2009年06月30日

「新聞紙(しんぶんがみ)」――昭和語広辞苑(その5)

 『同朋新聞』という東本願寺のご門徒向けの新聞の7月号に、2面と3面の見開きいっぱいに私のインタビュー記事が載っている。
内容は葬儀に関するもので、ブログにときどき書いているものである。
が、編集部の方は大変面白がって下さり、今月号と来月号の二回にわたる記事となった。
大学では響流館の教育研究支援課の窓口に置いてあるので、興味ある方はお読みください。
私の写真入りで読むことができます。

 がしかし、なんで新聞などに出る私の顔というのは、あんな間の抜けた顔なのであろうか?
常日頃の理知的で深い憂いを眉間にたたえた私の姿をなぜ写真は写さないのだろう、と思っていたら社会学のS枝先生が「よく撮れているね」とおっしゃっておられた。
・・・・・・・
・・・・・・・・・

 それはともかく、新聞に自分の発言が載るというのはどこか切ないものがある。
というのは、新聞というのは基本的に「読み捨て」られるものであるからである。
一旦読まれれば、新聞というのは「インクで汚れた紙」となる。
今日でも、濡れたゴミなどを新聞紙に包んで捨てる、ということはある。
そのような運命を免れた新聞紙は、ちり紙交換に出されるのである。

 しかし、新聞紙(しんぶんし)という言い方もこの頃あまりしないが、新聞紙を「しんぶんがみ」と発音していたころは、新聞紙は読まれたあと、「汚してもよい紙」として大活躍をしていた。

 詳しい描写は避けるが、ぼっとん便所の頃の「検便」には新聞紙が大活躍をしていた。
雨漏りの時はバケツの下に新聞紙をしいていた。
毛筆習字なども新聞紙で練習していた。
新聞紙で洟をかむと、鼻が真っ黒になった。
近所の養鶏農家で玉子を買うと10個を器用に新聞紙で包んでくれた。
弁当の包み紙はいつも新聞紙であった。
ゴムのパッキングのゆるんだ「おかず入れ」からこぼれた汁跡を避けながら、そこに印刷されてある活字を追いつつ弁当を食べたものである。

 新聞購読とは情報と紙の購入のことであった。

 時代を遡れば、紙はますます貴重なものとなる。

 私の写真の載っている新聞も、読まれ捨てられる時は、ただ捨てられるのでなく、「インクで汚れた紙」の正しい用途に使われれば本望である。
それを「切ない」などと言っていたらバチが当たるというようなものである。

 ただし、読まずに捨てるということのないよーに。
posted by CKP at 13:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

平穏な日々(『同朋』1996年6月号)

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 やむをえぬ事情で、四月に滋賀県から千葉県柏市に引っ越しました。と言うと、大谷大学をやめて関東の大学に勤めることになったと早合点して、君の後任に僕をと言い出す厚かましい輩が多いのには驚いた。そんな連中には、授業時間が週の真ん中に固まっているので、そのときだけ京都に出てくるのさ、お生憎さまと言ってやることにしている。
 東京・京都間の往復が、いくら新幹線を用いるにせよ、大変ではないか、疲れるのではないかと心配してくれる心やさしい人々もいる。確かに疲れるとは思うが、多くても一週間に一度のことであり、そのうちそういった生活のリズムにも慣れるはずである。今回の転居にあたって問題となったのは、もっと別のことである。
 第一は、子供たちの学校の問題。上の娘がこの四月から高校三年生、下の娘が高校一年生。次女に関しては、私立の高校への推薦入学で早目に見通しが立った。それに比べて長女の場合は、三月中旬まで四月以降の身の振り方が決まらず往生した。高校三年への転入ということになるのだが、そもそも転入生を受け入れてくれる高校がなくては話にならない。受入れ可能な高校のリストが発表されたのが三月初旬、試験が三月一五日。このときばかりは、なんとか合格してくれと祈るような気持ちで結果を知らせる電話を待ったものである。
 第二は、犬をどうやって運ぶかという問題。体重一三キロまでの犬であれば手荷物扱いで鉄道に乗せられるが、我が家の犬は一五キロ。二キロぐらい分りはすまい、ごまかしてしまえ、ごまかしてしまえ。ということで、犬を入れて運ぶ容器を思案する。これが最大の難関。手頃な段ボール箱に押込もうとしても、入らない。餌でつっても、食べ終わると箱から飛び出してしまう。日頃ちゃんと躾をしておけばよかったと悔やまれた。
 また、ペットショップで犬の運搬容器を発見したものの、あんな大きな容器を手で提げて駅の階段を上り下りすることなど到底不可能である。その問題を解決したとしても、新幹線の中でどこに犬を置いたらよいのだろう。他の人の迷惑にならないように、グリーン個室にしなくてはいけないのではないか。さらに、東京駅から柏駅まで、あの混雑した中をどうやって運ぶというのか。
 結局、鉄道を利用することは諦め、知人に頼んで自動車で犬を運ぶことにした。引っ越しの朝、新幹線を利用する子供たちを送り出してから、犬と犬が一番懐いている妻と私、一匹と二人は知人の運転してくれる車で柏へと出発した。そして、およそ八時間後われわれは無事新居に到着した。かくして今回の引っ越し騒動も一件落着かと思えたが、それは甘い判断であった。いざ生活するとなると問題が続出した。
 台所と風呂、便所、それに四畳半と六畳の部屋。半年ほどの仮の住居ということで家財の大半は元の家に置いてきたとはいえ、手狭であることは否めない。たとえば、風呂に入るとき台所で脱衣しなくてはならない。それから、部屋についているコンセントの数が足りない。台所に冷蔵庫と電子レンジを置くと、電気炊飯器や電気ポットのための電源が確保できない。また、水漏れのする蛇口を直そうと思っても、そのための工具がないし、パッキングのゴムがない。
 子供の学校のことにしろ、犬のことにしろ、コンセントや水道の蛇口のことにしろ、平穏な日々というものは、小さな事柄をも含めて、なんと多くのものによって支えられていることだろう。それらが失われたとき、初めてその重要さにわれわれは気づくのである。
posted by ガラタたぬき at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 「不可思議な日常」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

『トーテムとタブー』出ちゃいました――「愛」より先に

 『フロイト全集』第12巻「トーテムとタブー」が遂に発刊されました。
この巻の責任編集の須藤訓任先生や編集のN澤さんなど多くの方々のお世話になり、また先学の邦訳や英語・フランス語訳などが参照でき、それなりに読みやすい翻訳になったと思います。

 大きな本屋には26日から並んでいるようです。

 池上先生の論文が掲載されている『岩波講座哲学第12巻 性/愛の哲学』は発刊が7月末に延期になったようです。
ですので、この時点ではマズ『トーテムとタブー』を見つけたら即購入し、それから少し節約につとめ、7月末に『講座哲学12巻』を購入するようにいたしませう。

 お金は計画的に使いませう。
posted by CKP at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

学恩浴――『佐竹昭広集』第一巻を開いて

 『佐竹昭広集』〔岩波書店、全五巻)の第一巻が届いた。
本屋から研究室までの距離ももどかしく、目次を眺める。
先生のご著作はすべてそろえ赤線を引きながら拝読したつもりではあるが、はじめて目にする論文やエッセーが見える。
まだ私の知らない先生がおられる、とうれしくなる・・・

 と言っても佐竹昭広先生は哲学の人ではない。
第一巻は「萬葉集訓詁」と題せられているように国文学の人である。
昨年に死去されたのだが、うかつにも全く知らなかった。
たまたま手に取った『月刊百科』という平凡社のPR誌の谷川恵一君の美しい追悼文でその死を知った。
不思議なことに、佐竹先生の凄さを教えてもらい、佐竹先生の萬葉集の講義に出ることができたのもこの谷川君のおかげであった。

 4年も遠回りして大学院博士課程の学生となったものの、将来の研究職の見通しは全く立たない、私はそんな学生であった。
そこで教員免許を取ろうと思い、国語の教免を目指した。
しかし、どの講義を聴講したらいいのか分らない。で、国文学の友人である谷川君に相談したのであった。
彼は「佐竹先生はすごい」を繰り返すだけで、どう凄いのかサッパリわからなかったが、谷川が言うなら間違いなかろう、と講義に出た。

 というのは、谷川君には以前「ライ・クーダーは凄い!コンサート行こうなぁ」と一晩中同じ言葉を繰り返され、ライ・クーダーのコンサートに行ったら、ホントに凄かったということがあったからである。
 
 谷川恵一はウソつかない。

 それで先生の講義に出た。
いきなり川端康成の『たまゆら』の朗読からはじまった。
そして川端が「たまゆら」と訓んでいる「玉響」を別の訓み方で訓んでみましょう、と訓詁を始められたのである。
その展開に、腰を浮かすほど驚いた。
このように古典は訓むものなのか(「玉響」については第2巻に収録)。

 自分もこんな学問をやりたい、と先生の爪の垢を煎じるつもりで先生の著作を分からないながらも拝読し、自分の研究になんとか応用できないかと、苦心してきたつもりである。

 しかし、この第一巻の大谷雅夫氏の解説を拝読すると、佐竹昭広という人はとんでもない早熟の天才であったことが否が応でも明らかになって、いくら先生の爪の垢を頂いても私なんぞは駄目だなあ、と絶望的な気分になる。

 が、せめてこういう先生の学恩を他の人に伝えることだけでもさせていただくのが、講義の片隅に座らせていただいた者の義務だとも思う。
私にできる御恩報謝である。

 今回初めて拝読した文章に『宮崎市定全集』の月報の文章がある。そこに宮崎先生の「学恩」について次のような一節があった。

「第四巻の月報21に近藤光男氏が「学恩」という語について書いて居られた。私もガクオンという言葉を使って電報を打った時、後から「大きな辞書に二つ当たってみましたが、そういう熟語は載って居りません。電文は楽音の意味でしょうか」と照会を受けて苦笑したことがある。「載せてない字引が悪いのです」と答えて置いたが、それほどに使われていない言葉なのだろうか。現代という時代は、もはや「学恩」を与える師も、「学恩」に浴する弟子・後進たちも不要ということなのか。」(179ページ)

 薄ぐらい講義室の片隅で先生の「学恩」に浴したはずであるが、いかんせん浅学非才でおまけに分野が違うのでそれをうまく生かせずに今にいたっていることを恥じるばかりであるが、こういう凄い先生がおられたことを若い人たちに伝えるのが、私のせめてもの先生への弔いの行為である。

 が、この『佐竹昭広集』、それぞれは8000円以上するので、なかなか若い人には勧められない。まずは岩波現代文庫の『萬葉集抜書』や『古語雑談』あたりから読まれることをお勧めします。
 
 その昔、私は谷川君に「すごい、すごい」と勧められたライ・クーダーと佐竹先生を一緒に論じて「訓詁の楽」というエッセーをある美術雑誌に書いた。
それを佐竹先生はたいそう喜んでくださった、ということを谷川君から聞いたことがある。
私の人生、数少ない自慢の一つである。

 谷川恵一君はこの『佐竹昭広集』の編者の一人である。
posted by CKP at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

いよいよ明日開催!

 西洋哲学倫理学会春季公開講演会が、明日6月25日(木)午後4時30分より、本学メディアホール(響流館3F)にて開催されます。
 
 講師は、品川哲彦氏(関西大学文学部教授)

 講題は、アウシュヴィッツのあとで、神を考えうるか
     ---哲学者ハンス・ヨナスの思索

です。

 「次世紀を目前にして、今世紀の哲学を皆さんに語りたい」と、死の前年に行なわれた講演『哲学、世紀末における回顧と展望』(尾形敬次訳、東信堂)冒頭で述べていたハンス・ヨナス(1903-1993)。
  
 奮ってご参加ください!
posted by pada at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

セブンイレブンの根本問題――闇を取り戻せ

 セブンイレブンに公正取引委員会から弁当の「見切り価格」について勧告が下った。
それはそうとして、「何でセブンイレブンなんだ?」というツッコミはどのニュースでもやっていなかった。

 「セブンイレブンいい気分」というCMはいつ頃流れたのだろうか?
午前7時から午後11時まで開いていて便利で「いい気分」という意味だったはずだ。
それが四六時中開いている。
「改名すべし」あるいは「午前7時から午後11時の営業時間に戻すべし」という勧告はないのか?

 コンビニの発生は日本では1970年代だが、それが24時間年中無休営業になったのはいつ頃からだろう?
都会だけでなく、郊外からそして田舎から闇が消えていく。
これでは人間が不安定になってしまうのは当然だろう。

 どこかで闇を抱えることで、人間は人間である。

 私がセブンイレブンという名前を知ったは、ブルース・スプリングスティーンの「闇に吠える街(Darkness on the Edge of Town)」というアルバムの「レーシング・イン・ザ・ストリート」という曲だった。
1978年のことである。

すごいクルマを手に入れた。
そいつがセブンイレブンの駐車場に止めてある。
今夜はレースに絶好の夏の夜。
闇の中へ、ホット・ロッド・エンジェルとして車を飛ばす。
三年前、彼女と一緒になった。
でも、今は彼女はとしをとり、生活は苦しい。
彼女は泣いた。
生まれてきたのを呪うように闇を見つめる
今夜、その罪を洗い流しに海に行こう。
今夜はレースに絶好の夏の夜。

という夜の闇の底から流れてくるような静かな曲だった。

 その頃はまだ闇があった。
いろんなものを飲み込む闇があった。

 闇は人間にとってコンビニエントなものではない。
が、なくてはならない時空だと思うのである。
posted by CKP at 12:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

17世紀の平等観――ホッブズとデカルト

 先々週の大学院のゼミでK君のホッブズに関する発表を聞きながら、その精神的な平等を展開する文章で「あれ?」と思った。
誰かの文章と似ていると思ったのである。
まずは、そのホッブズの文章。
『リヴァイアサン』の第13章「人間の自然状態、その至福と悲惨について」(ここでの訳は中公バックス版を使用)。

「たとえば深慮にしても、それは経験にほかならず、等しい時間ある仕事に等しく専念したことについてはすべての人に等しく与えられる。この平等性を信じがたいものとするのは、おそらくは人が自己の知恵についていだく自惚れである。大部分の人間は、自分を自分以外のほんの少数の、名声があるとか自分と意見が一致するとかによって是認している人々を除く他の一般大衆に比べて、自分ははるかに知恵をいだいていると考えている。
 つまり多くの人が自分より知力に富み、雄弁で知識があることを認めながらも、しかもなお、自分と同じ程度に賢明な人間がおおぜいいると信じようとしないのが人間の本性である。自分の知力は手近に、しかし他人のそれは遠くに見る。しかし、これは人間がその点において不平等であるよりは平等であることをむしろ証明している。すべての人がその分け前に満足しているということほど、平等な配分を示す大きなしるしはふつうはない。」

 この『リヴァイアサン』の発表は1651年ではあるが、そのもとになる「市民論」は1642年。
ホッブズがメルセンヌを介してデカルトに「第三論駁」を書いてデカルトに軽くあしらわれたのは1641年刊行の『省察』。
そのデカルトの『方法序説』は1637年で第一部は次のように始まる(これも中公バックス版)。

「良識はこの世でこの世で最も公平に配分されているものである。というのは、だれもかれもそれを十分に与えられていると思っていて、他のすべてのことでは満足させることのはなはだむずかしい人々さえも、良識については、自分がもっている以上を望まぬのが常だからである。そしてこの点において、まさかすべての人が誤っているとは思われない。むしろそれは次のことを証拠だてているのである。すなわち、よく判断し、真なるものを偽なるものから分かつところの能力、これが本来良識または理性と名づけられるものだが、これはすべての人において相等しいこと。・・・・・」

ね?
この「平等」の導出の仕方、似てるでしょ?
哲学的立場は、ホッブズの唯物論的一元論とデカルトの心身二元論で正反対ではあるけれど、精神的能力の「平等」を導き出す論理はよく似ている。

 両者とも一見すると、量的な平等を言っているようであるが、そうではなく各人がそれぞれ「自分は正しい」と主張することにおいて平等である、と「各人の自己肯定」を媒介にして「平等」を導き出す。
つまり、A≠BをAもBも主張することにおいてA=Bが成り立つというすこしひねった論理なのである。

 そこから、ホッブズは、人間の「自然状態」を導き出すし、デカルトは「良識」の正しい使い方つまり「方法」の導出に向かう。

 その違いはそれぞれの関心の所在による差異であろうけれども、両者ともこの「平等」の根拠をいきなり神に求めなかったことが、17世紀であるなあ、と思ったので、書いてみました。

 しかし、デカルトやホッブズに精神的能力は平等です、と言われても、あんな頭のいい人たちと一緒とはとても思えない・・・などといえば、「ほらね、その意見を君は正しいと思っているだろ?その点において平等なんだよ」と切り返されるのはあるが・・・・
 そうはいうけれどもはやり・・・・


posted by CKP at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

品川哲彦先生講演会(西哲・倫理学会講演会)のご案内――と安藤泰至先生講演会(大拙忌)の予告

 来たる6月25日(木曜日)に開催される大谷大学西哲・倫理学会講演会のご案内です。

 今年は関西大学の品川哲彦先生をお迎えします。
講演題目は
「アウシュヴィッツのあとで、神を考えうるか――哲学者ハンス・ヨナスの思索」
 
ユダヤ人哲学者ハンス・ヨナスの思索を具体的な場面で問いかける御講演になると期待されます。
 時間は午後4時30分から6時まで
 場所は大谷大学メディアホール(響流館=図書館棟3階)

 多くの皆様のご参集をお持ちしています。

 また、そのちょうど2週間あとの7月9日(木曜日)には宗教学会主催の大拙忌記念講演会が開催されます。
今年は鳥取大学医学部の安藤泰至先生に「私たちは生と死を取り戻せるのか?――医療化社会における死生学」というお話をしていただきます。
時間は午後4時10分より、同じ場所。
詳細はまた来月にお知らせします。
posted by CKP at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「愛」はもう既に――岩波講座『哲学』第12巻

 もう既に『愛』は、やってきたのであった。

 というのは、ほかでもない池上哲司先生が論文を執筆しておられる『岩波講座 哲学』の「第12巻 性/愛の哲学」が今月16日に発売になっておったのでありました(予定通りならば――まだ私の手元にはないが)。
予約出版ですが、大きな本屋ならば店頭に並びます。
見つけたら、ラッキーと即座に購入いたしましょう。
あの池上先生が、ひょっとしたら「性」について書いておられるかもしれません。
おそらく「愛」の方だとは思いますが・・・。

 ただし、3360円とちょっとお値段がはります。
しかし、26日発売のフロイト全集第12巻「トーテムとタブー」の4620円に比べればお安いものです。

 もちろん、余裕のある方は、この私が翻訳した「トーテムとタブー」の方も死んだ気になって購入いただければ嬉しいです。

死ぬ気になれば何でも買える!

これも予約出版ですから、なかなか入手しにくいので、店頭で見つけたら即座に購入しましょう。
宝くじが当たってから、というのでは遅いと思います。
posted by CKP at 13:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

恐怖の「も」――『アンティゴネー』を読みながら

 ソフォクレスの『アンティゴネー』を一回生のゼミで学生諸君と読んでいる。
 ハイ、●●君、アンティゴネー役、■■さん、イスメーネーの台詞を読んでください――という具合である。

 オイディプスの娘アンティゴネーの悲劇である。
 彼女の二人の兄のうち一人は国を守って、もう一人は反逆して互いに戦い、両方とも戦死してしまったところから始まる。
 支配者クレオン王は、反逆者の埋葬は許さない。
しかし、アンティゴネーは兄弟を埋葬することは「いつでも、いつまでも、生きているもので、いつできたのか知っている人さえない」掟であるとして、国の法律を犯してまでも実行しようとする。
そして、国法を犯した罪で死んでゆくという悲劇である。

 今日は、その最初の場面の演出ノートを各人に作成してもらった。
その作成に先立ち、もう一度、最初の場面の読み合わせをする。
兄の埋葬に突き進もうとするアンティゴネーと、国法に従おうとする妹イスメーネーの対話である。

 あくまでも国法に従い兄の埋葬には参加しようとしない妹にアンティゴネーは言う。
「そんなこというと、私からも憎まれるわよ、その上に、死んだ人にも、当然憎く思われようし。・・・・」(岩波文庫版、13ページ)

 何度も読み合わせをした箇所であったが、「私からも憎まれる」の「も」という言葉に引っ掛かった。
何で「も」なんだろう?
今まで読み過ごしていた。

 しかし、ふだんの会話においては、「も」は絶大の威力を発揮する。

「わたしのこと、好き?」
「うん、君のことも好きだよ」
などと不用意に「も」を使うと、
「も?『きみのことも』って、どういう意味よ!」
と血の雨が降るのは衆人の知るところである(私は知らないけど)。

 ところが、古典などを読むとき、そのコンテクストをうまく把握することなくテクストを読んでいると、ともすればこういう「も」は見逃しがちである。
少なくとも私は今まで気がつかずにいた。

 苦し紛れに、おそらくその少し前のイスメーネーの台詞にヒントがあるのでないか、ということを話してみた。

「どうしましょう。よく考えて、お姉さま、父さまは人から嫌われ、不名誉のままおなくなりでした。・・・・・今となってはもう私たち二人だけが取り残されて、それがこんどはどんなみじめな終わりを遂げるか、考えてみて、もし掟にも強いてそむいて、王さまのお布令を破り、王権を蔑しましたら」(10〜11ページ)

 彼女たちは、オイディプスの近親相姦、つまりオイディプスとその母との間に生まれた子どもなのである。
そして、兄二人は死に、二人の姉妹「だけ」が、近親相姦の子どもとして忌み嫌われながら残っている。
そのような文脈で「私からも憎まれる」という発言があるのではないか。

 そこから、この二人が王家の片隅でひっそりと身を寄せ合いながら生きている様子がうかがえる。
しかし、それゆえにこそ、兄の葬送をめぐっての二人の対立は、よけい悲劇的なことになってしまう――ということではないか。

 と、こんな読みを呈示したのであるが、これとて正解ではない。古典というのはいろんな読みを促すものであるから、学生諸君がどう読んでどんな演出をするのか、楽しみである。

 ところでしかし、この悲劇は、人間の行動には「も」はないというところに成り立っているように解釈できるところもまた興味深い。

 つまり、アンティゴネーは反逆者の兄の埋葬へと一直線に突っ走るし、国王クレオンは、あくまでも反逆者の埋葬は禁ずる。
「国葬はしないが、勝手に埋葬するのは関知しない」と、あちらもこちらも立てるということにはならない。
それぞれがそれぞれの課題を一直線に遂行する。
アンティゴネーの自由は二者択一の自由ではなく、自らの欲望をその果てまで生き抜く自由である。
それは美しい行為であるが、切ない行為でもある。

 ヘーゲルは、この『アンティゴネー』を高く評価した人だが、その『精神現象学』の「知覚」の章で、知覚の対象が「一でも多でもある」という「もauch」にこだわるのは、おそらくアンティゴネーの分析がその根っこにあるからだろう。
「一か多か」のどちらか一つに固執する時、その認識は「没落するzugrunde gehen」という妙な表現は、そのあたりから出ているにちがいない。

 ヘーゲルからおよそ一世紀のち、やはりアンティゴネーを高く評価したヴェイユは、二元論とその二元の間の「も」の問題に苦しんでいたように「も」見える。
もしヴェイユが「To be or not to be」と問いつつ、その問いを超えていったハムレットを読んでいたら、どのように評価していたのかが、興味あるところである。


posted by CKP at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月16日

昭和語広辞苑(その4?)「シスターボーイ」――美輪さんに禁煙を説教されてもなー

 「シスターボーイ」

 最近は聞きませんね。
 若かりし頃の美輪明宏さん(当時は丸山明宏)のような絶世の美少年(?)をこう呼びました。
美輪さんは、現在の「オネエ」たちの魁で、当時はほとんど孤軍奮闘でした。
近著『愛と美の法則』(パルコ)などを読むと、あらゆる偏見と闘い、歌って演じてきた美輪さんの迫力に感動します。

 ときどき三島由紀夫や寺山修司に支持されたという話がくどいと思われるところもあります。
しかし、40年ほど前の日本をシスターボーイとして生き抜くとき、それらの励ましを糧とせねば潰れそうになってしまう、ということを考えれば当然のことと思われます。

 「シスターボーイ」という語は、本家『広辞苑』には出ていません。


 さて、その美輪明宏さんも、現在は怖いものなしの説教ババアであります。

 で、今年の禁煙キャンペーンのポスターは美輪さんが「煙草を吸っている自分を、鏡でごらんなさい」というものです。
黄色の髪、紫の衣装の美輪さんに「鏡を見ろ」と言われてもなぁ――というのが正直なところです。

 美輪さん、少しは「怖いもの」があってもいいんでないか?

 確かにギョッとするけど、禁煙する気にはならんぞ、やっぱり。
 「お肌に大敵」とも言ってるので、あれはひょっとして「喫煙女子向け」?
posted by CKP at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

志賀直哉の「フランス語公用語論」と『教行信証』への留保――橋本治『大不況には本を読む』に触発されて

 橋本治『大不況には本を読む』(中公新書ラクレ)は、面白いのだが、「で、何が言いたいの?」という本である。
で、その本の不況の分析の中にいきなり「和魂洋才」という話が出てくる。
そして、そこに志賀直哉の「フランス語公用語論」が出てくる。
 
 戦後、志賀直哉が「公用語をフランス語にせよ」と提案したという、日本文学史上、訳がわからないといえば、一番訳の分らない話である。

「小説の神様」、もちろん日本語の小説の神様が、何が悲しくてこんな提案をしたのだろう、志賀直哉の小説をカリカリと鉛筆で原稿用紙に写経した高校生であった私は思うのである。

 これを橋本治はこうまとめる。

「今からすれば「なんというメチャクチャな発想だ」ということにもなりましょうが、しかしあきれたことに、この「日本語を捨ててしまえ」は、日本の伝統的なあり方からすれば、メチャクチャでもなんでもないんですね。だって、それ以前の日本は、中国語である漢文で書かれたものを「正式」「公式」の文書にしていて、そのことを当然の前提とした上で、「和魂漢才」などと言っていたわけですから。日本語の文字がアルファベットになって、英語やフランス語が公用語になったって、別にどうということもないでしょう。後は、「そうなったから勉強しなさい」があって、勉強好きな日本人は頑張るでしょう。」(100ページ)

 なるほど、それで親鸞の『教行信証』は評判がいまひとつなのか?と私は、思ってしまったわけです。

 「フランス語公用語論」をそんなメチャクチャなと思う日本語観は、『教行信証』という「和魂漢才」も「メチャクチャ」と観ます。
日本語で書いてこそ、和魂の底からの表白である、と発想しています。

 『最後の親鸞』の吉本隆明のこのような発言にも同じ発想が見られます。
「わたしには親鸞の主著『教行信証』に、親鸞の思想が体系的にこめられているという考え方は、なかなか信じ難い。」(ちくま学芸文庫版14ページ)
吉本自身は気が付いていないけれども、その底に「日本的思想は日本語で」というアイデンティティの発想があるのではないか?

 少なくとも、私にはそういう発想がありました。だから、志賀直哉の「フランス語公共語論」に「????」だったのであります。

『日本的霊性』の大拙にも同じ発想があるように思う。
つまり、鎌倉になって仏教が和文で書かれてこそ、そこに「日本的霊性」が発揮された。仏教を欠いた平安の和文ではなく、鎌倉に仏教の和漢混交文にこそ日本的霊性が宿る。
だから、『教行信証』よりも親鸞の和文のほうがよい、となる。

 しかし、最晩年の大拙は『教行信証』の英語訳に取りくむ。
「和魂漢才」の親鸞の『教行信証』の漢文を、おそらく最高の「和魂洋才」人・鈴木大拙が英語訳をするのである。

 『大不況には本を読む』では、先の引用に続いて「アイデンティティーなんかどうでもいいのかもしれない」という節が続く。

 おそらく「和魂」と親鸞の「愚か」と、そしてこの「アイデンティティーなんかどうでもいい」はどこかで繋がっているような気がする。
posted by CKP at 15:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

You really got me――「あなた」の登場

 哲学の問題で、独我論とか他者問題とか言われるものがある。
「我」を主体あるいは主観として先に立ててしまった場合、「我」に認識されるものは、すべて「我」という主観に認識されたものでしかない。
その「我の認識」の世界に閉じ込められている限り、「他者」に到達できないという問題である。

 この問題にぶち当たるとき、いつも私はミダス王のことを思い出す。
無限の黄金を願い、触るものすべてが黄金になるという能力を手に入れたミダス王のことである。
しかし、それは触るものすべてが黄金になる能力であった。
パンもワインも食べようとすれば、黄金になる。
王妃を抱こうとすれば、王妃も黄金になる。
ミダス王の不幸は独我論の不幸である。

 これとおなじような話が「トーテムとタブー」にある。
タブーである人物に触れてしまうと、そのタブーが触れた人に感染するという話である。
しかし、そのタブーである人物から触られた場合はタブーは感染しない。
つまり、能動的に触った場合、タブーは感染するのだが、受動的に触られた場合、タブーは感染しないのである。

 ここから考えると、独我論の牢獄を突破するカギは「受動性」にあるのではないか、ということが予想される。
認識を「能動的」と考える限り、その認識は主観にしか過ぎない。
しかし、その認識が「受動的」である場合、その受動をもたらした能動的他者との関係が開かれる。
しかし、そのような「受動的認識」とはなんだろう?

 そこで、You really got meである。
ブリティッシュ・ロック史上、燦然と輝くキンクスの名曲である。

ガ、ガ、ガ、ガ、ガッ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガッ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガッという印象的なイントロに続いて
「おまえは俺を虜にしてしまった。
俺はどうしていいかわからない。
夜も眠れないんだ・・・」
と狂おしく歌われる。

 ここでは「俺」の能動性は奪われている。
「お前」が、「俺」を支配しているのである。

 私たちは、毎日毎日、無数の他人とすれ違っている。
それらの全てが、「他者」であるわけではない。
それらはアンドロイドでもかまわない。
しかし、ある日ある時、そのなかの誰かが、突然、「あなた」になることが起こる。
「あなた」という不可解によって、私は夜も眠れないということが起こる。

You really got meである。

 その後はどうなるかはさまざまである。
おそらくお互いが、相手の「不可解」を大切にするところに「愛」がはぐくまれるように思う。
なぜならば、その関係の終わり方ははっきりしているからである。
「あなたという人が、よーく分かったわ!」
で終わるからである。

 相手を完全に理解することは、独我的世界に帰りゆくことである。
他者への開けを閉じることである。

 独我論の問題が大きくなったのは、「神」とい最大の不可解の消滅とおそらく関係があるのであろう。
しかし、逆に考えれば、神の独我論だってある。
孤独な神である。すべてが「私の世界」となってしまう神である。
そのような問題を考えていた人物もいたのである。
世の中は広い。

 そんなことをYou really got meを聴きながら、思うのであった。
キンクス、いいっス。
posted by CKP at 13:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

元唄――こつこつカレー

 先日こつこつのカレーのCMソングをエノケンの「渡辺のジュースの素」のCMソングを元に作った。
 そしたら「こつこつ」の店主が喜んで、その元唄をYOUTUBEではりつけたブログをエントリーしてくださった。

 正確な元唄を知りたい方は下のURLにすぐにアクセス!

 http://www.kotsu2.com/

 なお、カレーにはキャベツの西洋風?の漬物が付きます(ときどき失敗してでないと気があるけど・・・)
posted by CKP at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

かたっぱしから――冨原眞弓先生のひみつの言葉

 現在、大谷大学北門横の大垣書店本店の二階には「ムーミンコーナー」が出来ている。
 その大半は冨原眞弓先生の本である。

『ムーミン画集ふたつの家族』(2009年3月)
『ムーミン谷のひみつの言葉』(2009年4月)
『トーヴェ・ヤンソンとガルムの世界』(2009年5月)
それにほとんど冨原先生の「語りおろし」の『芸術新潮トーヴェ・ヤンソン特集号』。
 今年に入って、ほぼ月刊トミハラ状態である。

 そのうえ、現在はある情報によればシモーヌ・ヴェイユの翻訳がもうすぐ刊行予定とか。

 写真で拝見すると穏やかそうな方だが、これ!と思った対象には、アンティゴネーの如く、ぐいぐい進んでいかれる。

 その先生の「ひみつの言葉」を発見したのでご報告。

 芸術新潮で、先生とムーミン、そしてトーヴェ・ヤンソンとの出会いが語られている。
本屋で偶然手に取られた、それまで全く知らなかったトーヴェ・ヤンソンの著作を「片っ端から」読んだ、という。
 そして、それまでは「ムーミンの作家」でしかなかったヤンソンの小説を「片っ端から」訳されたのである。

 その先生は、ヴェイユに対しても「かたっぱしから」なのである。
『シモーヌ・ヴェイユの寓話』の「おわりに」には次のようにある。

「フランス留学から帰国後まもなくして、ヴェイユの後期の評論集『ギリシアの泉』を翻訳する機会が与えられた。つづいて訳出したマルセイユ、ニューヨーク、ロンドンで記された二冊の「カイエ」からは、翻訳の作業をとおして多くを学んだ。この種の翻訳では原語と訳語の一致をできるだけ保持すべきだと考え、ヴェイユが独自の使い方する用語をかたっぱしから書き出して、原語と訳語の対照表を作った。」(282‐3頁)

 何となく腕まくりして「かたっぱしから」訳語表をつくっていかれる先生が目に浮かぶではありませんか。

 ヴェイユもヤンソンも偶然に手に取られ、そして「かたっぱしから」読んで訳していかれる(ヴェイユは最初日本語訳で、ヤンソンは英語訳で読まれ、それからフランス語、スウェーデン語をガンガン勉強されて翻訳されたらしい)。
「偶然」が「かったぱしから」を媒介として「必然」となっていく。
こちらの身が正されるようなお仕事ぶりである。
 
 だから月刊トミハラ状態でも全然手を抜かれない。
 『ムーミン画集』や『ガルムの世界』の造本の美しさ。
とりわけ、『ガルムの世界』は、北欧現代史とムーミンの誕生が一望のもとに見渡される見事な構成の本。
 たくさんの「挿絵」も楽しい。

 そしてヴェイユの新刊。
今から、わくわくしておるのである。

 どうぞ、大垣書店の2階で一度手にとってご覧あれ!
posted by CKP at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

これもフクロウ…長らくご無沙汰しておりました

お久しぶりです。ずいぶん長い間ご無沙汰しておりました(教育・心理学科の申請などで)。以前、幾つかシリーズもの(フクロウ絵本など)も手がけておりましたが、どれも途中で留まったままですね。今後は、少しずつ追加の記事を投稿していきたいと思います(汗)。

さて。やはりフクロウ関連のネタについて書こうと思います。

b_h_cq12mm_fukurou.jpg
これは、水晶に彫られたふくろうです。
以前、カエルさまにいただいたブレスレッドについていたのとほぼ同じものですが、なかなかこのビーズに出会うことができませんでした。
今回、ある店で見つけたので、早速入手しました。

昨年あたりから力石(パワーストーン)にはまっております。凝り性故にいつしか天然石ビーズやシルバーを卸しで仕入れはじめ、個研に備蓄しています。年末には工具セットもゲットし、気がつけば、同好の士とひそかにビーズ倶楽部を結成していたりします(笑)。

新たに「石」というカテゴリでも作ろうかとかなり本気で考えています。
posted by 朽縄木菟 at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | フクロウ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

55歳の梅雨だから――メダカ三匹誕生、ツバメも巣作り

 6月というのに涼しい日が続きます。
だもんでメダカの産卵が去年より少しスロー・ペースです。
それでも3匹孵化しました。
5ミリ程度、うっかりしてるとボウフラと見分けがつきません。
私は、愛情黒ハートで見分けています。

 また、私の家の玄関に私が生まれてからはじめてツバメが巣を作りました。
5年前に玄関付近をリフォームしたから、巣が作りやすくなったということでしょう。
驚くべき左官技術で巣をつくりあげ、現在は乾燥中。
こちらもそのうち産卵ー孵化ということになるのでしょう。

 55歳の梅雨は産卵ラッシュです。
posted by CKP at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月04日

弔いは既に始まっている――山口秋芳プラザホテルCO中毒事件

 大阪の小学校の修学旅行で一酸化中毒により26歳のカメラマンが死亡した事件のホテルの社長の記者会見をテレビで見て「?」と思ったのは私だけだろうか?

 ホテルの社長は記者会見に赤っぽいブレザーかスーツそして赤の混じったネクタイで現れたのである。
それりゃないよ、と思う。
亡くなったカメラマンの遺族は、なぜ26歳の息子が死なねばならなかったのかと、この記者会見を見たと思う。
そのとき、そのホテルの責任者がどこかへ遊びに行くような服装で出てきたら、どう思うだろう。

 こういう事件の謝罪会見というのは、それ自体すでに葬送の一環であって、遺族の「なぜ息子は死んだのか」という疑問に答えるものでなくてならない。
それに対してあのファッションで対応するのは、いかにも「私は人命よりもホテルの儲けが大事」と言っているように見える。
実際の事故原因・事故責任がどこにあるのか分らないが、接客のプロであるホテルの社長があのファッションで登場するのでは、「この社長が経営するホテルだから」という推測が暴走する。

 葬送というのは社会的な行為である。
その意味のひとつを、小此木敬吾『対象喪失』(中公新書)は次のように述べている。
昨日のゼミで読んでびっくりした。

「おそらく死による対象喪失と、(失恋などの)単なる生き別れの一つのちがいは、死にはつねに殺害の疑惑がともなう点である。つまり人の死は、公けにされ、その原因が明確にされねばならない出来事である。人が「死」の周りに集まってくるのは、悼みと同時に立会人や証人の意味があるのではなかろうか。」(58ページ)

 逆に言えば、「死」の周りに集まって、「その原因を明確にする」営みは、すでに葬儀の一部ということになる。

 たとえば、やっと授かった子を死なせたキサー・ゴータミーが、その子の死を受け入れず再生を願ったのは、「自分自身が子供を殺してしまった」という思いから抜け出せなかったからではないか?
そして、釈尊に命じられて芥子の実を求めて一度も葬式を出したことのない村の家を訪ね歩いたとき、「その子を殺したのは自分ではない」ということを村中の人に承認された。
ゆえにその子の死を受け入れることができた、という文脈もあるのではないか?

 いずれにせよ、そのような葬送の一部と考えられる「謝罪会見」に、あのようなファッションで登場するのは、接客業のボスとしては失格であろう。
posted by CKP at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

こつこつカレーの唄――CMソング今昔

 今日も「こつこつ」のカレーを食べました。
今日はスパイシー・チキン・カレー。
ちょっと汗ばむ辛さが、これからの暑さに心地よい。

 学生の諸君からの要望も店主に報告。
サービスも日々改善されてゆくことでしょう。

 ということで、「こつこつ」のCMソングを作ってみました。
もちろん「替え歌」です。
ただ、元唄の「エノケンの渡辺のジュースの素」の唄を知っているのは、50歳代以上というところが泣き。

「ほ、ほーいのほーいで もう一杯
こつこつのカレーライスをもう一杯
憎いくらいにうまいんだ
悔しいくらいに辛いんだ

へ、へー、こつこつのチキン・カレーですよ
うまい、やすい、それに悔しいくらいに早いんです」

 わっかるかなー、わかんねぇだろーなー・・・

 昭和30年代は、思えば、「明るいナショナル」とか「タケダ、タケダ、タケダー」「ぶた、ぶた、こぶた、こいつに決めた」「レナウン娘が・・・」とかの企業あるいは商品CMソングが花盛りでしたね。
 ところが最近は、歌手の新曲とタイアップしてのテレビCMばかりのような気がします。
 何となく、企業の「志」と関係があるのような気がするのですが、どうなんでしょう?
posted by CKP at 13:31| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

直木賞山本兼一氏、芥川賞津村記久子氏、大谷大学に来る!

 この間の直木賞を受けられた山本兼一氏が、今週の土曜日(6月6日 午後2時から4時)に大谷大学の講堂で開催される「日本の匠 心と技」でお話をなさいます。
「利休にたずねよ」の山本さんが「日本の匠」についてどんな話をなさるか?
山本さんは、本学の国文学の昔の教授・山本唯一先生の御子息。
「唯一」の息子で「兼一」、親父が「唯」で息子が「兼」。
なかなか味わい深い命名であります。
兼一さんご本人も大谷大学にはいったん入学されている方です。

 主催は京都新聞社。

 また、7月8日には、本学学生支援部主催の課外教育として芥川賞受賞の津村記久子を囲んでのフォーラムがあります。
津村さんは、本学の国際文化学科出身。
今日の毎日新聞で職場で働くことについて、「人間関係」について示唆にとむ発言をされていました。
午後4時10分から6時まで。
ということだけ決っていて、詳細は未定だそうです。

 両方とも大谷大学のHPの右端に案内が出てます。
posted by CKP at 13:27| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする