめて訂正します。

 iPodは訂正しましたが、そのときスティーブ(ン)・ジョブとアップルのトップを表記しました。
正しくは、ジョブズだそうです。
かさねがさね、リンゴごめん。

 また、iPodには、回るものが回っている機種と回ってない機種があるそうです。
かさねがさねリンゴごめんであります。
回すと回さないのがあるなんて、染之介・染太郎みたいですね。

 また、昨日の記事中、オン・オブ・ゼムはもちろんご指摘の通りワン・オブ・ゼムであります。

 以上、訂正とお詫びでした。

 この記事中には、訂正箇所はないと思う、たぶん・・・。
posted by CKP at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

育児は楽しい――社会より家庭が大事と思いたい

 「今日も一所懸命回しております」と言いたいところであったが、不快なニュースが続くためか、学年末の疲れが出たのか、はたまたもうすぐ始まる新学期におびえたためか、体調を崩し絶不調で回転が止まってしまった。

 しかし、ちょっとだけ回してみる。

 「不快なニュース」もいろいろあるが、先週、気になったのは「育児放棄」で幼い子供を死なせた親たちのニュースである。
「愛情が感じられなかった」
「子どもの顔が夫に似ていて世話する気にならなかった」

 日本中で、我が子の顔をまじまじと見てしまったダンナがいっぱいいたであろう。
わたしは、そのオン・オブ・ゼムであります。

 なんでこういう事態が起こるのであろうか?

 まず、考えられるのは、どうも「愛」というのが誤解されているのでないか、ということである。
 「愛」という言葉は、仏教語では「執着」を表すネガティヴな言葉であるが、現代語の「愛」はそれとは違うはずだ。
基本的には、相手を大切に扱おうとするうちに発生する感情であろう。
したがって、それは幼き者、弱き者に向けられるのを常体とする。

 しかし、育児放棄に見られる「愛することができない」は、そのような感情と少し違うように思う。
自分の欲望を満たし、自分に快を与えてくれる対象に向けられる感情を「愛」としているように思われる。
「カワイイー」と自分が気持よくなれれば「愛」を感じるわけである。
だから、子供をペットのようにかわいがるのと「育児放棄」は、同じ事態のウラオモテなのではないだろうか。

 残念ながら、幼き子供はいつもいつもカワイイわけではない。
ホント、にくったらしい時もある。
手がかかって、ああ、うっとしいという時もある。
しかし、それだから、楽しいのである。
幼き弱き者を大切に育もうとする義務が遂行されてゆくと、そこに愛情が確かな形を取ってくる。
子育てはけっして楽なことばかりではないが、しかし、それだからこそ楽しいのである。
「大きくなったな」と。

 そのようなコンセンサスをもう一度形作らねば、おそらく、育児放棄は止まらないように思う。

 そのためには、「男女共同参画家庭」というような言葉を普及すべきではあるまいか?

「家事・育児そして介護は女だけに押しつけられる」ということから、「男女共同参画社会」という言うようなことが、お役所から言われるようになったが、そのようなとき家事・育児・介護は「押しつけられる」というようにネガティヴな規定を受けたままになってしまった。
「育児休暇」「介護休暇」というような法的整備ができても、それらは「押しつけられる」もののままなのである。
なぜならば、「男女共同参画社会」という言葉によって、暗黙のうちに、家庭を維持していくよりも、社会に参加する方がエライというコンセンサスができてしまっているからである。

 じっさい、「社会」にとっては、みんな家庭を放棄して、家事・育児・介護もアウト・ソーシングにして、それぞれが個人として消費活動に専念すれば、社会の景気は右肩上がりで良くなるはずなのである。

 男も女も家事・育児が楽しくなって、老若男女が協力して家を建て、畑を耕し、子供を一人前にして、自給自足のアウトドアライフを遂行するようになったら、日本経済は発展しない。
家を建て、畑を耕し、機を織り、調理をし、子供に掟を授ける――このような家庭あるいは一族での仕事をアウトソーシングしたところに社会が発生したはずである。
そこへ男どもが出て行った。

 だから、そこで男どもに「ちょいと待ちな。家庭ってのは、男と女でつくるものだよ」と、「家庭」を中心に考えるべきではなかったか?
今からでも「男女共同参画家庭」という言葉を連呼すべきではあるまいか?
右肩上がりの経済発展はすっぱりあきらめて。

 近代哲学の中で、ヘーゲルという人はけっこう「家庭」のことを考えていた稀な哲学者であるなあ、と最近、わたしは思うのである。
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2010年03月03日

今日も回っております

 昨日の記事中、iPotは正確にはiPodなんだそうです。
スティーブ・ジョブさま、失礼いたしました(スティーブン?)。

 そう言えば、今回のオリンピックも「回転」には冷淡でありました。
「回ればいいと言うものではない」という感じ。

 しかし、アイス・フィギュアは、先ずは回ってナンボでしょう。
くるくる回って、「おめでとうございます」だと思います。
posted by CKP at 12:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月02日

(レコードとかチャンネルを)回す――「昭和語広辞苑」〔その4?〕

 バンクーバー・オリンピック閉会式のニュースから、なんだか聞き覚えのある声が聞こえたので思わず目を上げ、
「お、ニール・ヤング。歳とったなぁ・・・・。なるほど、カナダ出身だったなぁ」
と言った御仁は思わず、
「チャンネルは回すな、そのままにしとけ」
などと言わなかったであろうか?

 今は、チャンネルは回さないのである。
電話もダイヤルを回さない。
レコードなんか、ふつうの家ではもはや回ってない。
iPotの中では、CDの小さいのが、回っているわけではない。
世の中、だんだん回るものが少なくなっているのである。

 昭和世代は、回るもの、回すものが好きである。
小さい頃は、コマを回し、そしてレコードをまわし、テレビのチャンネル・ダイヤルやトランジスタ・ラジオのチューナーを回し、電話のダイヤルを回した。
そして、バイクやクルマのタイヤを回したのである。

「円盤の回転運動こそが、人類の進歩である」と我々は固く信じていたのである。
ひき臼の発明、車輪の発明、レコードの発明・・・・人類は回転運動とともに発展してきたのである。

 それがここにきて回転運動、「回す」ということが急速に廃れつつある。テレビのリモコン、プッシュホン、そしてデータがデジタル化されたiPotなど。

 回転から生まれない音楽など信じられない。
レコードやCDは、ぐりぐり回ってこそ、そこから発せられる音楽に力があるのである――とかたく信じているのである。
それが証拠に、この世代のオーディオ・アンプには、別に必要ないのにボリューム・ダイヤルがしっかりとついているのである(リモコンで用が足りるのに)。

 100万円もするレコード・プレーヤを販売しているイギリスのリンというメーカーは、ついにCDプレイヤーの製造を中止したと聞く。
これからは、ダウンロードの時代なのだそうだ。
あるいはUSBに保存されたデータで音楽を聴く時代なのだそうだ。
だからであろう。
CDショップに行くと、ほとんど昭和モノしかおいてない。
ダウンロードなど信じない、音楽は回ってナンボという世代だけが、CDとかレコードを買うのである。

 私は、死ぬまで、回します。
染之介・染太郎は永遠に不滅です!
posted by CKP at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする