2009年05月29日

個性と伝統(『同朋』1996年5月号)

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 五月は祭りの季節であった。勉強よりも遊ぶことの好きな子供にとって、いや大人になっても、日常の勉強や仕事をしなくていいというだけで、心が浮き浮きした。だが、祭りにもそれなりのしきたりがある。たとえば端午の節句、つまり子供の日には鯉幟を立て、粽を食べ、背を計り、菖蒲湯に入ったものだ。日常から抜け出るのも、他の人々と同じ仕方で行われていた。祭りは共同の行為であった。
 今日、子供の日に右にあげたことをすべて行っている家庭がどれだけあるだろうか。アパートに住んでいたのでは、鯉幟を立てる場所がない。背比べをして柱に傷をつけては、出ていくときに修繕費を要求されかねない。自分の家をもっていても、鯉幟を立てるには敷地が狭すぎる。粽を買ってきても、大して旨くもないと子供たちは喜ばない。こうして、共同の行為としての祭りは死んでいく。
 現在、五月は大型連休の月である。人々は仕事から解放されて遊びにでかける。皆が同じように東京ディズニーランドにいき、香港やハワイにいく。ここでは、同じことがなされてはいるが、共同の行為がなされているわけではない。各個人が、各家族がばらばらに、それぞれのしたいことをしているにすぎない。
 各人が各自の欲するところを追求する、これは悪いことではない。いやむしろ、それこそが個人の自立であると戦後教育の中で推し進められてきた。個性を大事にという言葉も、そのような意味合いで使われてきた。けれども、われわれは個性的な人間になりえたのだろうか。
 テレビや雑誌で今年は黒が流行ると言われれば、黒い服を買う。どこそこのレストランが旨いと聞けば、わざわざそこまで出かけていく。一体どこに個性なるものがあるのか。他人の意見に従うだけのまったく非個性的な在り方でしかない。自分では自立的個性的に振る舞っているつもりで、実は操作され踊らされているにすぎない。これがわれわれの現実の姿である。
 個性などない、大切なのは共同的な伝統である。こういう意見が出てきても不思議ではない。実際、ひたすら好き勝手なことを追い求めるわれわれの姿は浅ましくさえある。それに対して、秩序をもった在り方はなんと美しいことだろう。しかし、ちょっと待ってほしい。どこにその秩序あるいは伝統なるものがあるのか。
 最初に述べたように、共同の行為としての祭りは死滅し、現在行われているのは観光としての、イベントとしての祭りでしかない。そのように伝統や秩序自体も危機に瀕しているのである。このことから目を背け、言葉だけで「伝統」や「秩序」をいくら唱えたところで、それは無意味であり、無効である。
 個性にせよ、伝統あるいは秩序にせよ、それらが欠けているときに、声高に主張されるものである。したがって、個性であるとか、伝統であるとか言われるものを、徹底的に吟味してみることが必要である。他人に言われてそう信じているだけではないのか。
 個性と伝統、これらを対立するものと考える発想自体が間違っている。伝えられてきたものをそのまま引き継ぐだけでは、伝統は死滅する。つまり、その時代の現実から遊離してしまう。逆に伝統をまったく無視すれば、そこには無秩序しか残らない。それまでの伝統を変形し、越えることで個性は輝くのである。
 自らの個性がどれほど伝統から影響を受けているのか、伝統はどの部分が力を失っているのか。真に個性的で美しい人間となりうるとしたら、なりたいのなら、この問題を考え抜くしかないだろう。
posted by ガラタたぬき at 12:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 「不可思議な日常」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月28日

「こつこつ」のカレーはうまい!はやい!やすい!――哲学的カレーライス?

 大谷大学正門の烏丸通りをはさんで東南、郵便局よこにカレー屋「こつこつ」が開店しました。

 スパイシー・チキン・カレーとマイルド・マトン・カレーの二種類。
両方ともアジアン・テイストの500円。

うまい!はやい!やすい!の三拍子そろったお店です。
経営は哲学科の先輩!

 ブログを見た谷大生です、と言えば、もしかしたら、「盛り」がちょっと大きくなるかも?
職員も?

 夜は居酒屋。和洋、いろんなお酒がそろってます。
談論風発――シンポジオンにどうぞ。
posted by CKP at 12:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月27日

小人閑居して妄想す――失恋の現象学

 せっかくイタリア人の留学生とお近づきになれたのだからカンツォーネのひとつも歌わねばなるまい、と先ごろ発売された『カンツォーネ50』というCDを購入する。
「チャオ・チャオ・バンビーナ」や「死ぬほど愛して」(アモーレ・アモーレ・アモーレ・アモレ・ミーオってやつ)を聞いたら一気に懐かしの60年代にタイム・スリップ!

 とりわけミーナ唄うところの「砂に消えた涙」に欲情し、伊東ゆかりや弘田三枝子の唄う日本語版(漣健児:訳詩)も買ってしまった!

青い月の光を浴びながら 
私は砂の中に
愛のかたみをみんなうずめて
泣いたの ひとりきりで ア、ア、ア、
あなたが私にくれた 
愛の手紙 恋の日記
それのひとつひとつのものが
いつわりのプレゼント

 1964年の漣健児の名訳である。といってもイタリア語の原詩はどんな意味か知らない。
何しろ漣健児という人は「ワシントン広場の夜はふけて」などというもともとはインストルメンタルの曲を「訳詩」してしまうのだから・・・

 しかし、やっぱ私は弘田三枝子より伊東ゆかりだなあと思いながら聞きなおしていた。
(ちなみに漣健児トリビュートアルバム「Together and Forever」ではプリ・プリの岸谷香が唄っている。これもよい。)

 で、何度か聴きなおしているうちに、「そうゆうこうとであったか!」と突然気が付いた。

 今年のゼミでは小此木敬吾著『対象喪失』を読んでいるのであるが、そのとき失恋という対象喪失について、
「失恋を受容し想い出へと昇華するために、手紙を焼くとかプレゼントを捨てるとかの一種の儀式をせねばなりませんね」
と学生諸君に同意を求める。

 しかし、学生諸君はキョトンとしていて、反応がいまひとつなのである。
最近は手紙なんか出さないのかな?
まだ失恋していないのかな?
まあ、二十歳前後だとそんなものか、とも思う。
が、我々は二十歳になる前にすでに、いや失恋する前にすでに、失恋したら手紙やプレゼントを浜辺で捨てるか埋めるかする、と理解していたぞ・・・・

 そーか、なるほど、この「砂に消えた涙」を小学生のころ、一生懸命唄っていたから、そのような了解ができていたのか、と今更ながらに気付いたのであった。

「あなたがくれた愛の手紙 恋の日記」・・・交換日記してたのかあ・・・すごいなあ・・・それが、失恋したとたん、「いつわりのプレゼント」になっちゃうんだなあ・・・。

 しかし、これって一種の「現象学的還元」じゃないだろうか?と妄想が暴走。

「愛の手紙 恋の日記」の意味が突然変わってしまう。
いや、この場合には変えようとしている。
「愛の手紙」や「恋の日記」から「愛」だの「恋」だのを、志向性による認識として消し去ろうと努力しているのである。
その判断中止のために、「青い月の光の浜辺で」「愛のかたみをみんな埋める」という「儀式」を必要としているのである。

 思えば儀式というものは、それまでの判断をいったんチャラにして判断以前に戻るという側面がある。そして、そこから新たな判断で再生する。
 
 おそらく「神が死んだ」19世紀後半から20世紀にかけて、神に失恋したヨーロッパは神の言葉を「いつわりのプレゼント」として判断しなおす「現象学」という儀式を必要としたのである。
だから、フッサールはそれを何度も何度も反復する。儀式は反復されるのである。

 という文脈で現象学を読み直すと、ひょっとしてうまく読めるか知んない、などと、インフルエンザ休暇の間に妄想していたのでした。

 小人閑居して不善をなす、であります。

追伸:
 ところで伊東ゆかりの「小指の想い出」を久しぶりにキチンと聴いたのであります。
例の「あなたが噛んだ小指がいたい 昨日の夜の小指がいたい」ってやつ。

 齡55を数えても、もうひとつ釈然としませんな、やっぱり。
小学生のころメチャメチャ流行して、「おもいで」は「想い出」と書くことをこの曲で刷り込まれたのであるが、「小指を噛む」という行為は、やはりよく分からない。
そうゆう嗜好・性癖をもつ人々が60年代には多かったのであろうか・・・とやはりインフルエンザ休暇のあいだ妄想していたのであります。

 明日から平常どおりの授業です――と先ほど大学のHPを見たら書いてありました。
 では明日!
posted by CKP at 10:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月26日

みんな、キリギリしてるかーい?――アリする日々

 正午のニュースでは、京都の小学校が再開したと報道されていた。
 ビックリして、大学のHPを見たが、やはり大学は明日まで「閉鎖中」。
 よかった!?

 この間の休講の補講はおそらく夏休みに設定されるであろう。
そのようなことは忘れて、今はただ無為に過ごしているあなたのような生き方を「キリギリする」という。

 それに対し、このようなときもセッセセッセと仕事をしている私のような立派な過ごし方を「アリする」という。

 というわけで、「トーテムとタブー」の最終校をきのうで済ませたのだが、不安になってもう一度見直したらまた出てきたので、先ほどメールで送ったら
「最終追加いただきました」
という返事をもらったアリするCKPです。

 あとは編集部でやります、ということなんですね、きっと。

 こんな親に育てられた不憫な翻訳です。
どうぞかわいがってください。
「いいか、編集のN澤さんの言うことをよーく聞くんだぞ。
達者で暮らせよ〜」

 わーらにまみれてよー 育てた・・・

 とキリギリするCKPでした。
posted by CKP at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月22日

緊急連絡――大谷大学哲学会総会について

 本日より来週の水曜日まで、大谷大学は「学級閉鎖」というか「全学閉鎖」となりました。
新型インフルエンザ感染防止のためです。

 それに従って、この土曜日に予定されていた大谷大学哲学会総会・合評会・懇親会は延期いたします。
残念ですが、仕方ありません。

 「閉鎖粉砕!合評会貫徹!」を叫び大学に突入するというアナクロな行動に走らぬようお願いします。

 インフルエンザの感染抜きで日常の行動が考えられないというこの状況は、ある意味で「すでに感染している」ということなんでしょうね。

 というわけで思いがけずポッカリ空いたお休み、それぞれ有意義にお過ごしください。
 もし運悪く感染してしまった方は、重篤にならぬよう気をつけてゆっくりお休みください。

 授業は木曜日から再開ですと。微妙な日程設定になっていますのでその点ご注意!
posted by CKP at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

ミミズだってカエルだって・・・道元の現象学

 鈴木大拙が『日本的霊性』に引用している『正法眼蔵随聞記』の話がある。
師匠が「仏とはヒキガエル・ミミズである」と言えば、弟子は「ハイ」と信じるという、例によって無茶な話である。

 水野弥穂子訳『正法眼蔵随聞記』(ちくま学芸文庫)では二−十(109ページ)に見える話である。

 道元がある夜話に「ダルマ門下の法席で禅話を聞いてよく理解会得する秘訣は、自分が今まで理解し、考えていた気持ちを、指導者の言葉にしたがって順々に改めてゆくことである」ということで次のような話をした、というマクラで始まる。

 いわばエポケー(判断中止)つまり現象学的還元を師匠から要請されるということである。
現象学では、現象学的還元がどのように動機づけられるのかという問題が付いて回るが、禅では、それは師匠からやってくる。
こんな話である。

「仮令仏と云フは、我ガ本知ツたるやうは、相好光明具足し、説法利生の徳有リし釈迦弥陀等を仏と知ツたりとも、知識若シ仏と云フは蝦蟇蚯蚓ぞ云はば、蝦蟇蚯蚓を、是レらヲ仏と信じて、日此(ひごろ)の知恵を捨ツルなり。こノ蚯蚓ノ上に仏の相好光明、種々のの仏の所具の徳を求ムるもなほ情見改まらざるなり。ただ当時の見ゆる処を仏と知るなり。若シ是のごとク言に従ツて、情見本執を改めもて去(ゆ)けば、自ラから合(かな)ふ処あるべきなり。」

 知識つまり師匠に蝦蟇(ヒキガエル)蚯蚓(ミミズ)を仏と言われたら、元からの仏のイメージを改めて「当時の見ゆる処」を仏と見よ、というのである。

 まことに無茶な話であるが、大拙はこれを「蚯蚓を仏と見る」とは「蚯蚓を蚯蚓と見る」とも言い直している。
つまり「当時の見ゆる処」そのものへ至れ、「現象そのものへ」というわけである。

 というわけで道元は現象学の魁であったということだが、それが知識つまり師への「髄順」によって引き起こされるというところが、おそらく現象学と大きく違うところであろう。いや、フッサールの現象学においても、おそらく学問は現象そのものを見ていない、という指摘が外から来たのではないか?それが、他者の問題として最後まで残るのではないか?

 しかしながら、現象学では「蚯蚓は仏」などというバカなことは言わない、という反論もあるであろう。ところが、元祖か本家がよく分からないが、ヘーゲルの『精神現象学』には、「精神は骨である」というヘーゲル自身も「馬鹿馬鹿しい判断」と評するものが「無限判断」として大きな役割を果たしている。
 「精神は骨である」という馬鹿馬鹿しい判断で、かえってそこに衝撃を生じさせ、精神という無限の次元を開くというのである。
 ヘーゲルは具体的にその骨を髑髏つまり頭蓋骨としている。死の象徴である。
おそらく、ヘーゲルにおいては「死」という他者によって、現象学的還元が付きつけられるということになるはずである。
そのあたり20世紀の現象学ではどうだったのか?

 尚、先の道元の話の続きでは「百尺の竿頭に上がって手足を放って一歩進め」というこれまた無茶苦茶な話が続きます。そんなことしたら死んじゃいますよね。
posted by CKP at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

暁の尿意――『へいせい徒然草』(その2)

 京の都の北の方、上賀茂というところ、狐狸庵という庵に住まう法師ありけり。
齢の月もかたぶきければ、『ためしてガッテン』などの報せも、素直に聞きぬ。
あるとき「前立腺がん」の放送にて「切れ悪く、暁などに尿意を催し目覚めにければ、前立腺がんの疑いあり」との放送を見しに、その暁、尿意を催し目覚れど、「このまま不浄に立ちては、放送の通りがんとなりぬ」とそまま床を出でず、再び眠りぬ。

 これを聞きし法師ども、あな、本末転倒とはこの事なりと、みなうち笑き。
posted by CKP at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

ゴーヤの芽は出たけれど――いのち短し・・・

 一昨日よりひとつひとつとゴーヤ君たちが、発芽しております。
土をグイッと持ち上げ、まだ白っぽいままで、天に向かって立ち上がるさまは、なかなか感動的なものがあります。
 近所のお百姓さんのオバサンから「苗を買ってきて、植えればいいのに・・・」という指摘を受けたので、発芽するかどうか心配だったのです。
 この涼しさにめげず一日一日確実に成長しております。

 が、そうしているうちに、近所の檀家さんの分家の兄(アン)ちゃんが亡くなったと連絡が入る。
 この間の本家の法事のときには元気だった59歳のアンちゃんである。
 私にとっては、小さい頃からかわいがってくれた近所の「アンちゃん」なのである。
 心筋梗塞の突然死。
 お孫さんの小学校の運動会から家族が帰ってきたら倒れていたとのこと。
 枕経に行っても、みんなただ呆然としているだけである。悪い夢でも見ているみたい。心臓マッサージすれば蘇生しそうな感じなのだが・・・

 先ほどお通夜を勤めて帰ってきたところ。
 幸い明日は講義のない日。死生学の実践演習に全力を尽くしたい。
posted by CKP at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月15日

門前の小僧たち――大拙とか親鸞とかカフカとか

 「さあつかめ」と眼前に抜き身を突きつけられて、ハッと悟った、という話を、一時間ほど議論したからといって、悟れるわけではない。
また、実際にそのような経験から悟ったとしても、それをブログで言葉にできるものでもないし、ましてやそれを読んで悟れるものではない。
悟りとか救いとかは、その人その人がそれぞれの経験の中で出会うものであろう。禅の多少乱暴にも見えるエピソードは何よりもそのことを語っている。

 しかし、大拙にしても、その経験を何らかの言葉で伝えて、人々の注意を喚起することは厭わない。むしろ、それを使命とした。
おそらく、経験に拠らない知が蔓延しているのを危惧したからであろう。

 その「経験に拠らない知」とは、自分が無傷で得られるような知である。
「しかし、実在というものは、――それは最後の真実であるが、抜身と同じもので、近寄るものはことごとく殺されてしまわなければならぬのである」。
真実在をつかむことは、殺されることである、と大拙は言うのである。
殺されては真実在は分からないではないか、というのは、無傷で真実をつかもうとする虫のいい知識人の知のあり方である――おそらくそのように大拙は考えている。
『日本的霊性』の第二篇の最後の「伝統への随順と信」でも、道元、そして法然−親鸞で同じ問題を別の角度から述べているように思う。

 法然−親鸞で言えばこういうことだ(と大拙が書いているわけではない、念のため)。
「念仏」という抜き身を、法然が親鸞の眼前に差し出して、「さあ取れ」と言った。
親鸞は、最初はひょっとして「これは往生の因であるか、地獄へ落ちる業であるか」と問うたかも知れぬ。
そのとき、法然は「そのような知識を得て何になる?」と尋ねたであろう。重ねて「愚痴の法然房には、そのようなことは分からぬ」とたたみかけたかも知れぬ。
そこで、親鸞はハッと悟り「雑行を捨て本願に帰す」という、後で言葉で言えば、そのようなことが起った。

 だから、関東からはるばる「極楽往生の道」を問い聞こうとやってきた門弟たちに対し、念仏という抜き身を突き出し、「これを取るも取らぬも、面々の御はからい」と、おのおのをそれぞれの経験に向かわすのである。

 カフカの「掟の門」という短編はいろんな見方ができる不思議な短編であるが、上のような事態を逆から述べた寓話とも読めないことはない。

 「田舎から来た男」が門の中に入ろうとする。
 恐そうな門番が、「この奥には俺なんかよりももっと手ごわい門番が居て、たとえここを通ってそこは通れない」と脅す。
 男は、門が開いて迎え入れられるのを待つ。
何年も何年も待つ。
ほかには誰もこの門を通ろうとしない。
もはや死を目前にしたとき、男は門番に「なぜ、ほかの人間はここを通ろうとしないか」と尋ねる。
門番は「これはお前の門だ。」と述べ、門を閉め行ってしまう。そして男は死ぬ。

 つまり、男は「虎穴に入って虎児を得る」ことをしなかった。
「馬鹿は死ななきゃ直らない」のに、死ぬことを恐れた――という寓話に読めないことはないのである。
唯、そのとき「掟」というのが何を意味するかはよく分からない。
が、この寓話では、禅の電光石火とは反対の長い長い時間の経過がミソであるから、禅と同じことを真逆から語っている、と読んで見たくなるのである。

 しかし、その電光石火にしても「狐疑躊躇を何遍も繰り返した後でないと」起りえないと大拙は述べている。
 ゆえに、三日永平寺で修行して音をあげたCKPは、いつまでもぐずぐず考えるのである。だから、一人で沈思黙考すればよろしいのだが、それではつまんないので、大変やかましくして考える。皆さんにはご迷惑であろうが・・・・


posted by CKP at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

大拙を演る――『金剛経』の禅

イタリア人の留学生ティーモ君や院生諸君と鈴木大拙の『日本的霊性』の第5篇「『金剛経』の禅」を読んでいる。
余計な事ばかり話していてなかなか進まないが、それでも一人で読んでいたときは読めなかったところが「読めた!」ような気がしたりして、なかなか楽しい。

 昨日、どこで聞きつけたか、真宗学の院生も加わって、ああだこうだと言いながら読んだのは次の一節(中公クラッシクス版『鈴木大拙 日本的霊性』、第5篇の「二 般若即非の論理 1 手引の言葉」)。大拙はこの一節を、ある講演で禅に関する講演をしたのを、『金剛経』についての序文なるだろうとして書いている。

 「唐時代に石頭希遷という有名な禅者がいた。その人は曹洞系の祖師の一人で、馬祖道一などと同時代の人であった。その人の弟子に石室善道というのがあった。この人がある日、石頭と一緒に山歩きをした。その時、石頭が前方に木の枝の道を塞いでいるのを見て、それを伐ってくれないかと善道に言いつけた。善道は伐る道具を持っていないので、石頭にそれを貸してくれと言った。石頭は山刀を抜き取って、抜身のほうを善道につきつけて、「さあ取れ」と言った。善道は抜身を掴むわけにゆかないので、「そっちの柄のほうをまわして戴きたい」と言った。そうすると、石頭は、「柄が何の役に立つかい」と、こう言ったという話がある。これを聞いて善道は悟るところがあったということだ。」(268ページ)

 例によって、とりつく島のない話である。
 弟子が師匠と山道を歩いていて、師匠から「枝を切ってくれ」と言われる。
道具がないので師匠に道具を求めると、山刀の抜き身を突き付けられて「さあ、取れ」と言われる。
「抜き身のところは掴めない。柄の方をこちらに回してくれ」というと「柄が何の役に立つのか」と言われる。
そこで、弟子は即座に悟った、という話である。

 いったい、何のことやら???

 そこで、まずはそこらにあった定規を山刀に見立てる。
隣に座っていた、昨日はじめて参加したO君に「さあ、取れ」と定規を突き付ける。
文章を解釈する前に、文章を演じるという展開にO君は少しびっくりしながらも、そのままでは取れないことを確認する。
握れば手が切れる。

 と、これでその文章が分かるわけではないが、場面はより具体的になった。
大拙自身も、これだけでは分かりにくいと思ったのであろう。以下のような解説をつけている。

「山刀とすれば、たいしたことにも考えられないかも知れぬが、今、これを日本刀――三尺の秋水――としたら、その抜身を目の前に突き出され、「さあ、これで斬って来い」と言われたら、善道でなくても、ふつうには胆を消すことになるのは決っている。実際役に立つのは刃のほうで、柄のところではないのである。柄は刃のところを使うだけの手段となるもので、刃そのものではない。しかし、突き出された刃を掴めば、掴んだ手は直ちに切れるに相違ない。この刃は実になんでもかでも切る。いわゆる、人触るれば人を斬り馬触るれば馬を斬るといったあんばいに、抜身はすこぶる近寄り難いものである。
 ところが、実在というものは、――それは最後の真実であるが、抜身と同じもので、近寄るものはことごとく殺されてしまわなければならぬのである。それで、禅者はいつもこの真実を攫ませるために、弟子を教育する上においても、まどろこしき手段とか、方法とか、そういうものには頓着しないで、単刀直入にそれを攫ませようとする。石頭は、このゆえに、抜身を弟子の目の前に突き出して、「さあつかめ」と言うのである。」(269ページ)

 ティーモ君は、「胆を消す」とか「あんばい」とかの日本語が分からない。みんなでワイワイ解説する。
 しかし、それで「さあつかめ」と言われた弟子が即座に悟るということが分かるわけではない。
 それで、「最後の真実」とか「殺されてしまわねければならない」真実というのはどういうことか、この場面は『歎異抄』の問答の場面に何んとなく似ているとか、抜き身を握るとどうなるか、とかをみんなでワアワア考えている、その道中の賑やかなこと・・・・

 で、どんな結論に至ったかは、またこの次に(忘れなければ・・・)

 ちなみに、大拙は、これに二つの禅的なエピソードを加え、これの意味が汲み取られれば、『金剛経』は「読了」としてもよい、とまで言っている。
 『金剛経』を読む前に「読了」にしてしまいたい怠け者は、ここでウンウンと考えるべし!
posted by CKP at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月12日

どこまでいっても明日がある・・・?――ドン・ガバチョの真実

 気管支炎の熱がもう一晩ぐっすり眠ればとれる・・・という夜中に電話が鳴り「親父が死にました」と告げられる。
熱っぽい身体で何とか葬儀を終えて布団にもぐりこむと近所のおばさんが亡くなって、檀家さんではないけど悔みのお経をあげに行く。
それではと、ゆっくり眠ろうとすると、親戚のおじさんが亡くなって悔みに駆けつけ、葬儀に参列する。
熱の下がる暇がない。
もー、勝手にバタバタと死にくさって・・・と死者に八つ当たりする。
が、亡くなった方々も別にこの時を選んで亡くなったわけではあるまい。

 寺で毎月恒例の「お講」でオバサンたちに
「お浄土への旅立ちの日を予約するというのはどうですか?
来年の5月10日とか・・・」
と問いかけたら、「とんでもない」というふうにプルプル首を横に振っておられた。

 いつかは死なねばならないのだが、それが「この日」と指定されてしまうと、生きるエネルギーが萎えてしまうのはなぜだろう。
ガンで「余命3か月」などと聞いて動揺するのは、ほとんど「その日」が特定されてしまうからであろう。

 モーツアルトや晩年の淀川長治先生は「明日の命はない」と言い聞かせながら仕事をしていたというが、そのように限定することで逆に生きるエネルギーを得ていたのであろうか?

 『生きる』(@黒澤明)の主人公は、ガンと告げられ動揺し、しかし、その動揺をこえて、初めて「生きる」ということができた。
「命短し、恋せよ乙女」と志村喬が静かに微笑みながらブランコで歌う「ゴンドラの唄」は、最後の静かな命の鼓動である。

 しかし、私などは、ひょっこりひょうたん島の大統領ドン・ガバチョ先生唄うところの

 今日がだめなら明日にしまちょ
 明日がだめならあさってにしまちょ
 あさってがだめならしあさってにしまちょ
 どこまでいっても明日がある 
 ちょいちょいちょいのドン・ガバチョ

を聞いて育ったので、なかなか「明日のいのちはないものを」などと、ゴンドラの唄は唄えない。
 
 それよりも、明日はこの熱がすっきり下がっている方が当面の課題である。
posted by CKP at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

ホント55歳――なんでこうなるの?

 この連休中、不肖CKP55歳になりました。
その連休をどう過ごしたかというと・・・
 
 私の書斎および書庫および物置およびオーディオ・ルームおよび喫煙反省室は、東側に大きく窓があり、夏は午前中日がさして勉強できない。
午後は暑くて勉強できない。
夜は疲れて勉強できない。

 これではいかんと一念発起し、窓際にゴーヤを栽培し、日よけにすることにした。
 ついでに、おばあちゃんの部屋や妻や子どもの部屋にもつくってやろうと申し出たが、「遠慮しとく」とのことであった。
家族なのに水くさい。

 それで、窓の下にせっせとゴーヤの種をまき、水をやって、芽が出るのを待っている。立派な日よけにまで成長すれば、きっと、夏休みも午前中から勉強できるのであろう。

 その次には、この一か月、悩んでいたメダカの水連鉢の土の入れ替え。
いくつかある水連鉢のひとつだけ、ヒメオモダカという水草の成長が悪い。
なんでだろうと、この一か月、睡蓮鉢の前で、メダカになりかわって、眉間にしわを寄せて考え込んでいたのであった。
根を切ったり、葉を切ったりいろいろ試みたが、うまくいかない。
それで、土の入れ替えと相成ったのであった。
これも無事終了。

 次に、その書斎・・・・喫煙反省室にカラーボックスを入れて本の整理・・・と思っていたら、気管支炎で発熱。

 連休後半は、熱でボ――としておりました。
忌野清志郎がなくなって、がっくり――そうか、55歳のころに発病してるんだな〜と思いながら、葬式のニュースを見ていた。
 
 そのような状態でBSで、ビリー・ワイルダーの『昼下がりの情事』ははじめて全部観た。
 娘が結婚する話という点では小津的な映画。
しかし、これは、ハッピーエンドなのか?と思いつつ、ビリー・ワイルダーと小津安二郎の比較研究って面白そうと思う。

 という訳で、熱にうなされながら、いつの間にやら55歳になってしまっていました。
 この夏は、ゴーヤでレッツゴーや!というギャグを思い浮かべ、一人で笑っておりました。
posted by CKP at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

ペーパーウェイト

kinoko10.jpg
朽縄木菟さんからのいただきものです。
個研のテーブルに鎮座ましましております。
posted by pilz at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | キノコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする