2009年04月28日

私、草薙クンのファンである私が好きだったのに・・・アイデンティティと「無私」

 もはや旧聞に属するが、SMAPの草薙剛氏の「公然わいせつ罪」逮捕にはびっくりした。
天下のスターが、30年前の学生のストレス発散法である「裸踊り」で家宅捜査までされて逮捕されたということにも驚いた。
が、それ以上に驚いたのが、ファンの反応である。

 一般の方々は「ストレスがたまっているんですね」と同情的である。
ところがファンの反応は違う。
「草薙さんのこの行動には大変ショックを受けました。反省してほしい」
「草薙クンには大変傷つけられました。謝罪してほしい」
という声がテレビで流され、キャスターも「厳しいですネェ」とびっくりしていた。

 ファン心理というのは、一般にこういうものであろうか?

 私の知っているファンというのは、たとえばジュリーが暴行事件(古い話を今頃スマナイ)を起こそうが何しようが、反省や謝罪を求めるよりも、まずジュリーを弁護する。
何が何でも、ジュリー黒ハートなのである。
ほとんど「私」がない。無私の愛なのである。

 ところが、いまどきのファンは、と一般化するのは危険だが、少なくとも「反省」や「謝罪」を求めるファンは、どうも、「SAMPの中でも《良い人》草薙クンのファンである私が好き」という、私のアイデンティティを差異化し、どこの誰でもない「かけがえない私」を確立するためのアイテムとして「ファンである」ということを位置づけているのではないか?
「自己実現」のために、ブランド品をもち、キャリアや資格を身につける――それと同じような位置づけで「誰それのファンであること」がブランド化しているのではあるまいか?

 もちろん「●●が好き」という時に、「●●が好きな私が好き」という自己愛はある程度誰にも認められるが、それが臆面もなく前面に出てくるというのは、「私」のあり方が、なんだか面倒なことになっているなあ――と今さらながら、びっくりした次第。

 そのような「私」の対極にあるのが、たまたま久しぶりに聞いた小林秀雄の講演「信ずることと考えること」の中で述べられる柳田國男の「私」。

 小林は柳田の『故郷七十年』という本から、柳田14歳のときの「異常心理」について述べている。
  
 柳田がよく本を読みに行っていた旧家の庭に祠があった。その祠の中を見たくて見たくてしょうがなかった柳田少年は、あるときその祠を覗いてみた。
すると、そこにあった石を見た。
そのとき、柳田少年はその場にしゃがみこみ、満天に星の輝くのを見た。その星を見ながら、こんな昼間に星が見えるはずがないと思いながらも妖しい気分に包まれていた。
そのとき一羽のヒヨドリがピーっと鳴いて、はっと我に返った。
柳田は、「あの時ヒヨドリが鳴かなかったならば、私は発狂していただろう」と書いているという。

 小林は「この柳田さんの話には含みがありましてね・・・」と解説する。
柳田は「馬鹿馬鹿しい話なら・・・」とこの話を始める。
そして、「その後、生活の苦労をしなければならなかったから、幸い、そのような異常心理を忘れることができた」という。
この「馬鹿馬鹿しい・・」という言葉に小林は注目して、「きれいな石にお婆さんの魂を見ること(その石は死んだその旧家のお婆さんの愛玩物であった)も、生活の苦労も、誰だってやっている馬鹿馬鹿しいことだ。何も、苦労したぞ、と威張ることでもなんでもない、当たり前のことだ。異常心理も生活の苦労も当たり前のこととして引き受けるところに柳田さんの学問が成立している」と述べる。
「ははあ、これで僕ぁ、柳田さんの学問が分かった」とまで言う。

 おそらく、小林は、ここに柳田の「無私」とその学問の類まれなる個性を見たのである。
「無私」が、類稀なる個性と結びつく、そのような「私」を見るのである。

「無私」と「個性」が、どのような回路で結びついているのか、これだけではよく分からないのだが、まるで志ん生みたいな語り口で語る小林秀雄の講演CDを聴いていると、妙に納得してしまうのであったのだが・・・

 このCDを、あるきっかけがあって、このたび思い切ってアマゾンで購入したのであるが、そしたら、途中で、どこかで聴いたような気がして来て、物置を探したら、同じ内容のテープを発見せり!
 この柳田の話の前が、ベルグソンの記憶の話であるのが、すごく厭味でした・・・。

posted by CKP at 13:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月23日

誰も知らない私の悩み(その2)――イエスタデイ・ワンス・モア

 カーペンターズ結成40周年記念アルバム『カーペンターズ40/40〜ベスト・セレクション』を買おうか買うまいか、悩んでいます。

 私(1954年生まれ)が高校生や大学生のころ、カーペンターズの曲が、よくラジオから流れていた。

 カレンの深く柔らかい声に、ふと耳を澄ませたものである。
 が、LPを買うほど熱心なファンではなかった。
若いころの私は、過激がエライと思い込んでいたので、どちらかというとお行儀のよいカーペンターズのレコードを買うほどのファンではなかったのである。
 しかし、カレンの声は、私の心の底にしっかりと届いていた。

 今でも、時々耳にすると、何とも懐かしい気持ちになる。
彼らの「イエスタデイ・ワンス・モア」に歌われるように、
「若いころ、好きな唄が流れてこないかと、ラジオに耳をかたむけた・・・」
そんな日々が蘇るのである。

 だから、いつでも聴けるようにカーペンターズのCDを手元に置くべきかどうか、迷うのである。
 なにかの折りに、ふと耳にして「懐かしいなぁ」と聴き入るのが、カーペンターズの「正しい聴き方」ではないのか?と。

 私たちの世代の時間感覚には、ワイルドワンズの名曲「想い出の渚」の、
「波に向かって 叫んでみても
 もう帰らない あの夏の日」
という感覚が染みついている。

 過ぎ去ったものであるからこそ、価値がある。
「さらば青春」的感覚である(これを「こーゆー感覚って、ある世代以上のものですよね」とフンフン鼻で嗤いながら言いくさったお方がおられたのである――この言明は過去にはならなんぞ!)。

 カーペンターズは、70年代の一コマとして想い出の中で聴くべきか、このたびリチャード兄さんによってリマスターされたCDを買って新鮮な音で聞くべきか、私の悩みは尽きないのである。
posted by CKP at 12:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月21日

親鸞の歌心――三願転入を歌う

 昨日、親鸞のいわゆる「三願転入」について調べていた。
 それについて親鸞が『教行信証』で述べている文章を書き写そうとして、「あら?」と思った。

 見事な対句になっているのである。

 対句表現というのは仏教の文章にはよく見られるのであるが、どうも親鸞は自分のことを書くときに、対句になるという「変な癖」があったようだ。

 たとえば「信巻」の中ほどにある、有名な

誠知 悲哉 愚禿鸞

沈没於愛欲広海
迷惑於名利太山

・・・・
・・・・

という自己批判的な文章も対句表現である。

「私は愛欲と名利にがんじがらめだ」という、いわば「告白」なのであるが、それを対句で歌うというのは「変」だと思う。

それで「三願転入」の文である。

是以愚禿釈鸞

仰論主解義
依宗師勧化

久出万行諸善之仮門
永離双樹林下之往生

回入善本徳本真門
偏発難思往生之心

然今

特出方便真門
転入選択願海

速離難思往生心
欲遂難思議往生

果遂之誓良有由哉


久入願海
深知仏恩

為報謝至徳
庶真宗簡要

恒常称念不可思議徳海

弥喜愛斯
特頂戴斯也

(『真宗聖典』356頁から7頁、庶は手へんが入りますが、うまく出ないので「庶」でカンベンしてください)

 こういう表現って何なんだろう?とコリコリ書き写しながら考えるわけです。

 なんだか、歌舞伎の名場面で、いきなり「しがねえ恋が 情けがアダ・・・」と七五調で語りだす感じに近い。
あるいは、宝塚で愛の告白を「あい〜、それは〜・・・」歌い出す感じ。

 おそらく親鸞も誰かに向って歌っているんだろうと思います。
が、こういうのって、コリコリ自分でペンを動かして書き写さないと、実感として味わえない感じだと思います。
これを「写経の功徳」と言います。

 だまされたと思って、お試しあれ・・・やっぱりだまされた、ということになるかもしれませんが・・・

posted by CKP at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月20日

私の願望充足――ハサミを買う夢

 フロイトを訳しているせいか、夢をよく見る。
 夢は、現実では実現できない願望を充足するという。

 昨夜は、ハサミを買う夢を見た。
それも、刃渡りのたいへん長いハサミである。
私の無意識で、何か凶暴な欲望がうごめいているのだろうか・・・たとえば、タヌキの尻尾をちょん切りたいとか・・・

 たぶん、そうではない。
 メダカを飼っている睡蓮鉢の水草が伸びたので、それを切るのに、そうゆうハサミが売っていたなぁ・・・と昨日、メダカ君を眺めながら、激しく欲望していたのであった。

 このように浅い無意識しかうごめかない私が、フロイト先生の翻訳をしてもよろしいのでしょうか?
って言っても、昨日、初校の校正が終わったので、もう、後戻りはないでしょう。
posted by CKP at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月16日

有無の見を粉砕する葬儀――人間の条件

 昨日は東本願寺発行の『同朋新聞』の取材を受ける。
 インタビューされたのである。
葬式に関心がある「少し変わったお坊さん」として。

 編集部のK山記者が、たまたまこのブログのこの1月の葬儀に関するCKPの記事に目を留め、真宗の葬儀に関心のある編集委員のH多さんがインタビューするということになったのであった。

 私は「弔いは人間が人間である条件である。また、親鸞という人は、亡き人を『訪ふ』=弔うということを大切して、死者の声を聴こうとした人だ」という自説をお話した。

 しかし、話としては、むしろ東京で住職をされているH多さんのお話のほうが面白かった。
「面白い」というのも不謹慎だが、東京では最近は枕経に行っても、遺体が冷蔵庫に保管されていて、死者と向き合うということができない場合があるそうだ。
「葬儀」が「死体処理」になりつつある――そんな中でのH多さんがなんとか、死と向き合う葬儀を工夫されている様子が興味深かったのである。
そのエネルギーの源泉は、「思い通りになった自分しか愛せないという現代の生き方はおかしい」という洞察である。
そして、思い通りにならない生老病死にいかに向き合うかということを住職の使命とされておられる。
その悪戦苦闘(?)はH多さんが住職を務められている蓮光寺のホームページに詳しい。

http://www2.odn.ne.jp/~cbp17950/renkoji/

 どちらがインタビューしているのか、なんだかよく分からない取材であったが、例によって、お二人がお帰りになった後、言い足りなかったこととか、こういえばよかったとかの、後悔日記である。

 とりわけ思ったのは、人間が死んでいる遺体をもう一度自分たちの手で埋葬するというのは、「死んで存在しない」「生きて存在している」という「有無の見方」を粉砕する行為であるということであった。
存在するとかしないとかという次元を超えた「存在するとは別の仕方」の次元を開くのが「葬儀」なのではないか。
つまり、死者と向き合い対話できるそのような次元を開くのが、人間しか行わない葬儀という儀礼なのではないか――というようなことを強く思ったのでした。
posted by CKP at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月15日

GSベスト1!――悩みの高速道路

 叔母さんのお通夜で、福井と名古屋を高速でぶっ飛ばして往復する時、眠くならないように、『GSフォーエバー100』のいうCDを聴きながら運転した。
 残念ながら70曲ぐらいで往復してしまったが、こうしてまとめて聞くと、今更ながら、スパイダースの『バン・バン・バン』とか『夕日が泣いている』というセンスの良さに、その圧倒的な存在感を確認した。

 また、甘めの曲ではタイガースの沢田研二=ジュリーの魅力も再確認したのだが、はて、ベスト・ワンとなると難しいな、と思って運転していたのであった。

 意外な事と思われるかも知れないが、ベスト・ワンとして挙げたい曲として、スパイダースでもタイガースでもワイルドワンズでもなく、ジャガーズの「君に会いたい」とオックスの「ガール・フレンド」が上がってきたのである。

 「君に会いたい」の不思議な暗さ、「ガール・フレンド」の乙女チックな甘さ、どちらとも捨てがたい。

 誰かにGSベスト・ワンはと聞かれたら、どう答えよう・・・・と悩みながらの高速運転であった。

 幸い、私にそういうことを聞いてくる人はいないが・・・・

 ま、今の学生諸君にとっては、生まれるはるか以前の話ではあるが・・・
posted by CKP at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月14日

田口ランディはフィリップ・マーロウである――村上春樹訳『さよなら、愛しい人』発刊記念

「公開対談」とかいう場合、楽屋話の方がけっこう面白いのが常でして、田口さんの場合もそうであった。

 その内容は内緒だが、田口さんの講演前に、おそらく講演とまったく関係ないことをしゃべりながら、田口さんてハード・ボイルドな人だな、という思いをあらたにした。

 一人称の文体で小説を書くということもあるが、作家としての生き方そのものが、ハード・ボイルドなのである。
 ある問題に、どんどん入り込んで行く。そこまで入り込んじゃ危ない、というところまで平気で(本人は平気でもないんだろうけど)入り込んで、自分自身がそこで変容し脱出することが、事件の解決になるような、そんな書き方をされている。

 ホームズのように事件を外から冷静に観察し、分析し、解決するタイプではない。
 田口さんは、チャンドラーの探偵小説の主人公フィリップ・マーロウのように丸ごと事件に巻き込まれてゆくタフな探偵のようなのだ。

そのようなタフさが、男性的な文体となり、ブログ(がなかった時代のHP)に書いていた小説が認められ、そのときのハンドル・ネームであるランディがそのままペン・ネームになったそうだ。
そのランディも、当時のネット上のお仲間が「これは男だ」と思ってつけた名前だという(これは「公開対談」のツカミで明らかにされた話題です)。

 フィリップ・マーロウはあぶなっかっしい。しかし、それだから、目が離せない――おそらく、田口ランディという作家の魅力もそのあぶなっかしさなんだろうな、と思った。
 本人としては大変だろうけど、そこを通過せねば本人をやってられないという感じなんだろう。
 臆病者で怠け者のわたくしなんぞには、絶対マネできんなぁ・・・と思いつつの対談であった。

 わたくしとしましては、来たる連休には、村上春樹の新訳『さよなら、愛しい人』を読んで、フィリップ・マーロウになったつもりが、関の山であります。
 それはそれで世間様には迷惑な話ではあるが・・・
posted by CKP at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

田口ランディさんとの公開対談――つかみはオッケーだったが・・・

 またまた更新が滞ってしまいました。
『トーテムとタブー』の校正に集中しておりました――と言いたいところであるが、なかなか思い通りにことはすすまない。

 先週の木曜日に名古屋の叔母さんが亡くなり、京都から名古屋へ急行し、そこで枕経と「お剃刀の儀」を行う。
 葬式をどうするか相談し、近くのお寺にたのむことに決定。

 その日のうちに福井に帰り、翌金曜日、母親とお通夜へ。
 母親は足が弱って、列車の乗り換えは不可能なので、クルマで名古屋へ。はじめての道で、ぐったり。
 それでも、最後のお別れができてよかった。
 葬式をお願いするお寺さんにご挨拶。
「私は明日は葬儀には出れないけれども、よろしく」とそこはかとなくプレッシャーをかけに挨拶した。
 よい声の気持ちのよいお坊さんでよかった。
 母を連れて夜中帰宅。

 土曜日は、大谷派の福井教区のご遠忌お待ちうけ大会。
 そこで私は、田口ランディさんと「公開対談」をすることになっておったのである。
 舞台にアナはあけられない――いつから芸能人になったのか?

 田口さんが一時間ほど講演し、それを受けての対談である。
 聴衆のほとんどは、午前中は法要、午後は別院から文化会館に移って、この企画、ということで「対談」の頃にはそうとうにお疲れである。

 そこでややこしいことを話題にしてもなー、と思い、ツカミは「田口ランディってペンネームは、ペギー葉山やロミ山田の系統は違うのか・・」という話題から入る。(これはいちおうタヌキ先生と相談して練った話題である。ばっちりであった。)

 そのあとは舌の向くまま、気の向くまま、しゃべってあっという間に50分ほどたってしまった。

 田口さんは「まとまんなくて・・・」とえらく恐縮されていた。
 こちらは最初からまとめる気がなかったから、田口さんのマジメさにビックリ。

 きのう、講演のメモを見返していたら、たしかに「いのち」や「家族」の問題など、浄土真宗からの「突っ込みどころ」満載の講演であったのに、それをうまく生かせなかった事に気が付いた。
 そもそも対談を漫才のワーディングで考えているのが、おかしいといえばおかしいのであるが・・・・。

 昨日は少し後悔の日曜日であった。

 そういこともあってか、田口さんのブログを拝見したら「講演は書くより難しい」ということだけが書いてあり、「対談」のことは一切、キレイさっぱり気持ちいいほど書いてなかった。
 とほほ、また一人、怒らしたか?
posted by CKP at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月08日

CKPとは何者か?――『学苑余話\』刊行さる!

 Pilz先生やわたくしCKPの今までのブログの記事から「名作!」記事が掲載された『学苑余話\』が、大谷大学企画課から刊行されました。

 その冊子には『文藝春秋』に掲載されている「生活の中の仏教用語」と仏教学科とわが哲学科のブログの記事が編集されています。
 どれも短い記事ですので、電車の中の読書などに最適です。

 Pilz先生やわたくしCKPは、その冊子の紙の上では「ほんとの名前で出ています」。

 ブログにでたときゃ CKPとよばれたのぉ〜
 活字じゃ〜 ●●●と名乗ったのぉ〜
 冊子の活字で 読まれるその日から
 あなたが探して くれるの待つわ
 ホン〜トの名前で出てぇい〜ま〜すぅ〜

 大谷大学企画課に直接行くか、メールなどで申し込めば、ただで貰えます。
 CKPの文章を、トイレで読もうというようなことは御遠慮願いたいです。
 そうでない方は、どうか、ぜひ!

 
posted by CKP at 18:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月07日

タブーと定言命法――いよいよ6月!『トーテムとタブー』予告編

 早くて6月に刊行予定のフロイト全集第12巻(岩波書店)所収の『トーテムとタブー』の翻訳の校正に追われている。
昨日で第3論文までの初校が終了。
いよいよ、フロイト自身が終生高く評価していた第4論文、ハンス坊やアルパート坊やが活躍する論文である。

 しかし、この私が言うのもなんだが、フロイトって、アタマいいっすね。
読んでいるとこちらのアタマもよくなってくるような気がする。
ブログを書くと、せっかく良くなったアタマがまた元の木阿弥になりそうなので、ついついエントリーがとどこおる。
というわけで、元の木阿弥になって書いている。
 ほんと、フロイトってアタマいいっす。
最高っす・・・(ホントこんな奴が翻訳で大丈夫なのか?我ながら心配である。)

 フロイトの文章は、論理がピーンと通っている。それを十全に把握し、分かりやすく日本語に出来ているか、心もとないので、校正が永遠に終わらないような気がする。
 フロイトの論理にそって訳しているつもりだが、ひょっとして私の論理で勝手に訳しているかも知れないとビビり出すと、「やっぱこの翻訳では分かりにくいから原典を読もう」と読者を誘うのも翻訳者の功績である、などと居直りたくなる。
が、トーマス・マンも絶賛する作品であるから、フロイトの脳みその皺をたどるようにして、正確な訳文を作ろうと、「私なりに」努力はしております。

 で、第3論文まで見直してみて、フロイトがカントをけっこう意識していることに改めて気がついた。

 すでに『トーテムとタブー』の「まえがき」で次のように述べている。
 
 トーテミズムは完全に解明することはできないが、タブーの方はそうではなく解明できる。なぜならタブーは現在でも我々の内部に存続しているからだ。つまり、「・・・その心理的な本性から言って、タブーはカントの「定言命法」に他ならないのである。」(4頁になるはず)

 ここで最初訳したとき「えっ?」と思った。
 だってタブーというのは、たとえばトーテム動物を殺してはならない、という禁止命令だが、「定言命法」は、乱暴にまとめてしまうと「やるべきことをやりなさい」という無条件の行為命令のだから。

 しかし、フロイトは本文でも次のように述べる(第2論文「タブーと感情の蠢きのアンビヴァレンツ」)。

「・・・・どうやらポリネシアの未開人のタブーは、われわれからそれほど隔たったものではないのであって、われわれ自身が従っている習俗的・道徳的禁令はその本質においてこの原始的なタブーと近親性を持ちうるし、タブーの解明によって我々自身の「定言命法」の闇に包まれた起源に光を投げかけうる・・・・。」(34頁あたり)

 もちろん、この文章の方が「まえがき」の文章よりも先に書かれているのである。
ここでは「「定言命法」の闇に包まれた起源」という言い方がされている。
それに「光を投げかける」のがこの「トーテムとタブー」の研究であるというのである。

 これはカント専門でなくとも、買って読まねばなるまい。
あとは本編のお楽しみ!とここで止めるべきであろうが、これだけでは、タブーという禁止命令と「定言命法」がどうして結びつくのかが、分からないから、たとえば次の箇所を引用しておこう。

「禁令が形成されてゆく基礎には常にある邪悪な蠢き――死の欲望――が愛する人へと向けられている。この蠢きは禁令によって抑圧され、禁令は遷移によってたとえば愛する人への敵愾的行為に取って代わるある種の行為に結合されるが、その行為は死の罰によって威嚇される。しかし、このプロセスはさらに進んでいき、愛する他者に向けられた元来の死の欲望は、今度はその他者の死に対する不安に置き換えられる。このようにして神経症は情愛深く利他的であることになるが、しかしそれは根底にある野蛮なエゴイズムという反対の心的態度を利他性によって補償するものでしかないのである。」(94ページあたり)

 なすべきことをなせ、私利私欲で行動するなという命令は、根底にある野蛮なエゴイズム=死の欲望=根源悪を「利他性」で過剰に補っているというのである。
ここでタブーと「定言命法」とが結びつく。
もちろん、この「死の欲望」をどれだけリアルに読み取れるかが、問題である。
 フロイトはタブーの分析や服喪の分析からこの欲望を導出するのであるが、確かに論理的に説明されればそうだが、何か抵抗するものがこちらに蠢くのも事実であったりする。

 ひょっとしたらフロイトが、そのような動揺を誘うように書いているのかも知れない。
いずれにせよ、ない語学力と文章力の最大を尽くしますので、刊行の暁にはぜひ買って読んでくださいね。

 どうか、ぜひ!
posted by CKP at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月03日

優柔不断で悪いことはないと思わないではないんだけど…――ムーミン的弁証法

 先ごろ、日本におけるムーミン受容の歴史をまとめていて気がついたのだが、1990年からのテレビ・アニメ「楽しいムーミン一家」シリーズは、まったく見ていないように思う。
 世間的にもそれほど人気が出たように思えない。

 皆さんは、覚えておられますか?

 これは、1969年からの「カルピスまんが劇場」での二つのムーミン・シリーズに不満を覚えた作者ヤンソンから多くの注文が付けられて、ムーミンのアニメ的面白さが減じてしまったことにも原因があるだろう。
 冨原眞弓著『ムーミンふたつの顔』(筑摩書房)によれは、アニメのスタッフはヤンソンにセル画やエピソードの英語版を郵送してチェックを受けていたという。

 しかし、その平成のムーミン・アニメが劇的に受け入れられなった原因はそれだけではないように思う。

 ムーミンのぐずぐずした性格が時代と合わなくなってきたのが、決定的ではないかと、私は思ったりもするのである。

 冨原先生は、同じ本で主人公ムーミントロールについてのヤンソンの言葉を紹介しておられる。

「ムーミン(トロール)の性格づけは、すべての登場人物の中でいちばん曖昧です。ムーミンママにべったりで、そのうえかなりおめでたい。じっさい、とても気立てがよく、すぐにひとの身の上に同情します。そのため、ときとして面倒に捲きこまれもします。ムーミンはとても情にもろく、はしゃぐときは元気いっぱいです。好奇心にあふれているせいでしょうか。」(59ページ)

 たとえば、ムーミン谷に鉄道を敷かれると聞いてムーミンはむっとする。反対する。
 しかし、汗水たらして働いている人を実際に目にすると、同情してしまう、という具合である。

 そのような「あちらを立てればこちらが立たず」「こちらを立てれば、あちらが立たず」という情況で、うろうろしているうちに、ムーミンママやミイやスナフキンが出てきて、何となく収まる所に話が収まる。

 このような優柔不断なムーミンの性格は、バブルからバブル崩壊に向かう当時の日本では受用されにくかったのではないか?

 アメリカン・グローバリズムの「成果主義」の席捲する中では、信念を貫き初期の目標を達成する人間がエライ、ということになっており、そういうエライ人間のみが「成功」する。
 それで、AIGの幹部のように天文学的数字のボーナスを受け取るというような世界が目指されていた(今でも目指している方もおられるが)。

 1990年代初頭といえば、自殺者の数が、グンと現在の数に跳ね上がった時期でもある。
 成果を上げられず、ぐずぐずしている人間は生きている価値がない、というコンセンサスが押しつけられていたということである。
「スッパリ!」「キッパリ!」という生き方がエライと言われるようになった時代である。

 そういう中での優柔不断のムーミンというのは、広く受け入れられるということは難しかったのではないか?
北米ではムーミンはほとんどかえりみられないらしいが、それも同じことではないだろうか。

 多民族国家であるアメリカでは、どれだけ金を儲けるかというところにすべての価値観を集約せざるを得ないという事情があるのかも知れないが、人間、それだけじゃないだろう――ムーミンの世界はそのようなメッセージを含んでいると思う。
 そういうのをうっとしい・面倒くさいと思うか、いろんな価値観があって楽しいと思うか、の問題だと思う。

 あれも立て、これも立て、うまく立たなくても、ごちゃごちゃやってるうちに、思いがけない解決が降ってくる――これをムーミン的弁証法という。
つまり、シアワセの形って、いろいろだし、そしてそれは思いがけないものであることが多いということである。

 今一度、ムーミン・アニメが放映されて、ぐずぐずしている私のような人間を祝福してくれると、うれしいな、と思わないでもない、世の中は三日見ぬまの桜かな、であった。
posted by CKP at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月02日

ハンス・ヨナスをめぐる問い――のぞみは品川にも止まります(意味不明)

 ブログというのはありがたいもので・・・

 二月に京大で開催されたハンス・ヨナスの日米での需要に関するラフルーア氏の講演会について、参加もしないのに、見て来てきたような記事を先ごろ書いた。
 その記事に、当日、特定質問者を務められた品川哲彦先生がコメントをくださった。
 そのコメントから先生のホームページに行くと、当日の質問やヨナスの書評などが拝読できます。
 
 私のいい加減な記事では危ういので(今さら言うことでもないが)、読者の皆様におかれましては、是非とも、品川先生のホームページで、確実な所をご確認願います。

 どうか、ぜひ!
posted by CKP at 15:12| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月01日

ムーミン谷に迷い込む――どれを読んだらいいの?スナフキン教えて

 突然であるが、ムーミン谷に迷い込んでいる。

3月の中頃『プリンセス・トヨトミ』で大阪の商店街に迷い込んだ私ではあるが、のっぴきならない事情があって足早にそこを立ち去り、ムーミン谷に赴いたのであった。
 無駄に冬眠をしていたのではない。

 で、一度きちんと『ムーミン』という作品を読もうと思ったのであるが、はて、いったい何から読んだらよいか、よくわからないのである。

 ムーミンとは、スウェーデン系フィンランド人画家で作家のトーベ・ヤンソンの創造した不思議な生き物、ちょうどトトロから体毛をむしり取ったようなカバのような体型の生き物である。
 体長は30センチぐらいらしい。
 じっさい、北欧では、トトロとは主人公ムーミントロールのトロールから命名されたのだ、と思われているらしい。

 そのムーミンに関する出版は、まず1945年に『小さなトロールと大きな洪水』という「絵入り物語」が発表され、その後断続的に30年近く発刊される。
 しかし、これと並行して絵本版もヤンソン自身によって発刊される。
 しかし、これにまたまた平行して、1954年から、イギリスの新聞で、コミック版が連載される。もちろん、ヤンソン自身の手になるものである(のちには弟も参加)。

 ややこしいのは、このコミックによってムーミンが広く知られ、「絵入り物語」の方も読まれるようになったことである。
 しかし、コミックの絵は新聞ということもあって、「絵入り物語」のイラストよりも大幅に簡略化されているらしい。
(ムーミン・コミックが「コマ割り」がなくて読みにくいのは「新聞連載コミック」だからなんですね。)

 しかし、私たちの世代(1954年生まれ)は、何よりも岸田今日子が声を担当した「カルピスまんが劇場」でムーミンを知ったのであった(1969年開始)。
「ねぇ、ムーミン、こっちむいて・・・」ってやつ。
 だがだがしかし、ヤンソン自身はこのアニメシリーズに不満で、彼女自身(そう、ヤンソンは女性です)も関わったアニメ第2シリーズが1990年が始まっている。

 というわけで、ムーミン谷に到着したものの、いったいどれから手をつけるべきかと、まるでムーミンの如くに優柔不断に陥っている私でした。
 おそらくあの元気なミィだったら、手元にあるのから読みなさいよ!とスッパリ断定してくれるであろう。
 しかし、スナフキンはもう少し思慮深くアドバイスしてくれるであろう、と考えながら、大いに迷っている私でした。
 迷っているうちに、ムーミン・パパのように、放浪の旅に出てしまいそうなCKPでした。


 
posted by CKP at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする