2018年11月14日

ポール・デズモンドの最大の功績は・・・・――オイオイの言葉

 中山康樹&ジャズ・ストリート『読んでから聴け!ジャズ名盤100選』(朝日新書)という2007年の本をペラペラめくっていたら、デイヴ・ブールベックの次のような発言の引用に目が止まりました。

「ポール・デズモンドの最大の功績は、チャーリー・パーカーをコピーしなかったことだろう」

 これを読んだとき、「すべてが氷解」って感じになりました。
つまり、それまでなんとなくポール・デズモンドのサックスに分かりにくいものが霧のように漂っていたのですが、その霧が一瞬でさっと晴れたような気がしたのでした。

 ポール・デズモンドとブルーベックと言えば、「テイク・ファイヴ」。
 1960年代の「素晴らしき世界旅行」という日立提供の旅番組(久米昭さんが「マサイ族は一晩に40キロ歩く」とナレーションを担当していた)のテーマ曲として流れているのを聴いて、「ジャズってカッコいい」と思った曲。

 そのころ来日したアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズのテレビ放送では、「ジャズって激しい」と感じました。
以後、ソニー・ロリンズやエリック・ドルフィーなど「激しい系」のジャズを聴いていると、ポール・デズモンドのサックスというのはちょっと違う、でもどこが違うんだろう?ということになってしまっていたのでした。

 そのような霧を、このブルーベックの言葉は一瞬のうちに解決したのでした。

 よかった、よかった。

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2018年10月31日

王様の(見えない)着物を笑うな――物語る力

 アンデルセンの「皇帝の新しい着物」は、もっぱら「裸の王様」として知られています。
 それは、見えない着物で行列の先頭に立つ王様を子どもが「王様は裸だ!」と指摘したことを、この物語の肝とするという読み方から来ています。

「子どもの登場によって皇帝が《はだか》であるという事実が暴露されること――それはいわば価値の顛倒を意味するものでしょう。(中略)日ごろ社会的に無視され、価値を認められていない存在が、かえって社会の基本的前提として隠されていた矛盾や問題点を鋭く突いてくるのです。それによって、社会を正しい軌道に引き戻すのです。時代の転機を促すこともあるのです。」(宮田光雄『メルヘンの知恵』、岩波新書、2004年、37頁)

 まあ、ここまで大げさな「時代の転機」まで言わなくても、「子どもは真実を言う」という読み方が「裸の王様」という日本語タイトルを支持しているのでしょう。
このような読み方もありかも知れません。

 しかし、別の読み方もあり得ます。

 この「見えない着物」をつくった二人の機織り師とアンデルセンその人を重ね合わす読み方です。

この機織り師は最初から「ペテン師」と紹介されて登場します。

「ある日のこと、ふたりのぺてん師がやってきました。ふたりは、機織り職人と名のって、だれにも想像のつかないほどけっこうなきれを織ることができる、といいふらしました。ただ、いろやがらが、なみはずれて美しいばかりでなく、このきれでつくった着物にはふしぎな特徴があって、じぶんの役目に向いていない者や、または、手におえないおろか者には、それが目に見えないというのです。」(大畑末吉訳、『アンデルセン童話集1』岩波少年文庫、1986年、53頁)

 最初からいきなり「ぺてん師」と紹介されたのでは、最後の子どもの「王様はなにも着ていらしゃらない」という「王様は裸だ!」という指摘は余計なものとなってしまいます。
むしろこの物語は、人々がいかにこのぺてん師に騙されるかを楽しむお話となっていると考えられます。
そう考えないと、この自称「機織り職人」たちが、最初から「ぺてん師」と紹介される意味がなくなります。

 また、この最後の部分が、王様が子どもに裸を見破られてほうほうのていで逃げてゆく、というのではなく「けれども「行列は、やめるわけにはいかない」と、(王様は)かんがえなおされました。そして、いっそう、威厳を張りました。そして、侍従たちは、ありもしない着物のもすそをささげてすすみましたとさ」となっているというのも、「裸の王様」らしくない終わり方です。

 おそらく、見えない着物を楽しむように、お話を楽しむ、それが童話だ、とアンデルセンは考えていたのではないでしょうか?
というのは、アンデルセン自身、若い頃は機織り工場で働き、仕立ての仕事を学んでいたのです。
そして、母親は彼が仕立屋になることを強く望んでいたのでした。
そのころのことをアンデルセンは次のように物語っています。

「仕立屋になる私の運命んうちで、ただ一つ私の慰めで在り、喜びだったのは、仕立屋になったら、さぞかし私の人形芝居の衣裳部屋のために、たくさんの小ぎれや切りくずを手に入れることができるだろう、ということだった」(大畑末吉訳『アンデルセン自伝』、岩波文庫、1975年、31頁)

 アンデルセンはついにはこの「運命」には服することなく、作家になったのですが、そこでは「小ぎれや切りくず」のような民話やエピソードから今に残る童話を書いたのでした。
アンデルセンは、「衣裳部屋」の大好きな皇帝に、それを見る人を映すような衣装を着けさせる「ぺてん師」に、自分を重ね合わせたのではないか・・・というの読みも面白いと思います。

 とすると、アユムの見えない箱運びを笑った大学院生と王様の裸を指摘した「正直な子ども」が、それぞれニュアンスはまったく違いますが、どこかで重なってきます。
posted by CKP at 16:58| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月09日

ボクの見えない積み木を笑うな!――アユムの想像力

ボクの見えない積み木を笑うな!――アユムと「裸の王様」

 変な夢を見ました。
 数学の教師をしていて、生徒たちを前にして黒板で問題を解いていました。
なんとか解答にたどりついたとき、生徒の一人が、「それは違うよ」とつぶやきました。
その生徒は、池上タヌキ之介哲司でした。

 オレの夢にまで出てくるなよ!

 というわけで、9月7日の宗教学会のシンポの話です。

 このシンポのハイライトというのはいくつもあってどのように報告してよいか迷うのですが、中でも興奮したのが、アユム君が見えない積み木を運ぶヴィデオでした。

 鷲田清一先生の「無いものを在るものにする」宗教という発言を受けて、松沢哲郎先生が「このヴィデオを見てください」とディスカッションの時に示してくださったヴィデオ。

 チンパンジーのアイと松沢先生が積み木でいろいろと試みています。
アイの息子アユムは相手にしてもらえません。
やることがないので、いくつかの積み木を部屋の隅に運んでひとり遊びを始めます。
しかし、松沢先生とアイは部屋の真ん中で何やら楽しいそうに向き合っているので、相手にされないアユムはひっくり返ったりしてむくれています。
と、アユムが妙なことを始めました。
まるで両方の手で二つの積み木を運ぶようにして部屋の真ん中に出てきたのです。
現実の積み木を運ぶのではありません。
想像上の二つの積み木を両方の手で引きずるようにして運ぶのです。
現実の積み木をよけながら運びます。
その様子があまりに可笑しいので、撮影していた院生が笑ってしまいました。
すると、アユムは「黙れ!笑うな!」と言わんばかりにその院生の壁に向かって怒りの鉄槌を下すのでした。

 このヴィデオを見せていただいて、鷲田先生も私も興奮してしまいました。
何もないところに何かがあるという想像の力がアユムにもある!

 しかし、松沢先生によるとこのような想像力はアユムにおいて示されるのはこの時だけであり、一般にはこのような想像力はチンパンジーにはない、と説明されました。
チンパンジーには、「おままごと」は不可能である、ともおっしゃいました。

 となると、現実において物理的には存在しない神だの仏だのを想像する人間の力は、人間が人間であるゆえの力だ、ということになりゃせんか?
神だの仏だの、天国だの浄土などの存在を信じるのは近代人として恥ずかしい、と考えるのは、人間独自の想像力を恥じることになりゃせんか?
こう私は考えて興奮してしまったのでした。

 それでこの話は、私の「「お話」のお話」という話に続くのでした。

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2018年09月26日

慣れればおいしいクサヤの干物――嗅覚と埋葬

 もう二週間もたってしまいましたが、松沢哲郎先生と鷲田清一先生をお招きしての「ヒトと宗教」というシンポジウム、めちゃくちゃエキサイティングなシンポジウムでしたよ。
松沢先生のビデオを中心とした講演とわっしーの宗教を根本から考えるお話が絡み合ってホントに面白いシンポジウムになりました。

 いろいろと考えるべきことが残されていて、それはオイオイ考えてゆくことにして、今日は「嗅覚」ということについて書いておきます。

 松沢先生が紹介してくださった「ジョクロ」というビデオ(霊長類研究所のHPで見ることができます)、チンパンジーの母親が死んだ娘(ジョクロ)をずーっと抱き続けるという貴重な観察記録。
今まで何回となく見ていたのですが、撮影者の松沢先生の解説ではじめて気が付いたのは「匂い」のことでした。

 チンパンジーの赤ちゃんのジョクロが死んで、それでも母親はジョクロを背負っている。
が、2,3日目から「ものすごい臭気」がしたという。
15メートルほど離れたところで撮影していた松沢先生も「鼻をおおいたくなる」ほどの悪臭であった。
が、チンパンジーたちは何事もないように、死んだ子供を世話している。

 チンパンジーって嗅覚がにぶいのか?
ということではなくて、「悪臭」の範囲が人間と違うということであろう。
たとえば、納豆とかクサヤとかドリアンの匂いを嗅ぐと、悪臭と感じる者とおいしさの予兆を感じる者が分かれるように、同じ匂いでも悪臭かどうかは、その物の属性ではなく嗅ぐ方の嗅覚の在り方に関係するのであろう。

 人間の場合は、動物が腐ってゆく匂いは「悪臭」と感じるようにできている。
ゆえに、仲間の死体を埋葬する。
のか、埋葬するようになって、死体が腐ってゆく匂いを悪臭と感じるようになったのか?

料理も死体を扱うことであるから、焼くとか煮るということも嗅覚と関係するのだろう。

嗅覚と進化というのはあまり論じられることがないように思うので、とにかくびっくりしました…ということを書いておきます。
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2018年09月01日

シンポジウム「ヒトと宗教」――松沢哲郎×鷲田清一

 9月7日(金)に京都は北大路の大谷大学で、「ヒトと宗教」というテーマでシンポジウムが開催されます。
チンパンジー研究の松沢哲郎先生と「折々のことば」の鷲田清一先生がはじめにそれぞれ講演されて、そのあとカドワキが司会でディスカッションという趣向です。

 これは、日本宗教学会の学術大会の開催イベント。
場所は大谷大学講堂。
時間は9月7日午後2時半から学会の開会式があって、2時40分からシンポジウムに突入します。
5時40分までには終了いたします。

(宗教学会会員でなくても聴講できますが、その際は1,000円の参加料が必要となります。一旦は納入すれば、土・日の学会発表を聞いたり、記念開催の博物館に入場できたりします。ちなみに学会員はそれ以上の参加費を納入していますのよ、念のため)

 このお二人の顔合わせは意外にもはじめて。
それだけでも十分に価値がある企画であると自画自賛しております。
また、個別にもなかなか講演なさる暇がない先生方です。
チンパンジー研究の権威松沢先生は、池上タヌキルートで、京都芸大学長の鷲田清一先生は実は大谷大学の客員教授でもあるということで実現したシンポジウムです。
カドワキが司会でも、そして1,000円払っても、十分元が取れておつりが来る!!!という企画ですので是非!!!

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2018年08月20日

「弔う」はアウフヘーベンのことかとヘーゲル言い――暑さにうだる脳ミソに到来したアイデア

 ふつうは止揚と訳されるアウフヘーベンに関してヘーゲルは『精神現象学』で次のように述べている。

「Aufhebenは、我々が否定的なものについて考察した二重の真の意味を表現している。つまり、このことばの意味は、否定することであり同時に保存することなのである。無は、このものの無として(このものという)直接性を保存しており、それ自身感覚的であるが、普遍的な直接性なのである。」(3―94)

 相変わらずわけの分からん文章であるが、これを「この人」の死(無)において考えるとどうなるか?
「この人」が死ねば無である。
無であるが、そこには「この人の死」という限定がある。
つまり、「弔う」という行動、つまり埋葬という行動を通して、その人は身体的に否定されるが、同時に死者という普遍性を伴って想い出の中に保存されるのである。
つまり、「弔う」とは、「この人」の否定であると同時に保存であるのである。

 というようなアイデアが、お盆の墓参りの読経の最中に、暑さにうだる脳ミソに到来したのであるが、どうであろうか?
posted by CKP at 12:53| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月02日

酷暑でアタマが腐っているのか、世の中が腐っているのか?――それでも明日は暁天講座

 あまりの暑さにアタマが腐っているのかもしれない。
東京医大の女子の入試の特典を一律に下げているというニュースである。
そんな大学、そんな入試が21世紀の現在にありうるのだろうか?
なんか、わたしの頭が腐って読み間違えているのか?
とか、「生産性」のない人間には税金を投入するなとか、会長の出身県には有利な判定をすることになっているボクシング協会とか・・・
ま、こういうことが表沙汰になってきているだけでも、良しとせねばならないのかも知れん。
いくら表沙汰になっても、知らんぷりの御仁もいるご時世では・・・・

 と、腐ったアタマでブログしておるワタクシですが、やはり明日、朝の6時半からの暁天講座でおしゃべりするようです。
暑さのため中止というのを期待したのですが、やる!とのことでした。
円山公園南側の大谷祖廟で、寝坊しなかったら6時半過ぎからおよそ1時間お話しする予定。
暑さと寝不足でどんな話になるのか怖いです。
早起き大好きという方はどんぞ!
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2018年07月17日

大きな声で呼んでください――オイオイの言葉

 とあるお宅のインターフォンに
「故障中ですので、大きな声で呼んでください」
と書いた札が貼り付けてありました。
思わず、「ごめんくださ〜い」と大声を張り上げそうになりました。
ピンポンダッシュならぬ大声ダッシュですが、脚力に自信がないので思いとどまりました。

 思えば、一昔前は、みんな、玄関で大声を張り上げていました。
学校へ行く子供たちも、物売りの人たちも、押し売りのおっさんも。
屋敷の隅々まで届くような大声を、みんな張り上げていました。
 
 高校生の頃の夏休みのある日の昼下がり、玄関で
「こんばんは〜、こんばんは〜」
と子供の大きな声。
対応した母に聞くと、小学生の正(しょう)ちゃんが、子供会の廃品回収の案内に来たとのこと。
夏の日差しの中から急に薄暗い玄関に入ったものだから、「こんばんは〜」になったのだろうとのこと。

 正ちゃんとは学年が離れていたから遊んだことはないけれど、夏の昼下がりになるとときどきあの声を思い出します。
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2018年07月10日

晶子さん、ごめんなさい――皆さま、私は歌を間違って覚えていました。

 この前、與謝野晶子の歌をこのブログで引用しましたが、少し違っていました。
正確にはこうなります。

いづくへか帰る日近きここちしてこの世のもののなつかしきころ

ただし「帰る」の「帰」は当然旧漢字。
この前は冒頭の「いづくへか・・・」を「いづくにか・・・」と書いてしまいました。
晶子さま、そして読者の皆様、申し訳ありませんでした。


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2018年07月07日

越前は遠く――土曜日に大学に来ているわけ

 本日は七夕なのに、トンデモナイ雨降りになっています。
我がサンダーバードは木曜の午後、金曜終日、運転中止。
今日は寺の役員会があるのでなんとしても帰ろうと、朝一番に京都駅に行きましたが、やはり運休。
その役員会は、レジュメをメールで送って、住職抜きでも無事成立とのこと。
一安心だけれども、ちょっと複雑。

ゆくところがないので、こうして誰もいない大学に出てきて、こうしてブログを更新しております。


 鴨川の水は昨日より少し減ったように見えますが、それでもものすごい勢いです。
河岸壁が崩れたところもあるようです。
こういう治水事業はさすがに「民間に任せる」ということにならない――と思いますが、分かりません。
水道事業を民営化して外国資本に売っぱらおうというのが、今の政権におられる方々のお考えですから、治水も一般道路も民営化という恐ろしい未来が待っているかもしれません。
どこぞの知恵者が道路も治水も「金になる」という仕組みを考えだしたら、たちまち民営化なんてことになるかもしれません。
そして、最後には「酸素販売会社」なんていうのも出現するかも知れません。
人間がどこぞの星に移住したならば確実に存在します。

 と、雨にこれだけ閉じ込められているとロクなことしか考えられません。
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2018年07月04日

浅草のタヌキは寝不足ワールド杯――サルにサッカーは可能か?

 ワールドカップ、日本は健闘しましたが、ベスト8へは進めませんでした。
もっともセルジオ越後のように「10人のチームに1勝しただけで、あとは2敗1分け」という厳しい意見もあります。
われらがイケガミ浅草はどのように、このワールドカップそして日本の戦いをみているのでしょうか。
一度じっくりお聞きしたいところですが、いよいよこれからがワールドカップ本番、とてもそんな閑はないでしょう。


 で、ネイマールの芸術的なプレーと茶番的なファウル・アピールを堪能しながら思ったのですが(結局、日本vsベルギー戦は寝てしまいました)、ボールを敵のゴールに入れるこのサッカーというゲームは、サルには可能であろうか?

 これが敵陣にある何かを奪ってくるとか、敵の大将をやっつけるというゲームならば、おさるにも可能でありましょう。
あるいは、ボールでゴールキーパーを倒すというのもありかも知れません。
動物の本能にしたがって行動すればゲームが成立する。

 しかし、自分たちが保持しているボールをわざわざ敵のゴールの中に入れるというのは、おさるには難しいのではありますまいか?
敵にボールをプレゼントする、そしてプレゼントした方が優位に立つというのは、食物の分配ができないおさるにはとても難しい事のように思われる。
ゴリラの場合は、微妙なところ。
チンパンジーはどうでしょう?
このあたりのことを、今度大谷大学で9月の初めに開催される日本宗教学会の記念のシンポジウムで松沢哲郎先生に訊いてみたい。
おそらくイケガミ浅草も来ておられるでしょうし(セルジオ越後は来ませんが)。
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2018年06月22日

ol' 55――『こころ旅』でトム・ウェイツの歌が流れていた(その2)

 先週の金曜日の『こころ旅』でトム・ウェイツの「ol' 55」が流れていました。
若桜(わかさ)という小さな駅から列車が走り出すと、懐かしいピアノのイントロがきこえてきました。
車窓から風景を眺める火野正平さんの横顔が映し出されます。
火野さんはこのあいだ69歳になったばかり。

「時はあっという間に過ぎて
オレは一目散にオレのoldな55年型に乗り込んだ。

朝日が昇る中、フリーウェイのパレードを率いながら
幸運の女神とドライヴしている」

というような内容の歌詞を、トム・ウェイツのだみ声が唄っております。
64歳のオジサンは完全にうるうるモードになっております。

 この歌のフリーウェイをゆったりとドライヴする感じが、たまらなく好きでした(最初に聴いたのはイーグルス・ヴァージョン)。
しかし、もう一つ分かりにくい歌だったのです。
恋愛の歌なのか、それにしては彼女のことが全然歌われていない。
はて?

 しかし、この前、トム・ウェイツが使うoldを「懐かしい」「ほかの人にとってはどうでもいいかもしれないが、自分にとっては絶対的価値を持つ懐かしさ」と考えればよいと気が付いて、今までバラバラであったものがすっと一つにまとまった気がするのです。

 この歌の主人公はたぶん女の子のところから朝帰りだろうけれど、その女の子と一緒にいる時よりも、オレのoldな55年型のクルマを運転する時の方が、とてつもなく満ち足りていた。
ドライヴに至るまでの状況は過去形で唄われ、そのときの気分は現在形という時制も、そのoldな感じをよく表現している。


 女の子のことはいつか忘れてしまうかも知れないけど、このクルマをドライヴする感覚、これは一生忘れない・・・誰にも手渡すことできないオレだけの感覚なんだ。

 トム・ウェイツというのは、ちょっと無頼を気取っているような感じがしてレコードを全部集めるようなファンでないけれど、このoldを歌うところに彼の原点があるのではと気づいて、なんだかとってもいとおしい人になりました。


  こんな歌です。



 また、以前『こころ旅』に流れていた「Martha」にもoldが何度か出てくる。
たぶん最近別れた女の子に40年後にデンワをする、という設定の歌。
その未来が現在形で唄われている。

「彼女におれのoldな声が届くだろうか。
もしもし、こちらはoldなトム・フロストだよ。

あの頃は薔薇のような日々で、
悲しみは雨の日のためにとっておいたよね。」

 おそらく彼女と別れた現在が過去形で唄われ、未来の再会が現在形で唄われている。
そのような中でoldはとてつもない力を発揮しているように思います。
こんな歌。



 トム・ウェイツって、ホント、いい奴です。

 



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2018年06月13日

old――『こころ旅』でトム・ウェイツの歌が流れていた

 昨週から、週一回「紫明講座」という大谷大学の一般市民向け講座を担当しています。
「死と向き合う」というタイトルで、一時間半の死ぬほど詰まらない講義をして一般市民の方々に死の恐怖を味わっていただこうという斬新な企画です。
どういうわけか、80名あまりの受講者の割合は、ほかの講座よりも圧倒的に高齢男性が多いとのことです。
死の恐怖を味わうことで生きていることを実感したいというマゾな方々なのでしょうか?
それでも、講義が終わると命からがら泳ぐようにして出口に急いでおられます(これは単に「近くなった」ということでしかないのかもしれませんが)。

 こちらはこちらで死んだ気になってしゃべっております。
で、そういう時に、なるほどと新たな発見をすることがあります。

 一昨日は、黒澤明の『生きる』の一部分を紹介し、時間の逆流ということをお話ししたのですが、最後に、与謝野晶子の
「いづくへか帰る日近きここちして この世のものの懐かしきころ」(最初「いづくにか・・・」と書いていました。すみません)
という歌を時間の逆流の例として紹介したのでした。

 「いづくへ帰る日」つまり「死ぬ日」から時間を逆流させると、今現在の「この世のもの」が、「懐かしい」つまり、過去に使われる言葉で形容される、ということをお話ししたのです。

 ふつう「懐かしい」という言葉は過去の思い出に使われる、それが今現在の「この世のもの」に関して使われていますね。
それは、「いづくへか帰る日」という未来から時間を逆流させているからです。

と、まあ、ここまでは一応予定通りの話でした。

 そして、「懐かしい」例として、わたしがヤッさんとシンジさんと魚釣りをした日のことを挙げたのです。

 その時、「懐かしい」とされる出来事の唯一無二性、比較不可能性ということが突然ひらめいたのでした。

 わたしがヤッさんとシンジさんと魚釣りをしたことなど、他の人にはどうでもいい。
おそらくヤッさんにもシンジさんにもどうでもいい。
それはわたしにとってだけ「懐かしい」という価値を持つものです。
それは他の何とも交換や比較はできませんし、そうする必要もない。
つまり、唯一無二であり他と比べようもない絶対的価値を持つ「懐かし昔」なのでした。

 これに気が付いたとき、私は思わず
「だから、『こころ旅』の火野正平さんは、お手紙の主の想い出の懐かしい場所を訪ねても、「来たよ〜」と言うだけでさっさと立ち去るんですね。正平さんにとっては、懐かしい場所ではないから」
と発言してしまいました。
そしたら、ほとんどの方々が?????
どうも、決死の覚悟でわたしの講座を受講している皆さまは『こころ旅』などというのんびりした番組は見ておられないようです。
こんな講座を聴講するよりも、『こころ旅』をご覧になった方がナンボかいいと思いますけど・・・

 それで、帰り道で気が付いたのです。
最近、『こころ旅』でときどきトム・ウェイツのダミ声が流れるのは、トム・ウェイツというのは、そういう「懐かしさ」を歌う人だからなんだな。
トムの歌にときどき出てくるoldという形容詞は「懐かしき」と訳せばいいんだな。

 池田綾子さんの澄んだ唄声と、トム・ウェイツのタバコ焼けしたダミ声。

 『こころ旅』はますます快調です。

 なんだか、ぜんぜん別の場所に来てしまいした。
posted by CKP at 17:39| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月06日

忖度ではない――無言の圧力なのだ

 この間の一連の問題での財務省や文科省の官僚の行動を「忖度」という言葉で表現するのをいい加減に止めませんか。

「忖度」という言葉を使えば、書き換えなどの主体は自動的に官僚になります。
そのような言葉を使う報道は、書き換えなどの犯罪の主体を官僚にとどめておこうとしているように見えるのです。

一連の事態は、別の主体の「無言の圧力」によって発生した、と表現すべきでしょう。


「私はその件に関係ない」と上役が発言すれば、その発言はその手下に「関係があるような証拠は隠せ」という間接的な命令になります。
つまり「無言の圧力」になるのです。
その圧力のもと、下の者は主体性を放棄します。
「忖度」する主体性は既にそこにはありません。

ですから、もう嬉しそうに(なんだかそう見えるのです)「忖度」という言葉を使うのを止めませんか?

ちなみに『精選版日本国語大辞典』では、小林秀雄の『近代絵画』より「ピカソの真意を忖度しようとすると」という用例が引用されています。
このように使われていた「忖度」を、官僚のセコイ行動に使っては、小林秀雄に叱られます。
posted by CKP at 17:32| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月05日

オイオイの言葉――朝日新聞の一面に「ほんとの名前で出ています」

 昨日6月3日の朝日新聞の朝刊「折々のことば」で、わたくし門脇健がこのブログの5月8日に書いた記事のことばが紹介されておりました。
朝からなんだかこっぱずかしい一日でありました。
と、本人が照れている割には、反響は無く、奥さんの友達から奥さんにメールがあったのと、「「弟さんのことばが載っていたね」と電話があった」と姉から電話があったぐらい。

 朝日新聞の部数って今ナンボぐらい?
もうちょっと反響があってもいいんでは・・・
しかし、たしかに反応しにくい記事ではありました。
母の死に関する言葉が紹介されていましたから、「朝日新聞の一面に載ってたね、お母さんがなくなった時のことばが。ところでこのたびはご愁傷さま」というメールはしにくいですね。

 ま、これで暮れの喪中はがきは出さなくてもいいかな…というわけにはいくまいね。

 しかし、鷲田清一先生には、わたしの途切れがちなブログまで覗いていただき、ホント感謝です。

 いまだ忌中で満中陰の準備でバタバタしてますが、それが終わってほっとしたとき、わっしーの言われるように悲しみがジワリとしみだしてくるのでしょうか。
なんといっても、母親のいない娑婆を生きるのは、生まれて初めてですからね。
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2018年05月23日

嘘つきは泥棒の始まり――それとも、泥棒は嘘つきの始まり?

 国家の財産などをルールを無視して私物化するつまり泥棒している方々の嘘が止まりません。
どうしたもんでしょう?
また、そのような泥棒嘘つきを支持している方々が30パーセントから40パーセントもいらっしゃるというのも、困ったことというか理解しにくいことです。

 日大のアメフトの選手が記者会見したのを「黙っていれば日大が一生面倒見てくれたのに、バカな奴」という人がいると知って、そのような思考回路が「賢い」ということになりつつあるのかと暗澹たる気持ちになってきます。

 どうしたらいいのでしょう?

 今思いつくのは、「日本昔話」を毎日放映する!ことぐらいでしょうか?
 まじめにコツコツ努力して生きることが、たとえ成功しなくても幸せな生き方という考え方を今一度広めねばならないようです。
 あるいはソクラテス爺さんに登場してもらって「日本国民諸君、カネや名誉のことばかり考え、心のケアを怠って恥ずかしくないのか!」と演説していただかねばなりません。

 実は、今回、飲み込みができなくなった母親を看取るとき、胃ろう(食道に穴をあけて栄養を流し込むこと)を母の意志通り拒否したのですが、そのことを誰かと話していたら「年金を得るために、胃ろうで親を生かしている人もいる」と聞いてびっくりしました。
私なんぞは、点滴で母親を「看取り療法」してもらうのも少しためらい、本来なら点滴も外すべきだよな〜、などと考えていたので、年金獲得のために胃ろうするという考え方に、それこそ「晴天の霹靂」的に驚いたのです。

 もちろん、そこまでしなければ生きることが難しいということもあるのかもしれませんが、カネのためなら何でもオッケーというのは、よくないです。
このままだとよくないです。
ホント、よくない世の中になります。

 というわけで、日本昔話をみて、そして『ソクラテスの弁明』を読みましょう。
あ、ヨーロッパの昔話の「三つの願い」もいいですね。
posted by CKP at 17:50| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

タテカン君のにっちもさっちもハムレット

 京大のタテカンがなんだか賑やかなことになっています。

 景観条例とかなんとかで、タテカンの規制がきつくなったということで、それはそれで言論弾圧がきつくなってけしからんことではありますが、それに故こそ、タテカン本来のゲリラ性が復活しているようで、面白くなっています。

 というのは、合法的タテカンというのは基本的に存在しない。つまり、矛盾した表現です。
合法的な発言の場所がないから、非合法に発言の手段を発明する――それがタテカンの本来の在り方でしょう。
つまり、「落書き」の発展形なわけであります。
そのようなタテカンの本来の姿を、今回の「タテカン弾圧」はもたらしてしまったという側面があるように思います。

 しかし、このデジタルな時代、なんか目の覚めるような工夫もあってもいいような気がします。
私らが大学に入ったころは、時計塔をタテカンに見立てそこにペンキででかでかとスローガンが書いてありました。
あれなんぞは「撤去」に費用と時間がかかるので、なかなか「撤去」されませんでした。
大学当局に消されて再び書いていたら時計塔を機動隊が囲んで・・・・結局、書いていた連中は逮捕されてしまいましたが・・・

 なんか「撤去」する気も失せるようなタテカンはないもでしょうか・・・
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2018年05月08日

うるうるタイミング――時には母のない子のように

 4月26日未明に母が亡くなり、一週間の忌引き休暇をいただきました。
その間、お葬式やその後始末でへとへとになりましたが、そのまま連休後半に突入となったので、一息つけました。

 お医者さんによれば「老衰による慢性心不全で大往生です」とのことでした。
肺炎で喘いでいたままだとあまりに苦しそうでこちらも辛くなるのですが、肺炎自体は治って苦しまなかったのでほっとしました。
最後は血液の酸素濃度が低くなり酸素吸入をすすめられましたが、本人の意思によりそれを断り、「もう十分」と93年の生涯を閉じました。

 「しかし」というか「だから」というか、お医者さんから「ご臨終です」と告げられても、「おがーちゃーん」と遺体にすがって泣くということにはなりませんでした。
病院から自宅に帰り、淡々と枕経を上げ、葬儀の段取りを進めてゆきます。
湯灌の時などは、二人の姉が中心となって孫たちも参加して、なんだか和気あいあいという感じで遺体を拭いておりました(もちろん葬儀屋さんにも手伝っていただきました)。

 しかし、お通夜の時、たくさんの坊様と『正信偈』をお勤めしだしたら、急にボロボロ何だが止まらなくなって、自分でもびっくりしました。
あれはいったい、どのような力が作用したのでしょう。

 また弔問に来てくださった方に「いろいろお世話になりました」とあいさつしようとするときや、お通夜や告別式で喪主として、生前に母がお世話になった方々を前にあいさつしようとすると、急にこみあげてくるものがあって、言葉に詰まってしまいました。

 なんで、あのように急にこみあげてくるのでしょうか?

 深々としたお勤めの声が、母の死という事実を突きつけるのでしょうか?
生前に母と親交のあった方々の表情の向こうに母の面影を見るからでしょうか?
ある意味では、きわめて儀式的な場面です。
儀式的にふるまおうとすると、それを破るように涙が込み上げてくるのです。

 その因果関係はよく分かりませんが、きちんと死を悲しんでゆくためには、定型のあいさつとか儀式とかが必要である、ということかも知れません。

posted by CKP at 14:12| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月25日

あんたの知らない明日もある――「被害者でいたい!」オジサンたちに

 オジサンたちのセクハラ発言が止まりません。
やれ「そんな場所に出かける方が悪い」「はめられた」「女性の声も放送しろ」「ほんの言葉遊び」などなど。

 あきれるばかりですが、そこにはある特徴があることに気づきましたのでご報告。

 オジサンたちは、決して加害者であることを認めたくない!女性の受けた被害を認めたくない!むしろ、あんなことで非難される俺たちの方が被害者だ!と主張したいようです。
 
 オジサンたちは、いくら考えても、なんであれだけのことでこれほど批判されるのか、が分からない。
いや、分かりたくない。分からないままに攻撃される・・・となれば自分たちは被害者だ!

そう、被害者でいたい!のです。

 と、気付いたのは、この「被害者でいたい!」という立ち位置に既視感があったからです。そう!今のアベ政権周辺の方々が、この「自分たちは被害者」という立ち位置大好き!人間なのです。
 
 アジアを解放しようと思っての戦争なのに侵略戦争と言われる。
 押し付けられた憲法を守れと言われる。
 獣医学部の増設が許されない。
 北朝鮮からの脅威にさらされる。
 などなどの受け身的な被害者的な立ち位置に立つと元気が出るのです。
何しろ責任取らなくてすみますから。

 ですから、このセクハラ問題もなんとか「被害者」の立ち位置に滑りこもうとして、次から次へとセクハラ発言を繰り返すのでした。

 私の場合、63歳もうすぐ64歳のオジサンですから、ともすればオジサン的発想に流れることがありますが、そんな時は、自分の娘のことを考えます。
いま大学で学生としていろんな調査でいろんな人にインタビューしている娘のことを考えるのです。
そうすると、あんな発言をした福田ナニガシなどぶん殴りたい思いに駆られます。
「女性の声もオープンにしろ」といった麻生も許せません。
ましては「罠にはめられた」発言など飛び蹴りものです(そんなワザできませんけど)。

 権力中枢のオジサンたちも、いちど、自分の娘さん、お孫さんや姪御さんなどを思い浮かべて、自分がどんなえげつないことを言っているのか考えてみられてはいかがでしょう。
posted by CKP at 13:16| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

案外といい人かもしれない――在るということ

 前回のエントリーからひと月経ってしまいました。

 93歳の母親が三月末に肺炎に罹り、医者から「早くて1,2週間」と告げられて、けっこう健気に看病していたわけです。
「看病」と言っても、病室で苦しそうに喘いでいる母親をぼーっと見ているだけですが。

 「あと1,2週間」と告げられた夜は、さすがに眠れませんでした。
身体の芯が、妙な感じで興奮しているのです。

 もう少し早く変調に気づいていたらなんとかなったのではないか、などと考えている自分に「俺って案外にいい奴かもしれん」などと自分を見直したりしました。
また、骨と皮のしわくちゃ婆さんの母親でも、やっぱり生きてそこに存在していることの有難さをしみじみ思ったりもしました。
タヌキ池上の『傍らに在るということ』が思い出されるのでした。

 が、眠れなかったのはそれだけではなく、アタマの中では、さっそく葬式の段取りなども考えていたからです。
まだ死んでいないのに、死んだ後のことを考えるのはいかがなものかとも思いますが、現実にはそれも考えねばなりません。

 また、そういうことを考えることで、四六時中「母親が死んでゆく」という現実に向き合うことから解放されるのも事実です。
ひたすら母親の死に向き合うというのは相当過酷なことです。
(父親のときは、もっといろいろと父亡きあとを考えねばならなかったので、今回ほど「父親が死んでゆく」という現実に向き合っていなかったなぁ、と今になって思います)

 ところが、一週間過ぎたあたりから、呼吸が少しずつ穏やかになり、2週間過ぎたころお医者さんから「肺炎は治りそうですな」と告げられます。
ほっとしたのですが、今度は、母親が体をさすってくれろ、とやたらと要求するようになりました。
これが良い兆候なのかどうか・・・とにかく病院に行って体中をさすったりもんだりするのが日課となりました。

 この間町内の川掃除のとき、去年やはり94歳の母親が肺炎で死にかけてしかし治ってしまった利男さんと「この頃の医者は90過ぎた肺炎でも治してしまう」と妙に感心し合ったものです。

 基本的には、ターミナルケアということになり、ここから先は自然に任せるということになりました。
肺炎が誤嚥性肺炎だったので、現在は点滴生活なのですが、胃ろうなどの延命措置は取らないということです。
そのことに関する同意文書に署名するのですが、やはり、ちょっと勇気が要るものです。

 あとは「娑婆の縁が尽きる」までということです。
このご縁が、いつ尽きるか、明日かも知れないし、一年先かも知れない…という状況でなんとも落ち着かない日々です。

 というわけで、今年はブログをまめに更新するぞ、と年頭に宣言したのですが、なかなか思い通りにいかないのでした。
posted by CKP at 16:16| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする