2009年07月30日

鴨川慕情(慕情シリーズ第2弾!)―「フロイトにレポートの書き方を学ぶ」(実践篇)

 学生ブログで誰か祇園祭はアベックばかりでいやだとヘタレたことを書いておられたが、哲学科の学生たるもの、ここで断固として祇園祭におけるアベックの生態の考察に進まねばならない。

 というわけで、このテーマで小論文を書いてみよう。
題して、

「鴨川慕情――河原におけるアンビヴァレンツの回帰」

 夕暮れ、アベックたちが鴨川の河原に見事に等間隔に坐るというのが京都の夏の風物詩である。
まことに、苦々しい光景ではあるが、しかし何故彼らは等間隔に坐るのかを考察しよう。
ちなみに、私はそのような桃色行動はとったことはない。

 A・B・Cの三組のアベックが等感覚に座っている場合、一般的考察は次のように述べる。
これらのアベックはA・B・Cの順に座ったのではない。まずAが座り、次にCが座り、そのちょうど中間地点にBが座ったのである。
このようにして、アベックたちはほかのアベックの中間地点に坐ることによって、結果として等間隔に坐るのである。
これが一般的考察である。

 しかし、これではなぜ彼らが中間地点に坐るかはやはり謎のままである。
この暗闇に唯一の光を投ずるのは、ゲスの勘繰りである。

 彼らは中間地点に坐るのではない。
Bは、AからもCからも、最も離れた地点に坐ろうとするのである。
それが中間地点なのである。
しかし、なぜ、最遠距離を取ろうとするのか?

 ゲスの勘繰りによれば、彼らは他人からもっとも離れなければならいようなコトに及ぼうとするからである。
そのコトがどんなことかは知らないが、とにかく、薄暗がりで、他人から見られたり聞かれたくないコトに及ぼうとしているのである。
けしからんことである――という個人的な評価はさておくとして、しかし、ここに大きな謎が残る。

 そんなに離れたいのならば、なぜのノコノコと河原にやってくるのか。
夕暮れの河原には蚊がぶんぶん飛んでいるだろう(よく知らないが)。
ヨッパライがやって来るだろう(それは私ではない)。
そんな場所にいないで、下宿なりホテルなりトットと行けばよいではないか、と思う。

 どう考えても、「見られるということ」も「コトのうち」としか考えられない。
「見られたくないけど、見られたい」というアンビヴァレントな感情があ奴らの胸のうちに蠢いているのである。

 というわけで、それらのアベックを橋の上から物欲しそうに見るということは、彼らの思うツボであるからして、こちらはトットと下宿へ帰って「フロイト全集第12巻トーテムとタブー」読むに限るのである。
これが学生の正しい夏の過ごし方である。
posted by CKP at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月28日

私の顔の半分は知的――『同朋新聞』8月号読んでね

 私のインタービュー記事の後半が掲載されている『同朋新聞』8月号が発刊されました。
大学では、響流館の事務受付のところに積んであるはずですので、お読みください。
今回も表紙の写真が素晴らしく、それにつられて記事内容もありがたいものになっております。

 がしかし、私の写真のマヌケ面は・・・・と思っていたら、写真で見る顔というのは、私自身が常日頃慣れ親しんでいる知的な我がツラとは違うのですね。

 池谷裕二さんの『単純な脳、複雑な「私」』(朝日出版社)の44ページから47ページあたりを読むと、イメージや映像は右脳が司ることが多い、と述べられている。

「脳が支配する体側(たいそく)は左右交差しますね。だから人の顔を見るとき、左側の視野で見たものは、交差して右脳に届きます。これでおわかりですね。私たちが見たものを判断するのは「左側」の視野が中心。」(46ページ)

 つまり、自分の顔を写真で見たとき、左側の視野で自分の右半分の顔を見ていることになる。
ところが、いつも鏡で見ているのは、自分の顔の左半分なのである。
私の場合、おそらくこの左半分が知的なのであろう。
で、右半分はそれに比べると若干マヌケなのであろう。
しかし、ふだん皆さんが私を見るときは、この右半分、つまり向って左側を見ていることになる。
この右半分を写真で左視野に見たとき、私はがっくりくるわけである。
(だんだん右と左がわからんようになってきたぞ・・・ほんに知的な脳であること)

 であるからして、私を見るときはできるだけ向って右半分(でいいのだな)を見るようにしていただければ、私の知的なツラが堪能いただけるということである。
が、今回の写真は場合は、どうも映りが悪く、それが十全に表現されていないが残念である。

 しかし、この『単純な脳、複雑な「私」』は大変知的刺激に満ちた本なので、夏休みの読書にどうぞ。
顔全体が知的になります、ハイ。
posted by CKP at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月26日

手取川慕情――『東京物語』雑感

 昨日(25日)は、越前市の自坊からクルマで2時間走り、石川県の旧白峰村の手取川ダムへ行く。
 32年前、檀家のおじさんの弟さんがこのダムの工事で事故死され、現地で33回忌の法要をお勤めしたのである。
出席者はその兄であるおじさん夫婦だけ。
小雨と風のなか、慰霊碑の前で何とかお経を上げ、振り返って「こうやってお勤めできるのもこれで最後ですね」と話しかけたら、おじさんは涙ぐんでうなずいておられた。

 33回忌の次は50回忌であるから、17年後、おじさんは92歳、私は72歳、両方ともピンピンして生きているということはないであろう。
憎まれている方が生き残っている(たぶん私)。
このように「死んでいる自分」を想像できるというのは、おそらく人間にしか出来ないことであろう――というようなことを考えながら、手取川に沿って帰り道ドライブしていたら『東京物語』(小津安二郎)のあるシーンを思い出した。

 東京へ子供たちを訪ねて出てきた老夫婦が医者をしている長男の家に泊まる。
土手で祖母とみ(東山千栄子)が孫と遊んでいる。
「勇ちゃん、あんた、大きうなったらなんになるん?」
「・・・・・・・」
「あんたもお父さんみたいにお医者さんか?――あんたがのう、お医者さんになるころァ、お祖母ちゃんおるかのう・・・・」
この後の東山千栄子の遠い目をした表情がなんとも言えぬ印象を残すシーン。

 この後、東京の息子や娘のところにいづらくなった老夫婦は尾道に帰り、とみは急死する。
映画のストーリーの上では、先の土手のシーンはその急死の伏線ということになろうが、東山千栄子の表情はこのシーンを単なる伏線以上のものにしている。

 そこから映画冒頭の老夫婦の東京旅行の準備のシーンを思い起こすと、近所のおばさんの「今日お発ちですか」の問いへの周吉(笠智衆)の答えがとても重いものに聞こえる。

「まァ今のうちに子供たちにも会(お)うとこうと思いましてなァ」

 結局このせりふどおり「今のうち」はとみの急死で現実のものとなる。

 映画の後半、その葬儀の場にいたたまれなくなった一番下の息子がお焼香の番になったことを告げる紀子(原節子)につぶやく。

「どうも木魚の音いかんですわ」
「どうして?」
「なんや知らん、お母さんがポッコポッコ小っそうなっていきよる・・・・僕、孝行せなんだでなァ」
「あの――もうお焼香ですけど・・・」
「いま死なれたらかんわんわ。――さればとて墓にふとんも着せられずや・・・・」

 このシーンを小津監督は何度も何度も取り直し、この末の息子を演じた大坂志郎が小津から「大女優の原さんに何度も演技させて大したもんだ」と苛め抜かれ消耗しきったところでOKが出たという伝説があるシーンである。

 そんなことから観ると、この『東京物語』全体のリズムも「ポッコポッコ」と老夫婦が死を前にして「小っそう」なってゆくような感覚がある。
そして、そのリズムが気持ちいい。
死を予想しながら小さくなってゆくリズムが気持ちいいのである。

 手取川ダムからの帰り道、そんなことを考えながら、深い緑のなかを走ったのであった。
石川県の名酒「手取川」を飲んでいい気分になったという話ではないのだよ(そう思った方が約一名確実におられるはずである)。

posted by CKP at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月23日

人生の終わり方――幕?それともフェイドアウト?

 先日、「ああ、これでオレは死んでしまうのかぁ・・・」という経験をした。

 家族とテレビを見ているとき、にわかにお腹がゴロゴロしてきたのでトイレに行く。
便座に座る間もなく激しい下痢が始まる。
頭がクラクラしてきて目の前が真っ暗になる。
そのうち今度は嘔吐感。
便座に膝まづきながらゲーェ・ゲーェと嘔吐。
脈拍が異常に速くなる。
冷汗がだらだらと流れる。
心臓がバクバク、意識は遠のきそうになる・・・・「き、き、救急車を・・・」と思うが声が出ない・・・家族はテレビを見て笑ってる・・・
・・・・・・
・・・・・・
が、出るものが出てしまうと、すっきりして何事もなかったように居間へ。
家族は何も知らずテレビを見ている・・・・
(どういうわけか、私だけの食当たりの大当たりであった。)

 しかし、便器を抱えながら遠のきそうになる意識の中で思わず考えましたね。
「これが、オレの人生の幕切れというのは、なんぼなんでも・・・」と。
だがしかし、同時に「ギリシア悲劇には『幕』はなかったよなぁ・・」とも考えていたのである。
ただただ便器を抱えていただけではないのである。

 この学期、哲学演習Tで読んだ『アンティゴネー』の全体を見て「?」と思ったのは、シェイクスピア劇のように「●幕×場」という表現がないことである。
ということは、劇が終わるときに「幕」は引かれない。
はじめて観る観客はどうやって「終わり」を認識したのだろう。

 これはお能などでも同じである。
私のようなシロートが能楽堂にゆくと、
「え?終わり?あ、やっぱり終わりだよね。え?拍手するの?」という状況に置かれるのである。

 いたずら好きのハイドンは交響曲第90番で、終わったと思わせて聴衆に「拍手」をさせ、そのあとまた続けるということをやっている。
 ベートーヴェンの「運命」のように派手に始まり、大騒ぎして終わるという形式はいつ頃からのものであろう。

 60年代の末、衛星中継でビートルズの「愛こそはすべて」が流れたとき、彼らのサイケなスタイルも結構ショックであったが、それよりショックだったのは、その曲のエンディングが自然と初期の「She loves you」に引き継がれていったことだった。
インドのシタールの演奏のように、終わりがない!

 文章にしても、日本語の場合、句読点というのは正式には明治までなかった。
古代ギリシア文法、ラテン語文法には一応その種の記号は出ているが、最初からあったのだろうか?

 つまり、「終わり」というのは相当人為的作業ということだ。
「終わる」ではなくて「終える」「お終いにする」という能動的作業ということだ。
あるいは、日本語の文章の句読点が西洋語をモデルに考案されていることから考えると、「終わる」というのは西洋的なものなのかもしれない。
親鸞の「終わり」の表現は
「なごりおしく思えども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるとき、かの土へはまいるべきなり」(『歎異抄』九条)
となっている。
どう想像してもても、ベートーヴェンの交響曲的な終わり方ではない。
どちらかというと、「ちからなくして」すーっとフェイド・アウトしてゆく感じである。

 それで、いったい今日の記事をどう終わっていいのか分らなくなってしまった私なのでした。
とにかく「終わり方」を研究するというのは興味深いことでありますね。

 そう言えば、津村記久子さんが、彼女の小説の「終わり方がオープンであること」について、「それは登場人物への敬意がそうさせる。彼らの人生をどこまでも支配するのは作家の傲慢」というようなことを言っておられました。
posted by CKP at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月21日

尋源館「完成」

 先日、卒業生のN君が来訪。近況などいろいろ話す。
 仕事をし、資格試験を受け、かつ通信課程で勉強するという多忙な日々を送っているのであるが、そのN君には「レゴ・ビルダー」という別の顔もある。

 以前からいろいろな作品の写真を見せてもらったりしているのだが、今回は現物を持ってきてくれた。その写真がこちら。

尋源館!
レゴ尋源館_0004.jpg

裏側。
レゴ尋源館_0001.jpg

見上げるアングルでもう一枚。結構迫力あるでしょ。
レゴ尋源館_0003.jpg

 製作にあたってあらためてパーツを買い集めたのではなく、とりあえず手持ちパーツだけでこれだけのものを作ってしまうのは凄い。特徴的な白い石のラインがかっこいい。
 N君、ありがとう!

(N君曰く、まだ完成形ではないとのこと。これは期待できます)
posted by (藤) at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月18日

レポートの書き方をフロイトに学ぶ――および哲学科演習Tのレポート字数制限の訂正とお詫び

先ずは学内連絡
大谷大学哲学科「哲学科演習T」の出席者の皆さんへ

 大谷大学哲学科一回生向けの哲学科演習Tの期末レポートの制限字数について訂正します。
教務課発行の期末試験一覧では哲学科演習Tの期末レポートの字数葉「4000字以内」となっておりますが、「2000字以内」に訂正し、お詫び申し上げます。
訂正時期が遅くなりましたので、4000字近くのレポートを仕上げてしまった人もいると思いますので、2000字を超えても4000字以内であれば受領します。
しかし、枝葉を切り取り2000字以内に収まるよう努力してください。
そうすれば、おそらくレポートのまとまりがよくなると思います。

 ほんとに申し訳ありませんでした。
お詫びかたがた、レポートを書き方についてコメントさせていただきます。

 というわけで、「レポートの書き方をフロイトに学ぶ」であります。

 まず、「レポート」といっても、哲学科の場合、単なる報告文ではなく「小論文」を指すことが多いということをご承知ください。
もちろん、報告文を求めることもありますから、課せられたレポートが「報告文」なのか「小論文」なのかをよく確かめて作成してください。

 さて、「小論文」でも「大論文」でも、基本的構成は同じなので、その構成をフロイトの『トーテムとタブー』の第四論文「幼児期におけるトーテミズムの回帰」に尋ねて見ましょう。
 フロイト自身、この第四論文を自分の「最良の仕事」と終生大事にしていました。
また、トーマス・マンは『トーテムとタブー』全体を「ドイツ語のエッセイの伝統に属し、そのあらゆる偉大な例に劣らない傑作」と絶賛しています。

 まずタイトルです。
「幼児期におけるトーテミズムの回帰」。
幼児期にトーテミズムが回帰する――いったいどういうことでしょう?
そのことで何が明らかになるのでしょうか?
否が応でも読者の関心が高まります――かどうかは分かりませんが、基本的にタイトルは読者の興味を喚起するものでなくてはなりません。
レポート=小論文も例外ではありません。
ふつうレポート試験では「●●●について」などという愛想のないテーマが与えられますが、そこに自分独自のタイトルをつけて提出すると、読むほうはそのタイトルを見ただけで「うむっ、出来るな」と合格へ大きく針を振ります。

 ただし、タイトルが最初に決まるとは限りません。
書きながらタイトルを考える人、ぴったりのタイトルが思い浮かばないと書き始めることが出来ない人、と人それぞれです。

 では、本文に進みます。

まず、テーマの設定と問題提起です。

 フロイトの場合は、何か書くたびにオーソドックスな学界から冷ややかな扱いを受けていましたから、すこし屈折した表現になります。

「精神分析が宗教のようにきわめて錯綜した現象を唯一の原因から導出するように誘惑されるなどと、心配するには及ばない。」(127ページ)

 つまり、精神分析は宗教のような錯綜した現象を唯一の原因から導出したくてしょうがないので、これからやってみます。どうせ無茶な試みだとお笑いになるでしょうけど――と言っているのです。
 ですから、読者は「まぁ、そこまで言うなら、その「唯一の原因」とやらを挙げて、そこから宗教を導き出してみな。読んでやろうじゃないの、フロイト君」という心持になって、フロイトとテーマとそこに現れる問題を思わず共有してしまいます。

 書き手とテーマと問題を共有することで人は始めて「読者」になります。そして、書き手はその読者に向けて書き進むことが出来るのです(だから、問題の共有者に資料をキチンと示すということが必要になります)。
 ただし普通の論文の場合、なぜこのことをテーマとし問題とするのかを素直に書いたほうが、共感を得られます。フロイトのようなメンドくさい書き方をすると、とりわけレポートをたくさん読まねばならないときは、「ああ、うっとおしい」といきなり不合格の方へ大きく針が振れるのでご注意ください。

 さて、フロイトのこの「幼児期におけるトーテミズムの回帰」は、宗教の唯一の原因とフロイトが考えるトーテミズムの解明(1〜5)とそこからの宗教の導出(6・7)という構成になっており、トーテミズムの解明が大きな問題として提出されます。

 そこで、第一章では、「トーテミズム」が人類の初期段階にある社会制度であるが、そこには未解明の問題があることが提示されます。
つまり、原始的民族ではトーテムとされる動物を大切するトーテミズムが見られるが、そこにはトーテムを殺してはならないというタブーと、同じトーテム部族のメンバー内では性交渉してはならないというタブーがあって、これらがどう関係しているのか理解できない――という問題が出されるのです。

第二章では、この問題に関する先行研究があげられ、それらの研究では上に挙げた問題が解明できないことを示します。
学界から冷たくされているフロイトはこの作業を綿密に、しかし先行諸研究の欠陥を大上段から切り捨てるという無礼をせずに進めます。つまり、この人の研究はここはいいけど、そこはいかがなものか、という調子です。これをフロイトはネチネチと大変細かくやります。ですから、この部分は大変読みにくい。
その最後に、先行研究の変り種としてダーウィンの原始群族の説を挙げます。
(最初に読む場合、この第二章はとばしてもバチはあたらないと思います。ただし、158ページから162ページまでの、フレイザーの「法が禁止するのは人間が欲望すること」説とダーウィンの原始群族に関する説の紹介は目を通しておいたほうがいいでしょう。)

ただし、学界に華々しくデビューする博士論文ではこの先行研究の批判という項目は必要ですが、哲学科で近代以降の哲学者のテクストを問題にする場合は、先行研究をあれこれと読むよりも、テクストそのものをよく読み、問題を整理することに全力を注ぐべきです。
ろくでもない先行研究を読むよりは原典研究をしっかりやるべきです。
信頼できる先行研究が見出された場合は、それを導きの糸として問題のテクストを整理し解明に当たるというスタイルが望ましいでしょう。

第三章ではいよいよ独自の考察の開始です。
こんな文章で始まります。

「この暗闇に唯一の光を投げかけるのは、精神分析の経験である。」(154ページ)

この一文だけで段落を構成する文章です。
ものすごい自信です。
前の章でいくら先行研究を慇懃に扱ったとしても、それらの研究ではトーテミズムは「暗闇」のままだと断定し、その暗闇を照らす唯一の光は精神分析だ、と言ってしまえば、そりゃ学界から総スカンをくいますわな。
このようなことはフロイトのような20世紀で一番頭のよい人に属する人にだけ許されることです(というかフロイト自身、ちょっとヤケになっていたのかも知れません)。

普通はこのような表現は避けたほうが無難です。
このようなときに多用されるのが、認容文です。
「確かに、先行諸研究はトーテミズムに関しての一定の解明を果たしているが、しかし、精神分析の知見を応用すれば、未解明な問題に解決の糸口が見出されるように思われる」ってな調子です。
ですから認容文型というのは、学界で敵を作らないための「馴れ合い文型」と言ってもいいわけです。
あまりこの文型に慣れてしまうのも考え物でしょう。

 さて、ではその「唯一の光」です。
これは、ハンス坊ややアルパート坊やの「動物恐怖症」の分析を通して、そこにトーテミズムを読み込み、そしてそのトーテムである動物が「父の代替」であることを明らかにしたことです。
これがタイトルに表現された「幼児期におけるトーテミズムの回帰」です。
ですから、これが問題解明の鍵なのです。以後、この鍵でフロイトはあらゆる問題の解決の扉をこじ開けようとします。
この奇想天外な着想を得たフロイトは自分を天才だと思ったことでしょう。
しかし、フロイトは、自分ひとりだけが天才だと思うような馬鹿ではありません。

第四章ではローバトソン・スミスの「供犠・トーテム饗宴」の研究を紹介します。
トーテム動物が殺され、部族員全員で食い尽くされ、その動物を真似た踊りで祝祭が挙行され、最後にその動物の死が悼まれるというトーテム饗宴が紹介されます。

 そして第五章です。
「しかし、精神分析によってなされたトーテムの〔父親への〕読み換えと、トーテム饗宴の事実、そしてダーウィンによる人間社会の原初状態についての仮定を総合してみると、より深い理解の可能性が明らかになる。つまり、これまではばらばらであった現象系列に思いがけず統一をもたらすという利点を備えた仮説が、ファンタジーじみて見えるかもしれないにせよ、展望されてくるのである。」(181ページ)

 第二章の最後に言及されたダーウィンの原始群族の説。
第三章の「幼児期におけるトーテミズムの回帰」によるトーテム=父親説。
第四章のロバートソン・スミスの「供犠・トーテム饗宴」の研究。
これらを「思いがけず」統一する「ファンタジーじみた仮説」をフロイトは展開し、トーテミズムとその二つのタブーの関係を解き明かすのです。

 フロイトの思弁のトップ・ギアが入って、その思弁はポルシェのようにブォン・ブォンと爆走する。
もう誰にも止められない。

 そして、その勢いで第六章でトーテミズムから一気にキリスト教まで突っ走るのです。
そして第七章で、そのファンタジーじみた仮説が、心的な現実にとどまらず、原始人においては事実的な現実である可能性を示唆して、その爆走を終えるのです。

 その「ファンタジーじみた仮説」については、直接に『トーテムとタブー』を読んでみましょう。
フロイトの興奮を直に味わってください。

 ともあれ、フロイトのこの論文は
「テーマ設定と問題提起」
「先行研究批判」
「独自の考察」
「問題の解明あるいは深化」
という論文の基本的構成を見事に体現しているものとして、一生に一度は読むべきものです。
もちろん、私の訳した岩波版『フロイト全集第12巻』で!

 ところで、私の研究室にこの本を持参していただければいつでもサインするよ、と宣言しているのですが、いまだどなたもいらっしゃいません。
皆さん、遠慮深すぎるのではありますまいか。
ミーハーだなぁ、なんて決して軽蔑しないから、どうか是非!

が、その前にレポート(小論文)、がんばってね。
健闘を祈ります。
posted by CKP at 17:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月16日

スコセッシ×ストーンズ『SHINE A LIGHT』――「哲学科教員ブログ・ロードショウ」は忘れた頃にやってくる

 ハイ、長い長いご無沙汰でした。
今日は、2008年、マーティン・スコセッシ監督の『シャイン・ア・ライト』という作品を観ていきましょうね。

Shine a light――「光を当てろ」ということですね。
誰に光を当てるんでしょう?
ハイ、そうですね。ローリング・ストーンズというロック・バンドに光を当てるんですね。
ローリング・ストーンズ、ご存知ですね。
あら、あんた、ご存じないの?
ハイ、この映画観て、勉強しましょうね。

ローリング・ストーンズというのは、もう40年以上も活躍しているイギリス出身のオジサンたちのロックバンドですね。
最初からのメンバーのミック・ジャガー、キース・リチャーズ、チャーリー・ワッツはもう65歳を過ぎたおじいちゃんです。
そんなおじいちゃん達のロック・コンサートの記録映画です。
そんな映画、面白いんでしょうか?

 ハイ、これがとってもとっても面白いんですね。
まるで、小さなコンサート会場の観客と一緒にいるような臨場感が味わえる映画なんですね。
どうしてか?
映画の中で、なかなか始まらないんです、コンサートが。
一か月前。
曲目リストが決まらない。
一週間前。
まだ決まらない。
会場のキャメラ位置でミックとスコセッシが揉める。
映画を観てる方は、「早く始めろー」という気分になってくる。
いよいよコンサート当日。
まだ、曲目リストが出ない。
クリントン前大統領がコンサートにやって来る。
クリントンのゲストもたくさん来る。
「そんなもん、ほっとけー。はよー、始めんかい!」
あら、あんた、待っているうちにだんだん不良になってきたな。
このイライラ感、そしてワクワク感、スコセッシ、うまいこと撮ってるね。
さすが『ラスト・ワルツ』の監督やね。

 そして、開始のアナウンス。
スコセッシにリストが届く、と思う間もなく、最初の「ジャンピン、ジャック、フラッシュ」のギター・イントロ。
アッという間に、ストーンズ的ロックの世界へお客さんを連れていくんやね。
映画の観客も、もう遅れまいと必死でついていくしかない。
うまいなー。

 もちろんコンサート自体も、いろんな角度のキャメラでいろんな音を撮ってる。
60歳過ぎたおじいちゃんたちがイキイキとプレイする様子に、ホント、うまいこと光を当ててる。

 しかし、全部がピカピカに光るわけではないんやね。
いぶし銀のように光る場面もあるのが、泣かせるのね。

 私が一番いいなあ、と思ったのは、「As tears go by」。
キースが椅子に腰掛け12弦ギターを爪弾き、ミックが直立して歌う。
あんな不良のオジサンが少し照れながら真面目にプレイしている感じ。
この映像だけでも泣ける。
そのうえ
「夕暮れ、子どもたちが笑いながら遊んでいる。僕も昔はそうやって遊んだ。今、僕は、それを涙を流しながら見ている」
という、まあおセンチなおセンチな曲。
なんで泣いているんやろね、このオヤジは。
初老の二人はどんな気持ちでこの歌をうたってるんかいな、そんな映像になってます。
 
 それにテンプテーションズのソフトなバラードをミディアム・テンポのロックにした「ジャスト・マイ・イマジネーション」。
カッコええなぁ。
ロニー・ウッドのペダル・スティールが泣かせるカントリー曲「ファー・アウェイ・アイズ」。
キースの頼りないコーラスもいい味出してる。
そして、バディ・F●●・ガイと唄うギンギンのブルース「シャンペン・アンド・リーファー」。
ホント、この人たちのブルースが好きな感じがよく出てる。

 これらのいぶし銀をはさんでいるギンギンのロックももちろん最高。
そして、終わり方も、とってもしゃれてます。
それは観てのお楽しみ。

 さあ、時間が来ました。
もうすぐ夏休み、たくさんたくさん映画を観て、いっぱいいっぱい人生の勉強しましょうね。
またお会いしましょうね。
サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。
posted by CKP at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

仙経を焼く――曇鸞の死生学

 先日の大拙忌での鳥取大学の安藤泰至先生のお話をお聴きしながら、曇鸞(476〜542)のことを想った。

 親鸞の『正信念仏偈』に次のように詠われている曇鸞である。

「三蔵流支、浄教を授けしかば、仙経を焚焼して楽邦に帰したまいき」

 経・律・論の三蔵を学んだ菩提流支というインドからやってきた坊さんから浄土の教えを授けられた曇鸞は、「仙経」つまり不老長寿の仙人になるお経をたちどころに燃やしてしまった、と親鸞は詠っているのである。

 曇鸞というこの坊さんは、『大集経』という大きなお経を註釈していた人だが、それがなかなか完成しない。
不老長寿の術を得て、長生きして何とか完成したいと思っていた。
ところが、菩提流支から、浄土の教え、つまり無量寿=阿弥陀の教えを授けられ、おのれの欲望が「不老長寿」に固定化され、生老病死に向き合うことを忘れていることに気付いたのである。

 思い通りにならぬ生病老死に向き合うことで、逆にこの今現在の無限を価値を悟るということが起こった、ということであろう。

 しかし、現代は生老病死を「思い通りに」コントロールしようという欲望によって、そのような無限の価値を見出す可能性を閉じてしまっているように見える。

 「医療」が、どこかの段階から「仙経」になってしまっているように思う。
その段階を見極めるのは、医療だけの問題ではないであろう。
posted by CKP at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

それは「しょーもない疑問」から始まった――津村記久子拝聴記

 昨日、津村記久子さんの「講演会」改め「全部トークセッション」を拝聴した。
最初の方だけでも聴こうと後ろに座ったのだが、面白くて結局最後まで拝聴した。

 先ごろ大阪のある高校で「講演」をなさったらしいのだが、帰りの電車のホームで高校生が思いっきり
「しょーもない講演」
と言っているのを聞いて、ペラペラとしゃべって講演するのはやめようと決意されたそうである。

 確かに発声の仕方などは講演向きではない。
腹筋を使わず口だけでぺてぺたしゃべる大阪のオネエチャンである。
K越先生や学生たちが的確なツッコミを入れ津村さんが見事なボケをかますというトークセッションが展開された。

 小説を書きはじめた時の話やとか登場人物の名前の付け方の話など、興味深い話がいろいろ聴けたのだが、印象に残ったのは、どのようにして小説のプロットを作り上げるのか、という話。

「しょーもない疑問から始まります」
ということなのだそうだ。

 たとえば芥川賞受賞作品は、
「なんでピースボートのポスターと神経症についての啓発ポスターがいつも並んでいるん?」
という「しょーもない疑問」から始まったそうだ。
そこから、およそ一年かけて話を練り上げる。
そして100枚をおよそ一か月で書きあげるのそうだ。

 私としては、「しょーもない疑問」から始まるといのは、私と同じだなといたく共感した訳である。
だから、日々の「しょーもない疑問」を大切にしようと決意したのでした。
「始まり」は同じなのに、どうしてこう違うんでしょうね。

 そして、最後に学生さんから「若い私たちにメーッセージを」という要請にこたえて、次のような不思議な論理を展開された。

「忍耐が大事です。忍耐すれば楽になります」。

 これは若乃花(初代)の「人間、辛抱が大事」というのとは違う。
また、アントニオ猪木の「元気があれば何でもできる」というのとも違う。
確かに、全然違う。
つまり、辛抱すれば、あるいは元気があれば、目的が達成できる、ということではないようなのだ。
つまり、原因としての「忍耐」、結果のとして「楽になる」という因果論的展開ではないのだ。

「世の中は、いやなことつらいことばっかりです。働くことはしんどいです」
ということを盛んに強調されていた。
それを「忍耐」すれば「楽になる」という。
つまり「忍耐」即「楽になる」という般若的論理なのである。

 どうも、「働くことで自己実現なんてノーテンキなことを考えるな」、「働くことは忍耐することだ」というエラク現実的な諦めの境地らしいのである。
そうすれば、「誰も私を理解しない」「職場が楽しくない」といういらん悩みを悩まなくてすむ=楽になる、ということらしい。

 なんか、とことん「大阪の娘やなあ」と思いました。
これも、私の「死ぬ気になれば何でも買える!」というのと同じだなあ、といたく共感したのでした。

 しかし、どこが違ううんでしょうね。
posted by CKP at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

学校のステークホルダー?――「関係者」でいいんでないの?

 ある会議で「大学のスーテクホルダーへの情報開示」という言葉が出た。
  「大学のステークホルダー?いつから大学は株式会社になったんだ?」とカッと頭に血が上ったのは私です。
 が、日々成長を続ける大器晩成の私は、成長の跡も著しくその場は受け流し、会議の後にある方に「ステークホルダーって言葉、大学関係でよく使われるの?」とお聞きしたのである。
 そしたら、「ステークホルダーへの情報開示」という言葉は、いろんな学校で、最近では小学校でも使われる、ということであった。
 
 いいんだろうか?学校で「ステークホルダー」なんて言葉を使って・・・

 この「ステークホルダー」という言葉を、私のような経済オンチが初めて聞いたのは、確かホリエモンのニッポン放送買収の時だったと思う。
「大株主」という意味合いで使われていたと思う。

 ちなみに、英語の辞書を引くとこうある。

「stake-holder
名詞:
1. 賭け金の保管人
2. 〔法律〕係争物保管人[弁護士]
3. (事業の)出資者、大株主、利害関係者。
形容詞:利害関係にかかわる(方針)の。」

 どうも、「お金」あるいは「利害」に関わる言葉のようである。

 このような言葉を教育に持ち込んで、はたしていいのだろうか?
確かに「出資者」つまり授業料を払った人たちに財政の情報開示は必要であろう。
しかし、何よりの「情報開示」は授業であり研究成果の公開である。
そのような教育・研究を「利害」つまり損得で語っていいのだろうか?
得になる、つまり金になることしか勉強しないということになってしまう。
そのような場では「学恩」などという言葉は死語となってしまうであろう。
教育は投資なのか?などと疑念を抱かせる言葉がなぜ広がっているのだろう?
そのうち、授業料に消費税を付け、学校からも税金を取ろうというコンセンサスを作ろうとしているのか?
「関係者」でいいんでないの?
posted by CKP at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月07日

サイン会――津村記久子さんの場合、私の場合

 明日、午後4時10分から大谷大学講堂で津村記久子さんの講演会とトーク・セッションが開催されます。

 それに先立ち、午後2時45分から大谷大学北門横(地下鉄北大路駅6番出口すぐ左)で津村さんのサイン会が開催されるそうです。

 先着50名だそうです。

 なお、大谷大学の門脇研究室では、先着50名などとセコイことを言わず、随時、『揺れ動く死と生』か『フロイト全集第12巻トーテムとタブー』をどこでもいいから買って持参された方にサインいたします。
 「握手」もして差し上げます。

 手ぐすね引いて待ってます。
 どうか、遠慮なさらずに。
 ぜひ!
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2009年07月06日

『へいせい徒然草』――虫愛づる法師

 京の洛北なる大谷大学に教授せる狐狸庵の法師、この夏前の煩いごと、冬に日延べとなり、いたく喜びぬ。

それを見し西賀茂に仮住まいする越前の法師、曰く、
「あな、愚かなことかな。
来たる冬の煩いごと忘れ、この夏を無為に過ごさんとするとは。
汝は、「アリとキリギリス」てふ西洋の寓話を知らずや。
無為に夏を過ごしたキリギリスが、夏に精進したアリに助けを請う物語なり。
我は、アリの如く、この夏を過ごさん」。

これを聞きたる狐狸庵の法師、いたく冷たく言い放ちたり、
「アリにせよ、キリギリスにせよ、いずれにしても、汝の脳は虫の脳なりや。
悲しきことかな」。


この言葉に返す言葉を知らぬ越前の法師、
「あな口惜し、あな口惜し」
と地団駄踏みにけり。

これを傍らにて聞きし、カサヌマなる廷吏、
「かくなる法師どもで、この大学は立ち行くべきや」
と頭を抱え、詠める歌一首、

「秋風や すすきたなびく大谷は
    虫の声のみ みちみちにけり」
posted by CKP at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

安藤泰至「先生」のこと――第28回「大拙忌」公開講演会

 今年で28回を数える大谷大学宗教学会主催の「大拙忌」記念公開講演会は、以下のように開催される。

講師:鳥取大学医学部 安藤泰至先生
講題:「私たちは生と死を取り戻せるのか?――医療化社会における死生学――」
日時;2009年7月9日(木)
   午後4時10分より6時ごろまで
場所:大谷大学響流館(図書館棟)3階メディアホール

 ということですので、多くのみなさま方ご来聴をお待ちしています。

 というわけで鳥取大学の医学部の安藤先生をお招きするのであるが、先生はお医者さんではない。京都大学の哲学科宗教学専攻で研鑽をつまれた方である。
それが何故に医学部の保健学科(看護学専攻)の先生をなさるようになったのか。

 安藤先生は、年齢では私の7歳下であるが(1961年生まれ)、学年的には、私が途中あちこち寄り道をしていたので、確か2学年だけ下のはずである。
いちおう後輩であるので、偉そうに「安藤君」と読んでもバチは当たらないのだが、私にとっては「先生」なのである。

 安藤君は、大学院の頃、フロイトの研究をしていた。私はその頃はフロイトだのユングだのの「無意識」ってよく分からないから、なんだか不思議な後輩だなあと思っていた。
そうこうするうちに彼はさっさと米子高専に就職していった。
確か米子高専時代に書いた論文だったと思うが、フロイトの「喪の作業」を扱った論文が、ある人々の間で熱心に読まれているという噂を聞いて、直接、安藤君からその論文を送ってもらったことがある。

 それまでさほど関心のなかったフロイトに関する論文だから、一度読んだのではよく分からない。
何度も赤線を引っ張りながら読んだ。
そして私自身もフロイトの「喪の作業」に関心をもつようになり、今年のゼミで小此木敬吾『対象喪失』を扱ったり、『同朋新聞』で葬儀を「喪の作業」として語ったりしているのである。

 つまり、私の現在の問題関心は、安藤君ならぬ安藤「先生」に導かれたものなのである。

 しかし、なぜあの論文を何度も何度も分からないながらも読んだのだろう。
その論文には、何度も読み返させる力があった。
おそらく先生のブログと思われる「空庵(からあん)」(http://ameblo.jp/kara-an/)を見ればその秘密が解けるかもしれない。

 とにかくそのような人間の死生に関する向き合い方を大変説得的に述べることにより、現在の職場に落ち着かれたものと思われる。
 近々(年内?)新潮新書から『いのちはいかに語られてきたか――私版・生命倫理小史――』を刊行される予定とお聞きしている。

 大谷大学の宗教学コースを「宗教学・死生学コース」に改名し再出発した年の大拙忌にもっともふさわしい方をお招きできたと喜んでいる。
多くの方々のご来場をお待ちしています。

オマケ
 それならば、今回の「トーテムとタブー」はカドワキなんかより安藤先生が訳すべきではなかったか、と思う方がおられるであろう。
私もそう思う。
だから、私に編集委員から声がかかったとき、安藤先生を推薦したのである。
しかし、編集委員つまり全集12巻の責任編集者は首を縦に振らない。
「カドワキさんでいい」(「あなたしかいない」とは言わなかったな、あの責任編集者は)。

 なんでだろうと思っていたが、じっさい翻訳をやってよく分かった。
責任編集者と翻訳者の間にそれなりの人間関係がないと、あのような全集として統一が必要な翻訳というのはできないんですね。
既に決定された訳語しか使えない。文体もそれなりに統一しなければならない。無生物主語の訳し方が違ってくる・・・
訳稿が真赤になって帰ってくる。
私と責任編集の須藤先生とは、それぞれの職場からの帰り道でよく一緒になることがあって、直接話ができたからよかったが、あれがメールのやり取りだけだと、ひょっとしたら人間関係に破綻をきたしていたかもしれない。
夫婦でさえ(だから)、共同で翻訳すると離婚の危機に直面することがあるらしい。
そうゆう目で「監訳」とか「共同訳」などを見ると、なかなか味わい深いものがありますです、ハイ。
posted by CKP at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月01日

米朝のソクラテス――感情の方向

 アメリカ対北朝鮮の対立のあいだにソクラテス的人物が入って、感情的もつれを整理しながら平和裏に問題を解決すべき――という話ではない。

 まるで米朝の落語のような語り口のソクラテスが登場した、という話である。
プラトン著・北口裕康訳『ソクラテスの弁明・関西弁訳』(PARCO出版)がそれである。

「アテナイ人のみなさん、わたしを訴えてる連中の話を、みなさんがどういうふうに受け取りはったんかわかれしまへんが、わたしは、上手いこと言うなぁ……と我を忘れて聞いとりました。」
と始まる。

 米朝風の上品な船場言葉で訳された「ソクラテスの弁明」そして「クリトン」は、ともかくも読みやすい。
学術的な標準語の翻訳だと、なんだか大理石の彫像のなでているような冷たい感じで、なかなか感情移入して読むことができない。
まるで、スタートレックのスッポクと会話している感じなのである。
しかし、関西弁訳になると、あら不思議。
すらすらと読めてしまうのである。

 それぞれの文章の感情の方向が、関西に長く生活している私のような人間にはすっと入ってくる。だから、ソクラテスが、そこいらのおっさんのように身近に感じられて大変読みやすい。
論理というのは感情も含んでいるということであろう。

 だから、関東在住の方々に読みやすいかどうかは分からない。また、別の感情を読み込むというのは難しい。このあたりが、翻訳の難しいところ。

 訳された方は、別にギリシア哲学の専門の方ではなく、大阪は船場で一八八という会社を経営する身長188cmの方である。
しかし、折にふれて何度も何度もプラトンを読み、日本語訳や英訳を参考にして「関西弁訳」を作られたらしい。
朴先生の『饗宴/パイドン』も参考文献に挙がっている。
内容は、ギリシアの専門でない私などが見ると、確かものと思う(専門の方がどういわはるかは、わかりませんが・・・)。

 一度読んでみても損はなく、おつりがくると思います。

 『ハムレット』なんかも、新劇の赤毛モノ風の訳でなく、こんな船場言葉で訳すとどうなるのだろう。
「このままでええのんか、あかんのか、そこが悩みの思案橋」なんてね。
なんか、しっとりとした悲劇になるような気がしますのやけど・・・・
posted by CKP at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする