2009年02月28日

素人の大ぶりな問い――ラフルーア氏講演会報告

 ブログでラフルーア氏の講演会を案内しつつ、わたし自身は行けないから、内容を教えてね、と告知したら、(藤)先生や当日コメンテーターをされた安藤泰至先生からご報告いただいた。
ブログというものはありがたいものである、昨日に引き続き。
で、かいつまんで、そのご報告。

 ラフルーア氏の講演は、第二次世界大戦後、アメリカで活躍したユダヤ人哲学者ハンス・ヨナスの生命倫理におけるアメリカと日本での受容の差異についての講演であった。
 ヨナスの生命倫理に対するスタンスはその主著の「責任という原理」というタイトルが示すように、人間の存在の当為つまり責任から考えようとするものである。
このとき、「当為」でイメージすべきは、乳飲み子に対する「世話すべし」という親の当為であるらしい。
それは子どもの未来に対する責任というより全自然に対する責任である。
そこから、バイオテクノロジーの発展による人体改造などに対する態度が決定される。
そうすると(ここの論理的展開が微妙)、当座の困難・苦痛の回避としてのバイオテクノロジーに対しては、消極的なスタンスとなる。

 現在のアメリカの生命倫理学は当座の問題という「小ぶりな問い」(@安藤)の解決ということを主なテーマとするから、「人間とは何か」というような「大ぶりな問い」(@安藤)から考えようとするヨナスはアメリカでは無視されているという。
 それに対して日本では、脳死問題が論じられた頃から、ヨナスへの言及が盛んになされていた。
ラフルーア氏自身、日本での議論から今回のようなテーマに関心をもったという。
また、ヨナスは彼の出身地ドイツでも最近は読まれるようになってきているという(以前は「あまりに保守的」ということでハーバーマスなどから批判されていたようだが)。

 このように、ヨナスの議論のが注目されてきたのは、ラルフ―ア氏によればそれが普遍的なものであるから、という講演だったようだ。

 それに対して、安藤先生はヨナスの「素人」的なスタンス、そして「預言者」的スタンスを強調しておられる。
しかし、同時に、目の前に、バイオテクノロジーの発展によって回避可能となった困難・苦痛がある場合、そのようなヨナス的な根源的な問いかけは、どこまで有効なのか、という問題も指摘されておられる。

 確かに、いたいけな乳飲み子がある不治の病に罹っていて、バイオテクノロジーで治るとされた場合、親の「責任」は、いったいどう行動することによって果たされるのか?
「輸血」なども一種の臓器移植であるが、やはり拒否すべきなのか?

 私などは、自分の子どもが助かる技術が目の前にあったら、やはりすがってしまうだろうな・・・。
しかし、ヨナス的な議論も分からんでもない。

 おそらく、この両極の間で、おろおろすることが大切なんだと思う。スパッとした結論を拒否することが、大切なんだと思うが・・・。

もう一人のコメンテーターの品川先生はヨナスの多面性を強調されておられたらしい。一度、品川先生にもお話を聞いてみたい。

 なんだか、よけいに欲求不満になるような報告ですまぬことでした。
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2009年02月27日

村上春樹は「寺孫」――死んで父は強くなった?

 ブログというのはありがたいもので、先日「村上春樹って『寺っ子』?」という記事を書いたら、さっそく、ある方から情報をいただいた。

 村上春樹の祖父は浄土宗西山派の寺での住職で、彼の従兄弟が現在もそこの住職をしておられるらしい、ということであった。
 おそらく確かな情報であろう。

 だから「パートタイムのお坊さん」という村上春樹のヘンテコな表現は、彼の父親はときどきその寺の法務を手伝っていた、ということなのだと思う。

 その情報をくださった方は、村上文学は浄土教と関係があるのではかねがね思っていた、と書いておられたが、ボンクラ読者である私などは全然そんなこと思いもよらなかった。

 というか、今まで村上春樹の出自などということは全然考えたことがなかった。
 村上春樹研究などというものをする必要もないから、ただ、いつも喉にとげが刺さるような感じの文章を、気持ちよく読んでいただけである。
 一読者として、そうのような読み方を変えようとは思わないが、しかし、春樹少年が、毎朝、おそらく「仏説阿弥陀経」を読誦する父親を見ていて何を感じ、そしてどのようにして中国を内包するアメリカンな文章を書くようになったのかは、気になるところである。

 それに父親が死んではじめて父親のことを、それも世界中が注目する場所で語りだした、ということも気になるところである。
 フロイトは『トーテムとタブー』の第4論文で、「死んだ父親は、生きているときよりも強くなった」と書いている。おそらくこれはフロイト自身にもそうであった、ということなのであろう。

 それと同じことが村上春樹にも起こったのだろうか。
今まで無視してきた「父親」ということを、もはや回避できなくなった――とすると、今後の作品にもなにか変化があるのかもしれない。
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2009年02月26日

大谷大学哲学会冬季研究発表会――いよいよ本日開催!

 いよいよ本日、午後3時より大谷大学哲学会冬季研究発表会が開催されます(於:メディア演習室)。

発表者と題目は以下の通り。

 佐野智也〔社会学大学院修士2回生)
「内観法の多様化と面接者の役割」

 西尾浩二(哲学科助教)
「プラトン『国家』の魂論」

 ふるってご参加ください!
 どうか、ぜひ!!
posted by CKP at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

村上春樹って「寺っ子」?――パートタイムのお坊さん?

 村上春樹のイスラエル・スピーチつまり「壁と卵」の話を、内田樹先生がブログで英語原文から詳細に分析されておられる。
『村上春樹にご用心』の著者にして『私家版・ユダヤ文化論』の著者であるからして、当然であろう。

 そのブログ記事で、あの時村上春樹が「父親」のことに言及していることを知った。
内田先生のブログより引用。かなり長め。

「そして、唐突に村上春樹は彼がこれまで小説でもエッセイでも、ほとんど言及したことのなかった父親について語り始める。

My father passed away last year at the age of ninety.
He was a retired teacher and a part-time Buddhist priest.
When he was in graduate school in Kyoto, he was drafted into the army and sent to fight in China.
As a child born after the war, I used to see him every morning before breakfast offering up long, deeply-felt prayers at the small Buddhist altar in our house.
One time I asked him why he did this, and he told me he was praying for the people who had died in the battlefield.
He was praying for all the people who died, he said, both ally and enemy alike.
Staring at his back as he knelt at the altar, I seemed to feel the shadow of death hovering around him.

「私の父は昨年、90歳で死にました。父は引退した教師で、パートタイムの僧侶でした。京都の大学院生だったときに父は徴兵されて、中国の戦場に送られました。戦後生まれの子どもである私は、父が朝食前に家の小さな仏壇の前で、長く、深い思いを込めて読経する姿をよく見ました。
ある時、私は父になぜ祈るのかを尋ねました。戦場で死んだ人々のために祈っているのだと父は私に教えました。
父は、すべての死者のために、敵であろうと味方であろうと変わりなく祈っていました。
父が仏壇のまえに座して祈っている姿を見ているときに、私は父のまわりに死の影が漂っているのを感じたように思います。」

My father died, and with him he took his memories, memories that I can never know. But the presence of death that lurked about him remains in my own memory. It is one of the few things I carry on from him, and one of the most important.

「父は死に、父は自分とともにその記憶を、私が決して知ることのできない記憶を持ち去りました。しかし、父のまわりにわだかまっていた死の存在は私の記憶にとどまっています。これは私が父について話すことのできるわずかな、そしてもっとも重要なことの一つです。」
引用終わり。

 ここからスピーチは再び「壁=システム」の話に戻るのだが、そのあたりの分析は、内田先生にお任せするとして、私としては、とにかく「村上春樹の父親はお坊さんだった」という事実に釘付けになってしまったのであった。
それもヘンテコなお坊さん。
a part-time Buddhist priest. 
なんだ?この「パートタイムのお坊さん」ってのは?

 京都の実家が寺でそれを手伝っていたということなのか?
あるいは、時々「役僧」としてお坊さんをしていたのか?
それとも、毎朝読経するときだけお坊さんになったという意味なのか?

 とにかく、今まで村上春樹の文章を読んで「仏教的な匂い」を嗅いだことがなかったので、びっくりして釘づけになってしまったわけでした。

 その父親というのは、武田泰淳や丹羽文雄のように仏教そのものは受け入れるが「寺」というシステムには同意できない、そんな葛藤を抱えていた人だったのか?
はっきり分からないところで詮索してもしょうがないが、気になるところであります。

 しかし、「死の影」それも中国戦線での敵味方の別のない「死の影」が、村上春樹の文学の根底に漂っているのはよく分かる。

 そう思って、「中国行きのスロウ・ボート」や初期の三部作のとりわけ『羊をめぐる冒険』の「鼠」のことをを読むと、村上春樹の文学というのは「弔いの文学」という匂いを濃厚に漂わせている文学だということが感じられる。

「死について考えることは、少なくとも僕にとっては、ひどく茫漠とした作業だ。死はなぜかしら僕に、中国人のことを思い出させる」。(「中国行のスロウ・ボート」の1の終わり)

 しかし、それはうまく飲み込むことのできない思い出として、「僕」に語りかけてくる。いや、飲み込んでしまうことを「僕」が拒否しているようにも思える。
「死の影」は飲み込まれてはならない。それは、飲み込まれない思い出として常に「僕」に問いかけるものでありつづける。

 パートタイムのお坊さんである父が、毎朝仏壇の前でどんなお経を読んでいたのかはわからない。しかし、それはおそらく中国語つまり漢文のお経や偈であったと思う。
そのとき父はおそらくそのお経を飲み込んでいたわけではなかったと思う。常に、問いかけてくる何かとして読んでいたのではなかったか。
飲み込めないものとしてお経は、反復される。

 おそらく息子は、自分が拒否した父親と同じことをしていることに、父をなくしてはじめて気付いたのではないか。
「私の父は、昨年、90歳で亡くなりました」と突然、父について語りだす村上春樹にそんなことも思うのである。

posted by CKP at 18:22| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

「おくりびと」のこれから――「儀式」と「仕事」

 『おくりびと』はまだ観ていないのだけれど、主演の本木雅弘さんも滝田洋二郎監督も好きな人たちなので、アカデミー賞受賞は素直に喜びたい。
 また、ともすれば差別的に見られていた納棺師という「仕事」にも光が当たったことはよいことだと思う。

 が、「納棺」が「仕事」になってしまうのは、少し釈然としないものが残るのも正直なところである。
「納棺」というのは、本来は家族や親戚あるいは近隣で行うものであった。
身近な人の遺体をきれいにしてお棺に納めるというのは、別れの儀式でもあるわけで、やはり身内の者が行うの自然であろう。
そのよう「儀式」がどんどん「仕事」つまりビジネスになってしまうのは、ちょっとまずい気がする。
(もちろんあの映画では「儀式」として扱われていたようだけれども。また「儀式的」だから映画になりえたのだろう。)

 現代では、葬儀は葬儀屋さんが司るのが当たり前になってしまったけれど、以前は地域社会総出で行ったものである。
たとえその家が「村八分」にあっていても、あるいはどんな貧乏でも近隣で何とか葬式を出した。
そのような地域共同体の崩壊と葬儀屋さんの活躍は相関した関係にある。
従って、生活が個別化した現代では、葬儀は葬儀会館で個人的にいとなまれるから、隣の人がいつ死んで葬式をしたのか分らないということがある。
あるいは、貧しい若者が、親の遺体を「葬式の金がない」ということで、「捨てた」という事件が起こっているという(窪田順生『死体の経済学』小学館101新書)。

 共同体というのはどこかで「死を共にする」ということで成り立っている。
「生」だけでは共同体は成立しない。
 
 『おくりびと』によって、「死を共にする」という新しい共同体のあり方が見えてこないか…そんな淡い期待を持って観たいと思います。
 
posted by CKP at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月23日

戯れに“うけ”は狙うまじ――女子高校生に説教する

 先週金曜日は、福井市の仁愛女子高等学校で講演。以前、学生募集で進路指導部にお邪魔したことのある高校だ。

 そこからの講演依頼。
 大学の宣伝ができて、おまけに「謝礼」なんぞがいただけるというお仕事であるので、講演依頼を受けたときは即座にオッケー。
しかし、講演の日が近づいて題目の問い合わせをいただいたとき、そこが「女子高校」であることに今更ながら気がついた。

 私は、四十以上の妙齢のご婦人方の前では、結構、波長が合う話しができる(と思っている)。
しかし、青少年、それも女子高校生が聴衆の場合、どうしてよいかかいもく見当がつかない。
女子高校生というのは、私のようなメタボオヤジを見ると、「きもーい」とか「うぜー」とか言うのではないかという恐れがアタマをかすめる。
どうしよう・・・とびびりながら壇上に立つと、皆さん、たいへん行儀よく坐って、メモなどを取ろうと待ち構えておられる。
が、びびっている身構えはそう簡単には変更できない。
で、びくびくしながら、よせばいいのに、“うけ”狙いに走るものであるから、当然の如く、ぜんぜん受けない。
しらーっとした空気が流れる。
それをカバーしようとすればするほど、事態は悪くなる。
いちおう、宗教系学校の宗教行事の一環なので、仏様の話に行かねばならないのだが、それがどんどん遠くなる。

というわけで、途中で居直るしかありませんでした。
それで、何とか最後には仏様の話に辿りつきましたが、どうも、居直ったあたりから、皆さん、それなりに、聴いていてくださったように思う。

 なんだかよく分らないが、不思議な話しをするおじさん――そうのように映ったのだろうか。
とにかく、なんか印象に残ればそれでいいんではないか?
 何も、すみからすみまで「分る」話をする必要はない。
むしろ「分らない」けど、妙にひっかる話というのは、ときには大事ではなかろうか――と自分で自分を慰める私でした。

 静かに、あんな話を最後までメモを取りながら聴いてくださった女子高校生の皆さん、ありがとうございました(泣き)!
posted by CKP at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月21日

デカルトより

一生に一度は、すべてを根こそぎくつがえし、最初の土台から新たに始めなくてはならない。
 (『省察』、1641年)


 これは「第一省察」冒頭の一文。生まれてすぐに母を亡くしたデカルト(1596-1650)は、母から空咳と青白い顔色を受けつぎ、彼を診た医師たちはみな、彼の夭折を宣告したという(バイエ『デカルト伝』)。
 
 学業を終えたデカルトは入隊し、旅をし、哲学(学問全体)の基礎と統合について思いをめぐらす。人々との交わりを避け、フランスを離れ、後半生を隠棲の地オランダで研究に打ち込むが(1628-49)、晩年スウエーデン女王クリスチナに招かれ、ためらいの末、49年9月ストックホルムに赴く。年を越して一月、真冬の早朝午前5時の進講。肺病にかかり、2月11日午前4時、彼は息をひきとった。
 
 彼の人生最大の悲しみは、まだ5才の幼子であった娘フランシーヌが亡くなったこと(1640年9月)。翌年8月、パリで、不朽の著作『省察』が出版される。
 初版の正式なタイトルは、『神の存在と魂の不死とが証明される、第一哲学についての省察』。
posted by pada at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月20日

「茅葺屋根再生」( 第31回東京ビデオフェスティバル入選作)

京都の美山町で茅葺き職人をしておられる西尾晴夫さん(池上ゼミ卒)の仕事の様子を収録したビデオ「茅葺屋根再生」(作:岡本泰宏さん)が、「第31回東京ビデオフェスティバル」において、多くの応募作のなかから佳作に入選されました。

ビデオ「茅葺屋根再生」
(2月20日までは無料配信されている、とのこと。)

ビデオを見たから自分の家をさぁ茅葺きにしよう!ということにもならないでしょうが、在学生のみなさんには、このようなかたちで活躍している先輩がおられることを知っておいてもらいたいと思います。

(西尾さんの会社のHP)
かやぶき専門 屋根晴

CKPさん、しばらくこの記事がトップに出ます。申し訳なく候。
posted by pilz at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月18日

ウィリアム・ラフルーア講演会――アメリカでのハンス・ヨナス受容について

 京大の杉村靖彦先生から「ブログで案内してね」と頼まれた訳ではないけれど、面白そうな講演会なのでご案内します。

ウィリアム・ラフルーア(William LaFleur)氏(ペンシルヴェニア大学教授)講演会
日時:2月21日(土)午後3時から6時(終了時刻はもう少し早いかもしれません)
場所:京都大学文学部新館第一講義室
題目:Peripheralized in America: Hans Jonas as Philosopher and Bioethicist
コメンテータ:安藤泰至(鳥取大学)、品川哲彦(関西大学)
使用言語:原則として日本語(英語による原稿配布)

 ラフルーア氏は、日本研究者として宗教・倫理・哲学の諸問題に関心を持っておられる方で「水子供養」についての著作もあるそうです。
生命倫理・医療倫理をめぐる日本での議論に大変詳しく、それを欧米の状況と比較してその差異の所以を探る考察を展開しておられ、その重要な手がかりとしてハンス・ヨナスの日米での受容の相違についても研究してこられ、それが今回の講演ということのようです。
 最近では島薗、小松氏との共著『悪夢の医療史』(勁草書房)があります。
 京大の倫理学の水谷雅彦先生も乱入(語彙少なくてスミマセン)されるようです。
 なんだか楽しそうなディスカッションになりそうですね。

 なんで頼まれもしないのに、こうやって案内しているかというと、私自身は都合で行けないので、誰か行って、どんな講演か聴いてきてほしいな、それを報告してくれるとうれしいな、と思っているからです。
 どうか、ぜひ!!
posted by CKP at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

村上春樹という矛盾――文学の底

 村上春樹がエルサレム賞の受賞スピーチで壁と卵の比喩で、明らかにイスラエルを批判した。
 なるほど、こういう手があったか!と膝を打ったのは私だけではあるまい。

 イスラエルの最高の文学賞エルサレム賞の受賞というニュースを聞いたとき、村上春樹はこの賞を受けるのだろうか?めちゃめちゃなガザ攻撃のさなか「断固!拒否!!」すべきではないだろうか、と思ったのは私だけではならいしく、多くの人から「受賞は拒否すべき」と言われていたらしい。
 確かにその方がスッキリする。
 知的負荷が少ない。
 攻撃されているガザ市民の側に立ってイスラエルを批判するというのは、誰も非難しない行為である。

 しかし、そう言われればそう言われるほど、村上春樹は「真反対のことをしたくなる」といってイスラエルへ出かけて行った。
 知的負荷が重い方を選んだのである。

 そして「あなたたちのことは認めよう。しかし、今、あなたたちのやっていることは認めない」という矛盾したことを宣言するのである。

 おそらく彼の文学はそのような矛盾の上に成立しているのではないか。
あるいは、人間とはそのように矛盾した存在であるというところに文学は成立するのではないか。
それは、スッキリしない世界である。スッキリしない闇の世界を抱えながら他者に手を差し伸べることが、生きるということだ――そんな人間観が村上文学の底にあるような気がする。

 たしか、初期の小説の主人公で寝る前にカントを読む「僕」がいた。二律背反を抱え込むこと、これが村上文学の底なのかも知れない――また、読み返そう。
 カント専門のPilz先生が来年度一回生と読むのは『村上ラジオ』(新潮文庫)。
なるほどね。
posted by CKP at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月16日

ホネカワスジエモン――忘れたわけではない「昭和語広辞苑」

 仏教学のO先生が、苦行中の釈尊(あのアバラ骨がむき出しになったお釈迦さまの像)を学生諸君に示して、「まるでホネカワスジエモンですね」と説明されたそうな。
学生たちは何が言われているか分からなくキョトンとしていたそうな。
おそらく学生諸君のアタマの上に?マークが浮かんでいたにちがいない。

 なつかしいなぁ「ホネカワスジエモン」。
小学生のころ給食を残そうとすると先生から「ちゃんと食べんとホネカワスジエモンになるぞ!」と叱られました。

 これはないだろうと本家『広辞苑』を引くとちゃんとあるんですね、これが。

「ほねかわ‐すじえもん【骨皮筋右衛門】…カハスヂエ…
 体が骨と皮と筋でできているような痩せたさまを、人名めかして言った語。」

 いったいいつ頃からの言葉であろう。
「…カハスヂエ…」という表記を見ると少なくとも戦前であろう。江戸末期ぐらいまで行くかも知れない。
 武士のような名前からすると、落ちぶれた武士・浪人がそのプライドゆえに、泥にまみれて働くことができずガリガリに痩せているのを笑っているように見える。
「武士は食わねど高楊枝」を庶民感覚で笑ったという感じがある。
つまり、「食うために働く」という当たり前のことができない武士を笑っているのではないか。

 武士と労働ということを考えてしまいます。

 しかし、現在では「摂食障害」なんてこともあるから、気軽に使える言葉ではなくなってしまったようです。
 「摂食障害」でなくても、「なんでこんな細いんだぁ?」という若者が沢山います。
 メタボ親父には、不思議な光景です。
posted by CKP at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

なぜ大量解雇が堂々と発表されるのだろう?――『週刊こどもニュース』も教えてくれない

 パイオニアもプラズマTVから撤退しど〜んと一万人解雇を発表した。
日産も二万人解雇。

 以前から不思議だったのは、どうして会社経営者たちはこのように気前のよい大量解雇を世間に向けて発表するのであろうか、ということであった。

 このような大量解雇発表は会社にとって何のいいこともない。
会社の不人情を世間に知らしめるだけだし、それに何よりも会社の一番の財産である従業員の「やる気」を阻喪させてしまう。
いつ解雇されるか分からない会社で、創意・工夫をもって働く気はなくなる。

 ブンガク部的アタマはこのように考えるから、気前のよい大量解雇の発表の意味がよく分からない。

 たいがい大量解雇の前には業績不振が発表され、「なるほど、それだけ不振なら大量解雇も仕方ないね。経営者はつらいね」という物語として読もうとするが、それにしてはカルロス・ゴーンの大量解雇発表などは、妙に堂々としている。

 なんで?なんで?とブンガク部的アタマは考えるのであった。

 で、御苦労なことにいろいろ考えてみたのであるが、株式市場に会社の経営努力をアピールしている大量解雇発表という文脈だとよく分かるのではないか?

 うちはこのように気前よく解雇して経営努力をしてますから、投資家の皆さんご安心ください!
投機筋の方々は、おそらく赤字発表の時点で大量解雇を予想して「買い」に入ったりするのであろう。

 でないと、あの気前のよい大量解雇発表は理解できない。

 いったい、いつ頃から株式市場を従業員よりも大切にする会社経営がなされるようになったんだろう?
というようなことを考えていたら、私の脳みその底にこびりついていた上田閑照先生の言葉が蘇ってきた。
「どうして近頃、天気予報のように株価がニュースでながれるでしょうねぇ?」
確か新入生の歓迎会か卒業生の予餞会でなにかの拍子につぶやかれた言葉である。
そのときは「へぇー、上田先生もテレビをみるんだ」と変な所に感心していたのだが、その言葉はラーメンどんぶりに貼り付いたノリのように私の脳みそに張り付いたのであった。
それがおそらく1980年過ぎのころ。

 思えばその頃から「日本型経営」がぼろくそに言われ出したように思う。つまりグローバル化、アメリカ式の株式至上主義経営がグローバル・スタンダードになってきたのだろう。
だから2000年代に入って「好景気」と言われながらも、儲けは株式市場に向かうばかりで、さっぱり従業員には還元されないということになってしまったのだろう。

 確かに「日本型経営」にも多々問題はるのだろうが、従業員の「やる気」をそぐような経営というのは、自分で自分の首を絞めているような不思議な光景に映る。

 しかし、ブンガク部的アタマの私は、今はただ卒業生諸君の就職した会社がどうか従業員を大切にする会社であってほしいと願うばかりであるが。

 昨日、プライベート卒業アルバムの写真を撮りに来た時、明治ミルクチョコレートの箱を開けて、「少しあげるわ、先生。明日、バレンタインやし・・・」と8片ほどのチョコレートを置いていってくださった女子学生の皆さんの就職する会社が、そういうよい会社であることを祈ります。
一箱丸ごとチョコレートを置いていってくださっていたら、この祈りは天にも届くもっと激しい祈りとなったことでしょう。
posted by CKP at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月13日

音楽のある場所――近頃、執事の流行る理由

 岡田暁生著『西洋音楽史』(中公新書)はメッポウ面白い音楽史であるが、その19世紀の章に次のような記述がある。

「この世紀は、18世紀以来の音楽の市民化の流れがさらに加速され完成に至った時代である。それまで実質的に貴族と教会の独占物だった音楽を、今や市民たちも嗜むことができるようになってきた。(約半ページ略)人々が競って「音楽」というブランドを求めはじめた時代、それまででは考えられないくらい広汎な聴衆が出現してきた時代、それが19世紀である。」(132ページ)

 そして、ピアノの家庭への進出によって、産業革命によって財をなした新興成金たちは自宅で音楽を聴いた(ルノアールですね)。
そこでは王侯貴族のような生活がイメージされた。

 そして次の世紀ではラジオやレコードによって、「王侯貴族」のような生活はますます広がった。
確かに朝から私みたいな人間がバッハなどを聴くなんぞは、18世紀には考えられない、とんでもない贅沢である。
ただし、この頃には「使用人」は、産業に人手を取られてしまって求めることができなくなっていた。
「主婦」の仕事がぐっと増えることになる(電化で減るように見えたが、「毎日洗濯」ということなってしまった)。

 しかし、エレキギターやヘッドフォンステレオにより音楽は「家庭」から出ていく。音楽は個人のものとなる。
 つまり、個人が「王侯貴族」となる。
したがって、個人単位で、「召使」を要請し、「執事」マンガやメイド喫茶が流行るのではあるまいか?と考えてみたのであるが・・・

う〜ん、どおなんでしょう?

 が、ともかく19世紀に「王侯貴族」「大名武家」で家庭イメージを固定したことが、現代のややこしい問題の源泉ではあるなあ――と『西洋音楽史』を読みながら思ったのでした。

 つまり、産業資本主義の勃興期に家事・育児が「使用人」の仕事として位置付けられ、また家事・育児が「産業」ではないと見られてしまったこと、このあたりから、ややこしい問題が出ているのではないか、と思ったのでした。
 このあたりをもう少し丁寧に解きほぐすと、何かが出てくるよう気はするのですが・・・・
posted by CKP at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

津村記久子『ポトスライムの舟』を読んだ――居候も出てきます

 津村記久子さんの『ポトスライムの舟』を読んだ。

 芥川賞作品を受賞後すぐに読むのは、私の人生において、これで二度目。
はるかはるか遠い昔、庄司薫の『赤ずきんちゃん気をつけて』以来である(少し消してしまいたい過去ではあるな、これは)。

 『ポトスライムの舟』はストーリーにけっこう起伏がある物語で、単行本および『文芸春秋』発売直後の今、そのストーリーを述べるのは反則技であろう。
だから単なる印象を述べるにとどまるが、そうすると「面白かった」で終わってしまう。

とても面白かった。
以上。

 が、ちょっとだけ。
ある工場で派遣で働く30歳間際の女性のわりとシリアスな貧乏物語なのであるが、そこは大阪人の書く物語。
どことなくおかしい。
居候も出てくる。
おそらく芥川賞三度目の正直という状況ではなかったら、もう少しユーモア度が高かったのではないか。
たとえば・・・・と内容に入りたいが入れないのがもどかしい。

 前々回の候補作品であった『婚礼、葬礼、その他』の帯には「友人の結婚式に出席中、上司の親の葬儀に呼び出されたOLヨシノのてんやわんやな一日」とある。

「てんやわんや」ですよ、いまどき。

 げらげら笑ってそしてしんみりする。確かに芥川賞というより直木賞な感じ。
どちらの小説も仏さんが出てくるのも、おかしい。大谷大学でしっかりなじんでいる。

 何となく津村さんは21世紀の田辺聖子に成長していくのではないか、と思う。
津村さんにしてみれば「人を勝手に田辺聖子にすな!」であろうけれども。
しかし、私にしてみれば「田辺聖子」というのは最大級の賛辞である。

 高校時代、級友の玉木君とロシア長編小説に挑戦!という無意味な競争をしてドストエフスキーの長編とトルストイの『戦争と平和』とをがむしゃらに読んだ。
誰が誰だか分からなくてもとにかく読み進むというくだらない競争のおかげで、しっかり小説ぎらいになった私は、大学時代はまったく小説は手に取らなかった。

 それで、大学院の寮に住んでいたころ、藤山直美さん主演の田辺聖子の半生のドラマを見て、そのドラマの原作の『欲しがりません勝つまでは』などを読み、その頃発売されていた『日毎の美女』(←最高傑作だと思います)というOL小説を読んで感激し、次から次へとスミレさんとかカスミさんという宝塚風の名前の主人公のOL小説を読みまくり「革命せずとも人間はひょんなことでシアワセになれるんだ」と気がついたのでありました(←アホやったんですね、やっぱり)。
 その勢いで『アンナ・カレーニナ』を読んだらめちゃめちゃ面白かった・・・・というわけで、田辺聖子というのは私にとっての小説の神様なんです。

 しかし、津村さんは津村さん。独自の道を歩まれるでしょう。

 カルロス・ゴーンが、誰に向けてか知らないが、気前よく大量の解雇を発表する今は、
ただただ『ポトス…』の主人公が「派遣切り」に遭わないように祈るだけであります。

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2009年02月10日

漢検って儲かるんですね――「哲学検定」始めます!?

 漢字検定の公益法人が、私的な利益に利用されているということで文科省の「手入れ?」を受けている。

 日産やトヨタとは比べ物にはならないが、それでも百億近い利益が上がるんですね。
 漢字って儲かるんだなぁ、と怒る前にびっくりしてしまいます。

 ニュースで高校の先生が言っていたように受験に有利とか付加価値がついて就職に有利ということが「漢検ブーム」を支えている。(ほんとにそうなのか分からないが・・・)

 それに純粋に漢字に興味ある人も参加しているのであろう。

 自分の漢字能力を計量したいという欲望がブームを後押ししているのであろう。

 この自分の能力を計量したい、というのはどうも人間のサガのような気がする。
 武道なども実は計量にはそぐわないはずだが、一級とか初段とか格付けをする。
 それを励みに稽古する。
(フェンシングなどはどうなんだろう?)

 宗教でも、修行の進み具合を第2段階とか言う感じで示すことが多い(オウムのとき、ステージが上がると言われたアレです)。

 その点、禅とか親鸞とは、悟った、信心を得たという一段階しかない(法然はどうだったのでしょう?)。
自分の進み具合を計量したいな、という欲望にはきわめてストイックなのである。
そのあたりが、禅とか真宗が計量好きの現代人の「ブーム」になりにくいところであろう。
その点「四国八十八箇所めぐり」というのは計量できて人気である。

 だから、哲学なんかも「哲学検定」なんてのを実施すると、それなりに人気が出るかもしれん。
「真理」にどれだけ近付いたかが計量できる――ソクラテスにどやされますね。
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2009年02月09日

長嶋茂雄とイチロー――幸せと成功

 昨日、「セコムしてますか」の長嶋茂雄のことをちらっと書いたら、私ら50歳以上の人間が、長嶋の全力のプレイをテレビで見ていた幸せな遠い日々のことを思い出してしまった。

 全力でかっこつけて捕球し一塁に投げる長嶋。
 三振バッターアウト!で全身で悔しがる長嶋。
 天覧試合で最後の最後、ホームランを打つ長嶋(がっくりうなだれる村山)。
 代打を告げるとき、思わずバントのかっこうをしてしまう長嶋監督。
 不思議な英語で解説する長嶋。

 なんだかね、幸せになれたのです。

 それに対してイチロー。
 おそらく野球選手としては、イチローの方が数段長嶋より上であろう。これは誰でも認めることだと思う。
 しかし、イチローを見ていて幸せを感じるという人は稀ではないか。
 感心はする。もう、メチャメチャ感心する。すごいなぁ・・・。
 でも、幸せにはなれない。
 少なくとも私はそうです。

 茂木健一郎がイチローにインタビューしているのを聞いてると、ほんと凄い選手だなと思う。
 そして、それに引き換え、この私はなんて凄くないのだろう、と余計なことを考えてしまうのです。

 どこかで、イチローを「人生における成功」のロール・モデルとマスコミも考えているのではないか?
 その成功の秘訣を教えるという形で、インタビュー番組が構成されているのではないか?

 ひょっとして、その分だけ我々は不幸になっていないか?
 イチローみたいに努力し工夫し成功できない自分は駄目な人間だというふうに・・・。

 凄い「成功モデル」が提示されるぶんだけ、我々は不幸になり自分を責めていないか?

 長嶋を見ていて、私たちは誰も「長嶋のように成功したい」とは思わなかった。
 というか「人生=成功」ということすら考えていなかった。
 人生を成功するか否かで考えるというのが、現代の不幸の始まりではなかろうか、とどういうわけか、激しく思ったのでした。

「シアワセしてますか?」
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2009年02月08日

教育と消費――授業料にはなぜ消費税が付かないのか?

 昨日から大谷大学の一般入試である。
ありがたいことに、本学は去年よりも受験者が増えた。哲学は、教育コースが学科として独立し定員が減ったことを考えれば去年と同じくらいか?
 しかし、受験生が増えるのは、落ちる人も増えるのであるから、受験生にとっては喜ばしいことかどうか微妙である。誰も受験しないところに合格してもうれしくないし・・・。
悩ましいところである。

 受験料もなかなか大変である。
私などは、大学院入試を何回も落ちまくっていたので、「3回受ければ4回目はタダということにならないか」と同じように落ちまくっていたHさんと涙に暮れたものである。

 ところで受験料には消費税は付かない。
入学費・授業料にも消費税は付かない。
なぜであろうと、昨年から考えたり時々調べたりしているのであるが、よく分らない。
医療行為にも付かない。土地取引などでも付かないみたいなのだが、このあたりになると私のブンガク部的アタマは動かなくなる。

 で、結局、思弁の暴走族になるのだが、受験とか大学での学びあるいは受診などは「消費行動」にカウントされていないということであろう。
たしかに「学びを消費する」とか「授業を消費する」というのは訳が分らない。
しかし、最近は「授業」を「サービス」と考えて「授業を消費する」と考える人も多い。文科省あたりも「ちゃんとサービスしてますか」と長嶋監督みたいなことを訊いて来る。
しかし、「教育は消費されるサービスである」ということになって授業料に消費税が付いてきたら、おそらく教育は完全に滅びるであろう。
期待された教育サービスがあり満足しました、というのは教育ではないからである。
教育とは学ぶものを未知の世界に導くものである。あらかじめ期待されるよう目的に到達するだけならハウ・ツウ本で足りる。
学び成長するとは未知の世界へと足を踏み入れることである。
つまり、学ぶ者自体が学ばなければ、教育は成立しないのである。サービスが足りんぞぉ!という消費態度では、教育は成立しないのである。

 学ぶ者は、授業料は払うは、積極的に学ばねばならぬは、よく考えて見れば大変である。

 となると、消費税の付かない授業料というのは何なんだ?という話になる。
ほんとに、いったい何なんでしょ?

 今の私のアタマは、定額の寄付みたいなものかな、と考えている。自分が学ぶ機関を維持するための寄付。
その大学の教育理念に共感し、そこに学ぶ。その教育機関がこれからも存続して多くの人が学んでいくようにと寄付をする。
それに対し「学生」という身分を保証する。
だから、それで利益を上げるということにはならない。

 株式会社の経営を教える大学が経営に失敗して学生募集をブラックジョークみたいなホントの話があったが、あの授業料はなんだったのであろう。
 あの大学の株主は大学が利益を上げることを望んでリスクを引き受けたのだろう。授業料を集めて授業というサービスをして利益を上げるためには、効率化とかリストラとか要求される。それで利益が上がらなかったら株主から「経営努力が足りない」と叱られる。
教育は死にますね。

 ただし、文学部の教育の難しいところは、未知の領域に入り込んだことが学ぶもの自身にすぐには分らないということである。
 学びの成果の計量ができないというところである。
 卒業して長い年月を過ぎて「そういうことだったのか!」と膝をうちことのほうが多いのである。
私などもやっと今になって、30年前上田先生が講義中西田幾多郎の文章を読んでおられて突然絶句してしまわれたことの意味がおぼろげながらわかってくる始末である。

というわけで、受験生諸君、見事合格されたあかつきには、授業料のほうもよろしくお願いします。
posted by CKP at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

労働一神教?――湯浅誠・勝間和代対談を読んで

カエラちゃんが表紙になっているアエラを買ってしまった。
アエラのカエラ!

・・・・・・・・・・・・・・・・

 で、 パラパラと読んでいたら、派遣村の村長さん(?)で有名な湯浅誠さんと『勝間和代 成功を呼ぶ七つの法則』などとという本が本屋にドーンと積まれている勝間和代さんの対談があった。
 「勝間和代=成功」という御本を出版される人と貧困問題に取り組む人がどんな話をするのか、ちょっと興味があって読んだ。

 派遣切りあった人たちに対して「働く気があるのか」、「生活保護」を申請するのは「働かない人たち」というのようなバッシングが絶えないということが話題になっている。
いわば「働かざる者、食うべからず」というイデオロギーがそのような非難の根底にドカンと存在しているというのだ。
それを勝間さんは「まずは労働一神教からの脱皮」が課題というふうにまとめている。
湯浅さんもそれに反論しない。
????
そういうことでよろしいんでしょうか?

 確かに働けない人々、働く機会を奪われた人、社会的な弱者として最初から働く機会がきわめて制限されている人々、そして老人や子供に対して、「働かざる者、食うべからず」という「労働一神教」を振りかざすのはナンセンスである。
働いて自分が食べる以上のものを生産し、そのような余りを弱者へと分配しお互いに支え合うべきであろう。
(文学部の教員でオマケに坊さんというまったく生産しない私のような「隠れ弱者」はそういうことしか思いつかない。汗水たらして働いている方からその余りを頂いて糊口をしのいでいるのであるから。ナザレのイエスくんあたりになると「人はパンのみに生きるにあらず」とけっこう強気であるが・・・・)
働く人たちが「働く者だけが偉く、その成果は自分たちが独占すべき」と主張しはじめたら、人間社会は立ち行かない。

 しかし、勝間さんの言う「労働一神教」には別のニュアンスがあるのではないか?

 この人の本で最初見かけたのは「お金は銀行に預けるな」という新書であった。

 なるほど、預けた人にはほとんど利子など付けず、貸す時にはガッポリ利子をとる銀行なんかに預けるな――という本だと思っていた。

 ところが、違うんですね。
老後不安、年金不安に備え、リスクを回避しながら賢く金融商品を買いましょうという投機のすすめのようです。
要するに働かなくてもお金は増える、という主張。
そんな投機、それもいろいろ4つほどに分けてリスクを分散して投機出来るような資産をもっている人は、そのままでも慎ましい生活なら維持できるだろうに・・・と思う。

 しかし問題なのは、投機でお金を増やすことが可能になる背後には「会社は(働く人々のものでなく)株主のモノ」という金融市場主義がドーンとあること。
汗水たらして働くより、株をあっちやったりこっちやったりして金を増やすのが賢い、というアンチ労働一神教があるのである。
トヨタなんか株主への配当用にごっそり利益はため込んでいる。
その内部留保をため込むために、リストラを進め、派遣を積極的に雇い、そして首を切ってきたんではないか?
労働者より株主が大事と思いたい――というのが打倒!労働一神教の本質なのではないか?

 そのような「打倒!労働一神教」に、派遣村の村長さんが何も反論しないのが「????」という対談でした。

 しかし、勝間さんという方、華々しく「成功」されているらしいが、幸せなんだろうか?
むしろ「勝間的成功」が、ホントに幸せと言えるかどうか検証すべきのような気もするのですが・・・。
ま、余計なお世話ですね。
posted by CKP at 11:31| Comment(3) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

時間の壁(『同朋』1995年4月号)

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 予備校時代の友人が電話を掛けてきた。異なった大学に進んだものの、ときどきは喫茶店で話をしたり、一緒に遊びにでかけたりしていた。ところが、いつのまにか会うこともなくなり、大学を出てからは手紙のやりとりもなくなってしまった。そして、かれこれ一五年ぶりの今日の電話である。
 お互いの近況報告から始まって、共通の友人についてまで、話すべきことは沢山ある。ただ、ただ、懐かしくて友人の声に耳を傾ける。それが、一つの言葉で断ち切られた。こちらを呼ぶのに、君はでなく、先生は、と言う。おそらく彼は、医者の世界で日常お互いを先生と呼んでいるのだろう。また、こちらが大学に勤めていることも一つの要因となっているかもしれない。
 それにしても水臭い。たった一年とはいえ、机を並べて勉強した仲ではないか。毎日、放課後夕方まで自習室で数学の問題を競争で解いていたのに。どうして、当時のように呼んでくれないのだろう。
 こんな経験は前にもある。現在は銀行に勤めている高校時代の友人に二〇年ぶりに会ったとき、彼の至極丁寧な言葉遣いに、どう対応したらよいものかどぎまぎさせられた。そして、彼にとって自分は友人というよりも、むしろ銀行の顧客として見られているのかと、つい考えてしまう。
 逆に、もしかすると彼のほうでは、何年も会っていないのにいやに馴れ馴れしいやつだなと、こちらのことを思っていた可能性もある。各人の判断の基準は、それぞれの日常に置かれている。したがって、友人の丁寧な言葉遣いも、銀行員である彼には当然のことで、こちらの親しげな態度のほうが訝しいものに感じられたにちがいない。
 たしかに、医者の世界や学校関係では、お互いを先生と呼ぶのが日常のことだ。だからこそ、電話を掛けてきた医学部の友人も先生という言葉を使ったのだろう。けれども、その日常なるものは、ある特定の日常でしかない。つまり、医者の、大学の、銀行関係の世界の日常でしかないのである。
 その特定の日常、つまり限られた自分の世界にしか通用しない言葉ないし態度を、それ以外の世界の人間に対しても用いるから、面倒なことになる。さらに困ったことには、そのことを当人は全然気づいていないのである。学校関係でしか通用しない言葉を、町会の寄合いで使っていないともかぎらない。用心しなくては。
 しかし、このような擦れ違いが生まれるのも、当然といえば当然である。われわれはなんらかの仕事について、なんらかの特定の世界を日常として生きるしかないからである。ある世界に長く生きることで、われわれは自らの地位を築き、信用を獲得する。現在はこれまでの過去の上に成立しており、その過去の刻印が現在の物腰として現れる。
 考えてみれば、彼等と一緒に過ごしたのはたかだか数年であるのに、会うことが途絶えてからすでに一五年以上が経過している。かつては共通の世界に生きていたとしても、時間の壁に隔てられて、現在の生きる世界が異なっていてもおかしくはない。とすると、昔のような物腰を要求するのが、そもそも間違っているのだろうか。
 そんなことはない。どんなに自分の仕事に専念し、自分の日常世界に深くかかわって生きていようと、そこから身を引き離すことができる。すくなくとも、そう努力することはできる。それが人間の自由というものである。時間の壁は堅固であり、乗り越えがたい。だが、われわれにはその壁を壊し、共通の世界を取り戻すことができるはずだし、できねばならない。
posted by ガラタたぬき at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 「不可思議な日常」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

スーパーマーケットの女王――ブルース・スプリングスティーンがスーパーのレジに並ぶとき

 去年の四月、バラク・オバマがまだヒラリー・クリントンと民主党の大統領候補指名を争っているとき、ブルース・スプリングスティーンとE・ストリート・バンドはオバマ支持を表明した。
それに答えるようにオバマの集会では、スプリングスティーンの「ザ・ライジング」が流れ、オバマは「大統領に立候補したのは、僕がスプリングスティーンになれないからだ」と応えた。

1949年生まれのこのロックンローラーは、アメリカの工場労働者の若者たちの希望と絶望を唄ってきた。
1978年のアルバムにセブン・イレブン・ストアに立ち寄りクルマをぶっ飛ばす若者たちの歌があった。そのころコンビニなんてものは日本になかったので、「セブン・イレブン」ってなんなんだぁ?と頭を抱えながら歌詞カードを読んでいたのは私です。
単純なアメリカ賛歌として広まってしまった「ボーン・イン・ザ・U.S.A」も「俺はこんな糞みたいなアメリカに生まれてきてしまった」という歌だ。

 大統領選挙の直前の11月2日の集会でオバマに捧げるとして発表された「ワーキング・オン・ア・ドリーム」をタイトルにしたCDアルバムが発表された。
今年の9月で60歳になる還暦ロックンローラーは乗りに乗っている。

もちろん「Working on a dream」という曲も、「アメリカン・ドリーム万歳」という能天気な歌ではない。
それはプロテストソングでも政治的主張を唄うのでもない。
ちょうどジョン・スタインベックの小説の主人公が、農民から肉体労働者に変化した、そんな感じの歌だ。
「夢を追いかけて働いている。それは時には遠くに感じられる。土砂降りの雨の中、俺はハンマーを振り下ろす。困難がどっかりと居座ってるみたいだ。でも、俺は夢を追って働いている」というオバマの就任演説の気分と共通するシリアスな曲だ。

 workingという言葉が重い。

 アルバムでその次の曲が「スーパーマーケットの女王」。

 これも工場で油まみれで働く青年が主人公の曲。
仕事帰りにスーパーに寄る。2番レジの女の子を横目で見ながらカートを押す。
I’m in love with the queen of the supermarket
As the evening sky turns blue
A dream awaits in aisle No.2
2番レジで俺の夢が待っている。
レジに並ぶ。何も言えず袋を受け取る。

今日も2番レジに並ぶ( きっと待たされれば待たされるほどうれしいんのだろうね)。
一瞬目が合った。天にも昇る気持ち。飛んでいってしまいそうだ。
神様、俺に告白する力をお与えください。

店の帽子に隠れた美しさは、俺だけが知っている。
今日、袋を持って出るとき、振り返ると彼女もこちらを見て微笑んだ。
やったあ!すげぇ!
こんなクソッタレな世界とおさらばだ!
夢が叶った!?

今度の休みの日、彼は彼女をドライブに誘えるのだろうか?

 浜田光夫と吉永小百合で短編映画にしたいような歌。おっと、お若い方には分かりませんね。今で言えば、岡田准一クンと蒼井優チャンあたりだろうか?

 しかし、その曲のラストは、レジで無表情にバーコードを読むピッピッという音が流れるだけ。
そう思ってもう一度聴きなおすと、曲の最初のほうで、スーパーは「望むものが並び、人生のほろ苦さを味わうところ」と唄われている。

 ポップで美しい曲。今はこればかり聴いている。

 スプリングスティーンはいつも歌を開けっ放しにしておく。そして、聴く者にあずける。だから、ボスと呼ばれるのだろう。
posted by CKP at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする