2018年07月17日

大きな声で呼んでください――オイオイの言葉

 とあるお宅のインターフォンに
「故障中ですので、大きな声で呼んでください」
と書いた札が貼り付けてありました。
思わず、「ごめんくださ〜い」と大声を張り上げそうになりました。
ピンポンダッシュならぬ大声ダッシュですが、脚力に自信がないので思いとどまりました。

 思えば、一昔前は、みんな、玄関で大声を張り上げていました。
学校へ行く子供たちも、物売りの人たちも、押し売りのおっさんも。
屋敷の隅々まで届くような大声を、みんな張り上げていました。
 
 高校生の頃の夏休みのある日の昼下がり、玄関で
「こんばんは〜、こんばんは〜」
と子供の大きな声。
対応した母に聞くと、小学生の正(しょう)ちゃんが、子供会の廃品回収の案内に来たとのこと。
夏の日差しの中から急に薄暗い玄関に入ったものだから、「こんばんは〜」になったのだろうとのこと。

 正ちゃんとは学年が離れていたから遊んだことはないけれど、夏の昼下がりになるとときどきあの声を思い出します。
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2018年07月10日

晶子さん、ごめんなさい――皆さま、私は歌を間違って覚えていました。

 この前、與謝野晶子の歌をこのブログで引用しましたが、少し違っていました。
正確にはこうなります。

いづくへか帰る日近きここちしてこの世のもののなつかしきころ

ただし「帰る」の「帰」は当然旧漢字。
この前は冒頭の「いづくへか・・・」を「いづくにか・・・」と書いてしまいました。
晶子さま、そして読者の皆様、申し訳ありませんでした。


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2018年07月07日

越前は遠く――土曜日に大学に来ているわけ

 本日は七夕なのに、トンデモナイ雨降りになっています。
我がサンダーバードは木曜の午後、金曜終日、運転中止。
今日は寺の役員会があるのでなんとしても帰ろうと、朝一番に京都駅に行きましたが、やはり運休。
その役員会は、レジュメをメールで送って、住職抜きでも無事成立とのこと。
一安心だけれども、ちょっと複雑。

ゆくところがないので、こうして誰もいない大学に出てきて、こうしてブログを更新しております。


 鴨川の水は昨日より少し減ったように見えますが、それでもものすごい勢いです。
河岸壁が崩れたところもあるようです。
こういう治水事業はさすがに「民間に任せる」ということにならない――と思いますが、分かりません。
水道事業を民営化して外国資本に売っぱらおうというのが、今の政権におられる方々のお考えですから、治水も一般道路も民営化という恐ろしい未来が待っているかもしれません。
どこぞの知恵者が道路も治水も「金になる」という仕組みを考えだしたら、たちまち民営化なんてことになるかもしれません。
そして、最後には「酸素販売会社」なんていうのも出現するかも知れません。
人間がどこぞの星に移住したならば確実に存在します。

 と、雨にこれだけ閉じ込められているとロクなことしか考えられません。
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2018年07月04日

浅草のタヌキは寝不足ワールド杯――サルにサッカーは可能か?

 ワールドカップ、日本は健闘しましたが、ベスト8へは進めませんでした。
もっともセルジオ越後のように「10人のチームに1勝しただけで、あとは2敗1分け」という厳しい意見もあります。
われらがイケガミ浅草はどのように、このワールドカップそして日本の戦いをみているのでしょうか。
一度じっくりお聞きしたいところですが、いよいよこれからがワールドカップ本番、とてもそんな閑はないでしょう。


 で、ネイマールの芸術的なプレーと茶番的なファウル・アピールを堪能しながら思ったのですが(結局、日本vsベルギー戦は寝てしまいました)、ボールを敵のゴールに入れるこのサッカーというゲームは、サルには可能であろうか?

 これが敵陣にある何かを奪ってくるとか、敵の大将をやっつけるというゲームならば、おさるにも可能でありましょう。
あるいは、ボールでゴールキーパーを倒すというのもありかも知れません。
動物の本能にしたがって行動すればゲームが成立する。

 しかし、自分たちが保持しているボールをわざわざ敵のゴールの中に入れるというのは、おさるには難しいのではありますまいか?
敵にボールをプレゼントする、そしてプレゼントした方が優位に立つというのは、食物の分配ができないおさるにはとても難しい事のように思われる。
ゴリラの場合は、微妙なところ。
チンパンジーはどうでしょう?
このあたりのことを、今度大谷大学で9月の初めに開催される日本宗教学会の記念のシンポジウムで松沢哲郎先生に訊いてみたい。
おそらくイケガミ浅草も来ておられるでしょうし(セルジオ越後は来ませんが)。
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2018年06月22日

ol' 55――『こころ旅』でトム・ウェイツの歌が流れていた(その2)

 先週の金曜日の『こころ旅』でトム・ウェイツの「ol' 55」が流れていました。
若桜(わかさ)という小さな駅から列車が走り出すと、懐かしいピアノのイントロがきこえてきました。
車窓から風景を眺める火野正平さんの横顔が映し出されます。
火野さんはこのあいだ69歳になったばかり。

「時はあっという間に過ぎて
オレは一目散にオレのoldな55年型に乗り込んだ。

朝日が昇る中、フリーウェイのパレードを率いながら
幸運の女神とドライヴしている」

というような内容の歌詞を、トム・ウェイツのだみ声が唄っております。
64歳のオジサンは完全にうるうるモードになっております。

 この歌のフリーウェイをゆったりとドライヴする感じが、たまらなく好きでした(最初に聴いたのはイーグルス・ヴァージョン)。
しかし、もう一つ分かりにくい歌だったのです。
恋愛の歌なのか、それにしては彼女のことが全然歌われていない。
はて?

 しかし、この前、トム・ウェイツが使うoldを「懐かしい」「ほかの人にとってはどうでもいいかもしれないが、自分にとっては絶対的価値を持つ懐かしさ」と考えればよいと気が付いて、今までバラバラであったものがすっと一つにまとまった気がするのです。

 この歌の主人公はたぶん女の子のところから朝帰りだろうけれど、その女の子と一緒にいる時よりも、オレのoldな55年型のクルマを運転する時の方が、とてつもなく満ち足りていた。
ドライヴに至るまでの状況は過去形で唄われ、そのときの気分は現在形という時制も、そのoldな感じをよく表現している。


 女の子のことはいつか忘れてしまうかも知れないけど、このクルマをドライヴする感覚、これは一生忘れない・・・誰にも手渡すことできないオレだけの感覚なんだ。

 トム・ウェイツというのは、ちょっと無頼を気取っているような感じがしてレコードを全部集めるようなファンでないけれど、このoldを歌うところに彼の原点があるのではと気づいて、なんだかとってもいとおしい人になりました。


  こんな歌です。



 また、以前『こころ旅』に流れていた「Martha」にもoldが何度か出てくる。
たぶん最近別れた女の子に40年後にデンワをする、という設定の歌。
その未来が現在形で唄われている。

「彼女におれのoldな声が届くだろうか。
もしもし、こちらはoldなトム・フロストだよ。

あの頃は薔薇のような日々で、
悲しみは雨の日のためにとっておいたよね。」

 おそらく彼女と別れた現在が過去形で唄われ、未来の再会が現在形で唄われている。
そのような中でoldはとてつもない力を発揮しているように思います。
こんな歌。



 トム・ウェイツって、ホント、いい奴です。

 



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2018年06月13日

old――『こころ旅』でトム・ウェイツの歌が流れていた

 昨週から、週一回「紫明講座」という大谷大学の一般市民向け講座を担当しています。
「死と向き合う」というタイトルで、一時間半の死ぬほど詰まらない講義をして一般市民の方々に死の恐怖を味わっていただこうという斬新な企画です。
どういうわけか、80名あまりの受講者の割合は、ほかの講座よりも圧倒的に高齢男性が多いとのことです。
死の恐怖を味わうことで生きていることを実感したいというマゾな方々なのでしょうか?
それでも、講義が終わると命からがら泳ぐようにして出口に急いでおられます(これは単に「近くなった」ということでしかないのかもしれませんが)。

 こちらはこちらで死んだ気になってしゃべっております。
で、そういう時に、なるほどと新たな発見をすることがあります。

 一昨日は、黒澤明の『生きる』の一部分を紹介し、時間の逆流ということをお話ししたのですが、最後に、与謝野晶子の
「いづくへか帰る日近きここちして この世のものの懐かしきころ」(最初「いづくにか・・・」と書いていました。すみません)
という歌を時間の逆流の例として紹介したのでした。

 「いづくへ帰る日」つまり「死ぬ日」から時間を逆流させると、今現在の「この世のもの」が、「懐かしい」つまり、過去に使われる言葉で形容される、ということをお話ししたのです。

 ふつう「懐かしい」という言葉は過去の思い出に使われる、それが今現在の「この世のもの」に関して使われていますね。
それは、「いづくへか帰る日」という未来から時間を逆流させているからです。

と、まあ、ここまでは一応予定通りの話でした。

 そして、「懐かしい」例として、わたしがヤッさんとシンジさんと魚釣りをした日のことを挙げたのです。

 その時、「懐かしい」とされる出来事の唯一無二性、比較不可能性ということが突然ひらめいたのでした。

 わたしがヤッさんとシンジさんと魚釣りをしたことなど、他の人にはどうでもいい。
おそらくヤッさんにもシンジさんにもどうでもいい。
それはわたしにとってだけ「懐かしい」という価値を持つものです。
それは他の何とも交換や比較はできませんし、そうする必要もない。
つまり、唯一無二であり他と比べようもない絶対的価値を持つ「懐かし昔」なのでした。

 これに気が付いたとき、私は思わず
「だから、『こころ旅』の火野正平さんは、お手紙の主の想い出の懐かしい場所を訪ねても、「来たよ〜」と言うだけでさっさと立ち去るんですね。正平さんにとっては、懐かしい場所ではないから」
と発言してしまいました。
そしたら、ほとんどの方々が?????
どうも、決死の覚悟でわたしの講座を受講している皆さまは『こころ旅』などというのんびりした番組は見ておられないようです。
こんな講座を聴講するよりも、『こころ旅』をご覧になった方がナンボかいいと思いますけど・・・

 それで、帰り道で気が付いたのです。
最近、『こころ旅』でときどきトム・ウェイツのダミ声が流れるのは、トム・ウェイツというのは、そういう「懐かしさ」を歌う人だからなんだな。
トムの歌にときどき出てくるoldという形容詞は「懐かしき」と訳せばいいんだな。

 池田綾子さんの澄んだ唄声と、トム・ウェイツのタバコ焼けしたダミ声。

 『こころ旅』はますます快調です。

 なんだか、ぜんぜん別の場所に来てしまいした。
posted by CKP at 17:39| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月06日

忖度ではない――無言の圧力なのだ

 この間の一連の問題での財務省や文科省の官僚の行動を「忖度」という言葉で表現するのをいい加減に止めませんか。

「忖度」という言葉を使えば、書き換えなどの主体は自動的に官僚になります。
そのような言葉を使う報道は、書き換えなどの犯罪の主体を官僚にとどめておこうとしているように見えるのです。

一連の事態は、別の主体の「無言の圧力」によって発生した、と表現すべきでしょう。


「私はその件に関係ない」と上役が発言すれば、その発言はその手下に「関係があるような証拠は隠せ」という間接的な命令になります。
つまり「無言の圧力」になるのです。
その圧力のもと、下の者は主体性を放棄します。
「忖度」する主体性は既にそこにはありません。

ですから、もう嬉しそうに(なんだかそう見えるのです)「忖度」という言葉を使うのを止めませんか?

ちなみに『精選版日本国語大辞典』では、小林秀雄の『近代絵画』より「ピカソの真意を忖度しようとすると」という用例が引用されています。
このように使われていた「忖度」を、官僚のセコイ行動に使っては、小林秀雄に叱られます。
posted by CKP at 17:32| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月05日

オイオイの言葉――朝日新聞の一面に「ほんとの名前で出ています」

 昨日6月3日の朝日新聞の朝刊「折々のことば」で、わたくし門脇健がこのブログの5月8日に書いた記事のことばが紹介されておりました。
朝からなんだかこっぱずかしい一日でありました。
と、本人が照れている割には、反響は無く、奥さんの友達から奥さんにメールがあったのと、「「弟さんのことばが載っていたね」と電話があった」と姉から電話があったぐらい。

 朝日新聞の部数って今ナンボぐらい?
もうちょっと反響があってもいいんでは・・・
しかし、たしかに反応しにくい記事ではありました。
母の死に関する言葉が紹介されていましたから、「朝日新聞の一面に載ってたね、お母さんがなくなった時のことばが。ところでこのたびはご愁傷さま」というメールはしにくいですね。

 ま、これで暮れの喪中はがきは出さなくてもいいかな…というわけにはいくまいね。

 しかし、鷲田清一先生には、わたしの途切れがちなブログまで覗いていただき、ホント感謝です。

 いまだ忌中で満中陰の準備でバタバタしてますが、それが終わってほっとしたとき、わっしーの言われるように悲しみがジワリとしみだしてくるのでしょうか。
なんといっても、母親のいない娑婆を生きるのは、生まれて初めてですからね。
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2018年05月23日

嘘つきは泥棒の始まり――それとも、泥棒は嘘つきの始まり?

 国家の財産などをルールを無視して私物化するつまり泥棒している方々の嘘が止まりません。
どうしたもんでしょう?
また、そのような泥棒嘘つきを支持している方々が30パーセントから40パーセントもいらっしゃるというのも、困ったことというか理解しにくいことです。

 日大のアメフトの選手が記者会見したのを「黙っていれば日大が一生面倒見てくれたのに、バカな奴」という人がいると知って、そのような思考回路が「賢い」ということになりつつあるのかと暗澹たる気持ちになってきます。

 どうしたらいいのでしょう?

 今思いつくのは、「日本昔話」を毎日放映する!ことぐらいでしょうか?
 まじめにコツコツ努力して生きることが、たとえ成功しなくても幸せな生き方という考え方を今一度広めねばならないようです。
 あるいはソクラテス爺さんに登場してもらって「日本国民諸君、カネや名誉のことばかり考え、心のケアを怠って恥ずかしくないのか!」と演説していただかねばなりません。

 実は、今回、飲み込みができなくなった母親を看取るとき、胃ろう(食道に穴をあけて栄養を流し込むこと)を母の意志通り拒否したのですが、そのことを誰かと話していたら「年金を得るために、胃ろうで親を生かしている人もいる」と聞いてびっくりしました。
私なんぞは、点滴で母親を「看取り療法」してもらうのも少しためらい、本来なら点滴も外すべきだよな〜、などと考えていたので、年金獲得のために胃ろうするという考え方に、それこそ「晴天の霹靂」的に驚いたのです。

 もちろん、そこまでしなければ生きることが難しいということもあるのかもしれませんが、カネのためなら何でもオッケーというのは、よくないです。
このままだとよくないです。
ホント、よくない世の中になります。

 というわけで、日本昔話をみて、そして『ソクラテスの弁明』を読みましょう。
あ、ヨーロッパの昔話の「三つの願い」もいいですね。
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2018年05月17日

タテカン君のにっちもさっちもハムレット

 京大のタテカンがなんだか賑やかなことになっています。

 景観条例とかなんとかで、タテカンの規制がきつくなったということで、それはそれで言論弾圧がきつくなってけしからんことではありますが、それに故こそ、タテカン本来のゲリラ性が復活しているようで、面白くなっています。

 というのは、合法的タテカンというのは基本的に存在しない。つまり、矛盾した表現です。
合法的な発言の場所がないから、非合法に発言の手段を発明する――それがタテカンの本来の在り方でしょう。
つまり、「落書き」の発展形なわけであります。
そのようなタテカンの本来の姿を、今回の「タテカン弾圧」はもたらしてしまったという側面があるように思います。

 しかし、このデジタルな時代、なんか目の覚めるような工夫もあってもいいような気がします。
私らが大学に入ったころは、時計塔をタテカンに見立てそこにペンキででかでかとスローガンが書いてありました。
あれなんぞは「撤去」に費用と時間がかかるので、なかなか「撤去」されませんでした。
大学当局に消されて再び書いていたら時計塔を機動隊が囲んで・・・・結局、書いていた連中は逮捕されてしまいましたが・・・

 なんか「撤去」する気も失せるようなタテカンはないもでしょうか・・・
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2018年05月08日

うるうるタイミング――時には母のない子のように

 4月26日未明に母が亡くなり、一週間の忌引き休暇をいただきました。
その間、お葬式やその後始末でへとへとになりましたが、そのまま連休後半に突入となったので、一息つけました。

 お医者さんによれば「老衰による慢性心不全で大往生です」とのことでした。
肺炎で喘いでいたままだとあまりに苦しそうでこちらも辛くなるのですが、肺炎自体は治って苦しまなかったのでほっとしました。
最後は血液の酸素濃度が低くなり酸素吸入をすすめられましたが、本人の意思によりそれを断り、「もう十分」と93年の生涯を閉じました。

 「しかし」というか「だから」というか、お医者さんから「ご臨終です」と告げられても、「おがーちゃーん」と遺体にすがって泣くということにはなりませんでした。
病院から自宅に帰り、淡々と枕経を上げ、葬儀の段取りを進めてゆきます。
湯灌の時などは、二人の姉が中心となって孫たちも参加して、なんだか和気あいあいという感じで遺体を拭いておりました(もちろん葬儀屋さんにも手伝っていただきました)。

 しかし、お通夜の時、たくさんの坊様と『正信偈』をお勤めしだしたら、急にボロボロ何だが止まらなくなって、自分でもびっくりしました。
あれはいったい、どのような力が作用したのでしょう。

 また弔問に来てくださった方に「いろいろお世話になりました」とあいさつしようとするときや、お通夜や告別式で喪主として、生前に母がお世話になった方々を前にあいさつしようとすると、急にこみあげてくるものがあって、言葉に詰まってしまいました。

 なんで、あのように急にこみあげてくるのでしょうか?

 深々としたお勤めの声が、母の死という事実を突きつけるのでしょうか?
生前に母と親交のあった方々の表情の向こうに母の面影を見るからでしょうか?
ある意味では、きわめて儀式的な場面です。
儀式的にふるまおうとすると、それを破るように涙が込み上げてくるのです。

 その因果関係はよく分かりませんが、きちんと死を悲しんでゆくためには、定型のあいさつとか儀式とかが必要である、ということかも知れません。

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2018年04月25日

あんたの知らない明日もある――「被害者でいたい!」オジサンたちに

 オジサンたちのセクハラ発言が止まりません。
やれ「そんな場所に出かける方が悪い」「はめられた」「女性の声も放送しろ」「ほんの言葉遊び」などなど。

 あきれるばかりですが、そこにはある特徴があることに気づきましたのでご報告。

 オジサンたちは、決して加害者であることを認めたくない!女性の受けた被害を認めたくない!むしろ、あんなことで非難される俺たちの方が被害者だ!と主張したいようです。
 
 オジサンたちは、いくら考えても、なんであれだけのことでこれほど批判されるのか、が分からない。
いや、分かりたくない。分からないままに攻撃される・・・となれば自分たちは被害者だ!

そう、被害者でいたい!のです。

 と、気付いたのは、この「被害者でいたい!」という立ち位置に既視感があったからです。そう!今のアベ政権周辺の方々が、この「自分たちは被害者」という立ち位置大好き!人間なのです。
 
 アジアを解放しようと思っての戦争なのに侵略戦争と言われる。
 押し付けられた憲法を守れと言われる。
 獣医学部の増設が許されない。
 北朝鮮からの脅威にさらされる。
 などなどの受け身的な被害者的な立ち位置に立つと元気が出るのです。
何しろ責任取らなくてすみますから。

 ですから、このセクハラ問題もなんとか「被害者」の立ち位置に滑りこもうとして、次から次へとセクハラ発言を繰り返すのでした。

 私の場合、63歳もうすぐ64歳のオジサンですから、ともすればオジサン的発想に流れることがありますが、そんな時は、自分の娘のことを考えます。
いま大学で学生としていろんな調査でいろんな人にインタビューしている娘のことを考えるのです。
そうすると、あんな発言をした福田ナニガシなどぶん殴りたい思いに駆られます。
「女性の声もオープンにしろ」といった麻生も許せません。
ましては「罠にはめられた」発言など飛び蹴りものです(そんなワザできませんけど)。

 権力中枢のオジサンたちも、いちど、自分の娘さん、お孫さんや姪御さんなどを思い浮かべて、自分がどんなえげつないことを言っているのか考えてみられてはいかがでしょう。
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2018年04月17日

案外といい人かもしれない――在るということ

 前回のエントリーからひと月経ってしまいました。

 93歳の母親が三月末に肺炎に罹り、医者から「早くて1,2週間」と告げられて、けっこう健気に看病していたわけです。
「看病」と言っても、病室で苦しそうに喘いでいる母親をぼーっと見ているだけですが。

 「あと1,2週間」と告げられた夜は、さすがに眠れませんでした。
身体の芯が、妙な感じで興奮しているのです。

 もう少し早く変調に気づいていたらなんとかなったのではないか、などと考えている自分に「俺って案外にいい奴かもしれん」などと自分を見直したりしました。
また、骨と皮のしわくちゃ婆さんの母親でも、やっぱり生きてそこに存在していることの有難さをしみじみ思ったりもしました。
タヌキ池上の『傍らに在るということ』が思い出されるのでした。

 が、眠れなかったのはそれだけではなく、アタマの中では、さっそく葬式の段取りなども考えていたからです。
まだ死んでいないのに、死んだ後のことを考えるのはいかがなものかとも思いますが、現実にはそれも考えねばなりません。

 また、そういうことを考えることで、四六時中「母親が死んでゆく」という現実に向き合うことから解放されるのも事実です。
ひたすら母親の死に向き合うというのは相当過酷なことです。
(父親のときは、もっといろいろと父亡きあとを考えねばならなかったので、今回ほど「父親が死んでゆく」という現実に向き合っていなかったなぁ、と今になって思います)

 ところが、一週間過ぎたあたりから、呼吸が少しずつ穏やかになり、2週間過ぎたころお医者さんから「肺炎は治りそうですな」と告げられます。
ほっとしたのですが、今度は、母親が体をさすってくれろ、とやたらと要求するようになりました。
これが良い兆候なのかどうか・・・とにかく病院に行って体中をさすったりもんだりするのが日課となりました。

 この間町内の川掃除のとき、去年やはり94歳の母親が肺炎で死にかけてしかし治ってしまった利男さんと「この頃の医者は90過ぎた肺炎でも治してしまう」と妙に感心し合ったものです。

 基本的には、ターミナルケアということになり、ここから先は自然に任せるということになりました。
肺炎が誤嚥性肺炎だったので、現在は点滴生活なのですが、胃ろうなどの延命措置は取らないということです。
そのことに関する同意文書に署名するのですが、やはり、ちょっと勇気が要るものです。

 あとは「娑婆の縁が尽きる」までということです。
このご縁が、いつ尽きるか、明日かも知れないし、一年先かも知れない…という状況でなんとも落ち着かない日々です。

 というわけで、今年はブログをまめに更新するぞ、と年頭に宣言したのですが、なかなか思い通りにいかないのでした。
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2018年03月16日

うふふ〜ん カレーライス――卒業にあたって


本日は大谷大学の卒業式です。
卒業生の皆さん、とりわけ哲学科の皆さん、そんでもってわがゼミの卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
これからも、どうぞ体に気を付けてきちんとしたまっとうな人生を送ってくださいね。
べつに激しく成功する必要はなくて、時々なにげない日常の静けさを味わえるというようなことを大切にされたらいいのではないか、とカドワキは思うのです。

 というわけで、純音楽家エンケンこと遠藤賢司の「カレーライス」です。



 が、どうしようも落ち込んでしまったときはエンケンの自分激励ソング「不滅の男」もいいんじゃないでしょうか?




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2018年03月14日

東京だよ、お坊さん!――ケン坊の蒲田うろうろ日記

 アベやアソーの顔など見たくない!という方はどんぞ。

 大杉蓮さんの急死にけっこう衝撃を受けていたのでした。
彼の落ち着いたたたずまいから、もっと年上だと思っていたのに、わたくしカドワキの3こぐらいだけ年上なのでした。

 そのうえ昨年末亡くなったエンケンこと遠藤賢司のラストとなったライブアルバムが発売されて、その歌声にしんみりしていたのでした。

 そこへ東京の独り者の従兄がなくなったという連絡。
大杉蓮さんと同じような亡くなり方。享年72歳。
わたくしケン坊がお葬式を勤めることになり、先週の金曜日、装束バックを抱え、東京は蒲田へ。
この間のやたらと運休したり運転見合わせするJRに不信感を持っている私は、予定よりも2時間早く蒲田に到着。
まずは葬儀会館の場所を確かめどこかで一休みと喫茶店を探すのですが、行けども行けどもそれらしきものは見つからない。
カフェの看板を見つけ泳ぐように中に入ると、若いお姉さんたちがやっているおしゃれな定食屋。
こういうのをあのあたりではカフェと呼ぶらしい。
「今は休憩中です」ということで、蒲田徘徊を再開。
1時間ほど徘徊するが見つからず、結局、自販機でお茶を買って、葬儀会館のロビーで一休み。

 お通夜を済ませ従兄の妹に予約してもらったホテルにクルマで案内されて別れたのですが、フロントで話が通じない。
よく似た名前の違うホテルでした。
ということで、再び蒲田を徘徊しやっとこ見つける。

 翌日、葬儀を済ませ、他家に嫁いでいるひとりっきり妹のところにお骨を置くわけにはいかないということで、わたくしがお骨を我が寺に持ち帰ることになったのでした。
右手に装束バック、左手にお骨、そして背中に着替えの入ったリュックというかたちでなんとか帰宅。
が、疲れがじわじわ出て、昨夜はサンマのトーク番組をダラダラ見て過ごしました。
本日はやっと調子が戻ってきて、こうしてブログしているのでした。

 みんな簡単に死んでいきよるなぁー
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2018年02月28日

お見舞い御礼――ぎっくり腰だいたい良くなりました

 スケートの羽生結弦選手がぎっくり腰になったら、日本中がいや世界中が心配するであろうが、わたくしがぎっくり腰になっても誰も心配してくれないであろう――というのは短見であります。

けっこうあちこちから心配していただいているのであります。
ご心配いただいた方々に、この場を借りて、お礼申し上げます。
おかげさまでだいたい良くなりました。
冬季オリンピックが終わり、腰をすっと伸ばせる心持になったからでしょうか?

 スキーとかスケートなど冬のスポーツは見ているだけで腰が痛くなりますな。
ま、誰もわたくしに半腰になってスケートしろとは言わないでしょうが・・・
選手の皆さんはぎっくり腰にならないのでしょうか?

 というわけで、スキーとかスケートとか無謀なことは控えて、腰を伸ばして歩く――これに専念してぎっくり腰のない教員生活を目指すのでした。
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2018年02月21日

ぎっくり門脇のぎっくり日記――私はいかにしてぎっくり腰になったのか

 藤井聡太君がいかにしてあの年齢で7段になったのか、フィギュアスケートの羽生選手がいかにしてオリンピック2連覇を達成したのか、という話は感動をもたらすだろうが、ある意味では毒にも薬にもならない。
しかし、私がいかにぎっくり腰になったのかという話はクスリにはなる可能性がある。
感動はしないであろうが・・・

2月5日月曜日
翌日の早朝から入試業務があるので、越前市の自宅から京都に移動する。
雪でサンダーバードが止まりそうなので昼過ぎに武生駅に行く。
しかし、その時点ですでにサンダーバードは止まっていて、とりあえずドン行列車で敦賀へ向かう。
敦賀から出るはずの明石行きの快速が近江今津行きとなっているが、とにかくそれに乗る。
近江今津で明石行きに乗り換え、結局3時間かけて京都に到着。

2月6日火曜日
入試業務をきちんとつとめました。
サンダーバードは福井県地方大雪のため全部運休。

2月7日水曜日
入試業務を終え、越前へ帰る予定だったが、この日もサンダーバード及び敦賀~金沢のドン行列車はきっぱりと運休のため帰れず。

2月8日木曜日
サンダーバードは相変わらずきっぱり運休だが、敦賀~金沢のドン行列車が動き出したので帰ろうと思ったら、近江塩津と敦賀の間のドン行が除雪のため運転見合わせということなので、越前へ帰るのも見合わせる。

2月9日金曜日
サンダーバードもドン行列車も不完全ながら動き出したが、この日は大阪に泊まって翌日朝の7時から暁天講座で話さなければならないので大阪に移動。

2月10日土曜日
朝の7時から南御堂へ。
7時半ごろから1時間お話をして、終わったらソッコー大阪駅へ。
懐かしのサンダーバードになんとか乗り込む。
世の中は連休でちびっ子たちがやたらと多い。
昼前に帰宅。
少し雪は解けたようだが、久しぶりの大雪。
昼から奥さんと境内の雪かき。

2月11日日曜日
午前中から屋根の雪下ろし。
ぐしゃと軒先がおれないように、軒の上の雪を落とす。
昼頃から雪がひどくなる。

2月12日月曜日
昨日から30センチぐらいの雪。
境内を除雪機でクルマの通路を確保する。
この時、腰が重くなる。
除雪機を奥さんに任せ、門前の消火栓あたりの雪かきをする。
終わると腰にぎっくりと痛みが走る。
午後は諦めて炬燵でごろごろする。
サンダーバードはきっぱりと全部運休。
あのちびっ子たちは関西へ帰れたのであろうか?

2月13日火曜日
昨夜からの雪が50センチから70センチ積もる。
一晩の積雪でこんな量は、63年生きてきて初めて。
腰が痛いのだの言っていられない。
腰にゴム製のコルセットをまいて、クルマの道を確保するためにひたすらラッセル。
腰が温まるとなんだか痛みが取れたような気がして、なんとかクルマの通路を確保。
しかし、終わると腰が本格的に痛い。
寝ても寝返りが打てなくなってくる。
この日に翌日の会議のために京都に移動する予定だったが、サンダーバードも運休、腰もぎっくりということで移動不可。

2月14日水曜日
腰が痛くてどうしようもない。
列車も動くかどうか微妙。
というわけで、会議をお休みする。
寝ていても痛い。
机に座って何かを読もうとしても痛い。
炬燵でのたうちながらテレビを見る。
昼間にやたらと事件が起こって解決されているのに感動する。

2月15日木曜日
サンダーバードは動き出したが、腰がなんともならないので今週は京都移動は諦める。

とまあ、こんな状態でぎっくり腰になったわけです。
要するに、無理しちゃいけんよ、ということです。

私が越前に帰ってからの「福井地方大雪」第二部において、そうとう屋根に雪がたまって家のふすまが完全に動かなくなりました。
しかし、同じ越前市に住むわたしの同年配の方が二名も屋根の雪下ろしで転落して亡くなっているので、少しぐらい家が壊れても命には代えられないと屋根の雪下ろしは諦めました。
(はい、キッチリ軒先の一部が壊れました)
きっと「昔取った杵柄」で、若い調子で屋根に上がったんでしょうね。
近所でもだれも屋根には上らなくなりました。

無理はしない・・・これがクスリです。
posted by CKP at 16:59| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月30日

わちゃわちゃ第二章――卒論試問始まりました

 本日から卒業論文の口頭試問が始まりました。
まずは5名終了。
ある学生に「なんでこのような昔話をここに引用するのか?」
と尋ねたら、
「先生に教えてもらった昔話です」
と返されてしまいました。

 忘れてました。すみません。

 でもね、ちょっと疲れてるのよ、お父さんは。
今朝は朝の6時半から、境内から道路への通路の雪かき。
昨日は、卒論を一生懸命読んでいたら、境内に突入してきたクルマが屋根から落ちた雪に乗り上げて亀の子状態。
遭難救助に汗を流しましたがな。

 というわけで、腰の痛みに耐えながら論文読んでます。
トンチンカンな質問も大目に見てください。
posted by CKP at 15:39| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

ひとやすみ――1953年のこと

 先週までに、修士論文4本博士論文1本の口頭試問が終わって、やっと一息。
その間に、まだ続いていた「人生ロードショー」の原稿も書きました。

 今度は、今更ながらの『東京物語』。
同朋1月号の特集記事で、お葬式の関係で『東京物語』に触れたけれども、それだけだと思われると困るので書きました。
もちろん、原節子さんについてです。

 で、それは3月号を見ていただくとして、書き込めずにカットした部分。

 この『東京物語』の公開は1953年。
あれ・・確か『ローマの休日』も1953年。
3国同盟の首都の名前を冠した映画がともに1953年公開とは!
まったくの偶然なのでしょうが、しかしどこかに歴史的必然という感じもします。
同じ同盟国の首都ベルリンを冠した映画はそのころあったのでしょうか?
「冷戦」という新たな戦争状態に置かれ、東西に引き裂かれることになるベルリンは、とてもまだ映画にできないという状況だったのではないか・・・『ベルリン 天使の詩』は確かベルリンの壁崩壊がもうすぐという頃の公開だったと思います。

 戦後の平和の市民生活のなかの問題をウィリアム・ワイラーと小津安二郎という二大巨匠が同盟国の二つの首都の名前で映画にした・・・ということなんでしょうね。

 いきなりのことですみませんでした。
 
 さぁ、今度は卒論試問です!
posted by CKP at 15:35| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月10日

理事会決定――落語協会の場合

 暮れからずーっと修士論文や博士論文を読んでいてヘロヘロになったところに、卒業論文の提出でいろいろトラブルがあってわちゃわちゃになっています。
 
 テレビは開けても暮れてのお相撲の理事会とか審議会の話。
そんなに理事会の話が好きなら、落語協会の理事会で何が離されているのか報道しろ!とは思いませんが・・・

 疲れたアタマを休めるために、落語のCDを聞きながら寝ることが多いです。
最近のお気に入りは春風亭一之輔。

 その確か「短命」のマクラで落語協会の理事会決定の話がありました。
「真打のお爺さんたちが、若い前座さんの名前がなかなか覚えられないから、前座は名札を付けるべし」
これが、小三治会長のもと開催された理事会の決定だそうです。
よろしいんじゃないでしょうか。
平和な感じがいいですね。

 ちょうど同じころ対する落語芸術協会の理事会決定は
「古典落語において登場人物にじぇじぇじぇと発言させることを禁ずる」
だそうです。ちょっと前の話です。
これも妥当な決定でしょう。

 相撲協会も相撲求道協会とかに分裂して「張り手禁止」とかやればよろしいんじゃないでしょうか?

 と、そんなことより論文ロンブン。
posted by CKP at 12:32| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする