2009年11月30日

全力疾走――『坂の上の雲』と『坊ちゃん』

 昨日、NHKの『坂の上の雲』を全部観てしまった。

 別に司馬遼太郎の小説のファンというわけではない。
それどころか司馬遼太郎の小説もエッセイもひとつも読んだことがない。
司馬ファンの叔父さんの説教がうるさかったからである。
司馬文学というのは、どうもオジサンの説教のネタになりやすいらしい――ということで今日まで読まずに生きてきた。
 それにいまどきなんで「日露戦争」なの?

 しかし、モッくん(本木雅弘)ファンとしては観ておかねばなるまい――と思って観出したら、面白くて、結局、一時間半観てしまった。
面白かった。
登場人物が、全力疾走するのが気持ちよい。
どうも演出のコンセプトが、坂の上への全力疾走ということらしい。
明治の青年の全力疾走が気持ちいい。
松山藩出身の青年たち、秋山兄弟と正岡子規が疾走する。

 が、この気持ちよさ、スピード感に既視感がある――と思ったら、松山、正岡子規とくれば夏目漱石『坊ちゃん』である。
が、『坊ちゃん』に出てくる松山藩士は哀れな「うらなり」君であった。
江戸の旗本出身の「坊ちゃん」と「会津っぽ」の「山嵐」が、「うらなり」君の仇を討つスピード感が気持ちいい。
が、彼らは、職をなくして、「不浄な土地」松山を離れるだけなのだが・・・

 「坂の上」へ全力疾走で駆け上がる青年と、上へ行くことをあきらめた「坊ちゃん」のまっすぐなスピード感。

 『坂の上の雲』は、『坊ちゃん』を傍らにおいて読もうと思う。
あるいは、山田風太郎の『幻燈辻馬車』や『明治波濤歌』とともに読もうと思う。

 ところで、不思議なことに、日露戦争の約2年後に書かれた『坊ちゃん』には、日露戦争の祝勝会の様子は出てくるが、日露戦争そのものに関する漱石の感想は出てこない。
ただひたすら「奸物」赤シャツらの悪行が記されるだけである。
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2009年11月26日

ローマのヒッチコック(その3)――う、う、動けない・・・・

 足を骨折してギプスをすることになり車椅子生活を余儀なくされている方に、お見舞いとしてヒッチコックの『裏窓』のDVDをお貸しすることを思いついた。
『裏窓』の主人公がギプス・車椅子生活のカメラマンだからである。

 お貸しする前に内容の少しだけ観ようと思って観だしたら、全部観てしまった。
面白い!
この映画にはヒッチコックのテーマの一つである「身動きできない」という事態が、鮮やかに描かれている。
ギプス生活という物理的要因が主人公の生活行動を規定してしまう。
部屋から出ることができない。
恐ろしく退屈である。
よって、まわりのアパートの「のぞき」をする。
そのうちに、そこに殺人事件をかぎつける・・・

 しかし、「身動きできない」というのは、我々の日常生活でのあり方でもある。
確かに、我々はふつう自由に身動きできるように見える。物理的障害を得ていない限り自由に身動きできていると思っている。
しかし、我々の不可視のギプスががちっと拘束しているのである。
我々には、いくら健常でも、眼は二つしかないし、手も足も二本しかない。運動能力も限られている。そのような拘束の中で動いているだけである。

このような物理的拘束のほかに、精神的拘束もある。
それをマルクスはイデオロギーと言った。
フェニミズムはジェンダーと言った。
よき市民であれ、よき男であれ、よき女であれ、という無言の拘束が我々の行動を「身動きできない」ものとしている。つまり、それ以外の行動をとることがあらかじめ封じらているのである。
これらは時代や地域によって異なるものであり、変革の余地はあるのだろう。

しかし、たとえば言語使用という人間の条件を変更することは恐らくできない。
我々は言語を使用している以上、言語以外の言語的コミュニケーション手段を思いつくことはできない(狼煙やモールス信号も、言語の代替物でしかない)。
人間が言語を獲得したからコミュニケーションが可能になったのか、コミュニケーションをするから言語が生まれたのかは分からない。

しかし、今の我々は言語以外での言語的コミュニケーション手段を知らない。
おそらく、言語を獲得することで、我々は何かを失ったはずである。何かを抑圧したはずである。

 ヒッチコックの映画を見ていると、そのように人間が拘束された存在であることがよく分かる。
おそらく、ヒッチコックやチャップリンなど無声映画からトーキーへの変化を経験した映画人とって、人間が言語を話すということが一種の「拘束」として強烈に経験されているのであろう。
トーキーになったら、アクションだけの映画は封じられてしまったのである。
言語を直接に使用しないと人間が描けない、という奇妙な制限に直面したのである。

 そのような目で『ローマの休日』を観ると、ワイラー監督がなぜラストシーンである新聞記者にヒッチコックと名乗らせたのかがよく分かる。

 この物語の主人公たちは、常に「身動きできない」状態で描かれているのである。
王女さまは、王女様らしく振舞わなければならない。パジャマで寝る、まして何も着ないで寝るなんてことはとんでもございません。
 街に出た王女さまは、女学生としてふるまう。You may sit downなどという宮廷言葉を使ってしまうけれども。
 その王女の特ダネを狙う新聞記者も、王女に会社員であると嘘をついた以上、会社員としてふるまわなければならない。
二人ともばれないかとドキドキしている。だから、恋に落ちる(@池谷裕二理論)

 そしてラストシーン。
そこで二人ははじめて王女と新聞記者として向き合う。
したがって、それ以外の行動はとれない。
しかしそれゆえに、ヒッチコック記者をはじめとするほかの記者をだましながらの別れの挨拶はよけいに切ないものとなるのであった。

 ナチスのスパイの屋敷に送り込んだアメリカのスパイ(イングリット・バーグマン黒ハート)をその屋敷から救出するヒッチコックの『汚名』のラストシーンや『北北西に進路をとれ』のオークションのシーンも同じ構造をもつ。

 あるいは、ヒッチコック映画によく出てくる「落ちる」「落ちそう」もその類であろう。
地上に生きる限り「重力」という拘束を逃れることができない。

 ゆえに、おそらくヒッチコック映画や『ローマの休日』は、そのような拘束の中でいかに生きるのかをテーマにしているのであろう。
ゆえに、何度見ても飽きないのであろう(ホント、飽きないです。この間の久しぶりに『めまい』を見て、新発見をしてしまった!)

 ところで、『裏窓』の主人公は、映画のラストでは、片足だけだったギプスが両足になってします。
こんな映画を、片足ギプスの方に「お見舞い」で貸していいものだろうか?
ヒッチコック自身、あれは「のぞき」なんかした報いと言っている。
その方の旦那さんならいざ知らず、その方自身はそんなはしたない真似はしないだろうから、たぶん大丈夫だろう。
posted by CKP at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

ハックション大僧正参上!――それに「なぜ私は今日はスーツにネクタイなのか?」

 ある檀家さんのところで「正信偈」(@親鸞)をお勤めしたときのことである。
 いい匂いのお線香だなぁ、と仏壇の前に座ったのであるが、ちょっと刺激が強い。
「キーミョームリョージュニョーラーイ」
と、導入部を誦んだところで、鼻を「クン、クン」としたのである。
それを後ろでお参りしているお家の方が「寒いのでは?」と判断したのであろう。
ファン・ヒーターのスイッチを入れ、こちら側に向けてブンブン回してくださったのである。
もう、目いっぱいパワフル、ブンブン。
しかし、今年の「初まわし」らしく、妙に埃りっぽい。

 鼻がムズムズしてくる。
ついに、お勤めを止めて、「ハー、ハー、ハーックション」。
それだけならまだいいが、鼻水がズルズル垂れてくる。
両方の鼻の穴から、ジュルジュルと垂れてくる。
それを上唇を突き出しながら受け止めて、後ろ姿は何もないようにお勤めをした。
上唇と突き出しながらのお勤めというのは、なかなか大変なのである。
阿弥陀さんには、鼻水を垂らした我が姿をバッチリ見られてしまった。
地獄で苦しんでいる姿を、お浄土からニヤニヤ眺められている気分であった。
終わった時は、ちり紙で拭って振り返ったが、ホント、こんなところに地獄が出現するとは思わなかった。

 ま、嫌いなボーズがやってきた時は、ファン・ヒーターというのはけっこう強力な武器になりますな。
 
 え?じゃ、ワタシ、きらわているんだろうか?

・・・・・・
・・・・・・

 それはそうと、今日は、ワタクシ、スーツにネクタイ姿で大学に出ている。。
いつもはジーパンにノーネクタイだから、会う人会う人が「どうしたんですか」と訊いてくる。
いちいち説明している。
あのですね、
日曜に指定校入学生の面接がありまして、下宿からスーツとネクタイして大学に出ていたわけです。
その日は、そのまま実家に帰ったから、普段のジーパンはそこにおいてないからそのままスーツ姿で今日も登校した、というそれだけのことであります。

 そう言えば、その昔、大学院生のころ、スーツ姿で学会に行ったとき、K多さんから、笑われて「カドワキとスーツというのは矛盾した概念だ」と評されました。
いまだに両概念を止揚できないでいる、ということか?
posted by CKP at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

ローマのヒッチコック(その2)――『ローマの休日』はヒッチコック映画のパロディである

 『ローマの休日』のラストシーン、オードリー・ヘップバーン演ずる王女が記者たち一人一人と挨拶を交わす場面で、最初の記者が「シカゴ・デイリー・ニューズのヒッチコック」と名乗る。
このことにこだわっている。

 これは、ウィリアム・ワイラー監督のちょっとしたジョークなのだろう。ユーモアなのだろう?
しかし、なぜチャップリンでなく、ヒッチコックなのか?
しかも、このヒッチコックという記者は、この王女の挨拶の真の意図を知らない。
昨日、ローマの休日を過ごした別の記者との別れの挨拶であることを知らない。
ヒッチコック記者は騙されているのである。
ワイラー監督は、サスペンス映画、トリック映画の神サマ、ヒッチコックを名乗る人物を騙しているのである。
しかし、ヒッチコックという名に対する敬意も十分に伝わる場面でもある。

 これはいかなることか?

 ということで、入試や檀家さんの「報恩講」お参りで忙しいのに、『ローマの休日』(1953年)以前のヒッチコック映画をいくつか見直してみました。
『海外特派員』(1940年)、『白い恐怖』(1945年)、『汚名』(1946年)の3篇。
すると、よく似た場面がいっぱいあるんですね。どこがどうと特定するのは難しいですが。
よく考えたら『ローマの休日』というのはある意味ではサスペンス映画なんですね。
最初は、王女さまが自分が王女さまであることに退屈し切ってノイローゼ気味なのをどう隠すかハラハラドキドキ。
ローマの町に出た王女は女学生になり済ます。それがばれないか、ハラハラドキドキ。
その王女の特ダネを狙う新聞記者は会社員になりしまして取材をする。それがばれないかハラハラドキドキ。
ラストでは、新聞記者たちに昨日の「ローマの休日」がばれないかハラハラドキドキ。

 このハラハラドキドキつまりサスペンスは、ワイラー監督によってずいぶんコメディタッチで描かれているけれども、しかしその部分を割り引けば紛れもないヒッチコックタッチなのである。

 それに『海外特派員』での「愛する人のスキャンダルを記事にするか」というテーマとか、『白い恐怖』での「ミルクとクラッカー」という小道具やローマという地名、『汚名』での「ふつうに行動することで他の人々をだます」というラストシーンとか、直接の一致が多く見られるのである。

 よって、『ローマの休日』はワイラー監督によるヒッチコック作品のパロディであり、オマージュである、と断言してもよろしいのではないかと愚考したわけであります。
我ながら御苦労なことでありました。

 ただ、もうひとつの可能性として、ヒッチコックが60年代にトリフォーに語るところによれば(ヒッチコック/トリフォー『映画術』)、ヒッチコックは30年代の終わりに、王女さまが身分を隠して町中に出るという映画を企画して挫折しているとのことである。
ひょっとしたら、その話をワイラーが聞いていたという可能性も考えておかねばならない。
この『ローマの休日』の後、ワイラーは『コレクター』、ヒッチコックは『サイコ』という猟奇殺人を扱った映画を撮っている。
どうも、二人はそれなりに意識し合っているように思えるからだ。

 だがしかし、ヒッチコックタッチというのは、そもそも何だろう?
次から次へと考えねばならぬことが湧いて出て、私は忙しい。
posted by CKP at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

明日に迫る!

いよいよ明日、11月19日(木)16時10分より、尋源講堂にて、西洋哲学倫理学会秋季公開講演会を開催します。

講師: 広島大学総合科学部教授 古東哲明 氏

講題: 哲学的問いの発端――ハイデガーの場合

主催者側に、

「ハイデガーの青春時代を辿りながら、なぜ存在を問わねばならなくなったのかについて、同じ青春時代を生きる学生諸君にも共鳴できるような話題にて明らかにできれば・・・」

と伝えてこられた古東先生。

ふるってご参加ください!
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2009年11月16日

ブリコルールとモード・ジャズ――内田樹『日本辺境論』を読む

 内田樹先生の『日本辺境論』(新潮新書)が刊行された。
2年前の大谷大学宗教学会・大拙忌記念講演会のときの内容が、大幅にリライトされている。
そのときも、大風呂敷だなあと思ったが、今回はそれに輪を掛けた大風呂敷を広げておられます。
ホント、畳むほうの身になって欲しいぜ。
しかし、講演のときの中心となっていた「機の思想」のところが、もう一歩踏み込んで展開されていて、興味深いものとなっておりました。
どう興味深いかは、読んでのお楽しみであります。

 今年の大拙忌に講演いただいた安藤泰至先生も来年初めに「新潮新書」から新著を発刊されます。
大拙忌と新潮新書は相性がよろしいのでしょうか?

 それはともかく、今回、辺境性というスキームがどこまでも広がっていく内田先生の文章を読みながら、なんだか、これモード・ジャズと似ているなあ、と思ったのでした。

 ひとつのテーマをぐんぐんと掘り下げ、と同時にそのようにして自分の独自性を主張するというバップ的展開ではなく、ひとつの音階(スキーム)の可能性をどこまでもズルズルと追究していくモード奏法というのは、ジャズにおけるブリコルールではなかろうか?
などと思いついたのでした。
モダンジャズと実存主義の全盛と退潮が重なるのも偶然ではない。
その退潮のときにあらわれたモード奏法というのは、ジャズにおける構造主義じゃ――というわけです。
ゆえに、それはジャズのみならず、ロックにも広く影響を与えていった・・・・

 というようなことを『辺境日本論』を読みながら妄想すること自体、辺境的なのかも知れませぬ。
posted by CKP at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

1Q09のエディプスたち――そして森繁久弥追悼

 1909年生まれに、中島敦・太宰治・花田清輝・大岡昇平・松本清張という見事に統一感のない面々が並んでいる。
昨日は、これらを「どこか屈折している」ということで無理やりまとめたが、確かに、微妙に屈折している。

 なぜだろう。

 戦争の時代に発言せねばならなかったということも大きいだろうが、何よりも、彼らが「第二世代」ということが大きいのでなかろうか。

 彼らの上には、権威と名声を確立した面々が並んでいる。
幸田露伴・志賀直哉・江戸川乱歩・小林秀雄などなど。
こんな親父たちが、権威としてでんと君臨されていては、屈折せざるを得ない。
そのような側面の一番希薄な大岡昇平でさえ、文化勲章を「捕虜になりましたから」と辞退している。
権威と名声になしかしらコンプレックスがあるのである。

 しかし、だからこそ彼らの発言は、今でもある種の共感をもって読まれるのであろう(もちろん、そればかりでもないが)。

 その点、昨日96歳で大往生を遂げられた森繁久弥の場合は、ラジオ・映画・テレビ・ミュージカルという新しいメディアにおける演技の先駆者であったから、そのような屈折もなく、自由に演技をしていたように思う。
「社長シリーズ」や「駅前シリーズ」のDVDの廉価版が発売されれば、香典がわりに即購入したいものである。
 が、この人も満州で地獄を見て来て、戦後の初の出演料でまずは自分の墓を建てっしまったという人である。
どこかで、屈折しそうな自分に死に切って、戦後を生きたのかも知れぬ。合掌。
posted by CKP at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

レヴィ=ストロースの同級生――100年前に生まれた人たち

「レヴィ=ストロースが100歳で死んだね」
と言ったら、タヌキ先生が
「ヴェイユと同い歳か…」
と言われた。
なるほど、そうなるか。
何ともへんな感じである。

 生誕100年のシモーヌ・ヴェイユは、1909年2月3日生まれ。
クロード・レヴィーストロースは、1908年の11月28日生まれ。
生まれた年は違うが、学年歴では、「同い歳」である。

 34歳で死んだヴェイユと100歳で死んだレヴィ=ストロース。
仕事の量は当然ちがうけれども、仕事のインパクトと量を掛算するとどうだろう。
人間、一生のうちにできる仕事の総量というのは、このような天才においてはある程度決まっているような気がする。

 ちなみに、1909年前後に生まれた人たちをリストアップしてみると・・・。

 レヴィ=ストロース 1908〜2009
 カラヤン      1908〜1989
 メルロ‐ポンティ  1908〜1961
 ボーヴォワール   1908〜1986
 菊田一夫      1908〜1973

 シモーヌ・ヴェイユ 1909〜1943
 中島敦       1909〜1942
 太宰治       1909〜1948
 花田清輝      1909〜1974
 大岡昇平      1909〜1988
 松本清張      1909〜1992

 ジャン・ジュネ   1910〜1986
 竹内好       1910〜1977

 こうしてリストを作ってみると、これらの人々が二つの世界大戦の中で育った人々であることが分かる。
いろんな形で、世界大戦は彼らの考え方に影響を与えたのだろう。
その点、戦後の日本にうまれた私のような人間は、「戦争に行かねばならないかもしれない」という不安なしに成長した、おそらく世界史でも稀なノーテンキ人間なのだろう。
幸せなことであるが、そのような人間が、これらの人々の思想を読もうとするときには、よほどの想像力が必要ということである。

 ほんと、ノーテンキですみません、である。

 しかし、中島敦・太宰治・花田清輝・大岡昇平・松本清張の5人が同じ年の生まれというのは、なんだかヴァラエティがありすぎて、妙な感じがします。
確かに、どこか「屈折」していたということでは、ひとくくりにできそうですが。
別に「ひとくくり」にする必要はないんですけどね。
posted by CKP at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

信じて読む(その4)――騙されてナンボ

 津村記久子さんがシモ―ヌ・ヴェーユの『重力と恩寵』の読書体験を綴った「ひどく寒い朝の光」を読んで、勝手にいろいろと考えていたのであった。
 津村さんは、ヴェーユの写真をネットで見つけ、「いいコートだな」と「間抜けな」感想を得て、『重力と恩寵』を書店で求め、ほとんど理解できないけれども、ヴェーユを信じて読み続けている、と書いておられた。
よく考えてみれば、人生の根本となる読書体験は、案外こういうものかもしれない。
なんとなく、なにげなく読みはじめた本が、人生の根本を言い当てているような気がして、分からないなりに、何度も何度も読み返す。
顔をしかめながら、何度も何度も読む。

 しかし、大阪の合理的でおせっかいなおばちゃんから見れば、これは危険な行為に見える。
「あんた、騙されてるん、違う?」

話はここまで来ていたのであった。

*        *         *

 京阪電車を千林で降りて、長い商店街を歩く。サキコのいつもの帰り道だ。肉屋のコロッケや居酒屋の焼鳥の匂いが、サキコの空腹を意識させる。通りまで商品をはみ出しておいている薬局の前を通りかかったとき、運悪く薬局のシミズさんと目があった。
「そやけどサッちゃん、あんた騙されてんのとちがう?」
シミズさんは唐突に「そやけど」で話しかけてくる。いきなり本題に入るのである。
サキコの頭の中を「騙されている」という言葉が駆け巡る。しかし、サキコには「騙されている」という現状認識などはない。
 怪訝な表情でシミズさんを見つめてしまう。待ってましたとばかり、シミズさんはまくしたてる。
「あんたなぁ、なんや、立派な賞もろて、賞金もろて、新聞や雑誌に出っとたやろ。そやのに、地味な格好は変わらん。どこぞの悪い男に貢いでいるンちがうン。のりピーやら矢田亜希子やら沢尻エリカやら、見てみぃなぁ。なんや訳の分からんに男にくっついて、ボロボロになっとるがな。おばちゃん、あんたのこと、心配で、心配で…。男は家にお金入れてなんぼやでぇ」
 シミズさんの持論である「男は家にお金をお入れて、ナンボ」を言いきると、サキコの反応などかまわず、お客に新しい紙オムツの説明をしている。
ホントに、どうして彼女たちは、あんなヒラヒラした男とくっついたのだろう、とついシミズさんの思考に乗っている自分に気がついてサキコはぎょっとした。
さっきまで何を考えていたのか、思い出そうとしても思い出せないのであった。しかし、彼女たちは「騙されている」のとは少し違うと思う。シミズさん、それは違う――向きになっている自分が少し腹立たしかった。
(「キツソウの逆流」より)

*     *      *

 「騙す」「騙される」ということを一般的に考察することは難しい。
「騙される」とは、二人の人間のあいだに契約関係があって、それが果たされないことといえそうだ。
「男に(女に)騙される」というとき、そこに契約関係が成立していたかどうかが問題となるが、ほとんどの場合、それは単なる期待とか思い込みに過ぎない。したがって、それは犯罪とはならない。
現在巷を騒がせている「結婚詐欺」なども、実は結婚自体が詐欺行為ではなく、結婚をめぐって詐欺行為がなされる場合がほとんどであろう(これについては項を改めてじっくり考えたい)。

では「本(の著者)に騙される」ということはあるのだろうか?

 我々は何かを契約したかのように、本を読むのであろうか?
 
 たとえば、フィクションつまり物語りは、上手に騙されるために読む。
上手に騙されなかった場合にこそ、「騙された、カネ返せ」という呪詛が発せられるのである。
そこには、「上手に騙される」という契約内容(期待)があったと言える。

物語は、アリストテレスがミーメーシス(模倣)で創作活動を考えたギリシャの昔から、実は「騙し」「カタリ」であったりするのである。
という訳で、今回は「キツソウの逆流」という小説の一節らしきものをでっち上げて、二重三重に皆様を騙してみました。
まだまだ修行がたりませぬ。

 しかし、『重力と恩寵』はフィクションではない。
そのような本は「騙し」を期待して読むのではない。
では、騙されずに読むことは可能なのか――分らないのに信じて読んでよろしいのか?
なんとなく「信じて」よろしいのか?
posted by CKP at 13:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする