2009年03月29日

四月になれば私も――只今、冬眠中

 更新が滞っております。
 CKPは只今、ムーミン谷のムーミンのように、冬眠中です。
 おそらく四月になれば、目覚めるでしょう。
 もう少し、冬眠します。
 ZZZZZZZZZZZZ・・・・・・・・・・
posted by CKP at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

街を楽しむ(『同朋』1996年3月号)

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 初めての土地に着いたときの、あの不安でいて同時に期待に満ちた気分はなかなかよいものだ。見るもの、聞くものすべてが新鮮で、驚かされることばかりである。もっとも、日本全国どんなところに出かけても、似たような店がならび、同じような商品が売られている。したがって、最初に感じた一種の高揚した気分はすぐに萎え、幻滅に襲われることになる。
 それではというので外国に出かけても、よい結果はあまり望めない。たしかに、言葉や風俗、習慣は違っていても、それらのことはすでに外国旅行に出発する以前に旅行ガイドブックで確認ずみのことにすぎない。前もって知っていることを再確認しながら、これは一見に値すると書かれていたから、「美しい、素晴らしい」と言うだけである。
 要するに、案内書を通してものを見ていて、自分の目を全然使っていないのである。自分の目でものを見る。言うのは簡単だが、いざ実際に行うとなると、これがきわめて難しい。たとえば印象派美術展を見にいっても、絵そのものを見るより先に、つい作者名の書かれたカードに目がいく。そして作者がモネであることを確認してから、ウウムと感動する。なんとも情けない俗物根性である。
 自分の目でものを見るということがこれほど難しいのには理由がある。というのは、ものを見るということには、見たことについての判断が同時に要求されるからである。つまり、見たことについての自分なりの判断が下されてはじめて、自分の目で見たと言いうるのである。自分の目で見るとは、自分の頭で考えるということでもある。
 自分で考えるためには、自分の目の前にあるものを徹底的に知る必要がある。それが絵であれば、遠くから近くから見て見て見抜く。また、それが都市であり、街であるなら、その土地の隅から隅まで歩き回る。いわば、自分と対象(絵や都市、街)との距離を可能な限りゼロに近づける。極端なことを言えば、絵ならば模写をし、都市ならばそこで生活してしまう。
 初めての土地での高揚感が幻滅に終るのは、実は、その土地がつまらない月並な都市だからではない。その土地をありふれた都市と見る、こちら側の見る目にこそ問題がある。商店や商品にしか注意を向けず、そこで営まれている生活の表面だけを見るような、そんなわれわれの見方からは、その土地の面白さを捉らえることができるはずがない。
 学会などで初めての土地を訪れるとき、その土地の食べ物も楽しみだが、それ以上にわくわくするのは街の散策である。ホテルに荷物を預けてから身軽ないでたちで街に飛び出す。東京とか大阪といった馬鹿でかい都市は別にして、ほとんどのところは一時間も歩けば街の端から端まで行くことができる。
 ホテルの受付けでもらった簡単な地図をたよりに、足のむくまま気のむくまま歩き続ける。疲れたら休み、喉が乾いたら自動販売機か喫茶店を捜したらよい。そんなことをして三時間ほど歩き回っているうちに、街全体の配置が頭に入る。そうしたら今度は、古本屋なら古本屋だけを、あるいは和菓子屋なら和菓子屋だけを目当てに歩く。こうしてその街を自分の足で知っていく。
 二日ほどの滞在で知ることのできるのは、その街のほんの一部分にしかすぎない。だが、そのとき知りえたものは、確実に自分の目を通して獲得したものである。この小さな獲得物が将来なにかの役にたつかどうかは問題ではない。すくなくともこの方が、初めての土地を真に知る可能性をもっているし、なによりも、不安と期待に満ちたあの気分を楽しむことができるではないか。
posted by ガラタたぬき at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 「不可思議な日常」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月18日

四月になれば彼らは――卒業にあたっての適当論

 今日はわが大谷大学の卒業式である。

 昨夜は、万城目学『プリンセス・トヨトミ』を読みだしたら止まらなくなり、今朝は寝過ごし、あわててタクシーで卒業式に滑り込む。
 セーフ。

 卒業式の後、哲学科の学生諸君に「学科主任」としてお祝いの言葉を一くさり述べて、「卒業証書・学位記」を一人一人に手渡す。

 まずはめでたい。
 しかし、四月から彼らが進みゆく世界は、厳しい。

 それで、一曲進ぜよう。

 が、適当なものが浮かばない。
 アタマの中では数日前から「そのうち何とかなるだろう」と植木等先生が唄っておられて、それ以外の曲が思い浮かばない。

 すまない。
すまないと思うが、これはこれでありがたい曲なのである。

「銭のない奴ぁ 俺のとこへこい
 俺もないけど 心配するな
 見ろよ青い空 白い雲
 そのうち何とか なるだろう」
(「黙って俺についてこい」青島幸男作詞、1964年)

 まことに無責任で適当な歌詞であるが、しかし、適当にやっていれば、そのうち何とかなるのである。
 じっさい、そうなってきたのである、私の場合。

 そんな「適当」で人生成り立つかと怒る人がおられる。
そういう人は、適当を一生懸命にやる、としか発想できない。
適当を適当にやるということが思いつかないのである。
それは「適当」のあり方としては間違っている。
「適当」という内容を「一生懸命」という形式が裏切っているのである。
 適当が適当という形式をもった場合、一生懸命やってしまっていたということも起こるのである。
 ものすごく落ち込むということもありうるのである。

 そして、そのように適当にやっていれば、思い通りではないにしても、「そのうち何とかなる」ということになっているのである。
そして「思い通り」じゃないから、面白いのである。

 なんとかなったとき、「こんなはずじゃなかった」と嘆くか、「こんな展開があったか!」と感嘆するかで、人生、違ってくるということですね。

 波瀾万丈を祈る!

 ところで『プリンセス・トヨトミ』は波瀾万丈であった。
これを読むと、大阪になぜ「カーネルサンダースの呪い」という都市伝説が形成されたのかがよく分かる。
 しかし、大阪の商店街は神秘に満ちておる。
 たしか津村記久子さんの新作も大阪の商店街が舞台のはずである。
 恐るべし、大阪の商店街!

posted by CKP at 13:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

けっこう本気じゃん、ジャン・ボベロ――『揺れ動く死と生』いよいよ発売!

 今を去ること2年と3か月、2006年の11月に開催されたフランス国立高等研究所と大谷大学真宗総合研究所とのシンポジウム「宗教と近代合理的精神」の記録が、やっと発刊までこぎつけた。

『揺れ動く死と生――宗教と合理性のはざまで』(ジャン・ボベロ/門脇健編著、晃洋書房)
値段は3000円を切りました!

 フランスの宗教社会学の重鎮ジャン・ボベロ先生(ライシテの専門家)やヴィレーム先生(クセジュに『宗教社会学』あり)の論考、あるいはマイケル・パイ元国際宗教史学会長の論考が、コンパクトな形でしかも日本語で読めるのは、現在この本だけ!ということだけでも買って読む値打ちあり!
 
 本にするにあたって、フランスの先生方は、大幅にリライトしてくださいました(逆に言えば、最初の口頭発表の時はわりとお気楽「京都観光」気分であったのか・・・?)。
 日本側の先生方の論考も力の入ったもので、「死と生」をめぐる問題が鮮やかに提示されています。

 結論は出ない。しかし、結論が出ないからこそ、その問題をめぐって、より豊かな「死と生」が見えてくる、そのような論考集になったと思います。
 3000円近い出費は申し訳ないが、大学からの出版費補助もあり相当割安になっております。
 どうか、ぜひ!
 
posted by CKP at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月13日

悩むのも休み休みにせい!――そのうち何とかなるだろう

 先日、同僚の先生方と雑談していたとき、ある先生が、
「そういえば、若いとき円形脱毛症になったなぁ」
と遠い目をして発言された。
 私はその方の現在からは想像できなくて、
「え?そんなに悩んだんですか?
お若い頃はマジメだったんですねぇ」
と驚きながらも、からかったのであった。

 すると、もう一人の先生が
「え?カド●キさんは、円形脱毛症にはならなかったんですか?」
と、怪訝そうに訊かれるのである。

「そんなもん、なるかいな」
と答えたら、お二人はまるで珍獣を見るような目で私を見るではないか。
 円形脱毛症になるのが、そんなに偉いのか?

 そうなんです。
 私の場合、とことん突き詰めて悩み考えるということが出来ないのですね。
根気が続かないのです。
すぐ飽きてしまう。
悩むことは悩むのである。
これでも若いときは結構シビアな悩みを抱えていたのである。
しかし、根気が続かない。
そのうち悩むのに飽きてしまって、気がつくと別のことをやっている。

 そんなことは、この支離滅裂なブログを続けてご覧になっている読者諸賢はとっくにお気づきであろうけれども。

 学問的な悩みも同じことで、一つのテーマを集中して掘り下げるということができない。
分らなくならると、その辺にほったらかしにしてしまう。
「問題が熟成するまで寝かしておく」という言い方もできるが、要するに、ほったらかしである。
で、たまに、ごそごそやっていたら、その問題を見つけて、また少し考える、てな調子なのであった。

 机に向かっても同じことで、ドイツ語につっかえると、少し考えて分らないと、ほったらかし。
机の周りにある『不滅のクラッシク名盤』と『ジャス不滅の名盤』などという不滅系のレコード案内を読みふけるのである。これは不思議と飽きない。
で、そのうち何を読んでいたかも忘れていて、大分経ってからまた同じところでひっかる。

 だから、平気で何年も同じ問題を考えている。
根気強いといえば根気強いともいえないこともないか?

 ま、54歳もで生きてきて、この飽きっぽい性格でそれほどまずいことになったわけではないので、これはこれでよろしいのでしょう。

 おそらく小学生の頃、
「銭のない奴ぁ、俺んとこへ来い!
 俺もないけど、心配するな。
 見ろよ青い空、白い雲
 そのうち何とかなるだろう」
と唄っていたせいで、こういう性格が形成されたと思われる。
ありがたや、植木等先生。
 ただし、修士・博士課程の学生さんは、「そのうち」はありませんから、死ぬ気で考え抜いてね。
posted by CKP at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月12日

OL――意外と続く『昭和語広辞苑』

 三度目の正直でこのほど芥川賞を受賞した津村記久子さんの最初の候補作品であった『婚礼、葬礼、その他』の帯には、
「友人の結婚式に出席中、上司の親の葬儀に呼び出されたOLヨシノのてんやわんやな一日」
とある。

「てんやわんや」というのも十分に昭和語である。
しかし、「OL」というのも今どき言わんだろう。
言うかOL。
なんだか獅子てんや・瀬戸わんやみたいなオッサンが上司をしている職場の事務員みたいな感じがするぞ、OLって。

 もちろん本家『広辞苑』にはそんなことは書いていない。
「オー‐エル【OL】
 (和製語)オフィス‐レディーの略称。」
とある。
価値判断をせず淡々と書いている『広辞苑』的説明である。

 それ以前は、「BG」という呼称があった。
ご存じなりや?
ちゃんと『広辞苑』にある由緒正しき昭和語である。
「ビー‐ジー【BG】
 (和製語)ビジネス‐ガールの略称。女性事務員の旧称。オフィス‐レディー。」
ここでは、「女性事務員」とか「旧称」とか『広辞苑』としては少し踏み込んだ説明となっている。
思い切ったな、『広辞苑』。

 BG,OLと来て、和製英語での呼称が続き、さて次は?
橋本治『あなたの苦手な彼女について』(ちくま新書)にはこのような記述がある。
少し長いが引用する。

《1970年代も半ばを過ぎれば、「女が働く」ということと「貧しさ」は切り離されます。日本では、「それ以前の状況とは一線を画したことを主張する時には、既成の言語を横文字に置き換えて主張する」というへんな習慣がありますので「働く女」は「ワーキングウーマン」になります。やがてこの「ワーキングウーマン」の語は「キャリアウーマン」や「キャリアガール」の語に駆逐されることにもなりますが、それはもしかしたら、「ワーキングウーマン」の「ワーキング」に貧しい「労働者」が連想されて「生活のために働かなければならない」というニュアンスを感じ取られたせいかもしれません。
「働く女」が「ワーキングウーマン」とか「ワーキングガール」になって、当時の男たちは「それとOLとはどう違うんだ?」と悩んだりもしますが、当時的な考え方からすれば、「ワーキングウーマン」というのは、「OLのサラリーマン化」で、「職場でお茶汲みをする補助的な存在からの脱皮」です。
 女はサラリーマンになりたがり、男は「サラリーマンなんかいやだ」と言ってドロップアウトをしたがる――1970年代はそういう時代でもあったのですが、やっぱり女でも、「サラリーマンになって、会社に忠誠を尽す企業戦士になる!」というのは、公然たる目標にしづらかったのでしょう。それでしばらくすると、「ワーキングウーマンは、もしかすると、“女の平サラリーマン”かもしれない」というような理解が起こって、「その上」を目指すような「キャリアウーマン」や「キャリアガール」の語が一般的になる――そういう落ち着き方をした後になって、「女性の社会参加」という語も登場するのです。
 1970年代後半から1980年代前半の「キャリアウーマン」というと、どうしても、「その前向きな意志を示すために、肩パッドの入ったスーツを着なければならない」というようなへんなことにもなっていたので、「少しは落ち着いて物事を考えてみよう」ということにもなったのかもしれませんが、私はこの「女性の社会参加」ということを少し考えてみたいのです。》(62‐3頁)

 「女性の社会参加」の問題は橋本治にお任せするとして、BG,OLと来て、そのあとはワーキングウーマン・ワーキングガール、そしてキャリアウーマン・キャリアガールである。
もはや略称ではない。
しかし、「ワーキングウーマン・ワーキングガール」というのは本家『広辞苑』には見当たらない。
私(54歳)の記憶にもそれほど印象的には刷り込まれていない。
おそらくあっという間に、「キャリアウーマン・キャリアガール」へと移行したのであろう。

『広辞苑』には「キャリアウーマン」だけが載っている。
「キャリア‐ウーマン【career woman】
 熟練した知識や技術を持ち第一線で働いている女性。」
和製英語ではないらしい。
「第一線」というのが、『広辞苑』としてはなかなか踏み込んだ表現である。もちろん、「肩パットの入ったスーツを着てカツカツとオフィスを闊歩する」などということは書いていない(最近のファッション・ショーで復活してるとか)。

 しかし、その後バブルがはじけて、「キャリアウーマン」の語もそれほど使われなくなったように思う。
「働く女性」「女性の社会参加」の語が出来て、それに対して「専業主婦」の語も出来てきて、その「専業主婦」に厳しい視線が向けられるようになってきている。
最近の女子学生の「専業主婦」志向に『アエラ』などは「それでいいの?」などと疑問を投げかけている。
このような女の中の「内輪モメ」に発展しそうな事柄には、おろおろするだけの私であるが、しかし、大学とか寺院とか「社会に開かれる」ことをやかましく言われる場所に棲息する人間としては、「社会というのはそんなに偉いのか?」というようなことも言いたくなる。
社会の外で、ぼーっとしているのも、よろしいのではないですか?
The fool on the hillって。
だから、大学とか寺院があんまり「社会に開かれて」、それ自体が社会の中に溶解してしまうのはどうなんだろう?と思ったりもします。
非僧非俗が非僧=俗ではいかんだろう、と思うわけです。

 それはともかく、このように「キャリアウーマン」の語はそれほど使われなくなったが、しかし、「キャリア」という語は、生きている。
「職業教育」「就職指導」という語の代わりに「キャリア教育」などと言われたりする。
私はどうもこの語がしっくりこない。
『広辞苑』では、
「キャリア【career】
 @(職業・生涯の)経歴
 A専門的技能を要する職業についていること。
 B国家公務員試験T種(上級甲)合格者で、本庁に採用されている者の俗称。「――組」
⇒――‐ウーマン【career woman】」
とある。
 この説明の「キャリア組」と最近使われる「勝ち組」あたりが、どこかつながっていて、キャリア教育というと、どうも「勝ち組を目指せ!」というようなニュアンスが感じ取れて好きになれないのである。
 男でも女でもキャリアを積んで「第一線」でバリバリ働くという「成功願望」が「キャリア」の語から感じ取れて、何となく疲れるのです。
 第二線でも第三線でもいいやないですか。
 バリバリじゃなくて、「そこそこ」でもいいやないの、と思うのであります。

「働く女性」の名称は、「第一線」「一流」を男に独占させるな、ということでカタカナを使い変遷してきましたが、ここいらでもう一度、「社会の第一線」「一流」しか生きる場所はないのか?それ以外にも幸せに生きる場所はいくらでもあるだろうに、と落ち着いて考える時期であろうと思うのであります。

 只今、私のアタマの中では植木等先生が「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ!」と唄っておられます。
そう言えば「サラリーマン」というのもあんまり聞かないなぁ・・・・

 しかし、『広辞苑』もこうやって読むと、なかなか味わい深いものがあります。
posted by CKP at 17:57| Comment(1) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ラズロ・ランゲィ氏講演会――「隔たりの経験と歴史的記憶」

 またまた、京大の杉村靖彦先生から「ブログで流してね」と依頼された訳ではない講演会のご案内です。

 3月18日、大谷大学の卒業式の日で、我々教員も夜までいろいろと卒業式行事があるので、残念ながら出席できません。
で、現象学関係あるいはフランス哲学関係の院生諸君、是非とも御参加を!ということで、杉村先生からのご案内をコピペしておきます。


<ラズロ・テンゲィ氏(ブッパータール大学教授)講演会>
題目:「隔たりの経験と歴史的記憶 (L'experience de la distance et la memoire historique)」
日時:3月18日(水)15時から18時
場所:京都大学文学部新館第一講義室
特定質問者:川口茂雄(日本学術振興会PD)
司会・通訳: 杉村靖彦
使用言語: 講演はフランス語(日本語訳配布)、質疑応答は英語・ドイツ語も可

テンゲィ氏はハンガリー出身で、最初はブダペスト大学で教えておられたのですが、その卓越した現象学研究を評価され、有名なKlaus Heldの後任として、現在ドイツのブッパータール大学で教授をしておられます。フッサールの専門研究に加えて、レヴィナス、リクール、アンリ、マリオン等、現象学の流れをくむ現代フランスの哲学者たちに関する研究でも、ドイツでの第一人者というべき存在であり、洞察にあふれた論考を数多く発表しておられます。
今回の講演では、テンゲィ氏の現象学において重要なテーマである歴史性の問題について、リクールの『記憶・歴史・忘却』の鋭利な読解を通して考察して下さいます。リクールの哲学を詳しく知らない人にとっても有益な、見通しの良いお話をして下さると思います。また、講演後の議論に向けて問題提起をしていただく特定質問者の役割を、先日リクールのこの著作についての博士論文を提出した川口茂雄氏にお願いしております。

テンゲィ氏の今回の来日は、フッサール研究会の招へいによるもので、東京では15日にフッサール研究会、16日にフランス哲学セミナーで、関西圏でも17日に阪大、19日に立命館大で、フッサールや現象学関係のテーマで講演をされることになっています。
(コピペ終わり)

 ということだそうです。
杉村先生の見事なフランス語・ドイツ語・英語の通訳・司会も堪能してください。
 どうか、ぜひ!
posted by CKP at 12:21| Comment(2) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月10日

実用的ヘーゲル――マルクス的使用法

 だがしかし、実用書のタイトルに著者名が顔を出すということは、そうしなければその本の新しさが分からないということである。
同じような本は山ほどある。
たとえばレシピ本は無数にある。
そこに「土井勝の・・」と著者名が出てくれば、あの土井勝先生のコツが和食のレシピにつけ加わったということである。
「土井善晴の我が家で和食」(土井勝先生のお孫さん?)という本が出れば、おそらくそこには何らかの新しさがあるということであろう(私のような者が「ブリ大根」作ってみたいと思えるような)。

 ところで、わがヘーゲルの著書のタイトルには、「ヘーゲルの論理学」とか「ヘーゲルの百科全書」というようにヘーゲルの名前は直接には出てこない。ただの「論理の学」であるし、「エンチクロペディー(百科全書)」である。
しかし、「論理学」などそれまでにも山ほどあるし、「百科全書」は当時のフランスですでに発刊されている。
だから、我々はそれを「ヘーゲルの論理学」「ヘーゲルの百科全書」と呼ぶ。
そして、そのように類書があって、その独自性を強調するために著者名をくっつけなければならないのは、基本的には実用書である。

 つまり、ヘーゲルは今までの「論理学」はヘーゲルの時代の実用に耐えないとして、新たな「論理学」を書いたのである。
それを忘れて、正しい解釈という読み方をすると、思弁の森に迷うことになる。世界の、人間の分析に使おうという読み方をしない限り、いつまでも「正解」をめぐる堂々めぐりに陥ってしまうことになる。

 そのヘーゲルを「実用書」として徹底的に読み込んだのは、おそらくマルクスとレーニンであろう。
マルクスは『資本論』の第二版の「あとがき」で次のように述べる。

「ヘーゲル弁証法の神秘的側面を私が批判したのは、まだそれが一世を風靡していた30年近くも前のことである。しかし私が『資本論』の第一巻(1897年)を執筆していたちょうどそのころ、目下教養あふれるドイツで大口をたたいている不快かつ傲慢、凡庸なるエピゴーネンたちはヘーゲルを「死せる犬」と呼んで悦に入っていた。ちょうどレッシングの時代に勇ましいモーゼス・メンデルスゾーンがスピノザをあしらったのと同じやり口である。それゆえ私は公然とかの偉大な思想家の弟子であることを宣言し、価値理論について論じた各所で、ヘーゲルに敬意を表すべく彼特有の表現方法を用いさえした。ヘーゲルの手中でたしかに弁証法は神秘化をこうむった。しかし、弁証法の一般的運動形態をはじめて包括的かつ意識的な仕方で叙述したヘーゲルの功績が、それによってわずかでも傷つくことはない。ヘーゲルにあっては弁証法が逆立ちしている。神秘的外皮の中に合理的中核を発見するには、それを倒立させなければならない。(1873年)」(今村仁司・三島憲一・鈴木直訳 マルクス・コレクションW『資本論第一巻』筑摩書房、2005年、24ページ)

 マルクスの解釈は「正解」ではないかもしれない。
しかし、「実用書」としての読み方としては正しい。
つまり、土井勝先生のレシピ本を使って料理して、そこに載っているものとは似ても似つかぬものが出来上がったとしても、レシピ本の使い方としては正しいのと同じである。
レシピ本を目の前にして、料理を作ることなく、何百年も「正しい解釈」をめぐる論争をしても、それはレシピ本を正しく読んだことにならない。

だから、「土井善晴のわが家で和食」を買って、「ブリ大根」の実作に取り組む、というのは間違ってはいないと思うのだが…なんか変?
posted by CKP at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月05日

著者名がタイトルになるとき――実用とは?

 固有名が芝居のタイトルになるとき、それは悲劇である。
 著者名がタイトルに登場すると、どうなるのであろう?

 小田嶋隆氏がある雑誌の書評で「『勝間和代の日本を変えよう』というのは、著者名がタイトルに出てくる稀な書籍である」という意味のことを書いておられた。
いつも的確なことを述べられる氏にしては、珍しく誤った発言である。
ひょっとしたら「書籍」という言葉に独特の意味を込められておられるのかも知れないが、著者名がタイトルに登場する本は、書店のあるコーナーに行けばゴマンとあるのである。

 さて、どこのコーナーでしょう。

 そうですね、「実用書」のコーナーです。

『小林カツ代の切って煮るだけ鍋ひとつだけ』
『小林カツ代の人気のおかず』
『土井勝 日本のおかず500選』
『田中宥久子の造顔マッサージ』
『IKKO 女の法則』
『プロ主夫 山田亮の手抜き家事のススメ』
『松井一代の超おそうじ術』
『松本俊二のカリスマ育児』
『決定版ホワイト博士の育児書』
『斉藤孝の実践母親塾』
『斉藤孝のざっくり!日本史』
『ハシモト式古典入門』
『橋本治の男になるのだ』
『上野千鶴子が文学を社会学する』
『勝間和代 成功を呼ぶ7つの法則』
『勝間和代の日本を変えよう』
などなど。

 もはや「実用書」なのかどうか定かでないモノもありますが、なかなか味わい深いラインナップであります。

これが、芸能部門の映画や流行歌になりますと
『エノケンの猿飛佐助』
「エノケンのダイナ」
「ドリフのズンドコ節」
とたちまちコミカル系が登場するのであります。

[追加!大切な大切な『小沢昭一的こころ』を忘れておりました。
ま、作者というよりパーソナリティですが。
とくれば、『糸居五郎のオールナイト・ニッポン』ですね。
GO GO GO!GO'S ON!・・・古くてどーもスミマセン]

(一方で「ベートーベンの第九」とか「マーラーの第九」という言い方はありますが・・・)

『橋本治と内田樹』などはこのコミカル系統でしょうか?「コント山口君と竹田君」みたいな・・・

 こういう現象は日本だけなのでありましょうか?
『キートンの大列車追跡』とか『マルクスの二挺拳銃』などの英語のタイトルには作者名は出てきていません。

 ここから思弁の暴走族として分析できるかなと書きだしたのでありますが、残念ながら、ガソリン切れであります。
しかし、一度はじっくり考察してみたい現象ではあるので、ここにラインナップしておきました。
他に新宗教系にありそうですが・・・。

 また、これの対極にあるのが匿名出版、偽名出版であります。このあたりからほぐしていく、という手もありそうです。
posted by CKP at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

ハムレットの悲劇はなぜ『ハムレット』なのか?――固有名の悲劇

 タヌキ先生ご推薦の浜田寿美男著『心はなぜ不自由なのか』(PHP新書)は大変面白い本で、無実の罪を自白してしまう過程や過剰に自らを恥じてしまう心の在り方などがコンパクトにわかりやすく述べられている。
ここからカルトに捉えられてしまう心の問題なども解けそうな気がする。

 が、それはもう少し寝かしておいて、それとはまったく関係のないところで、興味深い記述に出会ったのでご報告。

 著者の浜田先生は発達心理学専門なのであるが、生来の「尻軽」から裁判にも関わるようになった。
そこで、罪を論ずる「視点」に注目して、次のようなことに気がついたという。

「・・・裁判官が書く判決文を読んでみると、そのなかには「私」という言葉が出てこない。「あなた」という言葉も出てこない。「彼」も「彼女」も出てこないんですね。すべてが固有名詞で書かれている。これは不思議な世界です。慣れてしまえば、そういうものかと、見逃してしまいがちですが、あるとき、えっと思ってあらためて見ると、判決文には人称代名詞が一つもないのです。
 それは、やはり神の視点から書いているからなのだと思います。・・・」(91頁以下)

 私の視点から見ると、「私」を中心として、「あなた」そして「彼」「彼女」というパースペクティヴが広がる。
しかし、神の視点から見ると、すべてが等距離に見える日本の絵巻物の如く、中心も周縁もない。「私」も「あなた」も「彼・彼女」もない。
すべてが固有名になる。

 固有名をもった一人の人間が、生まれて、生きて、何かを為し、死ぬ。
そのように世界が「神の視点」から見られている。

 ところで、西洋の悲劇はギリシャからシェイクスピアまで、つまり『オイディプス王』『アンティゴネー』から『ハムレット』や『マクベス』まで、主人公の固有名を悲劇のタイトルにすることが多い。
あまりにも芸がない。
もう少し芸のあるタイトルにしたら良いのではないか、などと思ったりもする。
確かに、彼らが悲劇的人生を生きたから、そのようなタイトルになったと言うことができるだろう。
しかし、神の視点から見れば、一人の人間が、生まれ、生きて、死んでいくことを「悲劇」と西洋では呼んだのだ、という言い方もできるのではないか。
もちろんそこには劇になるような出来事が展開されるが、しかし、それがなくても、神の視点から見れば、固有名をもった人間の一生は、どんな一生でも「悲劇」なのではないか?
人生は悲劇的である、というより、固有名をもった一人の人間の生涯を「悲劇」と呼ぶということではないか?
徹底的に個別的であることによって、普遍的な生涯。つまり、掛け替えのないという普遍性をもった生涯、それが「悲劇」という名前で眺められている。
 そういうことではないのか?

 となると、『プラトン』とか『ヘーゲル』とか、固有名をタイトルにしている哲学者の評伝や著作アンソロジーも、「悲劇」の一種ということになるかも知れない。
あるいは20年前の私には死ぬほど退屈であった森鴎外の史伝文学『渋江抽斎』なども、西洋風に言えば「悲劇」なのかもしれない。
 となると、神サンが観ているだけでなく、「何やってンねん」と突っ込みを入れて混ぜ返すと、「喜劇」になるということであうか?
つまり、観客である神が舞台で役者となってしまう、つまり神が人間となってしまうと、喜劇になってしまうということか?

 バカを「バカだねぇ」などと判断せず、神の視点から淡々と表現すれば「悲劇」であるが、「ほんとバカだねぇ」と人間的視点で描くと「喜劇」になるということかな、と思いますのですが・・・。

 只今、私のアタマのなかでは、渡辺真知子サンが「まるで喜劇じゃないの 一人でいいきになって」(「迷い道」)と唄っておられます。
posted by CKP at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月03日

ハックション大僧正――いよいよ始まる新企画!「へいせい徒然草」

 越前は広瀬の郷なる善休寺にテンドンという法師ありけり。
あるとき、檀家の法事とて「仏説観無量寿経」を読誦することありけり。
なかごろまで読みたるとき、その読誦の声、はたと止みにけり。
あな、あやしきことかな、と参りたる人々、いぶかしくおうふに、しばらくあって、くだんの法師、
「ハー、ハックション」
と大きなるくさめをなしたり。
そののちも、数回。
経終わりてふりかえり、説教のあいだも、くさめやむことなし。
法師、かえりてのち、「くしゃみ講釈という落語はかねてよりききしかど、くしゃみ説教とはまれな事なり」と一同うち笑いき。
posted by CKP at 10:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月01日

大変貌(『同朋』1996年2月号)

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 風邪の季節である。いくら注意していても、日頃の不摂生もあってか、どこからか風邪を頂戴してしまう。そんなときは栄養をとって、暖かくして寝ているのが一番である。とはいえ、仕事や事情があってそうもいかないことがある。
 高校生の頃は、現在と違ってまじめ人間だったので、学校を休むとか遅刻するなどもってのほかと考えて、無遅刻・無欠席を目指していた。したがって、三九度の熱があっても這うようにして学校へいった。今にして思えば、馬鹿げたこと、無茶なことをしたものだ。そうやって苦労して成し遂げた三年間の皆勤賞として卒業式のときに手にしたものは、一枚の表彰状だけだった。それでも満足であった。自分が自分に課したことを実現した、そのことこそに意味があるのだから。
 このように皆勤賞を狙う人間がいる反面、毎日毎日遅刻をする者もクラスにはいた。どんな遠くから通ってくる学生かというと、それが学校から歩いて一〇分ほどの所に住んでいるのである。その気になれば、遅刻など到底するはずのない距離である。毎日遅れてくる彼の考えが、自分には全く理解できなかった。いや内心、駄目なやつだと軽蔑さえしていた。
 ところが、あるとき本を読んでいて、彼がなぜ遅刻をしたかが分った。内田百閧セったと思うが、こう書いていた。家が学校から近ければ近いほど遅刻をしやすいものだ。家から学校まで距離があれば、いつもはバスでいくところをタクシーでいくことで時間を短縮でき、遅刻を回避できる。しかし、家と学校との距離が近いと、そのような策はとれない。遅くなったと感じたとき、すでに遅刻は決定してしまっているという訳である。
 ああこんな考え方もあるんだな、自分のものの見方は狭く、偏っていたな。これが、内田百閧フ文章に出会ったとき最初に感じたことである。それまでの自分は、遅刻ということをすぐに道徳に結びつけて判断していた。それに対して百閧ヘ、遅刻ということをもっと自由に、道徳にとらわれることなく考察しているではないか。
 人間にとって道徳や倫理はゆるがせにできない重要なことではある。だが、すべてを道徳や倫理に還元してしまうのは、つまり道徳や倫理に結びつけて判断するのは一面的である。道徳や倫理は人間のある側面に関わるものでしかなく、人間というものは、もっと不思議な、もっと複雑なものであり、その不思議さにこそ目を注ぐべきである。
 倫理学を専攻し、人間の善悪ということをひたすら考えているうちに、いつのまにか倫理主義という狭い視点に縛られてしまう。そんな傾向のあった自分から、心のこわばりとでもいうものを内田百閧ヘ拭い去ってくれた。そのおかげで、どんなに気が楽になったことだろうか。
 百閧フおかげで気が楽になったことがもう一つある。それは、読んだ本の内容は忘れてもよいという彼の文章に出会ったことである。読んだ内容を忘れてしまったとしても、その内容が一度はわれわれの頭を通過しているのだから、読まないのと読んだのでは決定的な差がある。したがって、内容を忘れることを恐れる必要はないというのが、百閧フ主張である。それまでは、読んだことはすべて覚えていようと、肩肘張って本に向っていた。にもかかわらず、読んだ内容をけろりと忘れて、自己嫌悪に苦しむのがおちだった。だから、この言葉のおかげで、読書を楽しむことができるようになった。
 以上のような経過で、かつての四角四面なまじめ人間の自分は、現在の怠け者のふまじめ人間へと大変貌をとげたのである。
posted by ガラタたぬき at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 「不可思議な日常」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする