2009年08月31日

因果はめぐる――東北人の逆襲

 昨日は、彦根で講演。
「グランドデューホテル」とご案内いたしましたが、「デュー」ではなく「デューク」でした。
書き間違えたにもかかわらず、きっちり校正をしてわざわざ聴きに来てくれた卒業生のFさん。ありがとう。
時間がなくてゆっくり話せず残念でした。また、大学へもお寄りください。

*         *        *
 さて、選挙結果です。
皆さん、予想は当たりましたか?
私の場合、ここまで民主党が勝つとは読みきれませんでした。
小沢氏の選挙への執念がすごいものであったのだな、と今更ながら驚いています。
小沢といえば岩手、東北人です。
今までの薩長官軍系の官僚中心の政治を、東北賊軍の積年のルサンチマンがひっくり返した――そんな文脈も読みたくなってしまいました。

 こんな妙なことを言い出すのは、『歴史読本』8月号「石原莞爾と満州帝国」の松本健一氏と佐野眞一氏の対談を読んだからです。
この対談のメインは、満州国をでっち上げた石原莞爾とその満州の夜の世界を支配した甘粕正彦の分析ですが、そこに満州事変から日中・太平洋戦争を指導していった人脈が東北の「賊軍」の流れである、という指摘がありました。

 日露戦争までの政府はもちろん軍隊も薩長閥。
東郷平八郎(薩摩)、乃木希典(長州)
それが次の戦争になると、
石原莞爾(庄内)、東条英機(盛岡)、米内光政(盛岡)山本五十六(長岡)、井上成美(仙台)
と、見事に賊軍−東北出身です。
 では、その戦争中薩長は何をしていたかというと、石原が撤退した満州で、ソ連の五ヵ年計画を意識しながら徹底した統制経済の壮大なる実験をしていた。
そして、その中心にいた妖怪・岸信介率いる官僚が、戦後、その実験成果を「高度経済成長計画」として実現した。
そして満鉄の「あじあ号」の発展系「東海道新幹線」で都市中心の経済を展開した。

 なるほどなぁ、と読んだわけです。で、そのあとを勝手に読み込むと・・・

 その後、新潟人の田中角栄が「列島改造」で「田舎」中心の経済を起こしたが、基本的に「反米(親中)愛国」であるから、アメリカに「ロッキード事件」でつぶされた。
そして、中曽根以降アメリカ的金融資本主義の導入で満州的統制経済もぐちゃぐちゃになって、岸信介以来の官僚主導の政治が破綻した、ということか。
そこに、田中角栄の弟子・小沢一郎が再び登場というのが、今度の選挙であった――と読んでみました。

 となると、今後はどうなるのでしょうか?
けっこう大規模な地殻変動なのかも知れません。
(でも、国会議員が選挙に奔走していてもそれなりにこの国は体をなしているのだから、官僚組織というのもそれなりにしっかりしている。)

 が、私としては、戊辰戦争など全く関係なしに、大学教員として、とにかく「大学入試は1月以降の一般入試だけにしてゴチャゴチャした入試はやめなさい」「インフル流行などの場合、授業回数は最低三分の二は確保すること」というような指導が出てくることを期待したい。

 ところで、この対談には京大の人文研人脈(今西錦司・石田栄一郎・梅棹忠夫)の戦争中の行動にも触れられています。
「そのメンバーが、実はみんな昭和通商という謎の商社の肩書きで張家口に行っています」
「謎の商社」というのは表では武器を扱い、裏ではアヘンを扱う商社ということです。
そして児玉誉士夫などが登場する。その児玉から人文研は北一輝の遺書などを買ってもっているらしい。
フィールドワークの学問というのはインディー・ジョーンズ的に結構ヤバイっす。

 というような話はもちろん講演ではしてません。
posted by CKP at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月29日

信濃川慕情:信濃川旅路の果ての秋の風――無茶

 大谷大学同窓会が夏休みに各支部で展開している「夏季八十講」の私カドワキ担当講演が8月30日より始まります。
 
8月30日 午後4時半〜5時半 彦根:グランドデューホテル

9月3日 午後2時〜3時半 飯山市南町 善覚寺
9月4日 午後2時〜3時 上越市 ホテルセンチュリーイカウ
9月5日 午後3時〜4時半 三条市本町 同朋会館

 いずれも同窓生以外の一般の方々にも公開されています。
講演タイトルはすべて「生老病死の現在」ですが、内容はおそらく少しずつ変わるでしょう。
同じ話ばかりしてると、飽きますから。
お近くでお暇な方は、どうか是非。

最終日はきっとヘロヘロな私が観察できます。
疲れきってると、何を言うか自分でも分りません。

が、三条市には信濃川は流れていたっけ?
posted by CKP at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月27日

フロイトと親鸞――「父殺し」という始まり

 本日は少し長し。

 なお、我が娘は地区の陸上競技会で中一の女子の部の走り高跳びで130センチを飛び優勝です(拍手)。

 では本題(?)です。

 古澤平作がフロイトに阿闍世コンプレクスを提出したことで、フロイトと浄土教−親鸞は実際につながっているということを岩田昭文先生に教えていただいた。
阿闍世コンプレクスはエディプスコンプレクスより母子関係に重きを置くが、古澤がそのような発想を得たのも、フロイトと浄土教−親鸞が共に「父殺し」という事件をその宗教観の発端としていたからであろう。

 フロイトも親鸞も「父殺し」という事件を非常に重要視するのである。

 フロイトは『トーテムとタブー』の第4論文「幼児期におけるトーテミズムの回帰」で、宗教の始まりを次のような「ファンタジーじみた仮説」で説明する。

「・・・ある日のこと、追放されていた兄弟たちが共謀して、父を殴り殺し食べ尽し、そうしてこの父の群族に終焉をもたらした。彼らは一致団結して、個々人には不可能であったことを成し遂げたのである(おそらく、新しい武器の使用といった文化の発展が、彼らに優越感を与えていたのであろう)。殺された者を食べ尽くすことは、食人的未開人には自明である。暴力的な原父は、兄弟のそれぞれにとって羨望されるとともに畏怖される模範像であった。そこで彼らは食べ尽くすという行為によって父との同一化を成し遂げ、それぞれを父の強さの一部を自分のものにしたのであった。おそらく人類最初の祝祭であるトーテム饗宴は、この記念すべき犯罪行為の反復であり、追想式典なのであろうし、それと共に、社会編成、習俗的諸制限そして宗教などあらゆるものが始まったのであろう。
 前提は度外視してこの結論を信ずるに足るものとみなすには、徒党を組んだ兄弟の一群が、父に対する矛盾した同一の感情に支配されていたと想定するだけでよい。我々はこの感情を、我々の幼児や神経症者の誰にも見られる父親コンプレクスのアンビヴァレンツの内容をなすものだと証明することができる。兄弟たちは彼らの権力欲と性的要求を強力に邪魔する父を憎んでいたが、その父を愛し、また賛嘆してもいたのである。父を排斥し、自分たちの憎悪を満足させ、父との同一化を実現してしまったあと、それまで押さえつけられていた情愛の蠢きが顕わになってくる。それは後悔という形で生じ、この共通に感じられる後悔と一体となって罪責意識が発生した。死者は今や、生きていたときよりも強くなったのである。これらのすべては、今日でもなお人間の運命に見られることである。以前は父がその現実の存在で妨げていたことを、今や息子たちは「事後的後悔」という精神分析では周知の心的情況においてみずから禁止したのである。息子たちは、父の代替物であるトーテムの殺害を不法と公言することにより、自分らの行為を撤回し、自由に手を出せるようになった女を諦めることで、その行為の果実を断念した。こうして彼らは、息子の罪責意識からトーテミズムの二つの基本的タブーを作り出した。この二つのタブーは、まさにされゆえに、エディプスコンプレクスの二つの抑圧された欲望に一致せざるを得なかった。したがってこれに反した者は、原始的社会が気にかける二つしかない犯罪の責めを負うことになった。」(岩波版フロイト全集第12巻、182〜3ページ)

 部族の女を独占し息子たちを追い出した強大な父を息子たちは一致団結し殺害し食べ尽した――すべてはここから始まるとフロイトは言う。
そして、原始人において観念は現実の行動によって表現されるのだから、このような行為は単なるファンタジーではなく、実際にありえたと主張し、この論文の最後をゲーテの『ファウスト』から引用「はじめに行いありき」で閉じる。

しかし、その後書かれた序文では、
「たとえ結局この仮説がまったくありそうもないということになっても、とにかく再構築の困難な現実に近づきえたということはありうるのであって、このことに対しては批難されるいわれはなんらないのである」
と、ほとんど居直って、この序文を閉じている。

 じっさい、現代の人類学ではトーテミズムの発生をこのようなファンタジー的事実で説明するフロイトの説は相手にされていない。
しかし、宗教の起源を考えるときは、現在でも無視することのできない考察である。
現実社会が「権力欲」と「性的要求」の二つの欲望で構成されているとした場合、宗教はそのような現実社会を超え出るところに成り立つからである。
おそらくこの二つの欲望の挫折が、人々を宗教へ向かわせるのは今も昔も変わらないであろう。あるいは、宗教的世界に生きようとする者を邪魔するのは、今も昔もこの二つの欲望である。

親鸞が、「悲しき哉、愚禿鸞」と、「愚禿釈親鸞」から「真の仏弟子」を意味する「釈」の字をはずしてみずからを「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑す」と告白するのは、「性的要求」と「権力欲」が、親鸞が「真の仏弟子」たることを邪魔しているという自己洞察からである。

 そして、「父を殺す」ということは、フロイト的に見れば、権力と性欲を独占している父を、権力欲と性欲の虜になって殺すということである。
したがって、父を殺した阿闍世は、「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑」していたからこそ、父の王を殺したということになる。
親鸞の浄土教は、このような殺人を犯し、仏教的救いから排除される人間の救いこそを問題にする。
だから、親鸞の『教行信証』は次のように始まる。

「ひそかにおもんみれば、
難思の弘誓は、難度海を度する大船、
無碍の光明は、無明の闇を破する恵日なり。
しかればすなわち、
浄邦縁熟して、調達、闍世をして逆害を興ぜしむ、
浄業機彰れて、釈迦、韋堤をして安養を選ばしめたまえり。
これすなわち、
権化の仁、斉しく苦悩の群萌を救済し、
世雄の悲、正しく逆謗闡堤を恵まんと欲す。」

 親鸞は、最初に阿弥陀如来の本願の功徳を賛嘆した後、浄土の機縁が熟したとして、4人の「権化」つまり人類の代表選手を登場させている。調達ことデイバダッタ、アジャセ、釈迦、そしてアジャセの母、韋堤ことイダイケ王妃である。

 釈迦のいとこであるデイバダッタはアジャセを唆して「逆害」すなわち父殺しを犯させる。
そのとき、自分も殺されそうになった母イダイケは釈迦の導きによって阿弥陀如来の浄土を選んだ。
その浄土は、法を謗り殺人を犯すような救いから除外されたもの(闡堤)をも救う。

 このように親鸞は、その浄土教の理解の最初に、権力欲の(同時におそらく性欲の)虜にとなったアジャセによる「父殺し」という犯罪をすえるのである。
このアジャセのような人間が救済されなければ、その宗教は無意味である。
なぜならば、親鸞自身が「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑」する一人のアジャセであったからである。

 ゆえに、親鸞は『教行信証』の「信巻」で「真の仏弟子」について述べた後、みずからがそこから除外された人間であることを告白し、「涅槃経」から延々とアジャセの殺人とその救いの物語を引用するのである。
そして、次のように総括する。

「ここをもって今大聖の真説に拠るに、
難化の三機、
難治の三病は、
大悲の弘誓を憑(たの)み、
利他の信海に帰すれば、
これを矜哀して治す、
これを憐憫して療したまう。
たとえば醍醐の妙薬の一切の病を療するがごとし。
濁世の庶類、
穢悪の群生、
金剛不壊の真心を求念すべし、
本願醍醐の妙薬を執持すべしなりと、
知るべし。」

 親鸞は権力欲と性欲にとり憑かれた人間を「病気」と看做す。
しかし、社会は基本的に権力欲と性欲によって成り立っている。
とすれば、社会に生きるということは基本的に病気であるということである。
その社会=俗世間=娑婆を超えるのは、「本願醍醐の妙薬」によるという。
つまり妙薬たる念仏によって浄土往生は約束された。
しかし、社会に生きる限り、「病気」は逃れがたい。
だがしかし、その浄土から自分が病気であることを見つめる目をいただいたものと、病気であるのにそれを自覚しない者の振る舞いはおのずと違ってくるであろう。
 このあたりがフロイトと親鸞では微妙に違ってくるのではないだろうか。

 先に引用したフロイトの文章の一部をもう一度引用してみよう。

「・・・父を排斥し、自分たちの憎悪を満足させ、父との同一化を実現してしまったあと、それまで押さえつけられていた情愛の蠢きが顕わになってくる。それは後悔という形で生じ、この共通に感じられる後悔と一体となって罪責意識が発生した。死者は今や、生きていたときよりも強くなったのである。これらのすべては、今日でもなお人間の運命に見られることである。以前は父がその現実の存在で妨げていたことを、今や息子たちは「事後的後悔」という精神分析では周知の心的情況においてみずから禁止したのである。息子たちは、父の代替物であるトーテムの殺害を不法と公言することにより、自分らの行為を撤回し、自由に手を出せるようになった女を諦めることで、その行為の果実を断念した。こうして彼らは、息子の罪責意識からトーテミズムの二つの基本的タブーを作り出した。」

 これがフロイトの考える宗教の「現状」である。
そこでは、殺された父は「生きていたときよりも強くなった」のであり、ゆえに「罪責意識」よりタブーをつくりだした。

 ここでは未だ権力欲と性欲から開放されていない苦しげな息子、つまりエディプスコンプレクスから解放されていない病人がいるように見える。
 フロイトにとっては、このコンプレクス段階を超えるということが、文明の課題であり、それは学問(科学)によるものであった(これについては安藤泰至先生の論文があるが、今手元にないので紹介できない。『欲望・身体・生命』所収(昭和堂)までは分かるのですが。すまない。)

「快原理の彼岸」が書かれなければならなかった所以である。

 ともかく、「父殺し」ということがフロイトにとっても親鸞にとっても、重要な要素となっていることはご同意いただけると思う。
 しかし、その差異について考えると、まだまだ興味深い問題が湧き出てくるように思う。

 まだ、まとまっていなくて申し訳ないが、とにかく一度書き出してみました。

 お疲れ様でした。

posted by CKP at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

お一人さまの死後――お墓の中のお骨はどうなっているのか?

 本日は朝から我が善久寺の総墓の改修工事に立ち会う。
墓石屋さんと一緒に墓の中のお骨を別の箇所に運ぶ。
明治期以来納骨された、この寺の門徒さん、おそらく千人近い方のお骨である。
寺の総墓に入るのはほんの一部であるから、そんなたいそうな量ではないが、それでも一メートル四方で80センチ位の高さになっていた。

 墓の中のお骨はどうなっていたと思いますか?

 およそ下から半分の高さまでは見事な黒土になっておりました。バクテリアに分解されてこうなるんでしょうね。
その上はまだ白いお骨です。

 中には、ビニール製の骨壷のままいれてあるのがありました。
中を開けると、湿っていて黒く黴びていました。
中から出して差し上げました。
納骨するときは、骨壷から出して納骨しましょう。

 また、金襴の骨箱のまま放りこんであるものがありました。
すると、金の糸以外はなくなって、金糸がビラビラと残っています。あまり見よいものではありませんーーもっともお墓の中を覗く人もあまりいませんが・・・。

 我が寺ではお骨を半紙に来るんで納骨します。本山だと木箱ですが。
骨箱や骨壷のままの納骨は、基本的にないはずです。
どうも無断での納骨があったようです。
どのような事情があったのでしょう?

 これからの時代、いろんな事情で自分(の家)のお墓を立てない方が多くなると思います。
また、死後だれもお参りしてくれる者もいないという方もおられると思います。
そういう方は、各寺のこのような総墓に納骨していただき永代にご供養していただくということができます。

我が寺でもご相談に応じますので、どうか、ぜひ!

「どうか、ぜひ!」とお誘いすることではありますまいが・・・

posted by CKP at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

ベルリン世界陸上に学ぶ――そんなに速く走ってどうなるんですか?

 ようやくベルリン世界陸上が終わった。
 どうしても夜更かしして見てしまうので、夏バテに世界陸上観戦バテで結構つらい。
なら、観なきゃいいんだけど、好きなんですね、陸上競技。
 
 どれだけ速く走れるか?
 どれだけ高く、あるいは遠くに飛べるか?
 どれだけ、遠くに投げれるか?

 馬鹿みたいに単純で、それに今の時代、全く何の役にも立たない能力を真剣に競い合う姿が、なんとも愛しいのであります。

 今の日本で「槍投げ」の能力は必要ないだろう。
 42.195キロメートルを走りとおさねばなない事態は、私の生涯には決して起こらないだろう。

 なら、世界陸上に出場している選手を頂点とする世界中のアスリートたちは、なぜ、こんな馬鹿馬鹿しいことをやっているのであろう?

 もちろん、ボルト選手ぐらいになると、スポンサーがついて結果的に金儲けができるが、しかし、無数のアスリートたちはそんなこと関係なしに、あとコンマ一秒速く、あと一センチ高く、遠くと毎日努力している。

 何を隠そう、我が家の娘も、走り高跳びの練習に夏休みというのに、毎日せっせと通っている。
そんな我子に「高飛びしてなんの役に立つのぉ?」などとからかう奴がいたら、親父として出て行ってそ奴の面を張り倒してやる――暴力はいけないけどね。

 何かの役に立つから、それをする――という「投資」の思想が蔓延してくると、そうのように問う人間が出てくるのである。
 何かに役に立つから勉強する、としか考えらられない者は「これを勉強すると何の役に立つのですか?」を知的な問いだと思っている。

 もちろん、そうゆう勉強もある。
語学などは、そのようなモチベーションがないといつまで経っても上達しないのは事実である。

 しかし、何の役に立つかわからない勉強や努力を強いられることがある。
そのすべてとは言わないが、そこには、「今の自分」は想像もできないない境地にこの自分を引き上げてくれるという結果を生み出すものがある。
そうゆう努力は、指導者から「とにかくやってみろ」と努力を強制されたりするのである。
あるいは、その対象がどうゆう訳か、努力を誘ってくるのである。
そして、思ってもみなかった世界が開ける。

 早い話、「逆上がりができた!」という経験がそれである。

 ボルトなんかも、おそらくそういう世界が開かれていくのが面白くてしょうがないのだろう。

 そういう風になると「なぜ、そんなには速く走るのですか?」という問いには「そこに100メートル競走があるからだ」としか答えようがないのだろう。
「なぜ山に登るか」に対してある有名な登山家が「そこに山があるからだ」と答えたように。

 だから、私は、どなたかが「そんなにブログを書いてどうするんですか」と訊いてこないかと、手ぐすねひいて、首を洗って、お待ち申しているわけであります。
posted by CKP at 14:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月21日

残暑にグールド――吉田秀和翁の「ロマンティーク」の定義

 この19日の水曜日、夜になっても暑いので、教育テレビの「こだわり人物伝 グレン・グールド―鍵盤のエクスタシー(宮澤淳一)」を観た。

 グールドのモーツアルトの「エキセントリック」な演奏と、ブラームスの間奏曲の「ロマンティーク」な演奏がどのように、グールドの中で繋がっているのか、をテーマにした番組だった。

 グールドは、モーツァルトのピアノ・ソナタはめっぽう速く弾くか、ゆ〜っくり弾くかで、「エキセントリック」な演奏をレコードに残している。
その一方で、ブラームスのピアノの小品やスクリャービンの神秘的なピアノ曲を、ずぶずぶに思いっきりロマンティークに弾いている。

 グールドがピアノを弾く手を空いた手で指揮しながらが唸る様子がいっぱいビデオで流れて、それだけでもめっぽうエクセントリックでロマンティークなグールドが味わえる。
が、吉田秀和翁の「ロマンティーク」の定義を聞いてなるほどなと思った。

「ロマンティークってのは、存在しないものへの憧れで、その一方で存在するものへの不満・批判の表明なんです」

 なるほど、すっごく分りやすい。
言われれば当たり前田のクラッカーであるが、しかし、なかなかこんなにすっきり言えるものではない。
さすが吉田秀和である。

 吉田翁もこの番組を進める宮澤氏も「グールドはロマンティークの末裔」といいたいようである。

 ただ、そうなってくると分らないがのが、「レコード」という存在である。
グールドは、コンサートをやめて録音・録画だけで演奏した。
コンサートは、記録されない限り存在しなくなる。
レコードは、世界中に「存在」してしまう。

 ロマンティークの「憧れ」「批判」が「存在」として批判の的になり、論争を巻き起こす――ひょっとして、グールドはここまで視野に入れていたのか?
宮澤氏の言う「デタッチメント」(超然的態度)というのも、このような混乱をも眺めることのできる態度を指しているのだろうか?
そんなことを考えさせてくれる番組でした。

 来週は「最後のゴールドベルク」だそうです。
そこではdetachmentと訳された「非人情」がテーマである漱石の『草枕』がグールドの愛読書であった、ということを軸にして死の直前のゴルトベルクの再録音について語られるようです。
暑くなくてもみよーっと。

 そういえば、そのむかしO木君に「吉田秀和って、大相撲の取り組みを描写して文章の練習したらしいぞ」と教えてもらったことを思い出した。
posted by CKP at 16:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月19日

残暑に風太郎――「歴史上の人気者」

 あまりに暑いので山田風太郎のエッセイを読む。
風太郎先生はときどき私などの凡人が思いつきもしないゾッとするようなことを書いておられるからである。
が、ここにご紹介するのは、そのような心胆寒からしむる恐ろしげな話ではない。
「歴史上の人気者」というどちらかというと脱力系のエッセイである(『秀吉はいつ知ったか』所収、筑摩書房)。

 このエッセイを風太郎先生は次のように書いておられる。

「歴史上の人物の人気を測定する目安はいろいろあるだろうが、その人物について書かれた伝記、評論、研究の「量」によって見るのも一つの――おそらく極めて有力な――方法ではないかと思う。」(同書138ページ)

 ごもっともである。
それで、先生は『日本人物文献目録』(法政大学文学部史学教室編、平凡社、1974年)を紐解かれるのである。

「明治初年から昭和41年まで――つまり明治以来百年間――に刊行された図書、雑誌の記事から、日本人の伝記に関する十数万の文献を収録したもので、つまり、ある人物についてどんな書物や研究が書かれているか、これを調べれば分かるようになっている。B5判1200ページの大冊で、内容は43行3段組で出来ている。」

 扱われている人物は3万余り。
風太郎先生は、そのうち1ページ以上つまり3段以上の文献が挙げられている人物136人を列挙していかれる。

 乗りかかった船である。
それらを丸ごと写す。

まず3段位。
大伴家持、山上憶良、清少納言、和泉式部、藤原俊成、源義経、源頼朝、源実朝、織田信長、狩野探幽、俵屋宗達、水戸光圀、中江藤樹、熊沢蕃山、契沖、白隠、平賀源内、司馬江漢、大塩平八郎、東洲斎写楽、伊能忠敬、高野長英、橋本佐内、坂本竜馬、勝海舟、中江兆民、板垣退助、高山樗牛、岩野泡鳴、小泉八雲、徳富蘆花、原敬、島木赤彦、小林多喜二、若山牧水、伊藤左千夫、泉鏡花、西園寺公望、西田幾多郎、菊池寛、横光利一、高村光太郎、高浜虚子、吉田茂、川端康成、中野重治、小林秀雄。

4段位。
柿本人麻呂、紫式部、菅原道真、兼好法師、千利休、本阿弥光悦、上田秋成、谷文晁、田能村竹田、松平定信、高山彦九郎、佐藤信淵、尾崎紅葉、幸徳秋水、渋沢栄一、木下尚江、長塚節、与謝野晶子、萩原朔太郎、北原白秋、幸田露伴、河上肇、宮本百合子、徳田秋声、堀辰雄、佐藤春夫、正宗白鳥。

5段位。
神武天皇、藤原定家、楠木正成、徳川家康、山鹿素行、円山応挙、喜多川歌麿、滝沢馬琴、佐久間象山、北村透谷、国木田独歩、伊藤博文、乃木希典、有島武郎、内村鑑三、坪内逍遥、片山潜、宮沢賢治、太宰治、谷崎潤一郎、志賀直哉。

このあたりまではけっこう多い。

6段位。
世阿弥、尾形光琳、新井白石、賀茂真淵、安藤広重、樋口一葉、二葉亭四迷。

7段位。
最澄、西行、近松門左衛門、池大雅、良寛、葛飾北斎、頼山陽、明治天皇。

8段位。
雪舟、豊臣秀吉、井原西鶴、吉田松陰、西郷隆盛、芥川龍之介、斉藤茂吉、永井荷風。

9段位。
法然、一茶、二宮尊徳、島崎藤村。

10段位。
道元。

これで終わりではない。
まだ続く。

11段位。
与謝蕪村、渡辺崋山。

12段位。
空海、福沢諭吉、正岡子規。

13段位。
本居宣長。

14段位。
森鴎外。

15,16はなしで17段位。
聖徳太子、夏目漱石。

ここからは風太郎先生からの引用。

「18段は――
日蓮、石川啄木。
 なんと石川啄木は鴎外、漱石をも抜いているのである。そして、「男とうまれ男と交り負けてをりかるがゆえにや秋が身にしむ」「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ」と歌った啄木は、この目録全体から見ても第3位にある。
 あとは飛んで23段。
 松尾芭蕉。
 そして、パンパカパーン、最高位の25段は、」

 「パンパカパーン」って風太郎先生、今週のヒット曲のベストテンじゃないんだから・・・・(というかマンガトリオか?)

というわけで、第一位は誰でしょう?
それは、CMのあとで・・・・・・

【フロイト全集12巻「トーテムとタブー」、訳者自ら絶賛して、まだまだ発売中(予約出版だけど・・・)補助金・免税なし、ただしサイン付き!】

引用続行。

「そして、パンパカパーン、最高位の25段は、
 親鸞。
 親鸞はえらい人にはちがいなかろうが、これが最高位とはちょっと意外であった。
 しかし、これによって見ると、大体において、魂のありどころ、精神の慰謝となる人物ほど人々の関心のまととなるという厳粛な事実が浮かび上げって来る。権門富豪何かあらんやだ。」

 風太郎先生は「これが最高位とはちょっと意外」と親鸞を「これ」呼ばわりして、罰当たりなことを書いておられるが、私とて親鸞「聖人」が一位に「なられる」とは、意外であった。
皆さんはどうですか?
 私はなんとなく豊臣秀吉あたりかなと思いましたが。
「人気」と親鸞はうまく結びつかない。

 確かに風太郎先生のおっしゃる如く「権門富豪」よりも「魂のありどころ」となる人物に多くの関心が集まっているのであろう。

 しかし、ベスト3の4人、日蓮、石川啄木、松尾芭蕉、親鸞にはもう一つの共通点がある。
さて、なんでしょう?

 ここはCMに入らず、すぐさま私の考えを述べると、「短」あるいはシンプルなのである。
 日蓮=南無妙法蓮華経
 啄木=五七五七七
 芭蕉=五七五
 親鸞=南無阿弥陀仏

 皆さん、短いのである。
それだけに、分かりにくいのである。
謎なのである。
不可思議なのである。

 分からないから、人々はこうだろうか、ああだろうかと考えて、そしてその思考を世に問うのである。

 シンプルなのに、いやシンプルだから分からない。
しかし、その謎は人々を魅了して止まないのである。
この辺りが人間の思考の面白いところであるなァ、と思い、風太郎先生のエッセイをやけくそ的にひたすら書き写してみたのでした。 

 お疲れ様でした。
posted by CKP at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

昆虫脳でスミマセン(その2)――なんでのりPばっかり報道されるんだ?

 この二週間ひたすらお坊さんをしながら阿弥陀経を読んでいたのであるが、そうしていても「?」と腑に落ちないことがある。

 テレビのニュースやワイドショウは、「のりP」つまり酒井某とその夫の事件を毎日小出しにやってるのだが、死者が出ている押尾某の事件の方はめったに報道しない。
 そんなことを考えながらお坊さんをしているようでは、バチがあたるかも知れぬ、と思いながらの二週間であった。

 でもね、気になるんですね。

 なんとなく、押尾某の事件はあまりつつきたくないという空気を感じるのは拙僧だけであろうか。
 でもね、「変死体」が出てるですよ。
 どう考えても、こっちのほうが重大事件ですよね。
それに出てくる人物や場所も派手そうでワイドショウ好みなのに・・・・

 ほんとに下種なボーズでスミマセン。
いや、きちんとお弔いせねばならない、きっとそういう興味だな、これは・・・
真っ当な感覚だぞ!

 ま、このような問題に対する様々な見方は、インターネットを調べれば分るのであろうが・・・・・。
しかし、昆虫脳のお坊さんは、「変なところ行くとバチがあたる」と思っているから、ただボーサンと考えているだけなのでした。
posted by CKP at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月17日

フロイトと親鸞――まずは、近角常観と古澤平作の関係から

 フロイトと親鸞には共通点がある!と大見得を切ったものの、ホントかなぁと不安になっていた。
そこに、なんとシンクロニシティ!
大阪教育大学の岩田文昭先生から、まるではかったように「阿闍世コンプレックスと近角常観」という論文の抜き刷りが届いた(『臨床精神医学』第38巻第7号)。
 このタイトルの意味するところを、論文の主に前半部分を紹介しながら解説する。

 近角常観(ちかずみじょうかん、1870〜1941年)は、清沢満之とも親交のあった浄土真宗大谷派の僧侶(清沢より7歳若い)。
明治31年に東京帝国大学文学部哲学科を卒業し、欧州視察の後、東大の近くに「求道学舎」を立て『求道』を発刊し、学生に「歎異抄」を中心とした親鸞の教えを説いた。
 その学生の中に、日本の精神分析の草分けである古澤平作(こさわへいさく、1897〜1968)がいた。先ごろなくなった「甘え理論」の土居健郎は古澤の弟子である。

 古澤は、近角の自らを阿闍世と同一視する回心体験に影響を受け、その阿闍世的回心に「母を愛するが故に母を殺害せんとする欲望的傾向」つまり「阿闍世コンプレックス」を読み込んだ。岩田先生によれば、古澤の阿闍世理解は、ほとんど近角の『懺悔録』によっているということである。

 この古澤という人は、昭和初期にウィーンのフロイトの下で学び、フロイトのエディプス・コンプレックスに対して、フロイト自身に「阿闍世コンプレックス」を提出した人である。
つまり、親鸞の教えを受けた人物が、フロイトの下で、阿闍世コンプレックスを発想したのである。
というわけで、歴史的事実において、フロイトと親鸞はつながっているのである(ただし、フロイトがそれをどのように受け取ったのかは、この論文では触れられていない)。

 しかし、この時期の日本人がどうしてユダヤ人フロイトの妖しげな精神分析を学ぶためにウィーンくんだりまで出かけたのだろうか?これはこれで結構面白そうなテーマである。

 それはともかく、古澤はこの「阿闍世コンプレックス」の克服を「子供の殺人的傾向が親の自己犠牲にとろかされて子供に罪悪の意識の生じたる意識」の成立において考えた。
「とろかされて」という言葉がなんとも独特な表現である。

 この「とろかし」が、弟子の土居健郎、小此木啓吾に批判的に継承されていく――岩田先生の論文の後半はこの問題の展開に当てられているが、そうすると、日本の精神分析は、フロイトと親鸞の出会いによって発展したと言っても、ウソにはならないということである。

 が、この話、「阿闍世って何者?」という人にはよく分からないだろうし、「エディプス・コンプレックスって何なん?」という方にはもっと分からないであろう。

 しかし、お盆明けで疲れれきっている拙僧にはそれを展開する気力はない、ナマンダブ。
そのあたりをキチンと調べたい方は、岩田文昭先生の「歴史と物語―阿闍世コンプレックスの生成―」(長谷・細谷編『宗教の根源性と現代』第一巻所収、晃洋書房、2001年)、あるいは北山修編『阿闍世コンプレックス』創元社、2001年などを参照してください。

 しかし、岩田先生も実は私の後輩で「岩田君」と呼んでもバチはあたらんのであるが、次から次へと大変示唆にとんだお仕事を発表なさるので、つい「先生」になってしまうのでありました。
偉い後輩を持つというのは、有難いような、肩身が狭いような・・・困ったもんです。
別に困ることないか・・・・
posted by CKP at 13:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月14日

門脇健「今、葬儀を考える」前・後編 (「人間といういのちの相」『同朋新聞』、2009年7/8月号)

下記をクリックすると、pdfファイルの記事が開きます(かなり重いので、気長にお待ちください)。記事はCKP臨床宗教学/死生学研究の一環です。それにしても、8月号の表紙写真、よい写真ですね。

7月号1面
7月号2.3面
8月号1面
写真/井上隆雄『おのずからしからしむ〜人間・親鸞のいのちとこころ、その生涯に歩く』(東本願寺出版部)より
8月号2.3面
posted by pilz at 21:33| Comment(2) | 思想の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月08日

昆虫脳でスミマセン――佐賀枝夏文先生や池上先生のご本のご紹介

 『同朋新聞』7・8月号のワタクシメのインタビュー記事をアップするつもりでございました。

 その記事を編集してくださった東本願寺出版部のK山さんに記事をPDFファイルにしていただきメールで送っていただいて、いざアップと思ったら、うまくいかない。
パソコンの前で、だいぶ頑張ったのだが、なにせ昆虫脳(@イケガミ)であるから、キューリをかじるほか何もできない。
K山さん、スミマセン。

 そのかわりと言っちゃなんだが、社会学科の佐賀枝夏文先生の新刊絵本『ぼくはいまここにいる』や池上哲司先生のロング・セラー『不可思議な日常』が購入できる東本願寺出版部の「TOMOぶっく」をご紹介します。

https://books.higashihonganji.jp/catalog/default.php

田口ランディさんの新刊『宙返りの練習』も買えます。
これくらいはできます。

posted by CKP at 15:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月04日

きのうフロイト、明日は親鸞、どうせおいらは・・・――渡り鳥ブルース

 フロイトの「トーテムとタブー」の翻訳が終わって、今度はもうすぐ750回忌を迎える親鸞の論集の編集に携わっている。
今までこの研究会のチーフを務められていた安冨信哉先生がいちおう「定年」となられたので、最初からこの会に参加していた私がそのあとを受け継いだのである。
ま、先生が敷いてくださったレールの上を行くだけだから問題はないのだが、昨日までフロイトだ、「トーテムとタブー」だ、と騒いでいた輩が、手のひらを返すように「次は親鸞だ」と廊下トンビのように騒ぐのはいささか気が引けないでもない(なら、騒がなきゃいいんですが、性格上、そうもいかない)。

 そこで、フロイトと親鸞は実はつながっている――と強弁してみる。
すると、あら不思議、つながってくるんですね、これが。

 と、すぐに私の考えを述べるのも芸がない。
岩波版フロイト全集第12巻所収の「トーテムとタブー」の第4論文と親鸞の『教行信証』のいわゆる「総序」や「信巻」などを読んで考えてみるのは暑気払いによろしいかと思います(ほんとは、まだ分からないので時間稼ぎかもしれませんが・・・)。

 あくまでもフロイト全集「第12巻」の販売促進に努める私でした。
posted by CKP at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

池上哲司先生ご講演ご案内――『岩波講座哲学』第12巻のその後

 池上哲司先生の論文が収められる『岩波講座哲学』の第12巻は、6月発刊が7月30日に延びていたが、またまた延期で10月ごろ発刊ということになったそうな。
 池上先生は「とっくに出した」、つまり論文を岩波編集部に提出なさっているらしいが、ほかのどなたかの論文が遅れているらしい。
「性/愛の哲学」だからと言って、じらせばいいというものではなかろう。

 「もう駄目、待てない」という方は、今日、明日と池上先生の講演があるのでそちらに出かけられてはいかがであろうか。

8月1日 午後2時より  静岡市グランシップ
8月2日 午後1時半より 山梨市大和ふるさと会館

 講演題目は「今、ここに生きるということ」

 論理的でしかも静かな抒情をたたえた深いお話が展開されるであろう。
 静岡・山梨方面の方はぜひ!
posted by CKP at 09:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする