2018年05月23日

嘘つきは泥棒の始まり――それとも、泥棒は嘘つきの始まり?

 国家の財産などをルールを無視して私物化するつまり泥棒している方々の嘘が止まりません。
どうしたもんでしょう?
また、そのような泥棒嘘つきを支持している方々が30パーセントから40パーセントもいらっしゃるというのも、困ったことというか理解しにくいことです。

 日大のアメフトの選手が記者会見したのを「黙っていれば日大が一生面倒見てくれたのに、バカな奴」という人がいると知って、そのような思考回路が「賢い」ということになりつつあるのかと暗澹たる気持ちになってきます。

 どうしたらいいのでしょう?

 今思いつくのは、「日本昔話」を毎日放映する!ことぐらいでしょうか?
 まじめにコツコツ努力して生きることが、たとえ成功しなくても幸せな生き方という考え方を今一度広めねばならないようです。
 あるいはソクラテス爺さんに登場してもらって「日本国民諸君、カネや名誉のことばかり考え、心のケアを怠って恥ずかしくないのか!」と演説していただかねばなりません。

 実は、今回、飲み込みができなくなった母親を看取るとき、胃ろう(食道に穴をあけて栄養を流し込むこと)を母の意志通り拒否したのですが、そのことを誰かと話していたら「年金を得るために、胃ろうで親を生かしている人もいる」と聞いてびっくりしました。
私なんぞは、点滴で母親を「看取り療法」してもらうのも少しためらい、本来なら点滴も外すべきだよな〜、などと考えていたので、年金獲得のために胃ろうするという考え方に、それこそ「晴天の霹靂」的に驚いたのです。

 もちろん、そこまでしなければ生きることが難しいということもあるのかもしれませんが、カネのためなら何でもオッケーというのは、よくないです。
このままだとよくないです。
ホント、よくない世の中になります。

 というわけで、日本昔話をみて、そして『ソクラテスの弁明』を読みましょう。
あ、ヨーロッパの昔話の「三つの願い」もいいですね。
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2018年05月17日

タテカン君のにっちもさっちもハムレット

 京大のタテカンがなんだか賑やかなことになっています。

 景観条例とかなんとかで、タテカンの規制がきつくなったということで、それはそれで言論弾圧がきつくなってけしからんことではありますが、それに故こそ、タテカン本来のゲリラ性が復活しているようで、面白くなっています。

 というのは、合法的タテカンというのは基本的に存在しない。つまり、矛盾した表現です。
合法的な発言の場所がないから、非合法に発言の手段を発明する――それがタテカンの本来の在り方でしょう。
つまり、「落書き」の発展形なわけであります。
そのようなタテカンの本来の姿を、今回の「タテカン弾圧」はもたらしてしまったという側面があるように思います。

 しかし、このデジタルな時代、なんか目の覚めるような工夫もあってもいいような気がします。
私らが大学に入ったころは、時計塔をタテカンに見立てそこにペンキででかでかとスローガンが書いてありました。
あれなんぞは「撤去」に費用と時間がかかるので、なかなか「撤去」されませんでした。
大学当局に消されて再び書いていたら時計塔を機動隊が囲んで・・・・結局、書いていた連中は逮捕されてしまいましたが・・・

 なんか「撤去」する気も失せるようなタテカンはないもでしょうか・・・
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2018年05月08日

うるうるタイミング――時には母のない子のように

 4月26日未明に母が亡くなり、一週間の忌引き休暇をいただきました。
その間、お葬式やその後始末でへとへとになりましたが、そのまま連休後半に突入となったので、一息つけました。

 お医者さんによれば「老衰による慢性心不全で大往生です」とのことでした。
肺炎で喘いでいたままだとあまりに苦しそうでこちらも辛くなるのですが、肺炎自体は治って苦しまなかったのでほっとしました。
最後は血液の酸素濃度が低くなり酸素吸入をすすめられましたが、本人の意思によりそれを断り、「もう十分」と93年の生涯を閉じました。

 「しかし」というか「だから」というか、お医者さんから「ご臨終です」と告げられても、「おがーちゃーん」と遺体にすがって泣くということにはなりませんでした。
病院から自宅に帰り、淡々と枕経を上げ、葬儀の段取りを進めてゆきます。
湯灌の時などは、二人の姉が中心となって孫たちも参加して、なんだか和気あいあいという感じで遺体を拭いておりました(もちろん葬儀屋さんにも手伝っていただきました)。

 しかし、お通夜の時、たくさんの坊様と『正信偈』をお勤めしだしたら、急にボロボロ何だが止まらなくなって、自分でもびっくりしました。
あれはいったい、どのような力が作用したのでしょう。

 また弔問に来てくださった方に「いろいろお世話になりました」とあいさつしようとするときや、お通夜や告別式で喪主として、生前に母がお世話になった方々を前にあいさつしようとすると、急にこみあげてくるものがあって、言葉に詰まってしまいました。

 なんで、あのように急にこみあげてくるのでしょうか?

 深々としたお勤めの声が、母の死という事実を突きつけるのでしょうか?
生前に母と親交のあった方々の表情の向こうに母の面影を見るからでしょうか?
ある意味では、きわめて儀式的な場面です。
儀式的にふるまおうとすると、それを破るように涙が込み上げてくるのです。

 その因果関係はよく分かりませんが、きちんと死を悲しんでゆくためには、定型のあいさつとか儀式とかが必要である、ということかも知れません。

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2018年04月25日

あんたの知らない明日もある――「被害者でいたい!」オジサンたちに

 オジサンたちのセクハラ発言が止まりません。
やれ「そんな場所に出かける方が悪い」「はめられた」「女性の声も放送しろ」「ほんの言葉遊び」などなど。

 あきれるばかりですが、そこにはある特徴があることに気づきましたのでご報告。

 オジサンたちは、決して加害者であることを認めたくない!女性の受けた被害を認めたくない!むしろ、あんなことで非難される俺たちの方が被害者だ!と主張したいようです。
 
 オジサンたちは、いくら考えても、なんであれだけのことでこれほど批判されるのか、が分からない。
いや、分かりたくない。分からないままに攻撃される・・・となれば自分たちは被害者だ!

そう、被害者でいたい!のです。

 と、気付いたのは、この「被害者でいたい!」という立ち位置に既視感があったからです。そう!今のアベ政権周辺の方々が、この「自分たちは被害者」という立ち位置大好き!人間なのです。
 
 アジアを解放しようと思っての戦争なのに侵略戦争と言われる。
 押し付けられた憲法を守れと言われる。
 獣医学部の増設が許されない。
 北朝鮮からの脅威にさらされる。
 などなどの受け身的な被害者的な立ち位置に立つと元気が出るのです。
何しろ責任取らなくてすみますから。

 ですから、このセクハラ問題もなんとか「被害者」の立ち位置に滑りこもうとして、次から次へとセクハラ発言を繰り返すのでした。

 私の場合、63歳もうすぐ64歳のオジサンですから、ともすればオジサン的発想に流れることがありますが、そんな時は、自分の娘のことを考えます。
いま大学で学生としていろんな調査でいろんな人にインタビューしている娘のことを考えるのです。
そうすると、あんな発言をした福田ナニガシなどぶん殴りたい思いに駆られます。
「女性の声もオープンにしろ」といった麻生も許せません。
ましては「罠にはめられた」発言など飛び蹴りものです(そんなワザできませんけど)。

 権力中枢のオジサンたちも、いちど、自分の娘さん、お孫さんや姪御さんなどを思い浮かべて、自分がどんなえげつないことを言っているのか考えてみられてはいかがでしょう。
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2018年04月17日

案外といい人かもしれない――在るということ

 前回のエントリーからひと月経ってしまいました。

 93歳の母親が三月末に肺炎に罹り、医者から「早くて1,2週間」と告げられて、けっこう健気に看病していたわけです。
「看病」と言っても、病室で苦しそうに喘いでいる母親をぼーっと見ているだけですが。

 「あと1,2週間」と告げられた夜は、さすがに眠れませんでした。
身体の芯が、妙な感じで興奮しているのです。

 もう少し早く変調に気づいていたらなんとかなったのではないか、などと考えている自分に「俺って案外にいい奴かもしれん」などと自分を見直したりしました。
また、骨と皮のしわくちゃ婆さんの母親でも、やっぱり生きてそこに存在していることの有難さをしみじみ思ったりもしました。
タヌキ池上の『傍らに在るということ』が思い出されるのでした。

 が、眠れなかったのはそれだけではなく、アタマの中では、さっそく葬式の段取りなども考えていたからです。
まだ死んでいないのに、死んだ後のことを考えるのはいかがなものかとも思いますが、現実にはそれも考えねばなりません。

 また、そういうことを考えることで、四六時中「母親が死んでゆく」という現実に向き合うことから解放されるのも事実です。
ひたすら母親の死に向き合うというのは相当過酷なことです。
(父親のときは、もっといろいろと父亡きあとを考えねばならなかったので、今回ほど「父親が死んでゆく」という現実に向き合っていなかったなぁ、と今になって思います)

 ところが、一週間過ぎたあたりから、呼吸が少しずつ穏やかになり、2週間過ぎたころお医者さんから「肺炎は治りそうですな」と告げられます。
ほっとしたのですが、今度は、母親が体をさすってくれろ、とやたらと要求するようになりました。
これが良い兆候なのかどうか・・・とにかく病院に行って体中をさすったりもんだりするのが日課となりました。

 この間町内の川掃除のとき、去年やはり94歳の母親が肺炎で死にかけてしかし治ってしまった利男さんと「この頃の医者は90過ぎた肺炎でも治してしまう」と妙に感心し合ったものです。

 基本的には、ターミナルケアということになり、ここから先は自然に任せるということになりました。
肺炎が誤嚥性肺炎だったので、現在は点滴生活なのですが、胃ろうなどの延命措置は取らないということです。
そのことに関する同意文書に署名するのですが、やはり、ちょっと勇気が要るものです。

 あとは「娑婆の縁が尽きる」までということです。
このご縁が、いつ尽きるか、明日かも知れないし、一年先かも知れない…という状況でなんとも落ち着かない日々です。

 というわけで、今年はブログをまめに更新するぞ、と年頭に宣言したのですが、なかなか思い通りにいかないのでした。
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2018年03月16日

うふふ〜ん カレーライス――卒業にあたって


本日は大谷大学の卒業式です。
卒業生の皆さん、とりわけ哲学科の皆さん、そんでもってわがゼミの卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
これからも、どうぞ体に気を付けてきちんとしたまっとうな人生を送ってくださいね。
べつに激しく成功する必要はなくて、時々なにげない日常の静けさを味わえるというようなことを大切にされたらいいのではないか、とカドワキは思うのです。

 というわけで、純音楽家エンケンこと遠藤賢司の「カレーライス」です。



 が、どうしようも落ち込んでしまったときはエンケンの自分激励ソング「不滅の男」もいいんじゃないでしょうか?




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2018年03月14日

東京だよ、お坊さん!――ケン坊の蒲田うろうろ日記

 アベやアソーの顔など見たくない!という方はどんぞ。

 大杉蓮さんの急死にけっこう衝撃を受けていたのでした。
彼の落ち着いたたたずまいから、もっと年上だと思っていたのに、わたくしカドワキの3こぐらいだけ年上なのでした。

 そのうえ昨年末亡くなったエンケンこと遠藤賢司のラストとなったライブアルバムが発売されて、その歌声にしんみりしていたのでした。

 そこへ東京の独り者の従兄がなくなったという連絡。
大杉蓮さんと同じような亡くなり方。享年72歳。
わたくしケン坊がお葬式を勤めることになり、先週の金曜日、装束バックを抱え、東京は蒲田へ。
この間のやたらと運休したり運転見合わせするJRに不信感を持っている私は、予定よりも2時間早く蒲田に到着。
まずは葬儀会館の場所を確かめどこかで一休みと喫茶店を探すのですが、行けども行けどもそれらしきものは見つからない。
カフェの看板を見つけ泳ぐように中に入ると、若いお姉さんたちがやっているおしゃれな定食屋。
こういうのをあのあたりではカフェと呼ぶらしい。
「今は休憩中です」ということで、蒲田徘徊を再開。
1時間ほど徘徊するが見つからず、結局、自販機でお茶を買って、葬儀会館のロビーで一休み。

 お通夜を済ませ従兄の妹に予約してもらったホテルにクルマで案内されて別れたのですが、フロントで話が通じない。
よく似た名前の違うホテルでした。
ということで、再び蒲田を徘徊しやっとこ見つける。

 翌日、葬儀を済ませ、他家に嫁いでいるひとりっきり妹のところにお骨を置くわけにはいかないということで、わたくしがお骨を我が寺に持ち帰ることになったのでした。
右手に装束バック、左手にお骨、そして背中に着替えの入ったリュックというかたちでなんとか帰宅。
が、疲れがじわじわ出て、昨夜はサンマのトーク番組をダラダラ見て過ごしました。
本日はやっと調子が戻ってきて、こうしてブログしているのでした。

 みんな簡単に死んでいきよるなぁー
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2018年02月28日

お見舞い御礼――ぎっくり腰だいたい良くなりました

 スケートの羽生結弦選手がぎっくり腰になったら、日本中がいや世界中が心配するであろうが、わたくしがぎっくり腰になっても誰も心配してくれないであろう――というのは短見であります。

けっこうあちこちから心配していただいているのであります。
ご心配いただいた方々に、この場を借りて、お礼申し上げます。
おかげさまでだいたい良くなりました。
冬季オリンピックが終わり、腰をすっと伸ばせる心持になったからでしょうか?

 スキーとかスケートなど冬のスポーツは見ているだけで腰が痛くなりますな。
ま、誰もわたくしに半腰になってスケートしろとは言わないでしょうが・・・
選手の皆さんはぎっくり腰にならないのでしょうか?

 というわけで、スキーとかスケートとか無謀なことは控えて、腰を伸ばして歩く――これに専念してぎっくり腰のない教員生活を目指すのでした。
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2018年02月21日

ぎっくり門脇のぎっくり日記――私はいかにしてぎっくり腰になったのか

 藤井聡太君がいかにしてあの年齢で7段になったのか、フィギュアスケートの羽生選手がいかにしてオリンピック2連覇を達成したのか、という話は感動をもたらすだろうが、ある意味では毒にも薬にもならない。
しかし、私がいかにぎっくり腰になったのかという話はクスリにはなる可能性がある。
感動はしないであろうが・・・

2月5日月曜日
翌日の早朝から入試業務があるので、越前市の自宅から京都に移動する。
雪でサンダーバードが止まりそうなので昼過ぎに武生駅に行く。
しかし、その時点ですでにサンダーバードは止まっていて、とりあえずドン行列車で敦賀へ向かう。
敦賀から出るはずの明石行きの快速が近江今津行きとなっているが、とにかくそれに乗る。
近江今津で明石行きに乗り換え、結局3時間かけて京都に到着。

2月6日火曜日
入試業務をきちんとつとめました。
サンダーバードは福井県地方大雪のため全部運休。

2月7日水曜日
入試業務を終え、越前へ帰る予定だったが、この日もサンダーバード及び敦賀~金沢のドン行列車はきっぱりと運休のため帰れず。

2月8日木曜日
サンダーバードは相変わらずきっぱり運休だが、敦賀~金沢のドン行列車が動き出したので帰ろうと思ったら、近江塩津と敦賀の間のドン行が除雪のため運転見合わせということなので、越前へ帰るのも見合わせる。

2月9日金曜日
サンダーバードもドン行列車も不完全ながら動き出したが、この日は大阪に泊まって翌日朝の7時から暁天講座で話さなければならないので大阪に移動。

2月10日土曜日
朝の7時から南御堂へ。
7時半ごろから1時間お話をして、終わったらソッコー大阪駅へ。
懐かしのサンダーバードになんとか乗り込む。
世の中は連休でちびっ子たちがやたらと多い。
昼前に帰宅。
少し雪は解けたようだが、久しぶりの大雪。
昼から奥さんと境内の雪かき。

2月11日日曜日
午前中から屋根の雪下ろし。
ぐしゃと軒先がおれないように、軒の上の雪を落とす。
昼頃から雪がひどくなる。

2月12日月曜日
昨日から30センチぐらいの雪。
境内を除雪機でクルマの通路を確保する。
この時、腰が重くなる。
除雪機を奥さんに任せ、門前の消火栓あたりの雪かきをする。
終わると腰にぎっくりと痛みが走る。
午後は諦めて炬燵でごろごろする。
サンダーバードはきっぱりと全部運休。
あのちびっ子たちは関西へ帰れたのであろうか?

2月13日火曜日
昨夜からの雪が50センチから70センチ積もる。
一晩の積雪でこんな量は、63年生きてきて初めて。
腰が痛いのだの言っていられない。
腰にゴム製のコルセットをまいて、クルマの道を確保するためにひたすらラッセル。
腰が温まるとなんだか痛みが取れたような気がして、なんとかクルマの通路を確保。
しかし、終わると腰が本格的に痛い。
寝ても寝返りが打てなくなってくる。
この日に翌日の会議のために京都に移動する予定だったが、サンダーバードも運休、腰もぎっくりということで移動不可。

2月14日水曜日
腰が痛くてどうしようもない。
列車も動くかどうか微妙。
というわけで、会議をお休みする。
寝ていても痛い。
机に座って何かを読もうとしても痛い。
炬燵でのたうちながらテレビを見る。
昼間にやたらと事件が起こって解決されているのに感動する。

2月15日木曜日
サンダーバードは動き出したが、腰がなんともならないので今週は京都移動は諦める。

とまあ、こんな状態でぎっくり腰になったわけです。
要するに、無理しちゃいけんよ、ということです。

私が越前に帰ってからの「福井地方大雪」第二部において、そうとう屋根に雪がたまって家のふすまが完全に動かなくなりました。
しかし、同じ越前市に住むわたしの同年配の方が二名も屋根の雪下ろしで転落して亡くなっているので、少しぐらい家が壊れても命には代えられないと屋根の雪下ろしは諦めました。
(はい、キッチリ軒先の一部が壊れました)
きっと「昔取った杵柄」で、若い調子で屋根に上がったんでしょうね。
近所でもだれも屋根には上らなくなりました。

無理はしない・・・これがクスリです。
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2018年01月30日

わちゃわちゃ第二章――卒論試問始まりました

 本日から卒業論文の口頭試問が始まりました。
まずは5名終了。
ある学生に「なんでこのような昔話をここに引用するのか?」
と尋ねたら、
「先生に教えてもらった昔話です」
と返されてしまいました。

 忘れてました。すみません。

 でもね、ちょっと疲れてるのよ、お父さんは。
今朝は朝の6時半から、境内から道路への通路の雪かき。
昨日は、卒論を一生懸命読んでいたら、境内に突入してきたクルマが屋根から落ちた雪に乗り上げて亀の子状態。
遭難救助に汗を流しましたがな。

 というわけで、腰の痛みに耐えながら論文読んでます。
トンチンカンな質問も大目に見てください。
posted by CKP at 15:39| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

ひとやすみ――1953年のこと

 先週までに、修士論文4本博士論文1本の口頭試問が終わって、やっと一息。
その間に、まだ続いていた「人生ロードショー」の原稿も書きました。

 今度は、今更ながらの『東京物語』。
同朋1月号の特集記事で、お葬式の関係で『東京物語』に触れたけれども、それだけだと思われると困るので書きました。
もちろん、原節子さんについてです。

 で、それは3月号を見ていただくとして、書き込めずにカットした部分。

 この『東京物語』の公開は1953年。
あれ・・確か『ローマの休日』も1953年。
3国同盟の首都の名前を冠した映画がともに1953年公開とは!
まったくの偶然なのでしょうが、しかしどこかに歴史的必然という感じもします。
同じ同盟国の首都ベルリンを冠した映画はそのころあったのでしょうか?
「冷戦」という新たな戦争状態に置かれ、東西に引き裂かれることになるベルリンは、とてもまだ映画にできないという状況だったのではないか・・・『ベルリン 天使の詩』は確かベルリンの壁崩壊がもうすぐという頃の公開だったと思います。

 戦後の平和の市民生活のなかの問題をウィリアム・ワイラーと小津安二郎という二大巨匠が同盟国の二つの首都の名前で映画にした・・・ということなんでしょうね。

 いきなりのことですみませんでした。
 
 さぁ、今度は卒論試問です!
posted by CKP at 15:35| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月10日

理事会決定――落語協会の場合

 暮れからずーっと修士論文や博士論文を読んでいてヘロヘロになったところに、卒業論文の提出でいろいろトラブルがあってわちゃわちゃになっています。
 
 テレビは開けても暮れてのお相撲の理事会とか審議会の話。
そんなに理事会の話が好きなら、落語協会の理事会で何が離されているのか報道しろ!とは思いませんが・・・

 疲れたアタマを休めるために、落語のCDを聞きながら寝ることが多いです。
最近のお気に入りは春風亭一之輔。

 その確か「短命」のマクラで落語協会の理事会決定の話がありました。
「真打のお爺さんたちが、若い前座さんの名前がなかなか覚えられないから、前座は名札を付けるべし」
これが、小三治会長のもと開催された理事会の決定だそうです。
よろしいんじゃないでしょうか。
平和な感じがいいですね。

 ちょうど同じころ対する落語芸術協会の理事会決定は
「古典落語において登場人物にじぇじぇじぇと発言させることを禁ずる」
だそうです。ちょっと前の話です。
これも妥当な決定でしょう。

 相撲協会も相撲求道協会とかに分裂して「張り手禁止」とかやればよろしいんじゃないでしょうか?

 と、そんなことより論文ロンブン。
posted by CKP at 12:32| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

明けましておめでとうございます――今年の目標は「目撃者」

 明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

 え〜、正月三が日のお仕事が済んで、晴れて四日、冷たい雨も止んだので散歩に出かけたのでありました。
田んぼ道を20分ほど歩いて帰ってくると、家の近くの橋のたもとにチカチカ止まっていた救急車がピーポーピーポーと走り出したのです。
そして、それを見送ったご婦人が何事もなかったようにクルマに乗り込み走り去った・・・このような光景を目にしたのであります。

 家に帰ってこれを奥さんに報告したら、「どんなクルマ?どんな色?何歳ぐらいの女の人?」と矢継ぎ早に質問されたのでした。
「え〜っと、ぼんやりした色の軽自動車で、女の人は30代いや40代かな?夕暮れで薄暗かったからよくわからん」
とこのようなことしか報告できない自分にちょっと愕然としてしまいました。

 救急車が家の近くから、それも家のない橋のたもとから出発するというけっこう大事件なのですが、その目撃者たるわたしは何一つ正確なことは覚えていない。
これではとても「目撃者」とは言えんなぁ・・・と我ながら情けない思いにくれたのです。

 ですので、今後このような場面に遭遇したら、きちんと目撃してさまざまな情報を記憶するようにしたい…これがわたくしの今年の目標となりました!

 で、その事件、いったいどうゆうことであったのかはいまだに不明です。
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2017年12月29日

来年はもう少し書きます――『同朋』1月号で書いてます

 今年も当ブログをご愛読いただきありがとうございましたm(_ _)m
が、書くペースが落ちてしまいすみませんでした。
なんだか色々をありまして、ついつい書きそびれてしまいました。
来年はもう少し書きたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

 その代わりと言っちゃなんですが、ただいま絶賛発売中の『同朋』一月号(東本願寺発行)で二個の記事を書いてます。
一個は、まだしぶとく続いていた映画コラム「人生ロードショー」
もう一個は「仏事ってなんだろう?」という特集に合わせて「映画・ドラマに描かれた仏事」という4頁の記事。
エディット・ピアフと『ゴット・ファーザー』をマクラにして、仏事を語りました。

 なお、巻頭のインタビューは、あの岩合光昭さん。
そして特集インタビューは室井滋さん。
そして、そのあとにわたくし門脇なのであります。
京都市内の書店で絶賛発売中!

 というわけで、皆さま、良いお年を!
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2017年12月13日

うつむいてドアを開けろ――穏やかな晩年のために

 うつむいてドアを開けるようにしています。
というのは、わたしの研究室の向かい側が女子トイレ。
不用意にドアを開けるとトイレから出てきた女子と目が合ったりする。
また、女子トイレのドアが開けぱなしのときは、目を上げて研究室のドアを開けると女子トイレを覗いている男子教員の図、が出来上がったりするのであります。
よってうつむいてドアを開けるようにしとるのです。

 ましてや開いている女子トイレをドアを閉めるなんてことは絶対にやらない。
あ、あいてる・・・閉めなきゃ…閉めて振り向いたらそこに女子・・・「わ。セクハラ教員で〜す」って、一生を棒に振るの図、が想像されるからです。

 この前のブログで言及したクレンペラーは、男子トイレが見つからず仕方なく女子トイレで用を足し出てきたところを見つかって「ここは女子用ですよ」となじられたとき、股間を指して「ここは女子用ですぞ!」と言ったという逸話が伝わっています。
クレンペラーはユダヤ人ですが、こうゆうのはユダヤ・ジョークというのでしょうか?
ユダヤ・ジョークにしてもあまり品がよくありません。

 自信満々のフィッシャー=ディースカウ(バリトン歌手)の「今度、オーケストラの指揮をすることになりました」という招待状に「その日はショルティ(指揮者)の歌う『冬の旅』に行く予定」と断ったのは、ちょっと洒落ています。

 が、一番好きなクレンペラーのエピソードはバレンボイムが伝えるこんな話。
クレンペラーはバッハやベートーヴェンのミサ曲を指揮するため、ユダヤ教からキリスト教に改宗した。
それについてバレンボイムに尋ねられて「まったく無駄だった」と答えたという話。

 カトリックでなきゃブルックナーは分からないとか、プロテスタントでなきゃバッハは分からない、なんてつまらん先入観だった。
それを、わしは身をもって体験した。

 つまり、無駄なことを実際やっていて、無駄であったと証明する・・・これもけっこうユダヤ・ジョークでありますまいまいまいか?
posted by CKP at 17:07| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

オットー・クレンペラーが好きなのかもしれない――ちょっと困った爺さんだったけど

 先日、高校時代の同級生の3好君から、「レコードコンサートをするから、お前は高校時代からクラシックのレコードを聴いていたみたいだから、レコードを提供せよ」と電話がありました。
こちらはあと定年退職まで2年余りであるから、退職後に地元で3好君に遊んでもらおうと思っていたから、すがりつくように引き受けた。
ついては、最後は第九で締めたいから、その曲を選んでとのご下命。

 フルトヴェングラーのバイロイトやルツェルンの第九、フリッチャイやショルティ、果てはストコフスキーの第九などを引っ張り出し聴き直しましたが、一番、皆さんにお聞かせしたいと思ったのは、クレンペラーが指揮した第九。
これは自分でも意外でした。
やはりフルトヴェングラーのバイロイトでの第九かなと思って、高校時代に聴いた東芝EMIのレコードを探すが見つからないので、最近、アビーロードスタジオでリマスターされたというレコードを買って聴いたのです。
しかし、これがどうもピンとこない。
高校時代あれほど感激して聴いたのに・・・。リマスターで妙にノイズが除去されて何かが失われてしまったのか?
あるいは、こちらに妙な知恵がついて聴けなくなったのか?

 それで、あまり気が進まなかったのですが、クレンペラーの第九を聴いてみたら、これがなんともよい。
70過ぎた爺さんの指揮とはとても思えない迫力があり、これに決定。

 そこで思ったのですが、わたしはどうもこの指揮者の指揮する音楽が好きらしい。
モノラル盤でしたが、この人の指揮するブルックナーの第4番を聴いたとき、冒頭のトレモロだけでなんとなく全体が分かったという気になって、以来、愛聴することになる。
メンデルスゾーンのスコッチ交響曲は、CDで聴いていたとき誰の演奏でもぴんと来なかったのに、古レコード屋で買った日本盤の古レコードを聴いたとき、はじめていい曲だと思ったのでした。
また、モーツァルトのグラン・パルティータと呼ばれる管楽器のセレナーデのクレンペラーが指揮したレコードが、どうゆうわけかたまらなく好きであったりするのです。

 こりゃどうもクレンペラーという人の指揮する音楽がわたしの生理にあっているのではないかと思い始めています。
この人の晩年の写真を見ると苦虫をつぶしたような顔をしていますが、少し調べてみると、どうも大変女性関係が賑やか、というより女癖が悪い人のようです。
そうゆう人の奏でる音楽が好きなわたしは、実は「黙りスケベ」なのか?といまさらながら自分を疑うのでした。
あと2年とちょっと、穏やかな教師生活を全うするために、クレンペラーを自戒を込めながら聴くのでした。
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2017年11月08日

『無冠、されど至強』――タヌキになりそな私

 『パッチギ!』を久しぶりに見て、朝鮮高校のサッカーというのが気になりだした。
そこで思い出したのが、手帖にメモしてあった本。
木村元彦著『無冠、されど至強 東京朝鮮高校サッカー部と金明植の時代』(発行「ころから」)。

 『パッチギ!』に出てきたのは京都朝鮮高校のサッカー部であり、この本ではほとんど出て来ないのが残念であったが、めちゃくちゃ強うそうな京都朝鮮高校のサッカー部より東京朝鮮高校のサッカー部のほうが圧倒的に強かったようなので仕方ない。
その東京朝鮮高校のサッカー部の洗練されたサッカーを指導したのが金明植(きむ・みょんしく)。
この人の生い立ちと、日本の公式試合から締め出された朝鮮高校のサッカーの歴史が書かれている。

 これがめっぽう面白い。
つまり「無冠、されど至強」のサッカー部の物語。
公式試合から締め出されたのに、なぜ「至強」と分かるかと言えば、お隣の帝京高校をはじめ全国の強豪校が積極的に試合を申し込んできたから。
そして、そこから北朝鮮での遠征試合まで実現してしまう。
『パッチギ!』の1968年、京都朝鮮高校のサッカー部のアンソン(沢尻エリカが演じていたキャンジャの兄貴)が北朝鮮に渡ってワールドカップ出るぞ!と言っているのは、66年のワールドカップで北朝鮮がベスト8になっているから。
その北朝鮮では「至強」であるはずの東京朝鮮高校のサッカー部も歯が立たなかった、という話も面白い。

 という読みだしたら止められない本で、読み終わると体がなんだかタヌキになっているような気がしました。
東京は浅草に棲息する池上タヌキ之介は、京都を徘徊していたころよくこの手の本を読んでいましたから・・・
posted by CKP at 12:05| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

別の在り方のコミュニケーションーー「井筒語」で考える

 わたしの住む越前市の隣の町の中学で、副担任の厳しすぎる指導で生徒が自殺してしまったという事件がありました。
隣の町、同じ県のことだから、いろいろとマスコミには報道されない情報が入ってきます。

 その中で気になったのは、「悪くとれば『執拗な指導』、よく言えば『熱心な指導』」という見方です。
その指導をしていた副担任の先生は、小学校からその生徒を指導していたそうです。
おそらく少しコミュニケーションに問題のあるその生徒になんとかふつうのコミュニケーション能力を身につけさせて、卒業させようと指導していたように思います。
そうゆう意味では「熱心な」先生なのだと思います。

 しかし、ふつうの、分かり合えるコミュニケーションだけがコミュニケーションでしょうか?
そう思い込んで、その生徒を社会に出てもふつうにコミュニケーションできるように教育することがベストと思い込んでいるところに「執拗な」「厳しすぎる」指導が生まれてしまったように思います。

 できないならできないという前提でもっと別のコミュニケーションがあっただろうに・・・
みんな一緒に分かり合える、と考えるのはある意味危険ですらあると言えます。

 というのは、このまえ、井筒監督の『パッチギ!』を見直していて気が付いたのです。
この監督が不良少年の喧嘩を見事に撮るのは、「こいつらはアホやから喧嘩以外のコミュニケーションを知らんのよ」と言葉のへたくそな不良たちを愛しているから。
だから、その不良たちの喧嘩は妙におかしい。

 ま、いろんな表現があるわな。そやけど、痛いのはやっぱいかんでぇ・・・と井筒語でおおらかに考えれば、あの悲劇は避けられたのではありますまいまいか?
「そうか、できんか?しゃーないな・・・そんなら、こんなんやってみよか」とか・・・
posted by CKP at 16:13| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月01日

ガラス拭きのコツ――哲学とは関係ありません

 10月22日の夜、台風の通過によって、本堂の障子がほとんど破れて、その張替えに一日かかったことは書きました。
そのあと、報恩講にお迎えする坊様方の控室(12畳間と10畳間)の廊下のカーテンを開いたら、あら大変。
大正時代のガラス障子なのですが、そのガラスに細かい木の葉やら土ぼこりがべっとりと張り付いているのを発見。
この間ガラス拭きしたばかりなのに・・・。

 しかし、そうも言ってられらないので、外側だけでもガラス拭き。
それだけでも、私の心のように、ガラスは透明でピカピカになりました。

 というわけで、最近、私が発見したガラス拭きのコツをここにお知らせしましよう。

 まず、かたすぎない程度に絞ったタオルでガラスの汚れをぬぐう。
 しかし、それをいくら繰り返しても、糸くずなどがどうしても残る。
 そこで、新聞紙をぐしゃぐしゃにして、ガラスに残る水分を拭うようにしてガラスを拭き上げる。
 すると、インクの油分で残っていた汚れも取れてガラスはピカピカになります。

 やはり、新聞は紙のものを配達してもらわねばいけません。
(新聞紙を濡らして・・・という方法もありますが、もひとつでしたので、この方法でやってみました。また家庭用洗剤などを使うと洗剤分が残って妙な縞模様が出てしまいます。)
posted by CKP at 17:49| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

な〜んも言えねぇ――ちょっと停電しました

 総選挙、見事に予想が外れました。
「隠れ反自民」というのは存在しなかったですね。
むしろ、アベ政権を支持するかと問われれば支持しないと答えるが、投票は自民党に投票する「隠れアベ支持」が多かったということなのでしょう。
隠れてまで支持するか!

 と、ガックリ来ているころ、わが越前ではものすごい暴風雨。
本堂の障子がほとんど敗れ、本堂が水浸し。
エッチラオッチラ、畳を上げて、障子紙が吹っ飛んだところに段ボールを貼るというトホホな状態になってしまいした。
というわけで、本日は一日中、本堂の障子張り。
腰が痛いっす。

 しかし、停電は昨日の夕方の約1分間だけ。
有難いことです。
この先、こういう形でインフラがきちんと守られる日本でいられるのでしょうか?
ちょっと不安になった夜でした。
posted by CKP at 19:31| Comment(0) | 雑想・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする